広島、そして亡き師の話をしましたっいでに、藤田さんが言っておられた長距離バードの眼の話をいたします。
師はこう申しました。
「換羽が完全に終わり、飼い主の顔が写るくらい真つ黒な瞳孔 (ひとみ )でないならば、その鳩は種鳩から外せ」
目というものは光を出して相手にぶっけて見るものであるから、その光の強さイコー|ル黒さ、なのです。種鳩に最終的に要求されるのは力強さですから、それが目からも判断できるということです。またこうも一言っておられました。
「眼の色はボン眼の鳩が最高だ」
ポン眼とは橙 (ダイダイ )の熟れた色のことです。ダイダイの絞り汁で作った酢がポン酢です。広島では ,〆め飾りに橙をつけて新年を祝います (註 7 )。
※註7 「ポン眼」は代刺飛び続ける、という、広島鳩界独特の隠語でもあるのです。
ところで昨今、金眼 (ゴールド・アイ )などともてはやされている色の眼があります。この色ならと喜んでたくさん集め過ぎるとスピードが落ち、レース成績は悪くなります。
「本当の」金眼は、柿眼が数多くのレースから命懸けで帰還し、濃くなっていった眼で、これなら「ポン眼」として価値が大きいものです。また、若い時に金眼のような鳩がレースを重ね、生死のはざまをくぐり抜けて .いくうちに眼の色が薄く、光を増したようになることがあります。これは「真鎌眼」と呼んでやはり大事にいたします。
だいぶ前になりますが私の鳩舎にいた種鳩の父親が「ポン眼」でした。そのタネの子供が日本で初めて沖縄〜広島1000キ口を飛んで優勝しました。その筋からは宮杯優勝、愛鳩の友誌チャンピオン、千キロ総合優勝などを輩出しております。実はそのポン眼鳩は名古屋の岩田鳩舎のトリだったのです。長崎・五島列島の奈良尾から西コースを来て広島に途中下車した鳩でした。広島はそういう有名鳩舎の飛び込みが多く、ここだけの話ですが広島の源鳩のほとんどは飛び込みだという説もある位です。そのポン眼の鳩は一年間広島に居てから、当時の連盟の役員さんが岩田鳩舎に戻しにいつたと聞いています。
ともあれ、「金眼」隆盛の今日に小さなー石を投じてみました次第です。
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