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 巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』No:007(『愛鳩の友』誌[1995年6月号P216〜p219より引用])  イレブン  2022年11月17日(木) 3:57
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※編集中


◇◇◇◇◇◇◇◇◇名匠の実践講座その6 講師=伊藤凱三◇◇◇◇◇◇◇

トリは鳴いているか?さあらば勝てぬ、と名匠は厳しい顔をした。
なぜ愛鳩はテグス糸とみまごうシロモノを足に巻き付けて帰ってきたのか。なぜ川面に放ったワカは帰らなかったのか。
いともたやすく悲しい運命にあう、レース鳩である。
レースーシーズンも終わり、反省と誓いの季節が来た。
謙虚に勝者に耳を傾けよ。
頭を垂れて訪れよ。名匠直伝の「鳩の掴み方」をご披露しよう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ◆◆◆ 耳が張り、白い指に ◆◆◆  伊藤凱三  2022年11月17日(木) 4:05 修正
 冬の間、満を持して備えていた春レースですが、あっというまに終わってしまうものです。悔いの残らないシーズンなどありません。
 優入賞した方々、おめでとうございました。勝って兜の緒を締めよ、ではないですが、レース終了後の勝因分析、種鳩の補給などの作業を手抜かりなくすすめてください。

◆◆◆ 耳が張り、白い指に ◆◆◆

 もう長距離まで終わってしまった地区も多いでしょうが、来季の参考までにレース直前の調子を見極めるポイントを話したいと思います。

 これならイケル、というのはまず「耳のハリがいい」もの。鳩の耳は目のななめ下にあいており、その近くの羽根毛は槐いたようになっています。調子が上がり、ピークに近づいてくるとこの羽毛がぴんとした感じに立ってきます。音に対する反応は鋭さを増し、同時に首が細く引き締まってくる。全体に敏捷になります(註1)。

※註1……競馬馬でもまったく同じです。

 首と腰は密に連動していますから、首が締まれぱ腰の締まりもよくなってくるものです。

 鳩舎、鳩ともに雰囲気は次第に張りつめてきます。鳩は鳩舎の中で他の鳩と出会うのを嫌うようになって、ピリピリします。それまではつっつき合ってケンカしていたのが、出会うと両方が驚いたように立ち止まります。とにかく接触せんようになって、そういう時には身動きもあまりせず、鳴き声も聞こえませんね。鳩が鳴いているようだったら、1000キロで芳しい成績は出ません。

 長距離の持ち寄りが近くなったら、神経質な鳩以外は一日に1回掴んでみて、調子の良し悪しを判断します。最後に見るポイントは足の指とフンです。

 指は、レース帰還直後はやせてザクロの実のような色をしています。次第に疲労がとれてくると、指がふっくらとしてきます。体調の上昇と共に体温が上がると、ザクロが白に変わってきます。脂粉がのって粉をふいた状態です。水浴してもすぐに指が白くなるようでしたら体温は相当上がってきていますね。白を通り越すと指は赤黒く引き締まってきます。こうなったら状態は最高です。指の色の変化をよく読み取ってください。その時胸筋は疲労時の紫色からピンク色になっています。

 またフンは、大きいのをしていたのがだんだん、水分が無くなって小指の半分くらいに小さくコロコロしたものになります(註2)。これで完成です。
※註2 呼吸が早まって水分を出すからか、或いは内臓に脂肪がついて腸が細くなり、フンも細くなるからか。


 ◆◆◆ 炎のランナー ◆◆◆  ■■■■  2022年11月17日(木) 4:07 修正

 反対に次のような鳩はレース参加をおすすめできません。

 まず、鳩舎内で止まり木(巣房)を2つ以上取る鳩。こういう鳩はケンカでも負けず、一見調子が良さそうに見えますが、実は帰ってこないことが多い。巣房を一つに決めない、つまり自分の居場所 (縄張り)を広げようとする行為は。帰巣本能の対極にあるものです。実際問題としても落ちつかない、無駄なエネルギーを使う行動でもあります。期待できない鳩です。

 卵を3回以上産んだ鳩も長距離には向きません。これは何となく感じでわかるでしょう。数多く産卵すれば皮下脂肪が乏しくなりますから(註3)、帰れないのは明白です。体の大きさに比べれば決して小さくない卵を、それもミネラルから何からたっぷり入ったものを産むわけですから。千キロでは、鳩はまずカロリーを、次に内臓の脂肪、筋肉のタンパク質を、最後の最後に皮下脂肪を燃やして帰ってくる。燃料不足で長距離に挑むのは、貯金がないのに豪邸を購買しようとするに等しい暴挙です。

※註3 恋愛をしたときも、皮下脂肪を燃やすのでやせるものです。



 最後に、左右の鼻コプのバランスが悪い鳩も要注意です。鼻コブは左右の肩から主翼のスジヘ、そして腰から足のスジヘと連動しているものです。各所のスジを傷めるとコブが曲がり、左右で大きさと形が違ってくるのです。スジを傷めた鳩で勝てるわけがありません。

 昔、スジをひどく損傷しても帰ってきたのがいました。たとえば天気が悪い時にエアーポケットに入ってしまい、足と羽根のバランスが狂ってスジを切ったのかも分かりません。人間で言えば、アキレス腱を切った長距離ランナーというところ。これが帰った。よく見ると足に細いビニールの糸のようなものを巻き付けている。糸と見えたものが実はスジで、引っぱると足指が動きました。よくぞ帰ってきたとほめてやって、タネに降ろしました。

 鳩は足でバランスをとって飛んでいます。片足を傷めたらヨロヨロになる。人間でも走るときには腕でバランスをとるでしょう。ましてや、鳩は全方向から風を受けつつ空を飛ぶのです。スジは命取りになる。コブをよく見てください。


 ◆◆◆ 過保護鳩の末路 ◆◆◆  ■■■■  2022年11月17日(木) 4:09 修正

 長距離を帰還してくる時、一番いいのは自鳩舎の屋根の上に落ちてくるトリです。エネルギーをきれいに使い切っての帰還、ご苦労様というものです。逆に、余裕を持って帰ってくるようなのは遅くて、褒められたものではありません。

 帰ってきた鳩の疲労をとってやるにはもう一度1000キロに参加させるつもりで調子を上げてやることです。生き物ですから気候が良くなれば自然と調子は上がるのですが、飼い主も意識してかかることです。エサや舎外など手を抜かずにやってください。

 また、もういっぺん調子を上げてやることで、鳩が目一杯力を使って帰ってきたのか余力を残していたのかも分かります。力を使い切った鳩はなかなか調子が上がりませんが、来年に期待できるので大切にしてください。

 レースーシーズンを終えた鳩をすぐに種鳩鳩舎に入れて休息させる人がいますが間違いです。そんなことをしたら、手羽(主翼)がたとえばIセンチ伸びるところが5ミリ程度にとどまってしまいます。体も無論のこと、生き物としての成長に関わると思います。ゼイ肉が付きやすい、太めの暗愚な鳩ができあがってしまいます。

 試しにそんな鳩を秋に舎外させてご覧なさい、猛禽類の餌食になりますから。特に1000キロを飛んで帰った、まだ疲れを取りきっていないトリからやられます。泣きたくなります。      ’

 ◆◆◆  掴み方指南 ◆◆◆  ■■■■  2022年11月17日(木) 4:12 修正

 すべてのレースが終了したら、なによりもまずきちんと反省することです。訓練、短・中距離、長距離と流れに乗れたか、鳩は常にベストの状態で参加できたか。レース毎に帰還率、スピードと気象データを記録します。新聞の全国天気図を添えておくといいです。

 短距離から、卜″プ集団(註4)に入るクセをつけておかないと、最後まで勝てません。つまり全レースに一生懸命臨まないといけない。こうすることで、優入賞者を心から祝福する気にもなろうというものです。

 負け惜しみを言っている暇があったら祝賀会にどんどん出るべきです。勝った人の話は聞く価値がありますし、飛んだトリを拝見し掴ませてもらえる絶好のチャンスです。たとえ平生「あいつにだけは掴ませるものか」と言われていても、祝賀会の場ではそうもいきませんから、この隙を狙います。

 そういえば、鳩舎を訪問しても鳩を掴ませてもらえないという声をしばしば聞くようになりました。世の中がせちがらくなったというより、今まで簡単に掴ませすぎたのではないでしょうか。基本的には鳩を他人に触らせていいことはありません。それを曲げてお願いするのですからそれなりの礼儀が必要ですし、掴ませてもらえたら最高の幸せと思わなくてはなりません。

 鳩はふくらますように軽く持ちます。ですが、ひどい人は指で足を強く固定し口は無理やりこじあけて見る、背中を押さえて油脂腺からは脂を絞り出す、竜骨は押さえながらこすって内出血する、恥骨は押して弾力を見る、主翼は引っ張って出す…。一体鳩の何を見ているのか。

 (註5)みんながやっているからとマネしても鳩には大迷惑です。
 我が師、「オマンさん」こと藤田雅昭氏は「どんな鳩でも飛べるようになっている。帰ってこないのはお天々(頭)が悪いからだ」と常々言っておられました。

 鳩はバランスです。自鳩舎の鳩をよく見り握り方を研究してから出掛けていくきです。

※註5 私の鳩舎に来る人はいません。『握り方から文句を言われるから』とこわがられているようです。

 ◆◆◆ ラジオの雑音に注意 ◆◆◆  ■■■■  2022年11月17日(木) 4:13 修正

 よその鳩舎を訪問するのは一番の勉強になりますから、礼儀を心得れば臆さずどんどん出向きましょう。ただし先入観を抱かないこと。鳩のタイプなど自分の価値観と一致しないことだらけですから鳩そのもの、鳩舎構造そのものを白紙の気持ちで拝見するのが肝心です。

 この時期は馴致を終えた若鳩が次々と選手鳩舎に入ってきます。若鳩は一回10ハグラムぐらいのエサで満腹にします。うまく飲水器から水を飲めず、下痢便をすすっているワカを見つけたら飲水器に首を突っ込んでやればそこから飲むようになります。またフンがゆるんだワカはストレスをためているので、2、3日バスケットに移して下さい。

 成鳩の朝の舎外が終わる頃に、ワカを到着台に出してやるのを3日繰り返します。その後、初めて舎外をさせます。

 ワカに訓練をかける時の注意です。小さい川でも川の近くを避けてやること。川面には気流の乱れがあります。また放鳩に行く途中、カーラジオに普段は入らない雑音が入るようでしたら(註6)、訓練は中止したほうが無難です。地磁気の関係なのでしょうか。太陽に黒点が出たり、地震の時なども、レースに当たると帰りが悪くなります。

 ワカ、成鳩とも、レース鳩には10時間の睡眠時間が必要です。この時期は次第に夜が短くなるので鳩は寝不足になりがちです。主翼の軸に横のシワ、または節のようなものが現れるようでしたら、睡眠が足りない証拠です。夜間、鳩舎に光線が入ってしまい、鳩が目を覚ましていざのです。早速、光が入り込むところを探して、暗幕などで遮光してください。このとき換気を妨げないようによく注意してください。

※註6 タクシー運転手をしているので、雑音の入りやすい場所はよくわかります。


 撮影の季節2022ー@  イレブン  2022年11月14日(月) 20:48
修正
換羽がほぼ完了し始めました。鳩が一年で最も美しい季節となりました。

 撮影の季節2022ーA  イレブン  2022年11月14日(月) 20:51 修正
上画像:【源流ゴジラ号】
下画像:【帝王GNクイン号】

 撮影の季節2022ーB  イレブン  2022年11月14日(月) 20:54 修正
上画像:【源流SSプラチナ1号】
下画像:【黒翡翠号】

 撮影の季節2022ーB  イレブン  2022年11月14日(月) 20:59 修正
上画像:【源流473号】
下画像:【モスクワU号】

 巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』No:005(『愛鳩の友』誌[1995年4月号P136〜p139より引用])  イレブン  2022年11月14日(月) 4:03
修正
※編集中

◇◇◇◇◇◇◇◇◇名匠の実践講座その4 講師=伊藤凱三◇◇◇◇◇◇◇

逃げ隠れせずに待っていれば、愛鳩鳩舎さして一直線に帰る。先頭心つて飛んで来たそのトリを讃えよ、と名匠は力説する。期待し、裏切られ、そして失い、それでも鳩を飼う。思うこと多きレースシーズン最盛期である。塩土を手作りし、鳩をよく観察し、楽しき春レースも戦いに挑もう。ここにもまた秘訣がもらされた。「イヤリングの後日帰りは楽しみだ」

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 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  伊藤凱三  2022年11月14日(月) 4:09 修正
中距離レースたけなわと思います。今頃に天候が不順になるのを菜種梅雨などといいますが、こういう時のレースで帰還率が悪いと役員に責任をなすりつける人がいます。やめてほしいものです。レース参加者なら自分で天気図を作り、天気、気圧、温度、風力、風向の流れを掴んで判断するべきです。天気の読みもレースの一部なのですから。若鳩には酷ですが、成鳩ならジャンプすることで疲れが残らず、長距離にいっていい結果が出ることもあるのです。

 大体、晴天に強い鳩舎が悪天の放鳩で文句を言うものです。悪天に強い鳩舎はといえば、晴天の放鳩では勝てません。
 天気の責任を押しつけると、役員が育ちません。嫌気がさしてやめる人もいるのではないでしょうか。

 ◆◆◆「青菜に塩」のススメ ◆◆◆  ■■■■   2022年11月14日(月) 4:14 修正
 エサは市販の飼料に大麦を3割混ぜたものをやります。中距離までは、心掛けてタンパク質は控えめにします。タンパク質を多めにやるとカルシウム分か排泄されてしまい、日照時間の少ない北日本では容易にカルシウム不足になります。人間と同じで落ち着きがなくイライラして、果ては骨格の弱い鳩ができます。

 カルシウム分が排泄されると、フンはコロコロとした白っぽい固まりになります。いいフンになるからとタンパク質を与える人がいますが間違いです。マメ類は多少必要とはいえ与えすぎないよう注意してください。

 鳩は塩分がたいへん好きです。普通のエサ、青菜、塩分、水分が食事の柱ですが、私の鳩舎では青菜に塩を振って与えています。大根葉に天然塩を振り、カキガラとゴマかナタネ(註1)をまぶしてやります。大根葉ではなくニラに塩を振るとしんなりして歯ごたえが悪くなり、鳩は食べません。

 鳥類の中で鳩だけが海水を飲みます。また、余談ですが鳩だけが水を吸い込むようにして、ゴクゴクと飲むのです(註2)。ほかの鳥はクチバシを上に向けて流し込みます。

 塩土は市販のものもありますが、レースに力を入れている人はおおむね手作りしているようです。入れるものや配合をあれこれ工夫するのが難しくもあり、楽しみでもあるのです。私のところでは次のようにやっていますので、参考にしてください。
 用意するものは、@赤土AカキガラB木炭(消し炭)C赤レンガD稲ワラE塩…です。@赤土は赤松の生えている所の土が最高ですが(註3)、地方によっては赤土そのものが手に入らないかと思います。その場合は古い家を解体した時に出る壁土が手に入ったら何よりです。楢や樫の木の腐葉土も代わりになります。

※註1……大根葉に含まれるピタミンAは油分と一緒に取ると吸収がよいので、ゴマ、ナタネを混ぜます。

※註2……子供に鳩車や鳩笛などの鳩のおもちゃを持たせるのは、食べものをのどに引っかけないで鳩のように飲み込むように、というお守りです。

※註3……自然農法では、ワラと赤土を混ぜて田んぼに撒きます。赤土 には浄化作用があるそうです。

 ◆◆◆ 力キガラの秘密 ◆◆◆  ■■■■  2022年11月14日(月) 4:17 修正
 Aのカキガラはよく乾燥したものを使います。養殖カキの主産地・瀬戸内地方のある強豪鳩舎があまりに強いので、周りがなぜじゃろうかといぶかったことがありました。何でもカキがグッと大きくなる時期がある。それを地元では、「カキガラに芽が出る」と言うらしいのですが、その時期のカキガラを波打ち際で集めて鳩にやっているらしい、という話でした。海岸が砂地に見えても、細かく砕けたカキや他の貝ガラで一杯になっている所がよくあるのです。旅行の折にでも気をつけて見て、持って帰ってはどうですか。次にC赤レンガは、一個を十くらいに割り、飽和塩水に三日浸した後、金ヅチで二、三ミリの粒状に砕きます。またD稲ワラは燃やして灰にします。
 
 すべての材料を合わせて混ぜ、水を入れて固めます。赤土は作り置きがきき、古いほどいいので、たくさん作ってできれば赤土に埋めておきます。カップ入りのヨーグルトの容器などで固めて幾つか並べて与えます。

 塩分が多いと固くなりすぎ、水分が多いとこれも乾いた時に固くなります。かき混ぜすぎても固まりになってしまいます。水を入れる前によく混ぜ合わせてから手早く仕上げるのがコフです。カキガラが多いとふんわりした塩土になり、ポロッとくずれて食べやすいようです

 ◆◆◆  後日帰りに乾杯?! ◆◆◆  ■■■■  2022年11月14日(月) 4:18 修正
 レース期間中のエサの量は、強制舎外か自由舎外かによって違ってきます。以前は自由舎外でしたので、食べたいだけ食べさせて、レース2日くらい前に食滞を起こさせて参加させたものです。

 私のいう食滞とは、エサを十分に食い込ませてもう食べないくらい腹一杯になった状態のことです。現在は強制舎外をさせておりますので、鳩には何一つ余分なものは付いていません。日に20グラム与えれば、これを使い切ってしまうだけ舎外で飛ぶ。エサの量をだんだん増やすと、余分なエネルギーを使い切るために鳩は舎外のスピードを上げるので、レース直前に最高潮になるようもっていきます。エサの量を抑えて帰巣心を強めようとする方法も聞きますが、耐久戦になりそうな場合や長距離では、食べさせないまま参加させるのは危険です。

 強制舎外の鳩は常に余分なエネルギーを持っていませんから、エサの量を増やしすぎないよう注意することです。レース前に早くから食滞を起こし過ぎると、肝心のレース中にスタミナ不足になってしまいます。持ち寄りの朝、腹一杯食わせ、夕方は与えないまま参加させるとよいと思います。

 レース前のエサとしては、私はアサの実(註4)を工夫してあたえます。これは中距離までに使うならバランスの整ったエサです。調子を早く上げたいときは多めに与えますが、長期間、または多すぎる量をやると効き過ぎて興奮状態になってしまう。エネルギーを消費してしまい、逆効果です。総量の1割以上にはせず、2日くらいやれば十分です。鳩の好物で際限なく食いますから、粒で数えて与えている人もいます。

 レース前にはクスリは一切与えていません。私は元来クスリは毒だ位に考えていますから、世の中鳩の世界に限らず、クスリのやりすぎだと思います。皆さんクスリで成功し、また失敗しているんですね。パラミクソのクスリだけ支部で最初の年にやりましたが、その後だれも出た様子がないのでやらなくなりました。

 鳩でも、腸内細菌が狂ったら帰りませんもんね。最近、あまりにも帰心ないような気がします。クスリでもって。もともと持っている優れた機能をダメにしているのではないでしょうか。

 昔、クスリに頼らないころでも、鳩は遅れながらも帰って来ていました。後日帰りで土に降りて自然のものをたくさん食べていたからか。翌年から肉の付き具合もよくなり、力のある鳩になっていった。仲間うちではよく、1年目に遅れるといいぞ・:と楽しみにしたものです。

 生き物を小屋で飼い込んでいる以上、何かが足りないはずです。それを人間が見つけて与えるのがコツです。赤土で塩土を作るのも。その一環です。

※註4 エサ用のアサの実はすべて輸入物。焼いていないと販売できませんか焼きか足りずに発芽することもあるそうです。私は栽培したことはありません。大麻取締法違反です。


 ◆◆◆ どう戦い抜いたのか ◆◆◆  ■■■■  2022年11月14日(月) 4:19 修正
 私は鳩の帰りを鳩舎の中、トラップの内側で待ちます。入ってこなくても、隠れて待ったりはしません。人間の姿が見える鳩舎に入舎してくることも、訓練の一種ですから。最後の、1000キロ以上のレースになってくると、鳩のほうで人に寄ってきます。

 一番に帰ってきた鳩は急いで捕まえて記録します。急いで帰って来た鳩を相手に、今度は人間がすごいスピードでやりますよ。二番目以降は、水を飲んだ後に掴みます。一番のはしょうがないとしても、あまり急いで捕まえると次のレースから入舎が悪くなります。

 記録すればそれで終わりにしないで、帰って来た鳩をよく観察しましょう。一番手はかなり疲れて帰って来ます。元気良く帰って来たのは、ほかのトリの後ろにつけて飛んできたヤツなので、私はこういうのはマークを外すことにしています。たとえ優勝しても先頭では飛んでこなかったということがあります。二番手にきても分速で勝つ、ということです。今は、勝てばいいという時代ですからこれでもいいのですが、トリが果してどういうレースをしてきたのか、飼い主はよく見極める必要かあると思います。

 鳩は集団になって飛びますが、コの字形やくの字形の先頭を切って飛んだかどうかが肝心です。先頭を飛ぶのは勇気と体力を兼ね備えたトリです。帰ったときは目縁が風のために充血し、はれぼったく膨れています。

 戦い終えたレーサーたちにはすぐに水や先月号でお話した(チミツ、黒砂糖入り特製ドリンクを与えてその日はそのまま放っておきます。翌日に疲れがひどいときだけ、ビタミン剤をやります。翌日のほうが吸収がいいからです。

 疲れがひどいときは見るからに元気のない様子をしていますし、ふくれてみえることもあります(註5)。鳩は体温が高く寒さに弱いので、体温が下がらないように羽根の間に空気を溜めている状態は調子が悪いときです。七百キロくらいを帰ってあまりにも疲れがひどいときはバスケットに入れて家の中で暖めてやります。そういうときはエサや水もとりたがりませんから、バスケットには入れておきません。

 たくさんいるなかで、やっぱり好きな鳩には目をかけますね。逆に早くても嫌いなヤツもおる。相性がありますね。でも、目をかけても、いつも裏切られる。若いときは、悔しくて悲しくて眠れんようなこともありましたが、裏切られ続けて慣れてしまいました。

 でも、落ちた鳩が記憶にある方がいい。思い出すから、それに良く似た鳩が出たら、タネに下ろしたりします。鳩飼いというのは記憶力の勝負。自分のとこの鳩ばかりでなく、よその銘鳩をいつまでも憶えていて、何十年先にも瞬間的に思い出せるといいです。見目形、掴んだ感じを記憶の奥底にしまいこんでおいて思い出すことも大切です。

 帰還後の管理についてもう少し。レース後、舎外訓練を再開する目安を教えます。朝のエサの直前に、鳩の三分の一くらいがバサバサ羽ばたきするようになったら調子が戻ったしるしです。人間がお風呂に入る加減のお湯で温浴させ、夕方から舎外を再開します。

 レース期間中のエサやりや長距離を帰すための工夫についてなどは、来月号でお話したいと思います。

※註5……フクラスズメは死にかけたすずめだ、というのも同じ理由。

 巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』No:004(『愛鳩の友』誌[1995年3月号P137〜p139より引用])  イレブン  2022年11月11日(金) 4:19
修正
※編集中

◇◇◇◇◇◇◇名匠の実践講座「その3」◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

後頭部がハゲた鳩が飛ぶ、短足の鳩は長距離向きだ――ヒナをポイントを教わり、作出の項のしめくくりとしよう。さあ春レース、若鳩をいかにレ‐サーとて仕上げてゆくのか。最も大事な鳩の調子をしっかり見極めるにはどう観察するべきか。いよいよ戦いのステージを迎え、名匠はにんまりと説くのであった。「鳩と仲良くなること。これが一番大切だ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ◆◆◆◆  春日局ハト  ◆◆◆◆  伊藤凱三  2022年11月11日(金) 4:27 修正

 配合の話の続きです。

 私の鳩舎では、通常は配合飼料に大麦とコーリャンを混ぜて与えます。交配期の2週間前になったら、3日に1回は朝夕ともこのエサをやめて特別メニューに代えます。ニラまたは大根葉にカキガラ (できれば五年以上のもの)とサフラワー、ゴマをからませ、その後通常のエサに玄米を少し入れてゆきます。玄米は精巣、卵巣を活発にします。

 塩は岩塩、なければ天然塩を映のフライパンでよく焼いて置いてください。焼いてパラパラになった塩ですと、たくさん摂っても過飲水になりません。
 
さてヒナが卵から孵り、楽しみな時期を迎えました。まず、乳ビ(ピジョンーミルク)の出が良いか悪いかに気をつけます(註1)。出が悪いときは、もちろんヒナは育ちが悪いし肌の色ツヤもよくありません。乳ビがよく出ている種鳩と少しの間交替させ、本当の親が出るようになったら元の巣房に戻すこともよくあります。つまり「乳母」ですね。鳩の世界にも、春日局かおるかも知れません。

※註1…鳩が平和の象徴というのは、雌雄ともに乳を出し、一緒に子育てするのもひとつの理由かも。

 一週間くらい乳ビが出て、その。あとは少しずつ普通のエサに切り替えていきます。鳩に離乳食はありません。

 23日目ごろが巣立ちですか、ヒナはまだ飛べません。余裕があれば。巣立ち室’を設けますが、大抵の鳩舎ではそうもいかないので、放鳩用のバスケットで代用します。本当は、放鳩カゴよりもう少し高さかあるほうが飛ぶ練習が十分にできて望ましい。木枠に金網を張って作る人もいます。

 5羽くらいずつ入れて玄関や廊下に置き、通りかかりにあいさつしたり、『元気か』云々と話しかけてやります。エサも水もそこで与えます。3、4日でヒナは人間によくなっき、エサもとれるようになります。そこで鳩舎に移します。

 ◆◆◆◆  禿頭系見参  ◆◆◆◆  ■■■■  2022年11月11日(金) 4:45 修正
◆◆◆◆  禿頭系見参  ◆◆◆◆

まだ18日目から21日目くらいのうちに、外に出たがって巣房から落っこちてしまうヒナがいます。そんな鳩は無理に戻さずに早く巣立ちの用意をしてやったほうがいいのです。どうせまた出たがって暴れ、下に落ちてケガをしたり、酷い場合はほかの巣房に飛び込んで目をつつかれたり、殺されることもあるほどです。戻してもいいことはありませんので、巣立ちの時期だと考えてください。

 一般に、早く巣立とうとする気性の鳩は育ちが早く、こういうトリから銘鳩がたくさん出ているのです。落ちたときに頭を打って(ゲてしまうことがあり、血統書に「後頭部はげ「ハゲ」とか「禿頭(とくとう)]と添え書きしていることもあります。かって私かおりました広島で一番よく飛んだ鳩の系統を称して「禿頭系」といっていた記憶があります。

 こういう鳩では子も孫も巣房から落っこちます。落ちたら、飼い主は喜ばんといけません。

 この他にヒナのポイントとしては、嘴の大きさ(大きいものは卵の中のカルシウムの量が多かった)、うぶ毛の量(多いほうが羽毛の質がよい)、目の構造 (巣立ちの頃が一番分かりやすい。輝きに注目)、目ブチ(透き通ったようなのほどよい)など。

 また生後一週間目位で脚環を入れるときに、スネ(附しょう骨‥=ふしょうこつ=)の部分に着目してください。親指を折って脚環を通す時の感覚で、親指が抜きにくいくらいにスネが短いやっか分かります。こういう鳩は長距離向きです。マークするときのために憶えておいてください。「こりゃあよくなるぞ」というのをヒナのうちから見極めようとすることで選鳩眼が養われます。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月11日(金) 4:47 修正
 巣房に巣皿を入れるときに私か実施している工夫をひとつ、披露しましょう。新聞紙を一枚用意して巣皿を包み、真ん中のところをくぼませて巣房に入れてやります。こうすればインキが虫よけになりますし、保温にもよい、もちろんお金もかからない。やがてヒナが生まれて、脚環を入れる頃にまず一回、新聞紙を取り替えます。次に、ヒナが成長して、フンが外に出ているなあと気がっいたらもう一回取り替えます。よく観察する必要がありそうですが、鳩飼いなら皆この時期が楽しみですから、毎日見てまわっているうちに自然とあれこれ分かるものだと思います。

 ◆◆◆◆  寵慣れ、粒慣れ  ◆◆◆◆  ■■■■  2022年11月11日(金) 5:00 修正
秋レースに参加しなかった遅っ子は、春レースのシーズン前、できれば正月から、バスケットに慣れさせんといけません。若鳩を入れ、エサと水もそこで摂るようにして3日くらい過ごすと、暴れないようになります。このとき、ついでに粒の大きいエサを食べる訓練もしてしまいます。ニンジンなどの根菜類、ピーナツ、煎大豆(註2)などは急に与えても食べませんから、バスケットの中で腹をすかしている時に集中的に与え、「味をしめる」ようにします。

 寵慣れしたところで棚の巣房に戻します。このときワカたちはもうピーナツや大豆の味を覚えていて欲しがります。撒き餌にすると際限なく喰いますが、ピーナツの食べすぎは筋肉をゆるめ、スピードが出なくなります。また大豆の取りすぎは体が重くなり、やはり勝てない鳩になる。私は棚にいる鳩に、1羽につき3粒なら3粒ずつ数えながらやっていきます。なにくれと話しかけ、もっとくれというのをなだめます。慣れた鳩は頭や肩にやって来ます。コミュニケーションをとるということが大事ですね。

 次に訓練についてですが、私はあまり訓練はしない方です。個人或いはクラブや仲間と、20キロ、50キロといった程度です。訓練をしたから鳩本来の性能が向上するというものでもないし、成績がよくなろうとも遺伝的要素としては続きませんから。生来の性能を信頼し、後天的に鍛えることに重きを置きません。

 ◆◆◆◆  3500キロの壁  ◆◆◆◆  ■■■■  2022年11月11日(金) 5:10 修正
 1シーズンを通じて、訓練プラスレースで飛翔する延ぺ距離を3500キロとしています。これが、冬の間蓄えた皮下脂肪をちょうど使い果たすくらいの距離と考えます。脂肪を使い果たしてしまってはおしまいです。シーズンを通してどのレースをどう狙っていくのかをしっかりと定めておかないと、すべてがムダになってしまいます。

 3500キロくらい飛んだ、つまり、もう限界に近く疲れてきた鳩を見分けるポイントに、足のウロコと鼻コブの毛があります。皮下脂肪がうすくなってきた鳩の足をよく見ると、ウロコがはがれかかるというか、めくれ始めたような状態になっています。これでは体温調節ができなくなり、体温が下がる一方でレーサーとしては命脈が断たれたも同然です。

 鼻コブの上付近に生えている羽毛が抜けてくるのも要注意信号。完全にハゲはしませんが、薄く、地肌がのぞけるような寒々しい感じになったら、休ませる必要があります。無理にレースに出しても絶対いいことはありません。

 という訳で、7、800キロあたりを狙うのと、1000キロ以上に狙いをしぼってゆくのとでは、自ずと訓練のかけ方も違ってきます。長距離を飛ばしたい場合や、耐久戦をはさんだ場合(註3)はジャンプしてください。

 本当は、ジャンプしないでレースをこなしていくほうが成績は良いのです。私は全レース勝ちたい方ですから基本的にジャンプはしません。また、百キロ程度の距離をバカにしてジャンプする人がおりますが、頑張って参加している学生さんやビギナーの方たちに悪いです。強い人、上に立つ人はそんなことをしたらいかんと思います。「あの人に勝ちたい」という目標があるから参加するのだし、勝った人にも失礼です。

 ◆◆◆◆ 調整と特製ドリンク ◆◆◆◆   ■■■■  2022年11月11日(金) 5:11 修正
 鳩は生き物ですから、放っておけば一年に一回、概ね四月中旬くらいに最高の状態になりますね。幾つものレースに挑ませるのなら、そこを人為的に調節するのが管理です。

 調子の上がり下がりを知るバロメーターとしては、まず体温です。竜骨の横の筋肉がピンク色なら体温は高く、下がると紫色ががってきます。足を触っても体温は分かります。次に肉づき、舎外の飛び方、毛ツヤ、水浴びを好んでするかどうか、エサの食い込み方、そして中間訓練での方向判定なども目安になります。

 調整するのはエサがいいでしょう。抑えるためには脂肪分の少ないエサ(大麦など)を増やしますが、配合率を3〜5%以上変えると調子が急激に下がるので注意してください。過飲水も急に体温を下げるのでよくありません。また、訓練のかけ過ぎは鳩が興奮状態に陥り、調子が上がりすぎることがあります。

 水浴びをしたがるのは調子がいい証拠です。お湯でやるとリラックスするのでそれまでの調子を持続しますし、水でさせるとしゃんとするので上がり調子になります。また雨降りの前などは特に水浴びをしたがるようです。

 レースシーズンに入ったら、私は「発芽するエサ」を心して与えるようにしております。芽が出るということは、生きているエサだということです。大麦、コーリャンなどは芽が出やすいので多めにやります(註4)。反対に他の、「死んだエサ」つまり発芽能力のないエサは中の油分が腐った、酸化してしまったものです。ベルギーではエサが90%以上発芽しないと鳩にやらないそうです。そんなにもお金をかけていいエサを食べさせているのかと、鳩事情の違いを感じます。

 レースのときは、待っている間にお湯で鳩の卵くらいの大きさの黒砂糖を溶かしておきます。黒砂糖はカルシウムが多く、栄養があります。鳩は甘いものが好きですから、この黒砂糖ドリンクをものすごく飲みます。黒砂糖の代わりにハチミツでもいいですが、最近は水飴が混じったは7はハチミツばっかりで純度の高い良いものが少ない、女房が安物のハチミツを買って来るのでよく怒っております。

 最後に「鳩舎は暖かく」。これが最後の秘訣です。換気さえちゃんとしていれば窓など開口部を小さくして鳩を保温してやります。鳩舎の外が見えないと、鳩の精神状態は安定します。用もないのに羽ばたいたり暴れたりしていらんエネルギーを使うということもなくなります。


 【関連資料1】■ レース後、疲労回復のため、五分位温浴させ胸筋をよくもんでやりましょう。 ■ 伊藤凱三 「今月の管理 西日本地方 3月 」(愛鳩の友1983年3月号P274〜P275)   伊藤凱三  2022年11月13日(日) 8:32 修正
 レースも始まり、子育てと忙しい季節に入りました。北部九州は日本海の気候です。天候が変わりやすいので、中間訓練は慎重にして下さい。
 天気が悪く帰還のよくない時、放鳩者や役員を責める人がおりますが、天気図を良く理解してレース参加を取りやめ、パスする勇気を持って下さい。

 短距離の調子があがらない時は、あわてない事です。急に飼料の配合率を五%以上替えますと調子がさがります。日照時間も延び、気温も高くなり自然に調子があがりますので、少し我慢して下さい。

 春のレースは調子をあげるのではなく押さえながらレースをやりませんと、メインレースの600キロか1000キロレースの前にばててしまいます。(もう一度調子を整えるには1ヵ月位かかります)

 特に宮崎県、鹿児島県のように暖かい地方の方は注意して下さい。
 上位入賞した鳩は疲れが激しいので早く疲労回復させ、また第2、第3集団でもトップで飛んだような鳩をよく見極めて熱めの湯に15分聞ぐらい胸筋をよくもんでやっております。マーク鳩、優入賞のチャンスがやって来ます。

 温浴は羽根を少しちぢめます。また羽根の脂分が抜けて悪天レースの失敗につながりますので、水浴4回に一度位の割りで温浴させて下さい。  ヒナが孵化しましたら、巣皿の下に紙巻タバコを平行に置きますと、乾燥しませんし小虫が来ません。

 私は大きな鳩がきらいですので、菜種を多い目にやると成長がある程度止まります。飼料はタンパク質を多めにやるとカルシウムの排泄につながり骨格の弱い鳩になります。気を付けて下さい。

 北部九州の方は山陰地方に放鳩訓練に行った時、海岸におりて見て下さい。砂地に見えますが、数キロに渡って全部貝殻の場所が沢山あります。また小石も一緒に持ち帰り鳩舎に撤いております。

 巣立ちは23日目です。羽ばたきの出来るバスケットに入れませんと身体が大きくなりません。人の良く通る場所に置いて、手に慣れた順に鳩舎にあげます。

 【関連資料2】『在来系の原鳩を訪ねて(その二)「勢山系の原鳩」』日本鳩レース協会参与 堀場飾郎(「愛鳩の友70年11月号P38 ~P39より)  イレブン  2022年11月13日(日) 9:36 修正
広島鳩界の恩人と言われた堀場飾郎先生の資料を掲載することにしました。まず最初は、広島鳩の重要な柱となった勢山系に関する貴重な証言記事です。日本在来の原鳩を調査するという連載記事の中の一つです。

「SS系」について語っておられます。

以前にも掲示板で紹介したことがある「糞かき50年を顧みて」も補足資料として付け加えました。広島鳩学に大きな影響を与えた堀場飾郎先生のお人柄が伝わってくる名文です。文中の「鳩の訓練レース即失踪」の一文はイレブンの心に残る「名言」です。

2022年の現在では、「糞かき50年」の鳩暦をもたれる方は数多く居られますが、今から50年前の1972年当時、50年の鳩暦をもたれる方はほとんど居られなかったようです。


※「堀場飾郎」(ほりば いちろう)の文字表記について正式な文字表記は左写真の「金」偏に「市」という表記ですが、パソコンのフォント文字に入れられていないようで便宜上「飾」の時を使用しています。


 ◆◆◆ 軍用鳩の払下げをうけて  ◆◆◆  堀場飾郎  2022年11月13日(日) 9:43 修正

■記者■勢山の話ですが、勢山庄太郎さんといいましたね。

■堀場■勢山ですね。S・Sですからね。今は勢山といっていますが昔はS・S系といっていました。

■記者■中陸からはどうやってもってきたんですか。払下げられたのですか。

■堀場■払下げられた鳩と、それから非常に問題がありましてね。その頃いうたらえらいことで、憲兵隊ですよ。つまりね、名前いうたらいけませんが、岩田さんという人がいて、その人がいた頃にね。

■記者■その人は軍人ですね。

■堀場■調査委員長をしていた人ですが、軍人ですよ。岩田さんには「伝書鳩」という本もありますよ。その人が払下げしたわけですよ。払下げは普通仔鳩を5円で払下げていたんです。そのほかにフランスからクレルカンが持ってきた鳩を、それを払下げしたわけです。クレルカンが帰ったあとでね。

■記者■その鳩自身をですか。

■堀場■そうです。その鳩自身は払下げることはできんのですよ。なかなかね。だから廃鳩として払下げしたんです。

■記者■ああ、使えないということでね。

■堀場■そして、関西へもってきたんです。それで、少し話が転倒しますが、今西号のもとになっている清水さんね。それなんかの基礎鳩になっているんです。協会の鳩ね、誉田君のところから出ているのに、フランス直輸入と書いてあるでしょう。フランス直輸入と書いてあるけれど、その頃はフランスでは鳩は兵器だったのです。で、フランスは全然払下げをしなかったそうです。ベルギーからは来とったんですがね。フランスからは全然来ていなかったそうです。クレルカンが持ってきたのを払下げたらし
いです。東京では目立つので大阪へ持ってきたんでしょうね。

■記者■個人的に内緒でということですね。

■堀場■それに条件があったんです。結果的に見て条件があったと思うんです。それがバレたんです。脚環もフランス国旗の入った脚環だったんです。それからバレたので引上げたり、脚環切ったりしたんですが、もれたのもあったらしいんです。

■記者■何羽もきたんですか。

■堀場■何羽もきたらしいですね。詳しいことは知りません。大正八。九年頃でした。バレたために岩田さんがやめたんです。
 同じ軍用鳩でもフランス直系のは関西へきてたんです。勢山さんがもっていたんです。今西系などにもそれが入っているわけです。

■記者■フランス直系とベルギー系とが交配されたわけですね。

■堀場■勢山系はそれもありますし、それと中陸の払下げとフランスのが入っているんです。

■記者■勢山系は大正八年、陸軍軍用鳩としてクレルカンの携行した鳩の一羽が、基礎になっている。結局何羽かきたが、ものになって残ったのは一羽の基礎鳩にしぼられたわけですね。それは民間鳩界発展のため特別の配慮によって、当時の大阪好鳩会会長の敗勢山庄太郎氏に払下げられた。この特別の配慮というのが、そうですね。公に払下げられたものじゃないということですね。

 ◆◆◆ 羽に丸みのある小型鳩 ◆◆◆  ■■■■  2022年11月13日(日) 21:34 修正

■堀場■岩田さんがやめられたのは。これは私の推定ですよ。原因とはいえないかもしれませんが、大阪府へ入りましたからね。終戦後に’は。大阪アヒルというのがあるんですよ。大阪アヒルというのは、カモとアヒμ交配してできたので、色白カモなんですね。で、大阪アヒル協会があって。モれの所長さんを岩田さんがやっていましたからね。
 軍人をやめてからずっと大阪にいましたから、なにか条件をつけたんじゃないですか。これは推定ですけれど。

■記者■そうすると。いわゆる勢山系の原鳩になったというと、釜山〜大阪間渡洋600粁で優勝した鳩というわけですね。その鳩は見たことがありますか。

■堀場■私も見たことないんです。

■記者■その直仔かなにかは――。

■堀場■直仔は見たことがあるんです。それは今西さんにいましたからね。

■記者■直仔はどんなタイプですか。



■堀場■ちょっと小型でね、ツチドバいいま七9、独特の色ですよ。そうしてね、羽の非常に丸みのある鳩でしたね。

■記者■すると主翼全休は長い感じはしないんですか。
 堀場−そうですね。長いとい5感じはしなかったですね。

■記者■今西に似ているんですか。
■堀場■今西はその仔に仮3号というのをかけだのが今西号なんです。


■記者■体としては。


■堀場■釜山帰りの仔というのは、身体は大きくなかったですね。

■記者■目はどうですか。

■堀場■石目のような目で、少しダークのかかったような目でした。特に特長があるのは眼環が黒いんです。これは遺伝力が強いですね。それから今西さんの入れたので印象に残っているのは、灰でもなんでも色が濃いんです。それが胸から下が急にパ″と白くなるんです。それはいまだに印象的に残っていますね。今でもまだ出ていますね。

■記者■それで刺は出るんですか。

■堀場■刺が出るのはあります。

■記者■ゴールデンスターなんかの、かかった253なんか。

■堀場■253にはありました。ゴールデンスターにはないですね。これ塚本系とかけた。――それが昭和16年に神戸の三田という人が、大阪の塚本さんと親交があってそれで神戸で仔をとったんです。それがほとんど塚本系ですが、それが出るんです。これが勢山に入ってますけどね。そういうのが出るんじゃないですかね。

 【補足資料】「糞かき50年を顧みて」(『愛鳩の友』1972年8月号P174)  堀場飾郎  2022年11月14日(月) 2:50 修正
「戦災の跡生々しい焼け野原の中新宿伊勢丹に於いて日本鳩レース協会の品評会が催されたのは昭和23年1月。あれから25年誠に夢のようです。会員数3万数千人を有し鳩会館も建設せられた今日の協会に発展しようとは誰が予想したであろうか。後継の諸兄の責任は誠に大である。鳩の協会として創立以来4分の1世紀以上細続なし得たのは鳩レース協会が日本で始めての会です。

道は遠く平穏ではない事でしょう。レースの百。運営の方法難問山積の季。皆様の若さと熱意を期待します。

会員諸兄の大切なる鳩をお預かりして放鳩にはよく行きました。古言の如く南船北馬、北は稚内より南は五島列島と18年間放鳩に知らず知らず、身に教え込まれたのは放鳩の三原則です。「天気図の緻密なる判定」「忍耐力」「決断力」之は貴重なる体験だったと思います。この際未帰還鳩の冥福を祈るとともに会員方々に御詫びしなければならないと思います。

こうして鳩飼いを始めて糞かき50年何等なす事なく得ることまた少なくなきを省みて「盧生の夢」遠く及ばず唯々感慨無量です。併しながら「趣味」の会には「欲」を忘れた道というものがあり「花」には花の道があり、「植木」には又植木の楽しみがあり、「釣」には釣友があり之は大変面白い事だと思われます。私も鳩の為に各地方に知人の出来た事、之は趣味の会の賜だと感謝致しております。そして、最後に得たものは鳩の訓練レース即失踪です。「もののあきらめ」といふ事です。飼い始めの頃は帰らぬ鳩を毎日空を眺めて半年も待ったものでした。がそれがだんだん待たぬ様になり忘れ得る様になります。之は鳩飼人誰人も通る道程だと思います。

このあきらめは「性」の道に通するものではないかと思います。鳩飼い人にはアッサリした人が多い様に思われます。之は行いの内に知らず知らず出るようです。糞かき50年乱筆ながらこれにて終わります。欠文の点大方のお教示を乞う次第です。」


 335310号  ky  2020年4月24日(金) 11:21
修正
https://www.youtube.com/watch?v=1glHy-8goss
https://www.youtube.com/watch?v=_mQiUcVt_60
335310号の兄弟に禿頭号(トクトウ)がいますがこの鳩の写真があれば掲載お願いします。また伊賀さんの335311の写真もあればと思います。禿頭号に関するエピソードを伝えるものは上記の舟橋さんの動画に見ることができます。

   イレブン  2020年4月25日(土) 6:15 修正
kyさんお久しぶりです。舟橋さんの動画が拝見しました。禿頭号(トクトウ)号とは、56-335310の兄56-77052のことなんですね。画像についてはこのスネークパパの掲示板で以前一度話題になったことがあるような記憶があります。調査してみますね。

56-335310の同腹の♀56-335311の画像については、これまで相当探しているのですが、どうもお持ちなっていた伊賀さんご自身も所持されて居なかっようですね。ただ、イレブンは大洋号自身の画像を一度だけ鳩界冊子で見たような記憶が残っています。確か、二匹の刺しだったような気がしますが……。

舟橋さんの動画の動画で解説されている方が56-335310のエピソードを語っておられることに関しては、『69`日本銘鳩写真集』に掲載されています。「335310号系」についての重要な資料なのでここでその全文と禿頭号(トクトウ)号の孫鳩の画像を掲載しておきます。


 56-335310について(『69`日本銘鳩写真集』(昭和43年12月1日、レーシングピジョン社発刊)p43より引用)  誉田 昭二郎  2020年4月25日(土) 6:33 修正
「335310号は並河鳩舎において作出されたアイザクソン・オベル系であるか巣立ち後,銘鳩となるまでにこの鳩ほど転々と飼主か変った鳩も稀であるが,たまたま飯田守男氏(京都)が入手し,不充分な管理のもとに作出した直仔にて北陸コースを何回も駆使し1000粁を帰還させたが,秋季300粁レースにて全京都唯一羽帰り優勝し,翌日は孫境が唯一羽帰還。

後続の帰還鳩か皆無のため,その後のレースは実施不能となり,最終600粁レースまでの賞金を300粁の時点で全額独占,並河氏をはじめ,参加者一同が唯唖然としたという事例がある。

 誉田鳩舎でこの抜群の優秀性に着眼して導入を考えたところ,時すでに遅く飯田氏の手を離れ所有者を転々と変えていたが,同氏はどうしても断念できず,3年問にわたり執拗に飯田氏に働きかけ,数年経過後飯田氏が再度入手するや,多数の希望者があるなかで,平素の友情からやっと長年の念願かかない,種鳩として迎えることか出来たのである。

 入手後直ちに繁殖を始めるべく,交配の相手として56年にすでに335310の兄鳩(※注イレブン:56-77052トクトウ号のこと)を並河氏から導入していたので,この系統にて近親交配を試み,多数作出した直仔群のうち,各交配ごとの最優秀鳩が左記の写真A。B。C。Dである。これらの4羽は,335310号が老鳩にて繁殖不能の現在,誉田鳩舎の貴重な種鳩である。

 誉田鳩舎と広島鳩界の幹部諸氏とは昭和26年頃からの交際が続いているが,同鳩舎が335310号を所有していることを知った広島の諸氏のうち,同鳩界きっての゛名コンサルタント″藤田雅昭氏と石田実男氏が,再三,並河鳩舎と誉田鳩舎を往復したすえ,強引に懇願その執念と熱意に根負けした誉田氏か遂に昭和39年2月,断腸の思いで手離した。

 石田実男鳩舎で繁殖か開始されるや,直仔が41年1000粁優勝(山陽地区)他1000粁5羽,42年1200粁優勝(連合会),43年日本鳩界初の超長距離1400粁優勝(連合会)と優勝を重ね,42年には敢闘鳩舎として酉日本2位を獲得しているが,335310号直仔群のみを連年継続して駆使し,3年連続優勝した一面からその優秀性を評価すれば,全国1位と称しても過言ではない。

335310系にて43年,日本鳩界初まって以来の超長距離1400粁成功の木本典生氏,石田実男氏,武田節男氏,その他広島において,誉田鳩舎より出たこの系統の恩恵を受けている鳩舎は多数あるか,この系統にて今日の広島鳩界を発展に導いた陰の功労者として作出者もさることながら,協力した誉田鳩舎の功績も,広島境界史上lにさん然と銘記されるであろう」

 禿頭号(トクトウ)関連資料  イレブン  2022年11月12日(土) 8:42 修正
KY様

禿頭号(トクトウ)の関連資料等をお持ちでしたら、お手数ですが、掲示板に投稿していただけませんか。

 《研究資料》【禿頭(トクトウ)号 56−77052】の孫画像発見!!  イレブン  2020年7月27日(月) 21:58
修正
山陽連合会、猫本斉昭鳩舎の種鳩として掲載されていました。禿頭(トクトウ)号 56−77052の孫鳩です。作出者は、オマンさんのようですが、ハッキリしません。

 【禿頭(トクトウ)号 56−77052】関連資料   イレブン  2022年11月12日(土) 8:20 修正
KY様お久しぶりです

イレブンの記憶では【禿頭(トクトウ)号 56−77052】は、広島で活躍した後、北九州方面で直系が大活躍した歴史があります。おまんさんの種鳩だったとすると、愛弟子伊藤氏を通じてそのラインが九州に流れていたのでしょうね。

この連載の中で「太陽のような種鳩」という表現を伊藤氏が使っていますが、陽炎の目だったとされる335310の兄【禿頭(トクトウ)号 56−77052】も同じような目ではなかったかと推測されます。

「口伝鳩学事始」にちりばめらられた伊藤氏の一言一言には、その奥に隠されたコードがあるように感じますね。タイトル「禿頭系見参」はその代表格でしょうね。

「とくとう」を「禿頭」と「特等」の両方にもじっているところがなんとも広島鳩学らしいですね。

   ky  2022年11月12日(土) 7:40
修正
335310の兄弟でやっと「とくとう号」を見つけましたがこの鳩がここで言われる「ハゲ」なのか「特等」なのか、前者だと思っていたのですが?

 巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』名匠の実践講座「その2」 No:003(『愛鳩の友』誌[1995年2月号P152〜p154より引用])  イレブン  2022年11月10日(木) 4:44
修正
【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の編集方針ですすむと連載全資料を掲載するのに時間がかかりそうなので、『口伝・鳩学事始』と関連資料1「今月の管理」だけ先に掲載することにしました。

要文の引用抜粋や考察の所は、イレブン自身の研究のためのコーナーですので、伊藤凱三氏の鳩学に興味をお持ちの方にとっては伊藤凱三氏の資料に関心をお持ちだと思います。できるだけ一気に掲示板に挙げるようにしますね。

では、始めます。「名匠の実践講座その2」です。以前掲載した部分ですが少々編集に手を入れております。「2月の管理」を関連資料として追加します。

この「毎月の管理」のページの連載は、1983年に連載された記事です。
今から39年前、伊藤凱三はまだ43歳です。日本鳩界が、超長距離時代の真っ只中でした。伊藤氏は、すでにその頃から、西日本を代表する名匠として九州でも著名な存在でした。

1995年連載の『口伝・鳩学事始』とこの1983年連載の「今月の管理」をあわせ読むと、名匠の一貫した鳩学の考え方がよりはっきりと見えてきます。

更に丁寧に目を通していくと、説明の力点が違う文章をかさねていくことで、伝えようとされている「真意」に思索を廻らせる楽しみも増すようにイレブンは感じています。

◇◇◇◇◇◇◇名匠の実践講座「その2」◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

名匠の説く、ブルーの鳩とは何か。その独特の色彩論に耳を傾ければ、よい種鳩を選ぶ眼が培われてくる。目に、クチバシに、主翼に、配合のヒントは潜む。当たり配合を作るにはどうすればいいか。「太陽のような1羽」とはどういう種鳩なのか。矢継ぎ早に繰り出される名匠の実践論んきしっかりと」食い下がり本当の良い鳩、良い血統を見いだす力を見につけよう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ◇◇青く輝く体色◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:48 修正
先日は、『全国著名愛鳩家の集い』にお招きをあずかりまして、ありがとうございました。ああいった華やかな場所は苦手なのですか、たくさんの強い人達を直に拝見でき、よい励みになりました。
 読者の皆様も、。椿山荘目指して’たゆまぬ努力を積んでください。


◇◇青く輝く体色◇◇

 さて、前回に続いて『色』の話をいたしましょう。前回、色の表現、というか見る基準には『黒いか白いか』『濃いか薄いか』『明るいか暗いか』などがあると言いました。(註1)

 「黒白」では、たとえば「灰ゴマ」という羽色をとると、黒い点が大きくたくさんあると「黒ゴマ」に近づき、点が小さくまた少ないと、白っぽいゴマということになります。ところで真っ黒い鳩をカラスということかある。催しごとに使われる真っ白い鳩を作ろうと思ったら、カラスを掛け合わせることかよくあります。カラスか極まると白が生まれるという訳です。昔からの常套手段です。

 次に、「濃い・薄い」について。またゴマを例に取りますか、地肌が黒いか白いかを見ると、色みの重なり具合か分かります。胸から腹にかけ、「三段腹」といいまして、胸元は青白く、その下は黒く、そして白っぽくなるのがハッキリ出ます。「濃い」という場合、単に黒っぽい色素が多いというのではなく、いろんな色が何色も重なっているのだと思います。灰の鳩では、『濃い』場合は地肌のほかに二引の線が太くなったりカーブか出たりします。あるいは灰三引(ドリーバンド)になったり、二本線の上に『鉄サビ』が浮かんで見えたり、さらに極まるとペンシルーブルーになります。

最後の「明るい・暗い」、これが一番重要です。


※註1……「黒白」「濃淡」「明暗」のほかに、茶色(栗)の概念を付けを加えます。

 ■■■■  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:49 修正
前回、色の問題は身体中を巡る血液と深い関係があると言いました。ここで、「明るい」というのは、内面から外に出てきた健康さのことだとでも言い表せましょうか。血液の活力が体の表面に出たという状態です。灰色の部分が青く輝いて見えるような鳩のことで、こういうのが最高なのです。掴んでよし、見てよし、飛ばしてよし、タネにしてもまたよし、です。

 明るい体色がいいといいましたが、メスは抱卵のときなどには本能的に暗く、黒っぽくなります。これは自分を目立たせないようにして巣を守るための、自然の摂理なのだと思います。

 ところでベルギーの愛鳩家さんは、人間の目の色が違うからなのか、ブルーの色にものすごく敏感ですね。あちらの鳩の宣伝ビラにも、「ブルー」「ブルー・テェッカー」などと出ています(註2)。この色が基本になっているのでしょう。

※註2編集郎注。メーテルリンクの童話「青い鳥」、幸せの青い鳥はハ卜のこと。灰の記号BもBLUEの頭文字です。


 さて明るい灰色はなぜブルーかかるのでしょうか。これは血液中のナトリウム分と関係かあります。筋肉の中にはたくさんの毛細血管が入っており、酸素を多く運ぶためにはヘモグロビンがたくさん必要になります。するとナトリウムが増え、それが外側から青く見えるようになるのです。

 ナトリウムはいわば「元気の素」。ちなみに動物の中で一番ナトリウム分か多いのは人間です。人間は元気でしょう?それに、恐怖の余り気絶すると青く見えますから、やはりナトリウム分をたくさん含む動物だといえます。

 今話題の青魚を例にとって、筋肉の元気についてもう少し考えてみましょう。海の長距離選手・マクロ、ブリ、カッオに始まり、サバ、イワシ、トビウオなどが代表的な青魚です。魚の赤い筋肉の中にたくさんの毛細血管か走っており、血液がにじんで入っています。これらの魚がさかんに勣くことで、血中のナトリウム分は当然増え、筋肉も塩辛くないナトリウムに変化します。私はこの状態を、 「血液が極まって青くなる」と申しております。

 余談ですが、日本人は昔から青魚を好んで食べていました。ですか青魚の赤い筋肉は「毒」でもあるのです。血から肉を造った時点で、すでに肉は中古品で言うなれば「血のお古」になっています。その中でも白い筋肉よりももっと使い古したのが赤い筋肉です。よって赤い筋肉の方が中古品のナトリウム分か多く、これか体にはあまりよろしくない。白身魚よりも赤身のほうか中和して食べなくてはいけません。それで、「毒消し’として、マクロには本わさび、カッオにニンニクやショウガ、イワシやサバにウメボシ、ショウガを合わせてとるようにしてきたのです(註3)。先人の知恵とは実に理にかなったことだと思います。

 鳩飼いは元気でなくてはいけません。飲んでばかりではなく、こういった健康によいものを食べることが肝心です。

※註3ちなみに牛肉の「毒消し」はジャガイモ・トマト。トリ肉では干しシイタケ。

 ◇◇◇◇◇ ストックする種鳩 ◇◇◇◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:51 修正
種鳩には、先ほど述べた「ブルー」の状態の鳩を持てれば何よりです。この場合あまり深く考えず、好きなトリをくっつけてください。

 また、灰色にサシ毛の多い鳩と栗系も種鳩に加えてください。サシの鳩は、羽軸が漂白したような真っ自いものではなくクリーム色かかったものを選びます。栗では黒っぽい羽軸の方がいいのです。サン毛と栗の鳩は灰色を濃くし、肉質を良くし、スピードを増すので、タネのラインナップに是非欲しいです。

 次に眼ですが、私は特に、「白い石目(銀目)」にポイントを置くことにしています。

ここでいう石目とは、近親交配を重ねて出てくるものと、白い土台に血のにじんでいるようなキレイな眼色のものをいいます。石目の性質は相手の眼色が濃くなってゆくときはそれに合わせてまいりますし、また明るくなる眼色のときは光を増す性質を持っているのです。

一羽の鳩にはおじいちゃんおばあちゃんが合計4羽いますね。種鳩にするならその4羽のうち1羽は石目のトリが含まれているかどうかを確認してください。

 続いてクチバシです。レース鳩はクチバシが一番重要なポイントを持っています。

クチバシの色が黒く、大きく固く鋭いものは呼吸器系が大変強い証拠です。呼吸器系が強ければ脂肪の代謝かよく、言ってみればいくらでも飛べるトリになります。黒いクチバシが極まったものかアメバシになります。体は弱そうに見えますが、これか一級品の種鳩です。大事にしてやってください。

 また、若鳩を種鳩にするときには、オスは見かけが良く、大きくて早くツガイになったり、メスですと早く卵を産んだ場合は疑問を持ってください。世代交代が早まる理由として、内蔵の欠陥がある例があります。この点をよく見極めて種鳩を選んでください。

 ◇◇◇◇◇ 太陽のような一羽 ◇◇◇◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:54 修正
いよいよ配合にかかります(註4)。
※註4……配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです」(小誌83年2月号「管理」

 オスらしいオスと、メスらしいメスを交配してゆけば当たり配合(ゴールデンーカップル)は間違いありません。ですが大方の人が品評会とレース塙の基準を勘違いしているようです。鳩体のバランスのとれた大きな、立派なオスをオスらしいオスと思っておられるようです。

 私か考えますオスらしさとは、究極の「固まり」である球に近い、鳩体全体が丸く小さくなって凝縮したようなありさまをいいます。私はどちらかというと大きい鳩は好きではありません。バランスのとれた体になりにくいからです。

 理想的なオスなど、動物の世界では一万分の一ほどの確率で出るか出ないかです。私も何とかして作出してみたいと一生懸命に励んでおるのですが・…

 あれこれ理屈にのっとって掛け合わせてみますが、その一方で偶然性の配合にも期待をしております。ニワトリの白色レグホンは、アメリカ全土に鶏小屋をぎっしりと並べて作出してもできないような偶然の産物だったのだそうです。二十世紀梨も偶然の発見です。また昔の人はお伊勢まいりで稲穂をお供えし、替わりの稲穂を持ち帰るということで品種改良を行なっていました。これも余談です。

 私の先生の先生である、故・堀場釦郎氏は、「どんな鳩でも種鳩になります。ただし副翼の悪い鳩からは当たり配合は誕生しません」と断言されておられました。遺伝的な観点から翼を見ていくと、副翼には過去の作出者が理想とした鳩が現れているからでしょう。ちなみに主翼の一枚目から六板目までには親鳩の状態か、七枚目から十枚目には翔歴が現れています。六、七、八枚目あたりには先祖の系統の羽根の形がよく出てきます。

※註4……配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです」(小誌83年2月号「管理」)

 さて配合ですか、銘鳩からいい子を引こうとするのがそもそも当たっていないと考えます。欠点をなくしていいところを引き出そうとしても、そううまくはいかないものです。それよりは、多少の欠点はあってももとの銘鳩のタイプに戻そう戻そうとしていくほうか早道です。レース鳩は元をただせばどれも必ず銘鳩の血を引いているのですから、あとはどういうタイプを目指せばいいのかをよく考えて配合することです。(註5)

※註5……地上を走っているダチョウには竜骨突起がないそうです。突起のない鳥からレース鳩のようにスピートの出る鳥になった竜骨を考えると、おもしろい配合も出来ると思います。

 ケンカ配合といい、ま反対のものを掛け合わせるのもいいようです。濃いものと薄いもの、白いものと黒いものというふうに。遺伝力は白いほうが強いですから、黒く作るようにもっていくとうまくいくと思います。
 黒くなると羽根の一枚一枚か厚くなります。早くなくとも帰って来るトリです。反対に白くなると早いけれども白ばかりだとやがて代が止まってしまいます。黒い血統を明るめにもっていけたら、いい成績が取れます。黒く重なったのはエネルギーの固まりです。

種鳩には欠かせないものです。太陽のような鳩を鳩舎に持っておけばまちかいありません。

 飛んだトリが必ずしもいいトリだとはいえません。兄弟にいいものがいる場合もありますし、無記録の中にも、レースで成績を上げていなくとも、いいトリはいます。成績のみでトリのよしあしを決めてしまわないことです。

 私の鳩舎で今一番気に入っている鳩はやはりちょっと見たところではひよわそうで病気がちで、決していいトリには見えません。ですか体は弱くても頭がいいので飼っているのです。賢さが表に出たら、無駄な動きをしないものです。用も無いのにはばたいたり、メスを追っかけまわしたりということがありません。

 【関連資料1】■ 徹底的に種鳩の皮下脂肪を取り除き、交配の準備をして下さい。■ 伊藤凱三 「今月の管理 西日本地方 2月 」(愛鳩の友1983年2月号P314〜P315)   伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:58 修正
※現在、編集中!!

◆徹底的に種鳩の皮下脂肪を取り除き、交配の準備をして下さい◆

 きさらぎにはいると、私は体力と気力の補給に努めるようにしております。

 少し早めですが、私の鳩舎では1000キロレースの持寄日が一番子の巣立ちです。1000キロレースに参加40羽近くなる前には次のようにしておりました。

 九州では春一番の南風が日本海へ吹き荒れてから交配に取り掛かったら最適と思います。二月に入ると大麦と野菜を増やして、完全に皮下脂肪を取り除きます (断食も三日間ぐらいやります)。脂肪がとれない時は夜間の風にあてます(元気のなくなった種鳩は、はずしています)。

 皮下脂肪がとれますと、配合日迄バランス(なるべくカルシウム分の多い)のとれたエサでもう一度調子を整えます。

 1000レースを3回も4回も帰還する鳩は、卵の時細長い形をしており、ピンポン玉のような卵では、一羽も帰還したことがありません。

 孵化した殼に血痕の付着の多いのは雌鳩の脂肪のつきすぎです。また濃緑色のガンデン状が残っている場合は、薬の使い」すぎ。良い血統、良い種鳩を持つことは、私達には限りがあります。配合とは飼育している種鳩を最大限に活用することで腕の見せどころです。お金持ちを負かす優越感があじわえます。

 レース鳩は、ただ♂と♀を交配するのではありません。鳩を人間にみたてて想像してみて下さい。美男と美女を結婚させるつもりで配合すると、見えない事、わからない時でも謎解きのようにわかりやすくなります。
 
配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです。最初に当たり配合の血統を会報、愛鳩の友誌にてさがします。

 眼、羽色、スピード、ねばり、距離などを考慮します。遺伝力は黒(濃)と白 (明)で掛け合わせます。また嘴と足を良く見て配合します。これで90パーセント決まりです。あとはフィーリングで決めます。遺伝力は薄い程強いので利用して下さい。必ず栗系・刺毛系・白い石目は最少限スト″クして下さい。

 【関連資料2】  イレブン  2022年11月10日(木) 5:01 修正
編集中です。

 ◆◆鳩界巨匠・名人珠玉選集◆◆:【完全復刻引用研究】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』No:001(『愛鳩の友』誌[1995年1月号~1996年1月号連載]    イレブン  2022年11月3日(木) 3:56
修正
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 連載を始めるにあたって〜『口伝・鳩学事始』と『蘭学事始』に思うこと 〜 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


丁度1ヶ月前の10月2日、本掲示板の読者であられるMIT氏のメールでの対談の中で話題に上がっていたことを考えるために、『口伝・鳩学事始(その2)』を掲示板に掲載しておりました。その記事を伊藤凱三氏が目を通されたことが きっかけとなり、先日の日曜日、伊藤氏に直接、電話でお話する機会がありました。伊藤氏は27年前の連載記事の掲載を懐かしんでおられるようでした。

 その折り、以前から、いつかは『口伝・鳩学事始』の連載全文をこの掲示板に掲載したいとの思いがありましたので伊藤氏にその旨をお話ししたところ、すでに鳩界誌上で公表された内容なので一向に構わないとのことでしたので、これを機会に掲示板で連載内容の全てを公開引用研究することにしました。

 イレブンは、これまで様々な論文等を掲示板に公開してきましたが、基本的にご健在の方で連絡がつけれる方には、礼を失してはいけないとの思いから、必ず事前にお断りの連絡を取るよう心がけてきました。(ちなみに、一昨年、連載した「OPEL BOOK 2020」連載の際は、スネークパパさんを通じて任氏にその旨をお伝えしてから連載を始めました)

 今回、研究連載を始める引用資料「伊藤凱三『口伝・鳩学事始』」は、この掲示板立ち上げた十数年前から、イレブンの書斎に1冊のファイルとして整理して大切に保管している資料のひとつでした。伊藤凱三氏といえば、鳩界の名匠として、全国に、多くのファンやお弟子さん達がおられます。イレブンの周囲にも、伊藤凱三氏との深い人間関係をお持ちの方が数多くおられます。

 その方達の間で、これまで、1995年1月から『愛鳩の友』誌で連載された『口伝・鳩学事始』の内容のことが幾度も話題に上がることがありました。また、この連載の原文をお持ちでない方や、読まれたことない方が結構居られる事も感じていました。

 そうした意味で、イレブンの思いの中には、いつの日にかこの掲示板に『口伝・鳩学事始』をアップし、日本鳩界の財産として多くの方にいつまでも目に触れることの出来る珠玉の名文として残す必要があると考えておりました。

 イレブンとしては、この資料の内容の素晴らしさはもとより、タイトルである『口伝・鳩学事始(はとがくことはじめ)』そのものにも特に魅力を感じていました。おそらく、このタイトルは、記事の編集を担当された「愛鳩の友」社のスタッフのお一人がつけられたものだと思いますが、そのセンスのよさが際立っています。

 ご存じのように、このタイトル『口伝・鳩学事始』は、杉田玄白の『蘭学事始』を捩ったタイトルです。

 福沢諭吉は、明治2年に再版された「蘭学事始再版序」にこの杉田玄白の『蘭学事始』を再版出版することとなった経緯についてこのように述べています。

 「蘭学事始の原稿は素(もと)より杉田家に存して一本を秘蔵せしに、安政二年江戸大地震の火災に焼失して、医友又門下生の中にも曾(かつ)て之これを謄写(とうしゃ)せし者なく、千載の遺憾として唯(ただ)不幸を嘆ずるのみなりしが、旧幕府の末年に神田孝平氏が府下本郷通を散歩の折節(おりふし)、偶(たまたま)聖堂裏の露店に最いと古びたる写本のあるを認め、手に取りて見れば紛(まぎれ)もなき蘭学事始にして、然(しか)も斎(いさい)先生の親筆に係り、門人大槻磐水(おおつきばんすい)先生に贈りたるものなり」

 つまり、杉田玄白が安政二年に記した原本2冊のうち、一冊は安政の大地震で消失し、残りの一冊が偶然、神田孝平が「聖堂裏の露店」で発見した時のエピソードを書き残しています。そして、その現存する唯一の原本を読んだ感想を次のように記しています。

 「我々は之を読む毎に、先人の苦心を察し、其剛勇に驚き、其誠意誠心に感じ、感極きわまりて泣かざるはなし」
 
 また、編集者、著述家として著名な松岡正剛氏は、かつて、この 『蘭学事始』に触れた文章の中で、次のように述べています。

「玄白の『蘭学事始』は、その内容もさることながら、最初は学問にとりくむ気概にふれたくて読んだ。まだ蘭学というものが世に知られていないころ、たった三人の青年が蘭学にとりくみ、そこでこつこつと始めたことを50年後にふりかえる、本書の内容はそういうものだが、この玄白83歳のときの回顧談は一度読んだらそれぞれの場面が焼き付いて、いつまでも忘れられないものがある。」

 更に、そんな忘れられない一場面として、蘭学の事始めとなった『コンストウォールド』(術語)という辞書の翻訳の作業の名シーンに関わる記述に触れ、そこで登場する前野良沢が養父の伯父の宮田全沢から受けた教えの言葉を紹介しています。次の言葉です。

 「人というものは、世の中から廃れてしまうとおもような芸能こそ習っておき、いま人が捨てているような事を学ぶべきなのである」

 更に、有名な千住骨が原でおこなわれた夜の腑分けに立ち会う場面で、

「腑分けの帰途すぐに、玄白と良沢と淳庵は『ターヘル・アナトミア』に着する決意を夢中で述べあい、論じあい、翌日は良沢の家で相談が始まる。ここからの、『解体新書』に向かっての編集方針の確立ともいうべきが興味深いのである。」

と内容の紹介が続きます。イレブンはこの玄白の『蘭学事始』に書かれているこれらのエピソードを読むとき、戦後の広島鳩界の胎動期とも言える時代に、名人柳浦の元で、英国で出版されていた『THESECRET OF EYE-SIGN』や『A Practcal Approach to the Study of Eye-Sign』を机の上に置き、日ごとその解読と研究を行っていたという伝説の勉強会のことが浮かび上がってきます。

 その勉強会に名を連ねていた人物の中に、石田実男とともに藤田雅明(通称オマンさん)がいたと伝聞されています。

 この『口伝・鳩学事始』が「愛鳩の友」誌に連載されたのは、オマンさん没後10回忌にあたります。このオマンさんの愛弟子伊藤凱三氏は、この連載を始めるにあたって、「名匠の実践講座その1」で、次のように記されています。

 「今年は、ちょうど我が師「千粁屋(せんきろや)」藤田雅明さんの十回忌にあたります。師の冥福を祈りつつ教えていただいたことを記事にしていきたいと思っております」

 氏の『口伝・鳩学事始』の連載にかけられた思いの深さをこの一文から感じ取ることが出来ます。

 今回、愛鳩の友誌で連載が始まった1995年1月から、27年後、2022年11月に 『口伝・鳩学事始』の完全復刻引用研究として、連載を始めることになりました。 杉田玄白が回顧談である『蘭学事始』は書いたのは、玄白83歳の時だと言われています。この時、玄白はその心情を「未だ世にあるの絶筆なりと知りて書きつづけしなり」と記しています。

 昭和15年生まれ(1940年)の伊藤凱三氏も現在丁度杉田玄白と同じ年齢になられていることに何か不思議なものを感じています。

この完全復刻引用研究の連載にあたっては、資料『口伝・鳩学事始』だけでなく、この前身でもある「今月の管理」での連載内容や公表されている伊藤凱三氏作出の銘鳩達の画像も可能な限り編集して折り込みたいと考えております。

 ついつい前置きが長くなりました。では、早速、連載を開催しますね。お楽しみに!!

 ◆◆鳩界巨匠・名人珠玉選集◆◆:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座その1=』No:002(『愛鳩の友』誌[1995年1月号P152〜p154より引用])  イレブン  2022年11月3日(木) 5:35 修正
いよいよ【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の連載を始めます。

この完全復刻の引用研究では、『口伝・鳩学事始』だけでなく伊藤凱三氏のそのほかの記述文や作出鳩の画像等も随時、編集を加えながら進めて行くことになります。多くは、すでに公表された文章の引用研究ですので、可能な限り資料の「出典」を明示し、イレブンの考察を随時加えながらの編集となります。

掲示板の良さでもありますが、いつでも内容を書き加えたり、削除することが出来ますのであくまで編集中の文章としてお読みいただけばと思っております。
では、始めますね!


◇◇◇◇名匠の実践講座その1 講師=伊藤凱三 ◇◇◇◇◇◇◇

九州には知る人ぞ知る、すごいフライターがいた。北九州中央支部の(名匠マイステル)」伊藤凱三氏だ。氏の、卓抜した鳩作りとツボを心得た使翔法には定評がある。今号から、伊藤氏が40年に及ぶ鳩との付き合いから体得した、体験的実践論に基づく管理方法を少しづ’つ披露していただこう。第一回は、伊藤氏の師匠の話に始まって、作出諭の入口まで、読者をいざなう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ・  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:37 修正
あけましておめでとうございます。
 今月号より、「愛鳩の友」読者の皆様にご指導を賜りながら、鳩に関する私の考えを述べていく所存でおります。

 さて、「一年の計は元旦にあり」という言葉どおり、今年はやさしい顔を作って鳩舎に出入りするよう心掛けたいと希望を持っております。また、年1回の総合優勝、品評会で部門別の一席を取ること、無記録のワカ鳩から種鳩を2羽選出できることを合わせて願っております。

■左画像(イレブン挿入):藤田雅昭作翔(オマンさん作畢生の銘鳩)【ブチブル号】64-477800BCW♂ 1000K4位 ※関連資料2参照

 ◇◇◇◇◇◇◇ 脈々たるウソツキの系統 ◇◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:38 修正
 今年は、ちょうど我が師「千粁屋(せんきろや)」藤田雅明さん(註I)の十回忌にあたります。師の冥福を祈りつつ教えていただいたことを記事にしていきたいと思っております。

 故・藤田氏には、もうひとつアダ名がありました。「オマンさん」といい、むしろ本名よりこちらのほうが親しまれておったかも知れません。この愛称は、我が師が「万にひとつもほんとうのことを言わない」というところからきていたのだと思います。

 そもそも、師匠の先生にあたります、京都の故・堀場飾郎さんが、鳩を「ウソの中から」勉強されたようです。

 堀場さんが本格的に鳩を始めたのは、西川系の確立者である西川宗七さんに卵を二個もらってからのことです。卵でもらったものだから、どのトリが親かを知りたい。そこで西川さんの鳩舎を何べんも訪ねるんですが、聞くたびに違うトリを「あれが親だ」と教わったんだそうです。すぐに本当のことを教えず、そうやって勉強させていったということなんでしょう。

たとえ、先生の言うことが素人にはいい加減に聞こえても、最後の結果としてはそのほうが上達の早道のようです。

 そういう流れをオマンさんもずっと受け継いできています。私も、「大ほらふきです」と自己紹介させていただくことがよくあります(註2)。ですからこの連載にしても、ぴたりぴたりとあてはめて申し上げるよりも、「この人はちょっとウソを書いているな」というくらいの方が、色々な見方ができるようになります。あんまりあてはめると、それがウソになってしまいます。半分くらい信じていただくくらいのほうがいいように思います。

※註1 藤田雅明氏 85年1月没。氏が急逝前に作出した「フジタ45号」のラインで伊藤氏は89年春のSCを制している。

※註2 小誌82年12月号より一年間、「今月の管理」欄を執筆。冒頭あいさつに「九州一の大ほらふきで通っております」とある

※左上画像(イレブン挿入):オマンさん作の銘鳩「フジタ45号」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 卵のカラにヒントがある ◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:40 修正
 さて今月は、作出をにらんでの準備期間として、しなくてはならないこと考えなくてはならないことがたくさんあります。順序立てて話していきましょう。

 オスメスの組み合わせなどを考える前に、昨年の孵化の時のことを思い出して欲しいのです。ヒナが孵って出ていったあとの、卵のカラの観察が大事です。孵化したあとのカラの内側に、血液とか濃緑色のガンデン状のものがくっついていたら、要注意です。

 まず血がつくのは、オスとメスを分離させておいた期間が長すぎて、メスのホルモンのバランスが崩れたことが考えられます。鳩舎によって、三番子を引いたあとに分けたり、秋まで子をとってから分けたりといろいろあるでしょう。私のところでは、分けておくのは二か月以内くらいがちょうどいいです。とにかく、分離期間の長さがメスに合わないと、そういう結果となって出てきます。

 それから、メス鳩が太り過ぎ、脂肪が付き過ぎた場合でも、カラに血が付着します。たいていの種鳩鳩舎は、十分運動ができるほどには広くないでしょうからこの場合はエサを調節してやります。
 緑色のものがあったときは、クスリのやりすぎです。トリコモナスやコクシジウムの予防のために投薬することは一般的ですが、何事もしすぎるのはいけません。クスリで失敗する人は多いようですので、自戒してください。

 一番子のカラに血などが付いていることが多いです。たとえば水俣病でも、主に第一子に発生していたように聞いています。長男、長女が毒にあうんですね。鳩でも同じことです。

 という訳で、一番子だけでもカラを一年間はとっておくと、良い反省材料になると思います。そのときにマジックでカラに親の脚環番号などをメモしておくことを忘れずに。

 話が出ましたついでに、クスリのことにも触れておきましょう。一番いいのはレース鳩専門の獣医に相談することです。それから今述べましたように、卵のカラの付着物で判断することです。

 種鳩には、主翼の8枚目が抜けたあたりからビタミン剤をやるといいです。一年間の疲れと換羽期の消耗で、鳩に疲れが出はじめるころですので。ここでクスリを使って体力をつけてやると、尾っぼのほうのトヤも順調にいきます。

 ビタミン剤は人間用の「ポポンS」を体重比を計算して与えます。人間の体重50キロとすると、鳩が500グラム、だいたい100分の1。量的にはさらに人間の規定量の4分の1から5分の1で効果が出ます。大まかに言いますと、飲水器にポポンSを備えつけのスポイトに半分くらい混ぜて飲ませます。

 ビタミン剤が多過ぎますと、筋肉がゆるんで病気になりやすくなります。鳩は腸が短いので、クスリの調節はとても難しいものです。フンがゆるむようでしたら、やりすぎです。

 また、コクシジウムのクスリが効いたかどうか見分けるにも、フンをよく観察します。谷岡ヤスジのマンガに出てくるとぐろを巻いたウンコの絵を想像してください。くるくると先細りの渦巻きに盛り上がったその先っちょに、ちょっと白いカルシウム分が付くようになったら、クスリはそこでやめます。

 私はクスリは極力使わないようにしております。元気の良い鳩に与える人もおりますが、私の鳩舎では病気の鳩にだけしかやりません。病気の鳩は徹底的に治します。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 選鳩眼でワカ鳩を種鳩に ◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:42 修正
 いよいよ配合論に入ります(註3)。まず、種鳩の選定です。

 私の、配合に対しての基本の信条がひとつあります。ゴードン系の確立者である故・モーリスーゴードンの言葉にこういうのがあります。

  「種鳩は長距離を3回以上帰還した鳩にしなさい。それよりも、ワカ鳩を種鳩にしなさい。もしワカ鳩の子が飛ばなかったときには、鳩の飼育をやめなさい」 これをを私なりに解釈してみました。

 [長距離三回]というのは、。内面的なスピード“がある鳩のことなのではないか。長距離というのは、鳩に「早く帰ろう」という意志がないことにはトリは帰れません。たとえ元気一杯でも帰りたいという気持ちが弱いトリよりは、体に多少欠陥はあってもその意志が強ければ帰ってこれるものです。帰巣心の強さ、つまり内面的なスピードです。

 また「ワカ鳩を種に」というのは、若さのバイタリティを求めてのことだと思います。メスのワカは、6か月くらいでも卵を産みます。このときとれた初卵などは最高の卵です。掛け合わせたオス親のいかんに関係なく、いいヒナがとれるものです。

 さて私はこの記事の冒頭、「無記録のワカ鳩2羽を種鳩にできますように」と申し上げました。レースに一度も出さずにタネにおろすためには相当な選鳩眼が要求されます。けれどもそこをくぐり抜けて、優秀な若い種鳩を手に入れることができたら、それは鳩舎の宝になることを保証いたします。そういう種鳩を一羽と言わずもう一羽、持てるように頑張りましょうということです。

 それから最後にある「ワカの子が飛ばなかったら、鳩をやめなさい」というくだりですが、これが選鳩眼ということだと思うのです。センスがないままに、人生の時間やお金をムダ遣いすることはないという教えでしょう。

 これが種鳩選びの目安です。

 次に、掛け合わせるポイントとなる、色の話をいたします。私か「色」と言うときは、単に羽色のことだけではありません。一羽の鳩は羽根、目、そして目のフチの全体に、共通の色みを持っているものです。これは体中に流れている血液の関係です。私は、色と血液は深い関係を持っていると考えており、外観から見た色は、内面の、つまりは血液の状態を表していると言えます(註4)。

 色の表現としては、黒、白(灰)、濃い、淡い(うすい)、明るい、暗い、そして茶色・:とこのくらいでしょうか。くりかえしますがこれは黒ゴマ、灰二引という羽色の表現にとどまりませんので、間違わないようにしてください。

 さて、色の話を始めますと、難しく、またおもしろくてどうしても長くなってしまいます。次号ではこの続きをもう少しお話ししましょう。
 ご質問は何なりと編集部宛でお寄せください。

※註3 「配合とは飼育している種鳩を最大限に活用すること。お金持ちを負かす優越感があじわえます」(前出「管理」83年2月号)

※註4 編集部注。「色」の話はホントウに難しい。伊藤流鳩学の真髄ここにありという感じです



(名匠の実践講座第1回目終了)

 『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座=』の日本鳩界鳩理論史上の位置づけと今後の編集方針  イレブン  2022年11月5日(土) 20:44 修正
この『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』の完全復刻研究の進め方をいろいろと考えていたのですが、その前に、『口伝・鳩学事始』の鳩理論史上の位置づけをイレブンなりに整理した上で取り組むことにしました。

まず、この『口伝・鳩学事始』は、文章としての特質として、表題に示されているように「口伝」に基づいた文章となっていることです。

この本文の内容は、伊藤氏の五体に刻み込まれたの数々の鳩理論をテーマごとに愛鳩の友社の担当者の方が編集した内容となっています。

この連載では、内容が理解しやすいように主にイラストなどの図案化した資料の挿入や適宜に注釈を加えるなどといった丁寧な編集がほどこされています。

日本鳩界の鳩理論の形成は、元の始まりからすると大正10年から2年間のほどの仏国から招いたクレルカン中尉が指導した講義から始まります。それ以前の日本には、鳩理論はおろかレース鳩自体が存在していませんでした。クレルカン中尉は当時のフランス陸軍随一の軍鳩の指導者でしたから、中野陸軍通信隊では、当時のヨーロッパの第1級の鳩理論が展開されていたと考えられます。

そして、その2年後から始まった民間払い下げを機に、一般民間人の間での伝書鳩の飼育が始まり、民間での鳩理論の形成が始まりました。ここで大きな役割を果たしていくのが、当時の鳩界誌『鳩』や『普鳩』でした。

イレブンは、確か5年ほど前、この戦前の鳩界雑誌の内容を調査したことがあります。戦前発刊されたこれらの鳩界誌は、国立国会図書館に収蔵されており、その閲覧は、直接、出向くか、資料閲覧室等が備えてある公立図書館を通じてインターネットで閲覧することが出来ます。

そこから閲覧し、必要な資料はコピー代等を支払えば資料として手に入れることも出来ます。イレブンは、ここで入手したファイル数冊分のデータを書斎に保管しています。

それらの資料をに目を通し、戦前の鳩理論の形成過程を概観すると、系統研究、飛翔技術研究、翼や骨格等の研究、配合理論や餌、管理に関する研究など、現在の鳩理論と変わらぬテーマで、かなり学究的な論文が登場していることがわかります。その事実に、イレブンとしては少々驚きを感じたことを記憶しています。

当然その雑誌等には、陸軍中野通信隊の軍人経験者等の名前も登場するのですが、主力となっているのは、民間の愛鳩家たちでした。現在にもその名を残す方として有名なのは、勢山庄太郎、関口龍雄、並河靖等の日本を代表する愛鳩家です。

さて、ここで『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』に話を戻します。

イレブンが、何故、伊藤凱三氏が1995年から1年間誌上連載を行ったこの『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』の日本での鳩理論形成史上の位置づけにこだわっている理由を説明いたします。

それは、先ほど説明した、クレルカン中尉の講義や戦前の鳩界雑誌等によるの鳩理論形成の流れ、すなわち、文字として文章に表された鳩理論とは、別に、口伝口承による鳩理論の形成の流れがあるということです。

このことを考えるのに、一番特徴的なのは「目の理論」です。様々なジャンルを持つ鳩理論の中では、「目の理論」こそがもっとも文章化されることがすくなかった理論だとイレブンは考えています。

イレブンの考えでは、我が国で一番最初に目の理論が語られていたのは、陸軍中野通信隊で行われていたクレルカン中尉の講義だったと考えています。その理由は、クレルカン中尉が来日した1920年3月には、すでにヨーロッパでは、目の理論に関する書物が発刊されており、系統研究の重要な手がかりとして重要テーマになっていたからです。仏国随一の鳩研究の第一人者であったクレルカン中尉が目に関する深い知識を持っていたと考えるのは、至極当然なものと考えます。しかし、当時の通信隊のテキストには、そうした目の理論の形跡は残っていません。

あくまで推測ですが、目の理論については、クレルカン中尉自身が、口伝口承の様式で伝えていたのだろうと考えています。そして、このことが、後々の世まで我が国において「目の理論」が文字のよる伝播ではなく、「口伝口承」の中で、語り継がれることになっていった遠因のように考えております。このことを支える事実として、2つの伝え聞いた話があります。

一つには、クレルカン中尉が語った目の理論を書き残した文書を実際に見たという伝聞です。クレルカン中尉が口述した目の理論を講義を受けていた、当時の陸軍の軍人の人が書き残した文書の存在が実際にあったという話を聞いたことがあります。

もう一つは、イレブン自身がもう、30年以上前に直接聞いた話です。地元の愛鳩家であり、イレブンの大学の先輩にあたるS氏が旅先で偶然、昔軍人として軍鳩の管理に携わっていた人物に出会い、その人との会話の中で幾度も「目の理論」が語られていたという話です。その旅先とは、イレブンの記憶では、関東の方だったと記憶しております。(このS氏は随分以前にレース鳩の飼育を止められていますが、現在もイレブンはお付き合いをさせていただいています。)

いわゆる「都市伝説的」な逸話に近い話ですが、口伝伝承の流れの存在を説明する為には、こうした伝聞を積み重ねるしか有りませんのでご了承くださいね。

さて、戦後の鳩界史上で「目の理論」に注目が集まり、鳩界雑誌上の話題として注目され始めたのは、イレブンが、かつて連載した『超長距離時代の群像』で考察したとおり、鳩王号をはじめとする数々の超長距離鳩を次々と生み出し、時代を席巻した「広島鳩界」の登場からです。

何故、戦前、関東にある中野通信隊でクレルカン中尉が口述していたとされる「目の理論」が遠く中国地方の広島・呉地方に伝わり、鳩理論として確立していたのか。

詳細はいずれ、検証資料に基づいた考察をしたいと考えておりますが、ここで重要なのが、戦前の日本鳩界の主力勢力が大阪・京都中心とした関西のいわゆる勢山庄太郎をはじめとする旦那衆たちの存在です。そして、中野通信隊で最重要種鳩を収容していたいわゆる「Z鳩舎」の鳩を闇ルートで、関西に流していた旧帝国軍人岩田巌の存在です。戦前の日本鳩界の勢力は明らかに関西がレース鳩の中心となっていました。日本鳩界初の鳩界雑誌『鳩』を出版していたのは大阪の地でした。その発起人の一人として勢山庄太郎の名前が資料として残っています。更に、戦前の鳩の輸入業者も関西に数店存在していました。

1945年の終戦の年、米軍の日本全土を焼き尽くす焦土作戦により日本中が焼け野原になった中、いち早く鳩レースを開催し復興の歩みを始めたのも、大阪・京都を中心とした関西地方の鳩界でした。

さて、戦後の関西鳩界と広島鳩界をつないだ主要な人物と考えられるのが、堀場飾郎、広谷正喜、そして、柳浦名人と連なっていた人たちでした。

堀場飾郎は、広島の鳩の放鳩の立会人として長く関わっており広島鳩界の恩人として尊敬と信望を得ていた人物です。(※堀場飾郎先生とは、イレブンが若い頃、直接京都のご自宅に数回お邪魔してお話を聞いています)

広島鳩界の大御所広谷正喜については、「超長距離時代の群像」の中にも度々登場していますし、氏が『愛鳩の友』誌上で連載していた論文「銘鳩を数多く見て鳩を見る目を育てよう。”これでよい”という限界はない」は、本サイトの「鳩界・巨匠・名人珠玉選集」に収録しています。細川英次郎郎、関口龍雄など当代第一級の多くの人物との深い交流を持っていました。、

名人柳浦の存在を鳩界誌上初めて公開されたのは、スネークパパさんの論文「スネーク系確立への道」でした。名人柳浦は細川英二郎、並河靖、岩田孝七、誠三の岩田兄弟、関口龍雄といった著名な関西関東の鳩舎を訪問し種鳩を導入していた人物です。こうした人物との交流の中で英国で出版されていた目に関する書物の存在を知り何らかの方法で入手していたと考えられます。そして、その名人柳浦と親しい友人関係にあったのが、伊藤氏の師匠千キロ屋のオマンさんとなる訳です。

極めてざっくりとした鳩界鳩理論史の説明となってしまいました。広島鳩界で形成されてきた、口承口伝の鳩理論形成の重要人物千キロ屋オマンさん(藤田雅昭)の愛弟子伊藤凱三氏は広島鳩界の口伝伝承の正当な系譜に連なる人物となるわけです。。その伊藤氏が、文書として体系的に整理された形で、初めて公表されたのがこの『口伝・鳩学事始』だと捉えています。少々大仰な言い方になっていますが、率直にイレブンは、このように日本鳩界に流れる口承口伝の鳩理論が活字として文章化され、しかも、豊富な競翔実績に裏打ちされて築き上げられてきた鳩理論であるところに『口伝・鳩学事始』の価値の大きさを感じます。

伊藤氏は、ご自身がこうした口伝口承の系譜に連なっていることを「脈々たるウソツキの系統」と連載冒頭に語っておられます。その「口伝口承」の様式は、「『本当のことをいわない』で「大事なこと=秘伝」を伝える」といわれているのですから、この『口伝・鳩学事始』を読んでいく上で、大切なことは、語られている一言一言の奥に秘められている真意を自分で熟考していく構えが必要だということだとイレブンは捉えています。

その意味で、この鳩界巨匠・名人珠玉選集として取りあげる「【完全復刻引用研究】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』」では、毎回の講座ごとに伊藤凱三氏が語る「要文」を整理しながら、連載を進めて行く考えです。

そして、その「要文」の一文、一分に関連する資料の挿入や考察を加えながら、イレブン自身の理解を深めて研究していきたいと考えております。

基本的な研究スタンスがハッキリしましたので、それでは、『口伝・鳩学事始』の完全復刻引用研究版の編集の構成を整理しておきます。

■巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の編集構成■

毎回の実践講座ごとに以下の構成で編集していきます。


@「『口伝・鳩学事始』名匠の実践講座」の全文引用
A 関連資料@「今月の管理」(1983年連載)の全文引用
B その他の関連資料の掲載
C「要文語録」の編集   
D 考察

腰を据えて研究連載に取り組む予定ですので、結構時間がかかるかも知れません。これを機会に、しっかり伊藤鳩学を学びたいと思っております。様々なご意見、感想等を遠慮なくお聞かせください。  

以上

 【関連資料1】■ 春季の百キロレース優勝は千キロ優勝につながる ■ 伊藤凱三 「今月の管理 西日本地方 1月 」(愛鳩の友1983年1月号p338〜P339)  伊藤凱三  2022年11月6日(日) 4:59 修正
 あけましておめでとうございます。今年の目標はクラウン賞獲得です。

 私の鳩は自由舎外で、強風でないかぎり、一年中出ております。朝夕満腹主義です。市販の中クラスの飼料ですが太陽光線にあてて乾燥させて与えます(カルシウム増加)大麦は体温が下がりますので一割しか入れておりません。
 
春季訓練は致しません。上位入賞するには50キロより手前での放鳩訓練、また中間訓練は百害あっても一利もないと思います。有視界飛行になり疲れるだけだと思います。

 関門海峡は8メートル前後の下降気流か一日中ありますので、西側の方向判定の良い放鳩地を見つけて下さい。そして本州に距離を伸ぱしていくと、近くでの失踪がなくなります。朝早くに出るもやとトピ、タカ、海鳥のいないところで放鳩して下さい。

 春季は100キロ優勝が1000キロ優勝につながりますので調子を100キロレースに合せております。

 最初の帰還コースが決まると最後まで同じコースで帰ります。短距離レースを手技きしますと私に目標を置いている会員に申しわけないので頑張っています。誰か3ヵ月間調子が落ちない方法がありましたら内緒で教えて下さい。

 若鳩は元旦から。バスケット訓練と同時に野菜、根物、野草、ピーナツ、ゴマ、大豆(必ず煎大豆にして下さい)など喰べさせる訓練もしております。また同時に嘴、鼻ゴブの湿った鳩、眼光のない、毛吹きの悪い脂粉りのらない、肉付き、足指の血色が悪い鳩は病原菌と寄生虫の駆除を徹底してやります。

 元気の良い鳩には薬は絶対やってはいけません。体のバランスが崩れます。良い鳩でも遅れて帰りません。また長距離を何回も帰らなくなります。特に長距離を何回も生命がけで帰ってくる鳩は沢山の良い事を教えてくれます。鳩は正直で帰って来ないのは飼主がうらぎっているからです。(反省‐‐・)

 先輩は、みんな薬で失敗しているようです。分量を良く聞いて間違いないようにやって下さい。

 【関連資料2】1000k総合12位(広島中央連合会6位)【プチブル号】64-477800 BCW♂作出使翔者 藤田雅昭(愛鳩の友66年10月号「これが1000k鳩だー広島地区の1000k鳩を分析する」P68より)    2022年11月6日(日) 5:37 修正
「■翔歴■40年春700k 翌日、1000k1ヵ月目、41年春600 k翌日。

■系統■ 大体、在来系らしい。

□父:【無環ブル号】弟、直仔700k、800k, 1000k2回(祖母:56-335334【ネクタイ号】堀場作、仔、孫に700K、800K、1000K多数)

□母:37-135896森沢氏作、400K5位.仔600k 700k、孫農林杯(祖父36- 126007B森沢氏作、600k、直仔1000k、堀場系.祖母59- 26309、森沢氏作、8501系×勢山系きれいな石目鳩)

■特徴中型の小■目付き悪し。根性がある

■状態■持寄り時は抱卵一週間め。道路で自助車にはねられ、’調子か悳かった。

■備考■作翔者の藤田氏は、干粁屋店主、通称お万さんという人気者である。
 「愛鳩広島」に彼いわく「配合は恋愛から、雛は取りません。卵はみな友達へただし有料。鳩舎は地球の上のバラック建て、店の中が鳩小屋で巣箱もなく、勝手に住みついている。舎外をしても電線にとまり、自転車、タクシーによくはねられ、犬や猫にも追われ、人間につかまるし、手の付けようなし」と。

 しかし、同じ鳩で前年は後日帰りとは言え、1000kを都合二回帰している彼の言葉は、どこまで信じてよいものか?」

(『愛鳩の友』1966年10月号「これが1000K鳩だ -広島地区の1000k鳩を分析する-」P68より引用) 

 【関連資料3】■■「千粁屋 藤田雅明」■■(『鳩友』1971年8月号P114より引用)    2022年11月6日(日) 5:56 修正

この店は,1954年に干粁屋の名前をつけて開店したというから、17年の歴史をもっていることになる。

 販売している主な系統は、アイザクソン、ロビンソン、五万系などが主体になっている。そして品種改良につとめ、また販売にもつとめている。

 店主の藤田氏は、1965年度に1000粁に成功し、その後3年連統して成功したのである。だから鳩舎としても名高ぐ、その後もずっとつづけて、店とレースを両立させている。要するに藤田氏は広島きってのベテラン鳩舎でもあり。ベテラン鳩店でもある。

 氏自身が持っている鳩も。中国地方から外に出して大いに飛ばしてみてくださいとの話である。

 また、当舎の鳩を購人したら必ず一流鳩舎になれる、とは藤田氏がいつも強調しているところである。

 とくに地形的に恵まれない地方の方がたには、すすめたい鳩がたべさんいるということです。

 小数精鋭主義を方針としているため、鳩もこの線に沿って飼育しており、100羽ぐらいの鳩に自信と信念をもって、販売にまたレースにのぞんでいる。

 広島鳩界の産みの親といわれている石田実男氏によれぱ、鳩の種類は京都では堀場系、大阪では細川・勢山系が多くなっている。

 広島では、勢山、今西、五万など広島在米の系統のものが多く、いずれもそれなりに活躍しているという。千粁屋さんの名声も山陰山陽にとどろいている。

 ◆◆伊藤凱三『口伝・鳩学事始』【実践講座1】要文語録集◆◆  ■伊藤凱三■  2022年11月6日(日) 6:06 修正
@「一年の計は元旦にあり」という言葉どおり、今年はやさしい顔を作って鳩舎に出入りするよう心掛けたいと希望を持っております。また、年1回の総合優勝、品評会で部門別の一席を取ること、無記録のワカ鳩から種鳩を2羽選出できることを合わせて願っております。

Aすぐに本当のことを教えず、そうやって勉強させていったということなんでしょう。たとえ、先生の言うことが素人にはいい加減に聞こえても、最後の結果としてはそのほうが上達の早道のようです。そういう流れをオマンさんもずっと受け継いできています。私も、「大ほらふきです」と自己紹介させていただくことがよくあります。

以下続く

 【考察】『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座その1』  イレブン  2022年11月6日(日) 6:08 修正
・・・

 名匠伊藤凱三氏「口伝鳩学事始」完全復刻連載を始めます!!  イレブン  2022年10月31日(月) 5:11
修正
昨日、名匠伊藤凱三氏と直接電話でお話しする機会があり、その際、先日から掲示板に掲載している参考資料「口伝鳩学事始」の連載全文をこの掲示板で公開する事が決まりました。

近日中に連載を開始いしたしますのでお楽しみに!!

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