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 撮影の季節2020 源流系帝王ライン基礎鳩 【帝王6867号】  イレブン  2020年11月18日(水) 2:53
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 撮影の季節2020 源流系2代目基礎鳩 【源流モンスターキッド号】  イレブン  2020年11月18日(水) 2:49
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 ■■【『Piet de Weerd 研究』関連資料】■■◇◇◇◇ デルバール(Maurice Delbar)系資料E太田誠彦『Pigeon Culture第5回−デルバール系の始原と展開@−』◇◇◇◇【出典:『愛鳩の友』誌、1994年7月号P108 より引用)】  イレブン  2020年11月15日(日) 5:37
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 ・    2020年11月15日(日) 5:38 修正
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 今日、世界のさまざまな飛び筋を形成するペルギーのクラッシックについて語る。パイオニア大田誠彦氏が長年の研究の末にたどり着いた血統論。世界の名系のそのオリジン、特徴、そして今日への継承について豊富な知識を傾けて語り明かす。第一弾は「デルバール」である。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ■デルバール系との出会い■  太田誠彦  2020年11月15日(日) 5:39 修正
 京都の並河 靖さんが1959年に4羽の若鳩をモーリス・デルバールから導入した経緯については、5月号に述べた通りです。またFCIの会議に日本代表として出席された東京の関口龍雄さんを訪ね、デルバールが当時のベルギーで非常に活躍してるとの話を聞いたのは58年のことでした。

 私か初めて並河さんの鳩舎でデルバール系を実見し私なりに納得して、バロン号の直子であるバロン・スター号(*@)という鳩と、エカイエNo14という鳩の同腹のボンブルーVの二羽を、懇請のすえ譲り受けました。当時の私にとっては初めて手にするベルギーからの輸入鳩であり、当時の私にとっての最高の鳩でした。またわが国におけるデルバール系の優勝鳩を輩出した第1号だと思います。

*@ 直子三厩N総合優勝(並河鳩舎作翔父のバロンは52年生のゴマの雄で1000キロまでに22回入賞。祖父ボンブルーは40回のレースで16回入賞の代表鳩)

 その後、1968年に初めてベルギー、ヨーロッパを訪問して以来30数度の渡欧を経験し、また今日こそ多くの資料を入手し、私の研究も充実してきましたが、当時の日本鳩界には、シオンやブリクー、スタッサールなどについてはそこそこのデータが入手できていたものの、デルバールについての資料、情報はほとんど皆無に近い状態でした。またベルギーの鳩界や、古い血統を解説した著書も極めて少なく入手は困難でした。

 ベルギーのピジョンスポーツが産声を挙げたのは19世紀のことであり、1800年代の中、後期にかなりの隆盛をみたことは確かです。しかし、歴史というものはキチンと記録が保管され、あるいは著作物によって発表されなくては歴史として公認されません。その意味で、ベルギー鳩界の確実なデータというものはかなり後年になってから整備されだします。

 またベルギーで脚環が協会から発行されたのは1920年であり、それ以前に好成績を収めた有名な愛鳩家は多いのですが、その活躍や優秀鳩を伝えるものは所謂「風聞」あるいは「口伝」によるものであって、確実な資料とするには曖昧なものといわざるをえません。

我々が今日のベルギーの血統や鳩を研究するうえで、そのオリジンを知ることは非常に重要なことであり、不可欠の要素です。しかしながら近代ベルギー鳩の発祥については、前述の通りはなはだ曖昧模糊としております。つまり、その発祥のころには脚環が無いため鳩を特定することができず、またレース鳩を改良するプロセスに関する記録が、ほとんど残されていないからです。

 それでも今日のレース鳩の基礎を築いたというべき愛鳩家として決して忘れることのできない人物としてユランという人がおられ、またカール・ウェッゲ、ベックマン、ファンシングン、またアウセーノなどがおります。みな1800年代中期の人物です。この中で、私はウェッゲの写真をみたことがあります。近代ベルギー鳩の改良に極めて大きな影響を与えた人物です。

 彼の業績について、英国の愛鳩家であり優れた研究家であったドクター・アンダーソンは彼の著作に「極めてきつい近親交配をおこない血統の固定を図った」という指摘をしています。しかし彼がどのような血統の鳩同士を交配し、どのようなチャンピオンを作ったかという点では残念ながら不明の部分が多いのです。

 鳩の血統というもは作出者がキチンと記録を取り、文書に残さなければならないものです。

 黎明期のベルギーの主要な愛鳩家でありかつ今日、世界の鳩界で実績残すデルバール系を基礎にして形成された活躍鳩舎の血統的関連を示しだのは上掲の概略表です。
 図中の愛鳩家がどのように交流し、どのような鳩を介して血統を交配したのかについては、前述のとおり不詳です。

 ウェッゲ系の鳩を活用した愛鳩家はベルギー国内を見てみるとフランス語圏であるブラッセル地方に鳩舎を構えるギョイム・スタッサール、そのブラッセルから30牛口ほど南のジョリモンに住む(ドクター)アーサー・ブリクー、その弟子のエルネスト・デュレーなどを私は「ブラッセル・タイプ」を創成した鳩舎と考えます。

 また西に目を転じると、フラマン語圏(西フラマン州)のテオ・ファンデヴェルデがあり、この鳩群からカトリス兄弟、シャルル・ファンデルエスプト、レオポルド・ボスタイン、オスカー・デフレンドなどが血統を活用していました。

 こうしたベルギーの第2次大戦以前から活躍してきた愛鳩家の血統関連の中に、モーリ
ス・デルバール鳩舎を位置づけると、ブリクーより24、5歳若く、デュレーやトレムリーなどとほぼ同世代となります。

(つづく)

 ■そのオリジンについて■    2020年11月17日(火) 4:56 修正
 数年前に故人となったモーリスーデルバール氏の血統は、今日までの私の研究の結果いえることは、国を問わず、世界で最も多くの活躍鳩を生みだした血統ということです。モーリスは、父のオスカーとともに、フランス語圈のルネー(フラマン語でロンス)に鳩舎
を構え、1910年代にはピジョンスポーツに親しみだしました。

 モーリスは私の記憶によれば1900年の生まれで、80歳を越える長寿をまっとうしました。そのデルバール鳩舎の血統を形成した鳩たちが文献上に現れるのは、脚環が発行になる1920年以降のことです。

 その時代のベースをなしているのが「ド・プレーター」という鳩舎の鳩です。モーリス氏の生前に、そのド・プレーターなる鳩舎の鳩について私は質問したのですが、どのような血統を基にしていたのかは判明できませんでした。ドクター・ブリクー系も間接的に彼は導入しております。

 ちなみに現在のデルバール鳩舎は、モーリス氏の子息である二代目のモーリス氏(通称ミッキー)が継いでおり、ロフトを先代とは別に設け、亡き父の血統を継承しています。

 先述のとおり、私にとって初めて手にしたベルギーの鳩がこのデルバール作出のバロン・スターでした。並河さんにトレードの申込みをしたのは、並河さんが62年の三厩ナショナルで総合優勝を遂げる前のことです。後に優勝鳩となる60−40382号(*A)が新潟の400キロレースで京都全域で優勝した時点でした。

 当時の京都の鳩界は非常に隆盛を極めておりましたから、デルバールの勝利の意義を大きなものだと判定したのです。並河さんも、デルバール、またバロンの血の優秀さを充分に認識しておられていましたから、私のトレード申込みは容易なものではありませんでした。

 並河さんからデルバールの種鳩を導入してから初のヨーロッパ旅行までの間には、私かデルバールに関する研究を行ってきた過程の中で、例えば大阪連合会の細川英次郎氏が導入したバルセロナW号(60年・61年バルセロナーN10位、8位入賞)という鳩かおりました。
 
この鳩を作翔したヘクトール・ベルレンジ鳩舎はデルバールの後継というか、分家のような鳩舎です。バルセロナWは灰の小さな雄鳩でした。この鳩や、また並河鳩舎の種鳩だったバロン・スターなどをとおして、デルバール系が長距離にかなり良い性能をもっていることを私は理解していたのです。
  *A 62年春三厩N800キロ総合優勝。
  父はV・ロビンソン系、母はバロンの娘 1968年に初めてヨーロッパを訪問した私は、すでに導入していたギャマン(60年バルセロナーN優勝)やミュニイエ号(62年63年バルセロナーN連続優勝)の作翔者であるアルベール・モナンやアデラン・ドマレーの両鳩舎を訪ね、バルセロナの覇者とその鳩舎を観ることを大きな目的にしておりました。同時にベルギーをはじめ世界で多くのCHを生み出しているデルバール鳩舎を訪ねて、そ
の現実の姿を見ることが私の旅のテーマでした。

 ■血統の特徴をチェック■    2020年11月17日(火) 5:04 修正
 鳩の血統による特徴、タイプの違いは、生物学でいう[種]ほど厳密なものではありません。しかし、愛鳩家が識別する「差異」は顕著なものです。私の五感と多数の導入経験をとおして得たデルバール系の体型としての特徴を述べてみます。

 〈鳩体に関して〉

○中型または中型の小 
○骨格は太くなく一般に軽めの鳩が多い(シオン等に較べるとキールは短く途中で切れた感じの鳩が多い)
○ボディはやや詰まり気味の鳩が多い O背は丸みを帯び掴むと尾を下げ気味にする鳩が多い

〈風貌、肉質など〉

○一般的には雌タイプの雄が多く、灰の羽色に出た鳩の多くは小ぶりで、灰ゴマに出た雄の中にはなぜか胸幅が広いものがある。
○肉質は概して柔らかいものが多い

〈目、羽色について〉

○目の色については赤目、金目と称される特徴ある目が多い。薄い柿目や黄色い目、石
目は少ない
O灰または灰ゴマが多く、白刺しや灰栗、栗ゴマがある

 という点が、私の鑑定によるデルバール系の特徴です。羽色の点では、白斑の生まれることが多いのも特徴のひとつです。これは、第2次大戦前の、1930年代のデルバール鳩舎のチャンピオンなどを調べてみると、ブルー・バリオレ(灰刺)とかエカイエ・プリュームブランシュ(灰ゴマ羽白)と名づけられたものかおり、この鳩だちからの影響で また栗系のルーツは1950年前後にバルセロナ・インターを制したダネーブ兄弟の優勝鳩です。私の記憶によれば、ブリクーとデルバールの血を引く栗ゴマの優勝鳩と交配するためにデルバールは、バロンの妹をダネーブ鳩舎に持っていき共同作出をして、できた子鳩を2羽持ち帰りました。このラインからバルセロナで多数回入賞したパールー号やその子の9号といったミュニイエ(灰栗)の鳩が生まれています。

 デルバールはこのような他鳩舎との血統的な交流を随分行ってきました。ブリクーやトレムリーといった当時の有名血統と交配し、その血を導入してきたのです。

 写真で観る古いデルバール系の鳩体は胸が張り、詰まり気味の鳩が数多く見受けられます。1932年生まれの代表鳩プティ・エカイエ号(*前頁写真参照 フラマン語でクライネン・ゲシェルプト)の写真を参照してください。この鳩はデルバール系の特徴を良く体現しております。特に印象的なのは、その鮮明なゴマ模様です。

 ちなみにフランス語のエカイエとは「ウロコ」という意味で、ゴマの羽色が魚のウロコを連想させることからの呼び名です。プティ・エカイエは1938年サンバンサンIN4位・N優勝、1939年同レースIN3位・N優勝を収めています。

 余談ですが、ベルギー人が鳩名をつける場合、体や状態を形容したものが実に多いのです。私か並河さんから導入したのは、代表鳩のバロンの血統でした。このバロンというのはフランス語の「BALLON」で「風船」を意味します。

 これに対しローセンスが飛ばし、75年のバルセロナーインター2位に入賞した「バロン」は「BARON」であり「男爵」という意味になります。日本語ではともに「バロン」と表記して、区別できないことが多々あります。

 デルバール系は、私か研究した多くの血統のなかで、最も多くの国々で活躍し、素晴らしい適応性を示した名血です。次号では、デルバールからどのような鳩舎が分派し、今日に継承されているかを述べていきます。

(以上)

 撮影の季節2020 源流系異血ライン2代目基礎鳩 【モスクワU号】  イレブン  2020年11月17日(火) 4:43
修正

 撮影の季節2020 源流系岩田ライン基礎鳩 【帝王705号】  イレブン  2020年11月16日(月) 22:10
修正

 撮影の季節2020:源流系選手鳩 20-03711B♂  イレブン  2020年11月15日(日) 17:44
修正

 撮影の季節2020:源流系選手鳩 19-05359DC♀  イレブン  2020年11月15日(日) 17:36
修正
【翔歴】
〈2019年秋〉 
100K記録 
200K記録 
300k記録
〈2020年春〉 
100k記録 
200k連合会6位入賞 
300k記録 
500キロ当日記録
〈2020年秋〉
100K記録 
200K記録 

 撮影の季節 2020  みーちゃん 七五三  イレブン  2020年11月15日(日) 14:57
修正
イレブン家のお姫様の七五三でした。

 七五三A  イレブン  2020年11月15日(日) 14:59 修正

 2020年秋 500kレース  イレブン  2020年11月11日(水) 21:09
修正
昨日が秋レース最終の500キロの持ち寄りでした。

イレブン鳩舎は、♂1羽朝♀5羽計6羽の参加です。連盟でも170羽位でした。最近は秋レースへの参加が減少傾向にありますね。

さて、放鳩は明日の朝の予定です。、

 2020年秋 500kレース  参加6羽 当日記録0羽 翌日1羽 計1羽   イレブン  2020年11月12日(木) 21:46 修正
本日9:20分放鳩とのことでした。

仕事から帰宅して確認しましたが、当日の帰還はありませんでした。明日を期待しています。厳しいレースになっているようですね。

【翌日】翌日1羽記録でした。厳しい結果となりました。幾点か、思い当たる反省点もありますので、改善し、来年の春レースに臨みたいと思っています。

@20−03604 SlAT ♀ [連合会17位] [分速:831.093m]

 @20−03604 SlAT ♀ [連合会17位] [分速:831.093m]   イレブン  2020年11月13日(金) 22:13 修正
■父:【帝王5680号】
帝王ロフト作 
95ゴールデンアイ4重近親
帝王系極近親種鳩
全兄弟:黄眼号、帝王5718号

■母:【帝王パイドU号】
帝王ロフト作
帝王パイド7396号の直仔

 ・  イレブン  2020年11月13日(金) 22:22 修正

 ・  イレブン  2020年11月13日(金) 22:35 修正

 ■■【『Piet de Weerd 研究』関連資料】■■◇◇◇◇ デルバール系資料D デルバールクラブ研究会『M.デルバール(Maurice Delbar)氏を囲んで−デルバール鳩舎の飼育・競翔法を聞く−ー◇◇◇◇ 【出典:『ピジョンダイジェスト』誌、1976年1月号P40 より引用)】   イレブン  2020年11月11日(水) 3:43
修正
世界的巨匠M.デルバールの2回目の来日の際の資料です。来日したのは。1975年11月16日午後4時30分です。同11月27日までの約11日間の滞在だったようです。当時77歳のM.デルバールの行動力には感心させられますね。

さてこのこの座談会「M.デルバール氏((Maurice Delbar)を囲んで」は11月24日、大阪プラザホテルで行われた交歓レセプションの場での記録記事です。37名の参加者を代表して質問したのは、当時の日本鳩界の代表する7名の歴々たる人物です。選りすぐられた質問に対して、M.デルバール氏は、率直・克つ明快な回答を話しています。

重要な発言もありますので、以下に抜粋しますね。

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◎■デルバール■いい眼としての基準ということですが、これはレース鳩、種鳩あるいは品評会に出す鳩の区別なく、いい眼をもっていなければなりません。
 私としては眼環、瞳孔は小さい方がよく、いきいきとした色をしていることが大切だと思っています。
 それと色が濃い方がいいようです。全体に濃い色で、赤い部分も瞳の部分も濃い色をしているのをみつけるのが大切ですが、この色をみつけるのはなかなかむずかしいです。
 また虹彩は赤で瞳に近づくほど黄色を増していくのがいいです。私は金色の多い赤眼の鳩が好きです。
 種鳩の眼では暗い色と明るい色とを配合させるといい鳩が出るようです。これは眼だけに限らず羽色についても同じで明るい色には暗い色をかけるとよいでしょう。

◎■吉川■ それではデルバールさんは鳩を選ぶ時どこにポイントをおいて選ばれるのですか。
■デルバール■ まず最初に羽根をみます。鳩をつかんで羽根を拡げてみて、柔軟性がありよく拡がる羽根をもっているかどうかをみます。それから腰というようにみていきます。

◎■デルバール■(略)これらの9月に行なわれる若鳩レースというのは私の場合は3月と5月に生まれた鳩を参加させるのですが、若鳩をこれらのレースでふるいにかけて、一年目からいい鳩だけを集めてのトレーニングに入ります。

◎■デルバール■Wシステムは雄鳩の帰巣本能を高めるのに非常に効果的なんですが、若鳩にWシステムを用いると鳩がいたみやすいので、8〜9月のレースではナチュラルで参加させています。

◎■並河■ それでは雌鳩の場合はどうですか。若鳩の雌をレースに参加させる時は抱卵で出すのですか。また抱卵させてレースに出す時はやはり12日目頃ですか。それと産卵させないためにはどのような方法を用いますか。
■デルバール■雌の若鳩はナチュラルで参加させますが、抱卵して行く時は12〜13日頃です。産卵を防止するには一羽につき一つずつの止まり木を与えてやると産卵しません。

◎■デルバール■(略)一度に沢山餌を与えすぎたりするのはよくありません。朝夕それぞれ一時間ずつ舎外をし、鳩舎に入って約一時間半後位に給餌してやればいいでしょう。鳩は舎外後は空腹を覚えるのでこうした舎外の後では、餌をよく食べるようになりますよ。

◎■デルバール■私のところでは朝1時間位舎外させて6時半には鳩舎に呼びこみ、8時頃餌を与えます。餌料はトウモロコシ75%、豆二五%の混合飼料を基本食として常備していますのでこれに小粒を混ぜて朝は15gぼどやります。夜はやや多目の20g位です。朝夕それぞれ食べ残した場合はさっさと片づけてしまいます。それから大麦はシーズンオフは70%位混入しますがレース中は大麦を余り与えません。

◎■岩田■(略)次の1000キロレースに備えるためには、この間どれ位舎外運動をさせればレースにベストコンディションで参加できるでしょうか。
■デルバール■毎日最低1時間は必要ですね。それでなければ鳩体に脂肪がすぐついてしまいます。旗をふってでも飛ばさなければいけません。できれば朝夕1時間の方がいいですよ。

 『M.デルバール氏を囲んで−デルバール鳩舎の飼育・競翔法を聞く−』    2020年11月11日(水) 3:45 修正
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 世界の鳩界に君臨するデルバール鳩舎。そのデルバール鳩舎の飼育管理、競翔法といえば愛鳩家ならば誰でも大いに関心のあるところ。そこで来日中のデルバール氏を囲んで繰り広げられたのが、以下の座談会である。
 誌面の都合上きき手の皆さん方には、最もききたいと思う質問だけにしぼってもらった。ともかくその内容をおしらせしよう。

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 ■金色の多い赤目が好き 暗い色×明るい色が大切■    2020年11月11日(水) 3:48 修正
■司会■ 本日は来日中の世界の巨匠デルバール氏を囲んで、デルバール鳩舎の飼育競翔法、種鳩・レース鳩選定法についていろいろおうかがいすることにしました。出席者の皆さんこういう機会はめったにありませんので、日頃から知りたいと思ってらっしやることを、どしどしデルバール氏に質問していって下さい。飯田さんまず何をおききになりますか。

■飯田■ これは以前から思っていたことですが、デルバール鳩舎の鳩はよく、ブルー臨2号とかブルーk10号、あるいはエカイエk14号とかいう名をつけてられますが、これはどうしてこういう名前になっているのですか。巣箱のナンバーからとっているわけですか。

■デルバール■そうです。巣箱のナンバーから名前をつけているだけです。

■飯田■ では次におききしますが、デルバールさんは種鳩、レース鳩のいい眼とはどういう眼であるとお考えですか。

■坂野■ 私も同じくデルバールさんに、鳩の眼について、どういう眼をした鳩を選んでおられるかおききしたいと思います。

■デルバール■いい眼としての基準ということですが、これはレース鳩、種鳩あるいは品評会に出す鳩の区別なく、いい眼をもっていなければなりません。私としては眼環、瞳孔は小さい方がよく、いきいきとした色をしていることが大切だと思っています。それと色が濃い方がいいようです。全体に濃い色で、赤い部分も瞳の部分も濃い色をしているのをみつけるのが大切ですが、この色をみつけるのはなかなかむずかしいです。また虹彩は赤で瞳に近づくほど黄色を増していくのがいいです。私は金色の多い赤眼の鳩が好きです。種鳩の眼では暗い色と明るい色とを配合させるといい鳩が出るようです。これは眼だけに限らず羽色についても同じで明るい色には暗い色をかけるとよいでしょう。

■角谷■眼がダークアイをしている鳩は種鳩としていいといわれていますがどうですか。

■デルバール■私は眼の色というものをそれほど重要視していません。先はどもいったように明るい色に暗い色をかけ合わせていくという点を重視しています。

■吉川■ それではデルバールさんは鳩を選ぶ時どこにポイントをおいて選ばれるのですか。

■デルバール■ まず最初に羽根をみます。鳩をつかんで羽根を拡げてみて、柔軟性がありよく拡がる羽根をもっているかどうかをみます。それから腰というようにみていきます。

 ■8・9月の若鳩レースでふるいにかける■    2020年11月11日(水) 3:50 修正
■並河■ ベルギーのレースについてちょっとおうかがいしますが、ベルギーではどうして若鳩レースを八月頃に行なっているのですか。九、一〇月では天候が悪くなるからですか。

■デルバール■そうです。8月は天候が大体よいからです。また気温も8、9月が一番鳩レースに適温だからです。従って8月には約450キロのブルージュ若鳩レース、540〜550キロのアルジェントンレースが挙行されます。今年はブルージュに約25000羽、アルジェントンに約一万羽の参加鳩が集まりました。ついで9月に入るとラ・スーテレーヌレースー私の鳩舎での実距離は570キロで今年度の参加羽数は約570羽、続いてボルドーN−759キロ、参加羽数約1500羽、そして第2回ラ・スーテレーヌレースが挙行されます。これらの9月に行なわれる若鳩レースというのは私の場合は3月と5月に生まれた鳩を参加させるのですが、若鳩をこれらのレースでふるいにかけて、一年目からいい鳩だけを集めてのトレーニングに入ります。

■並河■ そういった若鳩レースでも、雄鳩はWシステムで参加させるのですか。

■デルバール■Wシステムは雄鳩の帰巣本能を高めるのに非常に効果的なんですが、若鳩にWシステムを用いると鳩がいたみやすいので、8〜9月のレースではナチュラルで参加させています。

■並河■ それでは雌鳩の場合はどうですか。若鳩の雌をレースに参加させる時は抱卵で出すのですか。また抱卵させてレースに出す時はやはり12日目頃ですか。それと産卵させないためにはどのような方法を用いますか。

■デルバール■雌の若鳩はナチュラルで参加させますが、抱卵して行く時は12〜13日頃です。産卵を防止するには一羽につき一つずつの止まり木を与えてやると産卵しません。

 ■Wシステムで鳩がやせていく…?−朝・夕の舎外後給餌すること−■    2020年11月11日(水) 3:53 修正
■村井■ Wシステムにしますと、選手鳩がやせていくようですがこれはどうすればいいんでしょうか。またWシステムにすると鳩が非常に神経質になる場合があるのですが。

■デルバール■鳩というのはとにかく忍耐強く飼育し続けねばなりません。鳩がやせていくなら、やせないように食欲をそそる工夫をしてやるべきです。一度に沢山餌を与えすぎたりするのはよくありません。朝夕それぞれ一時間ずつ舎外をし、鳩舎に入って約一時間半後位に給餌してやればいいでしょう。鳩は舎外後は空腹を覚えるのでこうした舎外の後では、餌をよく食べるようになりますよ。

■村井■その点についてデルバール鳩舎の給餌法を具体的に教えて下さいませんか。

■デルバール■私のところでは朝1時間位舎外させて6時半には鳩舎に呼びこみ、8時頃餌を与えます。餌料はトウモロコシ75%、豆二五%の混合飼料を基本食として常備していますのでこれに小粒を混ぜて朝は15gぼどやります。夜はやや多目の20g位です。朝夕それぞれ食べ残した場合はさっさと片づけてしまいます。それから大麦はシーズンオフは70%位混入しますがレース中は大麦を余り与えません。

■村井■ 豆類といわれましたがどういった豆ですか。それとレース中は鳩は何g位食べますか。

■デルバール■ソラ豆、グリンピース、白エンドウがミックスされているのが、豆類です。レース中の餌の量ですが、レースになると鳩の食べる量が栄養が蓄積されてだんだん少なくなってきますのでハッキリした数字はちょっといえません。

■岩田■ 私は舎外についておききします。日本ではナチュナルシステムでのレース参加が多いのですが、6〜700キロレースを終る頃には気温も上ってきており、鳩は舎外運動をしたがらなくなります。ところが700キロを終って次の1000キロレースに行くまでには、17?8日間位しか日数がありません。次の1000キロレースに備えるためには、この間どれ位舎外運動をさせればレースにベストコンディションで参加できるでしょうか。

■デルバール■毎日最低一時間は必要ですね。それでなければ鳩体に脂肪がすぐついてしまいます。旗をふってでも飛ばさなければいけません。できれば朝夕一時間の方がいいですよ。

■岩田■ 700キロレースが終わった時点で、タイムがよく1000キロレースに出そうと思う鳩は、旗をふってでも一日2時間は舎外運動をさせなければいけないどいうことです
か。

■デルバール■そのとおりです。これはと思った鳩は必ず毎日舎外させて、コンテーションを整えてやらねばなりません。

■司会■ 皆さんまだまだお聞きになりたいことがあるとは思いますが、一応デルバール鳩舎の飼育競翔法をうかがったところで、今回はこれで終わらせていただくことにします。皆さんどうもありがとうございました。


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