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ようこそ、「スネークパパの掲示板」へ。お気軽に投稿いただければうれしいです。(『スネークパパの部屋』管理者イレブン)

■■イレブンへの連絡先■■ メール:hal9000jp@ace.ocn.ne.jp ■■■■
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 研究動画資料20211103  イレブン  2021年11月3日(水) 3:47
修正
言語が理解出来ないが残念です。時間があるときじっくり見るだけでも価値がある動画だと思います。

@■Galambmustra Horváth Jánosnál■
https://www.youtube.com/watch?v=bqua2RnWCJA

A■Versenymadarak■
https://www.youtube.com/watch?v=NRhmU10WLlQ

B■ Wiedermann Karoly Janssen,Ludo Clasens es Abdre Bruane galambjai■
https://www.youtube.com/watch?v=Wvk2Zv7jbTA

C ■Wiedermann pigeons■
https://www.youtube.com/watch?v=mK-8djFwXqw


 動画資料@の画像  VICTOR VANSALEN  2021年11月3日(水) 4:46 修正
以前から掲示板で話題となっている翼の裏側の羽の理論を解説しているようです。

  ■訃報■玄海パパさんご逝去■  イレブン  2021年11月2日(火) 4:49
修正
イレブンの地元で長年、お世話になっていた玄海パパさんが先日の、10月29日朝にご逝去されました。イレブンの地元の連合会会長や連盟長などの重責を長年に亘って務められ、また、現在の連盟設立にあたっては大変なご尽力をされた大功労者の方です。

イレブンは、大学生の頃からずっとお世話になっていました。イレブンが、2004年に鳩を再開する際もいろいろなことで大変お世話になりました。最近は、自動車の免許証を返納されたこともあり、レースの時など、いつも、イレブンの車でご一緒させていただいていました。

29日の10時頃、職場にいるとき、急逝されたことを電話で知り、しばらく呆然としてしまいました。

31日のお通夜には、連盟や連合会の多くの方々が参列されていました。九州ブロックや各連盟、連合会からのご生花も届けられていました。

つい数日前も、電話で話していたこともあり、今も、亡くなられたことに実感がもてません。

奥様のお話では、29日の朝、普通に起床されていたそうです。体調が急変されたのは、トイレに行かれた直後のことだったそうです。あまりに急なことだったので奥様も「本人も自分が亡くなったことに気付いていないかもしれない」とおっしゃった言葉が今も耳朶に残っています……。

謹んでお悔やみ申し上げます。

※ハンドルネーム「玄海パパさん」は、以前、一度だけ「スネークパパの掲示板」に投稿していただいたときに使われハンドルネームです。ご生地がが玄界灘が見える所だったところからハンドルネームに「玄海」の名を使われました。この時の掲示板には、当時500キロ総合優勝した愛鳩の画像も投稿されていました。その愛鳩にも「玄海レディー号」と名付けられたていました。その画像はいつも玄海パパさんのご自宅の居間に飾られていました。そして、ご葬儀の会場の入り口にもその「玄海レディー号」の写真がそっと並べてありました。

 2021年秋 500キロは不参加となりました。   イレブン  2021年11月2日(火) 4:57 修正
昨日が、500キロの持ち寄りでしたが、今回はどうしても仕事の都合で持ち寄りに持って行く時間がとれず、不参加となりました。2021年秋レースは、300キロまでで終了です。現在、200キロ300キロの記録鳩が20羽ぐらい残っています。来春の活躍に期待したいと思います。

 ■《「翻訳」研究ノート》【MASTERS OF BREEDING AND RACING 】by VICTOR VANSALEN No.001■《研究ノートの連載を始めるにあたって》ー表紙カバーから読み取れることー■  イレブン  2021年10月27日(水) 4:21
修正
MIT様からのご依頼もあり、名著『MASTERS OF BREEDING AND RACING』の翻訳研究を開始します。この本の翻訳研究は、来年あたりから取り組もうと考えておりましたが、掲示板での話題の流れから、取りかかることにしました。

このVICTOR VANSALENさんが書いた『MASTERS OF BREEDING AND RACING』は、現代、世界中の愛鳩家から最も読まれている名著の一冊です。

戦後間もない頃のベストセラーが【The Sport of Pigeon Racing】byDr. W. ANDERSONだったように1990年に発刊されたこの『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』は現代鳩レース界の世界中の愛鳩家の座右の一書として読み浸られている著書のようです。

この本がどういう位置にある書物のなのかを知るのにこの著書の表紙カバーの文章を翻訳してみました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

■表紙カバー@■
【原文】
MASTERS OF BREEDING AND RACING

racing pigeons and mendelian principles -
chromosomes and genes - origin and strains -
breeding and racing methods of internationally famous champions

【翻訳文】

□繁殖とレースの達人□

レース鳩とメンデルの原理
染色体と遺伝子-起源と系統-。
国際的に有名なチャンピオンの育種とレース方法

■表紙カバーA■

【翻訳文】
繁殖問題に関する最古の文献は、ジケム出身の哲学者、ルイ・コルテベックによるものです。
プラトン(紀元前428〜347年)は、有名な教師ソクラテス(紀元前469〜399年)に「共和国」の中でこのテーマについて議論させています。
質問の言い回しは、初心者から現代のチャンピオンブリーダーまで、様々なものがあります。
イタリアの格言「Traduttore, traditore」(翻訳者は裏切り者)を念頭に、W.H.D.ラウスの文章を原文のままにして、再翻訳を試みないことにします。
W.H.D.ラウス訳プラトン大対話集『共和国』第5巻(457e〜459e):「では、彼らはどのようにして最も役に立つのか。グラウコン、教えてくれ。あなたの家には、狩猟犬や、血統書付きの狩猟用の鳥がたくさんいますね。
ところで、あなたは彼らの交配や繁殖に何か注意を払っていますか?
まず第一に、この血統書付きの株の中には、最高のものがあるのではないでしょうか?
では、すべてを同じように交配するのか、それとも最高のものを選ぶように細心の注意を払うのか...?
年齢はどうするのか。一番若いのを取るのか、一番古いのを取るのか、できる限り全盛期のものを取るのか..."

■表紙カバーB■

私たちはまた、...の魔法にかかった。
様々な動物を飼い始めて以来、人間は品種改良の問題に魅了されてきました。私たち鳩ファンは、常にこの問題に関わっています。
『Masters of Breeding and Racing』の著者は、現在、ヨーロッパ大陸で最も有名な鳩レースに関する作家である。ベルギー、オランダ、ドイツの読者は何年も前から、読書灯の明かりを頼りに彼の先駆的な本を読みふけっています。
今回出版された本は、現代的でありながら時代を超えた作品でもあります。成功したロフトの繁殖とレースの方法が書かれているので現代的であり、過去と現在の距離を超えているので時代を超越しています。
また、そこに書かれている基本的な考え方や原則は、時の流れに影響されることはありません。
私たちも原稿を見て、この本の魅力に取り憑かれました。難解な内容が図解入りで読みやすく説明されていることもその理由です。
この本があれば、個人的な勉強を始めようとしているすべての愛好家は、自分の立場を確信することができるでしょう。ブリーディングとレースの両方で。鳩レースの成功の鍵を握るブリーディングに重点を置いています。

■表紙カバーC■

この著書は次の方々の協力と情報提供を受けています。

Andre Brouckaert - Louis Cortebeeck - Noel Decroix - Remi De Mey - Jos Deno - Noel De Scheemaecker - Roger Desmet-Matthijs - Emiel, Freddy and Bernard Deweerdt - Jan Grondelaers and son Andre - Jan Hermans - Rob Hoekstra - Jef, Eveline, Luc and Nadia Houben - Hans and Ria Klessens-de Lepper - Robert Lefebure - Andre Lietaer - Frans Lodewijckx - Karel and Linda Meulemans - Frans and Hugo Moris (Moris-Scheers loft)- Thomas and Norbert Peeters - Roger Persoons - Marc Roosens - Gerhard Schlepphorst - Jos Thone - Jacques and Edmond Tournier - Silvere Toye and grandson Pierre - Willy Van Berendonck - Andre Vanbruaene - Louis Van der Wielen - Serge and Kirsten \^n Elsacker- Jepsen - Bert van Es - Gerard and Michel Vanhee - Gust, Mit and Geert Van Hove - Jos "Klak" van Limpt - Willy Wn Malderen - Gommaire and Annie Verbruggen - Jef Vercammen - Roger Vereecke - Marc Verheecke

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「表紙カバーB」に、

●『Masters of Breeding and Racing』の著者は、現在、ヨーロッパ大陸で最も有名な鳩レースに関する作家である。ベルギー、オランダ、ドイツの読者は何年も前から、読書灯の明かりを頼りに彼の先駆的な本を読みふけっています。今回出版された本は、現代的でありながら時代を超えた作品でもあります。成功したロフトの繁殖とレースの方法が書かれているので現代的であり、過去と現在の距離を超えているので時代を超越しています。また、そこに書かれている基本的な考え方や原則は、時の流れに影響されることはありません。

と、書かれているようにかなり内容の濃い著書です。

何分、輸入系おんちのイレブンですので、MIT様をはじめ掲示板のをご覧の方々に色々ご助言を頂きながら読み進めていけたらと思っています。よろしくお願いしますね。

 情報提供を受けている方々    2021年10月27日(水) 5:05 修正

 ■《「翻訳」研究ノート》【MASTERS OF BREEDING AND RACING 】byDVICTOR VANSALEN002■ 序文・目次・はじめに ・「 遺伝は根本的な原理」■P7〜P9  イレブン  2021年10月29日(金) 4:56 修正
いよいよ『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』の内容に入っていきます。

この本の奥付をみると次のように記されていました。
●「ベルギーでは1990年にHermans' International Publications - Antwerpより「Z6 KWEKEN & SPELEN KAMPIOEN」として出版されました」

MITさんが先日触れてあったようにこの本はベルギーアントワープで出版されたオランダ語で書かれた原書『Z6 KWEKEN & SPELEN KAMPIOEN』の英訳版ということです。英訳されたことで、世界中の愛鳩家が手にして読めるようになった訳です。イレブンは、日本語専門なのでこの本を手にして10年近くなるのですが、これまで内容が読めなくてもどかしい思いをしていました。更に、この本は、至る所にイタリック文字が挿入されているため、通常のOCRソフトでは解読作業が出来ないでいました。この問題も、この夏に購入した専用ソフトでクリヤーし、こうして翻訳が出来るようになった訳です。

幕末にオランダ語を翻訳し、日本に西洋文化を紹介した人々もきっと今のイレブンのようなワクワクした気持ちで翻訳作業に取り組んだのではないか、と思います。英語が読めないのは、単にイレブンの勉強不足だけが本当に理由なのですが……。

では、まずこの本の序文や目次当たりに目を通して見ましょう。遺伝学を基本として編集されていることが伝わっていきます。

 ◇引用資料『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』P5■目次■    2021年10月29日(金) 5:04 修正
○ 序文 7
○遺伝は基本中の基本 9
○俯瞰的なまとめ 11
○用語解説:ちょっと面倒くさい 13
○メンデルの三原則 15
○劣性遺伝子 34
○リンクされた特性(リンケージ) 63
○遺伝的体質、環境因子、色素沈着 80
○遺伝的抵抗性 90
○超優性(Super dominance) 95
○ラインブリーディングか......イリュージョンか? 105
○血統システム 132
○繁殖、状態、寡婦性 143
○未亡人システムでの繁殖とレース用雌鶏 151
○フランダースのつながり 167
○トーイ / デクロワ / ブルックカール
○古い系統 - 現代のロフト 201
○デスケーマエッカー/ヴァンホーヴ・ユッテルホーヴェン/ホーベン/ミューレマンズ/ヴェルブリュッゲン/デヴェールト/ピータス/ヴェレケ/ヴァンヒー/ヴァンブルエーネ/ルーセンス/ヘルマンス・ホークストラ/グロンデラー/トゥルニエ
○見せかけの無知 439
○ヴァン・デル・ヴィーレン
○実用的な質問 445
○心からの感謝の言葉 471
○あとがき 473
○写真について 476
○参考文献 477

 ◇引用資料『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』P7■序文■  VICTOR VANSALEN  2021年10月29日(金) 5:07 修正
マスターは、主に自制心を持っていることで認識されます。
これが本書の基本原則であり、実践的な経験から理論へと発展させています。遺産相続に関する資料をわかりやすく紹介するためには、どうしても必要なことだけに絞らなければなりませんでした。

25年間かけて収集した情報をまとめて発表するという挑戦は、様々な方面からの励ましがあって初めて受け入れることができたものです。
私はこれまで、自称シンプル・ファンシャーの人々の話を興味深く聞いてきましたし、宿泊施設やケア、専門性についての情報はおまけのようなものでした。

しかし、実際には、遺伝、繁殖方法、交配に重点が置かれています。
どのようなファンシャーでも昇進するためには、関連する知識が最も重要であると思われます。ジェフ・ホーベンや故フローラン・ゴリスのような天性の繁殖能力を持たない私たちにとっては、特にそうです。

「鳩レース、それを本当に知っていると言う勇気のある人はいない」と言ったのは、ヘイスト・オプ・デン・ベルクの哲学者ではなかったか。しかし、「成功するためには多くの知識が必要である」。

●画像キャプション:「この本に協力してくれたチャンピオンたちは、あなたが幸せな繁殖をしてくれることを祈っています。.... グッドフライト!
(写真提供:Marc Vansalen)」

 ◇引用資料『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』P7■Heredity is an underlying principle(遺伝は根本的な原理)■   VICTOR VANSALEN  2021年10月29日(金) 5:14 修正
序文で私は、「実践的な経験から進み、理論に向かって発展する」と書きました。これは言葉のあやであり、実際には遺伝は理論ではありません。

メンデルの仮説は、その後、染色体の研究やDNAの発見によって確認され、説明された。
いわゆる「規則を正当化する例外」も、ここでは適用できません。

この点については、本書をお読みになった後、ご自分で確認していただきたいのですが、例を挙げて説明したいと思います。

よく、レース用の鳩の赤の遺伝について、例外があるように言われたり書かれたりしますが、それは全く別の2つの遺伝パターンが関係しているからです。

実際には、性染色体に結合した優性の赤と、別の染色体に結合した劣性の赤があるのです。この2つを区別することはそれほど難しくありません。しかし、遺伝の法則がまだよくわかっていないため、赤があるだけで多くの混乱が生じてしまうのです。

2本の純粋なブルーバーからチェック柄の子孫を得ることは、例外というよりも、外来種の受精のケースというべきでしょう。アルフォンス・アンカー教授が彼の魅力的な本(15)*のどこかで言っているように、100年に一度のことではありません。

遺伝は単なる理論的な推測ではなく、私たちの空想や信憑性を抑制する根本的な原理なのです。もしあなたが、赤い鳩(灰赤色のタイプ)が、赤でも赤斑でもミーリーでもない息子を産んだと見せられても、遺伝の法則はそれを不可能だと言っているのです。

千年に一度のことです。
* 数字は巻末の参考文献を示す。

 ■《「翻訳」研究ノート》【MASTERS OF BREEDING AND RACING 】by VICTOR VANSALEN No.003■ Afterword(おわりに)■P473〜P475   イレブン  2021年10月30日(土) 3:08 修正
イレブンは、若い頃から、1冊の書物を読むとき、必ず最初に「はじめに」「目次」「おわりに」を最初に目を通すようにしています。「目次」を見ると内容の概観がほぼつかめます。そして、著者の一番伝えたいことが、この「まえがき」や「あとがき」に記されているからです。

この『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』もその例外ではありません。著者のVICTOR VANSALENさんが最も伝えたいことが「序文」や「あとがき」にそれぞれに記されていました。特にこの「 Afterword(おわりに)」この著書を書き上げるるなかでVICTOR VANSALENさんが、一番意識していた問題に触れてあるように感じました。

それは、この「スネークパパの部屋」では、おなじみのピートさん、すなわち、Piet de Weerdさんの「バイタリティー(活力)論 」に対する見解です。
ここで、VICTOR VANSALENさんは、

●「バイタリティのような一般的な概念は、解釈の余地があり、定義するのが難しいものです」

と明確にその主張を述べています。

Piet de Weerdさんの「バイタリティー(活力)論 」は、ピートさんの理論の中でも、非常に重要な位置にある理論であることは、これまでこの「スネークパパの部屋」でも何度も取りあげていることです。

VICTOR VANSALENさんや欧州の著名なレース鳩研究者の間で問題にしているのはレース鳩の「生命力」・「活力」の重要性そのものではなく、その判断方法でした。

この著書がレース鳩の本拠地ベルギー、アントワープで出版されたのは1990年のことです。1990年と言えば、ピートさんの「回想録」が、「愛鳩の友」誌上で、連載し始められた1995年の5年前の話です。すでに、この頃には、ドイツ語版や英語版が出版され、ピートさんの回想録が、欧州や米国など世界の愛鳩家の間で読まれていた頃に当たります。

きっと、この本の出版には、多くの反響があり、新しい時代の論調の形成に大きく影響を与えたことだろうを推察されます。

こんなことを考えると日本鳩界は、こうした論争の全く蚊帳の外に置かれていたのではないかということが感じられてきます。

おそらく、日本鳩界の海外通の方々は、この『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』が出版され話題となっていたことは当然把握されていたのではないかととイレブンは思っております。

しかし、イレブンが知る限り、当時の鳩界誌にこの著書や著者について紹介されたり話題となったことは一度もありませんでした。10年間にも渡り、連載を続けた日本を代表する「愛級の友」社にこうした情報が伝わっていなかったとは、到底考えられません。

おそらく、こうした状況は、21世紀を迎え、20年も過ぎた今も変わらないでつづいていいるのではないかとイレブンは認識しています。

日本の片隅でこの『MASTERS OF BREEDING AND RACING」の翻訳作業に取り組み、引用研究をこれから開始することに、なんらかの意味はあるのでは思っているところです。

では、さっそく「Afterword(あとがき)」を読んでみましょう。

 ◇引用資料『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』P473〜P475■Afterword(あとがき)■  VICTOR VANSALEN  2021年10月30日(土) 3:15 修正
私自身は、数年前に亡くなったアルノ・マイヤー博士に会ったことはありません。その昔、『ブリーフタウベ』誌の記録係だった故エワルド・バウマーが、彼は生物学の博士だったと言っていました。

ドイツ語圏では、彼は権威でした。70年代の初め、私たちはよく電話で話しました。たいていは楽しい会話でしたが、時にはかなり激しい議論もありました。アルノ・マイヤー博士は、私がその専門的な知識を非常に高く評価しており、彼が言うには、曖昧で根拠のない概念ではなく、人として可能な限り真の科学を生み出そうとする私の試みを賞賛してくれました。

彼は私が(彼の見解では)鳩の色調をレッドファクターとブラックファクターに単純化したことにはあまり満足していないようだった。彼は支配的な赤(アッシュ・レッド)に「レッド・ファクター」を使うことに少しも異議を唱えなかった。

彼は、私がブルー、ライト、ダークのチェーカーの鳥をブラックファクターに含めたことには異議を唱えました。この場合(彼によれば)、私はブルーファクターという言葉を使うべきだった。なぜなら、レース用の鳩には、本当に真っ黒な色があるからだ。私はZutphenのEijerkampによるそのような「カラス」を見たことがあるが、私の記憶が間違っていなければ、それはDomien Steppeの鳥の子孫であった。

アルノ・マイヤー博士によれば、このレイブンブラックはブルーやチェッカーよりも優勢であるという。しかし、ホモ接合体とヘテロ接合体の間には明らかな強度の違いがあると付け加えています。

Eijerkampのこの1例を除けば、私が訪れたどのロフトでもこのような珍しい「ブラック」に出会ったことがないので、私はこのようなかなり珍しい「ブラック」の経験を積むことができませんでした。

私が最初の分類にこだわるのには理由がある。そのひとつは、ブルーの2本棒、3本棒、チェッカー、ダークチェッカー、ペンシルバードが、現代のほとんどすべてのロフトで見られ、議論の余地なく主流の色であることは紛れもない事実だからです。

しかし、2つ目の決定的な理由は、オリジナルのロックピジョン(Columba livia)にも見られるいわゆるブルーは、実際にはブルーではなく、細かく分布した黒の色素(メラニン)であり、その存在の度合いによって、薄いグレーブルーからダーティーブルーまでの光学的効果を与えるということです。

さらに、オランダで「クラ」と呼ばれている模様のチェカーや、ペンシルで描かれたものは、薄いものから非常に濃いものまで、黒の色素が局所的に強く分布しています。

この本は、色の遺伝について完全な概要を示すことを目的としたものではありません。ここに挙げた例は、一般的な遺伝過程を読者に理解してもらうためのものです。

外見の特徴はレース鳩の全体的な品質の中でほんの一部しか占めていないという有名なファンシャーたちの主張(本書の中で)には、私も心から同意します。

しかし、私がいつも思うのは、そのような人たちが鳩を見るときも、扱うときも、細心の注意を払っているということです。彼らは、自分が判断できる割合をできるだけ多く取り入れようとしているように見えるのです。


 ■■■■  ■■■■  2021年10月30日(土) 3:18 修正
左から、ピート・デ・ウィールド、ドイツの長距離スペシャリストとして知られるハインツ・ゼーグマイラー、そして私である。

Piet de Weerd氏は「蠢く」鳥を扱うのが好きだった。右側の男性もそうだ。しかし、それは生命力とは関係なく、神経質であるとノーバート・ピータース博士は主張する。

ピート・デ・ウィールドがマチェレンの私を訪ねてきたとき、彼はこう言った:「文章を書くことは私にはできませんが、鳥を正確に判断することは私に才能があり、多くの経験があります。Piet de Weerdは書けるのか?彼は自分が何を言っていると思っているのだろうか。それが本当なら、私たちは皆、ペンをゴミ箱に捨てることができるだろう。若い頃、私はランプの明かりの下で『Suizende Vleugels』(歌う翼)や『Renpaarden van de Luchtmim』(空の競走馬)を読んでいました。

ピートは物語を語るのがとても上手で、彼の翼のある言葉と一緒にジャック・ブレルの「Ze Plat Pays」(ジャック・ブレルのフランダース)も飛んでいった。彼の足跡を辿ってみようという気になりましたし、残念ながら今では伝説になってしまった有名な人物に現実に会うことができました。

読者の中には、なぜ私が量的な側面にほとんど注意を払わなかったのかと思う人もいるかもしれません。1974年6月25日付の「Brieftaube」で、アンカー教授は、70年代初頭にあなたが書いた質的特性のテーマの扱いに答える形で、長い記事を書いています。アルフォンス・アンカーは、重要な点には注意を払い、重要な点には交差させた。

それは非常に興味深く、教育的な論文で、彼は質的特性だけでなく、彼のペットのテーマである量的な継承にも注意を払っていました。2年後、私はこの論文にレビューを捧げました。

要するにアンカーは、生命力、耐病性、体格などの特性は比較的少ない遺伝子で決まり、近親交配で減少し、異種交配で再燃する(ヘテロシスの影響)と考えたのです。

逆に、性格、媒介性、機知に富んだ性格、スピード、長距離への適性などは、非常に多くの遺伝子によって決定され、多かれ少なかれ断続的に遺伝すると考えられています(なお、1974年6月25日付の「Brieftaube」誌に掲載された彼の記事によれば)。これ以上ないほど明確に書かれていますが、...ここからは、バイタリティという概念を1つだけ取り上げて説明します。

ハトの生命力を判断する方法を知っていますか?知っていますか?それは可能です。というか、私や他の人たちと同じように、あなたにも意見があるはずです。今から4年ほど前(1986年5月)、あの有名な獣医であるノルベルト・ピータース博士と初めて長い会話を交わすことができたとき、私はこの問題について彼の意見を聞いてみました。

すると彼は、「活力?誰もが口にすることだが、その本当の意味を誰も知らない。ピート・デ・ウィールドは、手の中で体をくねらせ、くちばしを引っ張ると首を振るハトは、活力に満ちた鳥だと言っている。確かに、そのような鳥を判断する人は、かなりのパントマイムを作り出すことができる。

しかし、実際にはそれは純粋なファンタジーだ。それ以上に、私はそれが生命力の証だとは思わない。緊張しているのだと思います。私が思うに、体をくねらせたり、頭を振ったりすることは、良いことではありません。特に長距離レースでは、私が言っているのはそういうことなのです」。ゲンクの有名な獣医さんのコメントはこれで終わりだ。

ピーテルスによれば、鳥の本当の生命力を判断するのは難しく、サーカスのトリックのような雑念では判断できないという。

私たち自身も、このような蠢く鳥を使って集中的にラインブリーディングを行ってきました。これが活力の表れなのか、それとも神経質になっているのか、私はどちらともいえません。しかし、この特徴は減るどころか増えてしまったのです。

飼育するのがほとんど不可能なカップルも生まれました。
私たちの元々の鳥は長距離タイプではなく、有名な中距離レーサーの血を引いていたことをすぐに付け加えなければなりません。私が何を言いたいのか、お分かりいただけると思います。バイタリティのような一般的な概念は、解釈の余地があり、定義するのが難しいものです。

アルノ・マイヤー博士が言っていたように、バイタリティもそのような曖昧な概念の一つなのでしょうか?
このような質問をして、この本を終わりにします。

著者

 参考資料:■De legende Piet de Weerd(伝説のピート・デ・ヴェールト)■https://www.de-duivencoach.nl/piet-de-weerd.htmlより引用(原文:オランダ語)  イレブン挿入  2021年10月30日(土) 3:39 修正
◇◇◇◇◇◇◇◇伝説のピート・デ・ヴェールト◇◇◇◇◇◇◇

Dirk Zolandは、『Duifke Lacht』や『Winning』の中で、巨匠とのインタビューを紹介しています。いくつかの点が強調されています。

■Piet de Weerdについて■

彼には、鳩ファンの言葉や気持ちを利用したアートがありました。ピート・デ・ウィールドは単純に成果を上げています。今日、私たちは1913年に生まれたピート・デ・ウィールドを生ける伝説と呼ぶことができます。

彼は、鳩レースの "偉大な "時代の最後の古参の一人です。疑いなく、彼は輝かしい人物のギャラリーに位置している。彼が素晴らしい結果を出したからではない。彼は自分の鳩でレースに参加することはなかった。そうではなく、作家として鳩レースをより高いレベルに引き上げたのだ。

また、鳩の選別とペアリングの技術も他の誰よりも理解していた。彼は有名なロフトを「作った」、あるいは前例のない成功を収めた。例えば、ヤン・アーデンの系統は、ピート・デ・ヴェールトの名前と関連しており、また、ドイツの有名なロフトであるレイムンド・ヘルメスも彼の影響を受けています。

■Piet de Weerdはファンシャー(愛鳩家)についてこう言っています■

ほとんどのファンシャー(愛鳩家)は一度は成功しますが、5、6年後にはまた消えてしまいます。なぜかというと、繁殖ペアを形成できないからです。それが彼らの唯一の問題です。鳩ファンシャーの10人中9人は繁殖ペアを作ることができません。

しかし、彼らはそれができると思っている。ちょっとでもいい結果が出ると、すぐに何でもできると思ってしまう人がいます。鳩ファンシャー(愛鳩家)の間ではそれが流行しています。ほとんどの場合、ハトとカラスを見分けることはできませんが、いくつかの賞を獲得すると、それができるようになると思います。

■good pigeonについて■

どこに行っても8割のハトは価値がない、8割はダメだ。そして残りの20%は、カップルを組む場合には非常に気をつけなければなりません。さらに、長距離レースには「記録鳩」が必要であることも付け加えたい。

世界一のハトは「記録鳩」です。レースを作ろうと思えば、まず鳩を買うことから始めなければならない。そして、何を買うのが一番いいのか?記録した全国優勝鳩。

私の経験では、一般的にこれらの鳩は最高の繁殖鳩です。また、中距離用のハトを飼育したい場合は、スピード用のハトとペアで飼育することができます。スピードの導入は問題ありません。しかし、ハトの頭の中はどうなっているのか、それが問題です。

目を見れば頭の中が読めると思っている人がいます。言えることは、瞳孔の大きいハト同士をペアにしても、その道は間違っているということです。時には良い鳩が出ることもあるが、普通は10羽に1羽、20羽に1羽も出ない。

瞳孔が小さく、虹彩の色が豊富なハトが必要です。しかし、バスケットを考慮せずにこれだけをやっても長続きしません。ルーベンスやレンブラントの絵がロフトいっぱいに飾られていても、街では飛べない。バスケットはセレクションの一部です。

筋肉を鍛える必要があります。アスリートは非常にハードなトレーニングを行います。一方、ハトはそこまでの訓練は必要ありません。その通りです。長距離用のハトでも、そうですね。

今までほとんど飛ばなかったのに、悪天候でもトップ賞を獲得する。しかし、彼らは酒を飲んでいる。それが一番大事なことです。250,000回の翼の動きをするため、たくさん飲まなければなりません。飲まなければ、彼らは何もできないし、我々も何も変えられない。しかし、「濡れた」ハトは一般的に水分バランスが良い。少なくとも、私はそう思っています。

■ "ぬれた "ハトとは?■

ハトには汗腺がありません。鳩が濡れていると、しっとりとした感じがしますよね。このしめったハトは、乾いたハトとは正反対です。鳩が干からびる原因は2つあります。

まず、種によるものかもしれません。これらのハトはすぐに処分しなければなりません。しかし、鳩は湿ったロフトにいるために乾燥してしまい、いろいろな病気にかかってしまうこともあります。

それはヘンク(彼の息子)から聞いたんだ。湿ったハトは乾いたロフトに、乾いたハトは湿ったロフトに、と言っています。" 遺伝的に鳩にはドライとウェットがあり、それに加えて健康状態が大きく影響します。この2つを区別しなければならないが、これは難しい。遺伝子的に乾燥したハトは存在しません。

なぜならば、長い間放置されてきたからです。だから、いつもコンディションが関係してくる。悪いロフトとは、ハトが多すぎたり、風通しが悪かったりするロフトです。このようなロフトでは、乾燥したハトが見られます。乾燥していて、くすんでいて、フェザリングが悪い。良いロフトでは、シルキーでウェットなハトがいます。

良いロフトは湿度が50%〜60%。これらは最高です。コンディションについては、ドライとウェットでは大きな違いがあります。鳩のペアリングができない人も多かった。それは、10人中10人近くのファンシャー(愛鳩家)がそうである。良い鳩を購入しても、そこから繁殖しないファンシャーもたくさんいます。3、4年経つと捨てられてしまう。

その理由は何ですか?正しいペアリングがすべてです。他のファンシャーが絶対に一緒にしないような鳩をたくさん交配してきました。どのハトかわかりますか?胸骨が短く、尾が長いハト。

長距離レースに限って言えば、バスケットはその方向に選択します。そして、それは鳩ファンシャーにとっては嫌なことです。そのため、胸骨が長くて尾が短いという、ちょっと変わったハトをペアにしています。彼らはそれを好むが、それは彼らの破滅にもつながる。私が知っている長距離用の鳩を思い浮かべると、胸骨が短く、尾が長いものが大半でした。

それが真実だが、誰もこの鳩を欲しがらない。ただし、オーバーナイトレース(長距離)と600キロと900kmのロングディスタンスレースは区別して考える必要があります。しかし、例外もあります。ここでは、デスメット・マチスの「クラレン」を思い浮かべます。それは、翼が大きく、胸骨が短くなく、尾が長くない鳩だった。

でも一般的には、私が見た長距離用の鳩100羽のうち、7割くらいは胸骨が短かった。特に注目したのは いつも思うのですが、「胸骨がかなり短くて、尻尾が長いなんてありえない!」と。

どのハトから繁殖させればいいの?
いいえ、3歳の鳩が10歳の鳩よりも繁殖に適しているということはありません。違いはありません。5つのことが大切です。

1.筋肉の質(収縮力、筋肉組織の質)。
2.蓄えられる可能性(エンデュランス)。
3.筋量(筋力)を測定します。
4.筋組織の循環を
5.一般的なバイタリティ。

私が気づいたのは、バイタリティ、アグレッシブさがとても重要だということです。鳩の攻撃性を調べるには、くちばしを引っ張るといい。自分で自分の身を守らなければ、十中八九、彼女は全く価値のない存在になってしまいます。なぜ抵抗するのかわからない。いずれにしても、恐れてやっているわけではない。頑固さが関係していると思います。アグレッシブさは遺伝にも重要な役割を果たしているようです。生存本能に関わる、バイタリティやアグレッシブさはとても重要です。

また、目も重要です。目に関しては、品質にも違いがあります。目で見て選ぶだけで、レースなどにも参加しないで25年もいれば、目はきれいだけど、鳩はここからあそこまで飛べません。

 【考察】《「翻訳」研究ノート》【考察】001MASTERS OF BREEDING AND RACING 】by VICTOR VANSALEN■001〜003■  イレブン  2021年10月31日(日) 3:16 修正
この《「翻訳」研究ノート》【MASTERS OF BREEDING AND RACING 】by VICTOR VANSALEN■001〜003■の考察を述べていきます。この欄は、研究ノート001から003までに引用した『MASTERS OF BREEDING AND RACING 』の翻訳文(参考引用資料も含む)に関してイレブンなりに考えを整理する欄です。

この欄は、手順として、「@キーセンテンス」……「翻訳文」の中から重要と思われる文章の抜粋、「Aイレブンの考察」、という構成で書いていく予定です。そして、随時、書き加えたり、修正して行きたいと考えています。

こうした作業を通してVICTOR VANSALENがこの著書の中で述べようとしていくことを理解していこうと考えています。また、ここに掲示板をご覧の方々のご意見や感想等も加えていければと考えています。

 《キーセンテンス》  イレブン  2021年10月31日(日) 3:40 修正
@W.H.D.ラウス訳プラトン大対話集『共和国』第5巻(457e〜459e):「では、彼らはどのようにして最も役に立つのか。グラウコン、教えてくれ。あなたの家には、狩猟犬や、血統書付きの狩猟用の鳥がたくさんいますね。 ところで、あなたは彼らの交配や繁殖に何か注意を払っていますか? まず第一に、この血統書付きの株の中には、最高のものがあるのではないでしょうか? では、すべてを同じように交配するのか、それとも最高のものを選ぶように細心の注意を払うのか...? 年齢はどうするのか。一番若いのを取るのか、一番古いのを取るのか、できる限り全盛期のものを取るのか?..."(表紙カバー@より抜粋)

A私はこれまで、自称シンプル・ファンシャーの人々の話を興味深く聞いてきましたし、宿泊施設やケア、専門性についての情報はおまけのようなものでした。しかし、実際には、遺伝、繁殖方法、交配に重点が置かれています。どのようなファンシャーでも昇進するためには、関連する知識が最も重要であると思われます。(「序文」より抜粋)

B「鳩レース、それを本当に知っていると言う勇気のある人はいない」と言ったのは、ヘイスト・オプ・デン・ベルクの哲学者ではなかったか。しかし、「成功するためには多くの知識が必要である」。(「序文」より抜粋)

C実際には遺伝は理論ではありません。メンデルの仮説は、その後、染色体の研究やDNAの発見によって確認され、説明された。いわゆる「規則を正当化する例外」も、ここでは適用できません。(「遺伝は根本的な原理」より抜粋)

Dレース用の鳩の赤の遺伝について、例外があるように言われたり書かれたりしますが、それは全く別の2つの遺伝パターンが関係しているからです。
実際には、性染色体に結合した優性の赤と、別の染色体に結合した劣性の赤があるのです。この2つを区別することはそれほど難しくありません。しかし、遺伝の法則がまだよくわかっていないため、赤があるだけで多くの混乱が生じてしまうのです。(「遺伝は根本的な原理」より抜粋)

E2本の純粋なブルーバーからチェック柄の子孫を得ることは、例外というよりも、外来種の受精のケースというべきでしょう。アルフォンス・アンカー教授が彼の魅力的な本(15)*のどこかで言っているように、100年に一度のことではありません。遺伝は単なる理論的な推測ではなく、私たちの空想や信憑性を抑制する根本的な原理なのです。もしあなたが、赤い鳩(灰赤色のタイプ)が、赤でも赤斑でもミーリーでもない息子を産んだと見せられても、遺伝の法則はそれを不可能だと言っているのです。千年に一度のことです。(「遺伝は根本的な原理」より抜粋)

F私が最初の分類にこだわるのには理由がある。そのひとつは、ブルーの2本棒、3本棒、チェッカー、ダークチェッカー、ペンシルバードが、現代のほとんどすべてのロフトで見られ、議論の余地なく主流の色であることは紛れもない事実だからです。しかし、2つ目の決定的な理由は、オリジナルのロックピジョン(Columba livia)にも見られるいわゆるブルーは、実際にはブルーではなく、細かく分布した黒の色素(メラニン)であり、その存在の度合いによって、薄いグレーブルーからダーティーブルーまでの光学的効果を与えるということです。(「あとがき」より抜粋)

Gこの本は、色の遺伝について完全な概要を示すことを目的としたものではありません。ここに挙げた例は、一般的な遺伝過程を読者に理解してもらうためのものです。外見の特徴はレース鳩の全体的な品質の中でほんの一部しか占めていないという有名なファンシャーたちの主張(本書の中で)には、私も心から同意します。しかし、私がいつも思うのは、そのような人たちが鳩を見るときも、扱うときも、細心の注意を払っているということです。彼らは、自分が判断できる割合をできるだけ多く取り入れようとしているように見えるのです。(「あとがき」より抜粋)

H要するにアンカーは、生命力、耐病性、体格などの特性は比較的少ない遺伝子で決まり、近親交配で減少し、異種交配で再燃する(ヘテロシスの影響)と考えたのです。逆に、性格、媒介性、機知に富んだ性格、スピード、長距離への適性などは、非常に多くの遺伝子によって決定され、多かれ少なかれ断続的に遺伝すると考えられています(なお、1974年6月25日付の「Brieftaube」誌に掲載された彼の記事によれば)。(「あとがき」より抜粋)

Iバイタリティのような一般的な概念は、解釈の余地があり、定義するのが難しいものです。アルノ・マイヤー博士が言っていたように、バイタリティもそのような曖昧な概念の一つなのでしょうか?このような質問をして、この本を終わりにします。(「あとがき」より抜粋)

Jほとんどのファンシャーは一度は成功しますが、5、6年後にはまた消えてしまいます。なぜかというと、繁殖ペアを形成できないからです。それが彼らの唯一の問題です。鳩ファンシャーの10人中9人は繁殖ペアを作ることができません。(De legende Piet de Weerd(「伝説のピート・デ・ヴェールト」より抜粋)

Kどのハトから繁殖させればいいの?いいえ、3歳の鳩が10歳の鳩よりも繁殖に適しているということはありません。違いはありません。5つのことが大切です。1.筋肉の質(収縮力、筋肉組織の質)。2.蓄えられる可能性(エンデュランス)。3.筋量(筋力)を測定します。4.筋組織の循環を。5.一般的なバイタリティ。私が気づいたのは、バイタリティ、アグレッシブさがとても重要だということです。鳩の攻撃性を調べるには、くちばしを引っ張るといい。自分で自分の身を守らなければ、十中八九、彼女は全く価値のない存在になってしまいます。なぜ抵抗するのかわからない。いずれにしても、恐れてやっているわけではない。頑固さが関係していると思います。アグレッシブさは遺伝にも重要な役割を果たしているようです。生存本能に関わる、バイタリティやアグレッシブさはとても重要です。(「伝説のピート・デ・ヴェールト」より抜粋)

 2021年秋 300Kレース 参加12羽 帰還 10日目現在 8羽(帰還率66%)   イレブン  2021年10月24日(日) 4:25
修正
昨日が、300キロレースの持ち寄りでした。天候の具合では。200キロレースから3週間後の実施となりました。今回のレースの参加数は12羽です。昨年ぐらいから検討していたのですが、秋レースに対する考え方を本年よりはっきり変えています。イレブン鳩舎の規模では、春レース中心の展開があっているのではないかと現在考えております。

さて、参加した12羽の活躍はどうなるでしょうか。12羽中3羽は、30キロ訓練からのジャンプです。5割帰還をボーダーと考えています。今回も帰還率を楽しみたいです。


■10日目に確認したら次の2羽が後日帰還していました。

F21YT00328 BCW♂ 父:帝王6869号(帝王81号の直仔)×母:200キロ優勝源流スピード200号(帝王ゴジラ号×源流ピンクパール号)

G21YT00313  RC♀ 父:帝王キープセーク号×母:帝王578号※95ゴールデンアイ3重近親(黄眼号、パイド5680号の全兄弟)




 2021年秋 300Kレース 菊花賞7位入賞 一般10位入賞  イレブン  2021年10月24日(日) 21:18 修正
300キロレースは、菊花賞連合会7位入賞 一般連合会10位入賞という結果になりました。

【300Kレース 菊花賞】
@【連合会7位】[分速1191.198m]21YT00303 BW♀(モンスターキッド×源流477号)※秘蔵岩田号直仔×孫近親配合

A【連合会16位】[分速1126.861m]21YT00351 S♂(帝王キープセーク号×帝王5718号)

B【連合会31位】[分速1006.787m]21YT00350 RC ♀(帝王キープセーク号×帝王5718号)

C【連合会37位】[分速881.279m]21YT00308 BC ♀(帝王ベルデンサンセット号×源流408号)

D【連合会42位】[分速633.383m]21YT01710 B ♂(ゴールデンモンスター号×クイン2世号)※源流ブラッククイン号の孫×孫



【300Kレース 一般】

@【連合会10位】[分速595.863m]20YT03614 BC ♀(源流ダンディー号×クイン900)

   ky  2021年10月23日(土) 23:01
修正
一応私のブログにこの鳩の子、孫の西鹿児島及び下関GN1200K活躍鳩をアップしましたのでご覧ください。

 キングオブ稚内号の直系の活躍に関するイレブン的解釈  イレブン  2021年10月24日(日) 4:01 修正
キングオブ稚内号の直系の活躍に関する資料を拝見させていただきました。「なるほど」というのが実感です。基礎系(65−10番号岩田オペル系)への「もどし交配」によってこの「キングオブ稚内号」の血筋を生かしていったことが読みとれました。

それぞれの『キングオブ稚内号』の配合鳩の雌の目や姿の画像があるとさらに理解できるのですが、イレブンは、キングオブ稚内号の直系の一連の配合雌の目は、構造がかなりしっかりした鳩ではないかと推測しています。

配合雌の系図をみてもそのような感じがします。

傑出したCh鳩が必ずしもいわゆる「鳩理論」に適合した鳩ばかりではなく、むしろそうした理論外にある鳩が存在することは、ピートさんも含め多くの古今の名人達が指摘してきたことでもあります。キングオブ稚内号の目が示しているアイサインの退化現象は、レース鳩としてのギリギリの限界点を示しているのでしょう。むしろ「ギリギリの限界点」にいる鳩だからこそ傑出した記録を残せたともいえるのでしょう。直系の活躍を図るには、配合鳩にどのようなレベルのはとを持ってくるかが重要な鍵になってくると考えます。

しかし、こうしたCh鳩も、2代、3代と先祖をたどって行くとそこに必ず優れた目の構造を持つ銘鳩が存在していることも動かせない事実です。特に、上記の「ローラン号」・「65−10番号」やキングオブ稚内号の両親、そして3代上までの先祖の目の構造がわかる画像が残されていればこのキングオブ稚内号やその直系の活躍の「謎」が解き明かされるのではないでしょうか。もしそうした資料や伝聞情報がありましたら教えていただけませんでしょうか。

ここら当たりに、レース鳩という世界の奥深さがあり、面白さがあるといつもイレブンは感じています。この銘鳩【キングオブ稚内号】から、様々なことを考えさせられました。KY様には良い機会を与えて下さったことを感謝しております。

※勝手ながら、掲示板に記載されいた画像を使わさせていただきました。

KY様のサイトhttps://yoshidakenjipigeon.web.fc2.com/index.html

 関連資料  イレブン  2021年10月24日(日) 4:35 修正
・・

   ky  2021年10月23日(土) 20:50
修正
キングオブ稚内号を見たのは当時南部地区連盟長をしていました佐々木実さんのところで拝見、岩田先生から導入された鳩群の異血として森沢さんより導入したとのことでした、鳩の質は岩田先生はいいと言っているが自分としては??と言ってました。自分も目を見ても掴んでみても?という印象は拭えない鳩でした。

 予想通りです。ありがとうございます。  MIT  2021年10月23日(土) 21:13 修正
この鳩を私は握ったことがありませんので、握った人から感想を聞けたのはうれしかったです。

眼の写真と血統書と成績を見ただけでしたので、推測と同じ感想を持たれていたという事で非常に勉強になりました。

岩田先生は飛んだ鳩をけっして悪く言わなかったと思います。

この鳩について何かお話しますか?

 「鳩の質は岩田先生はいいと言っているが自分としては??」について  イレブン  2021年10月23日(土) 22:29 修正
岩田誠三氏の実績主義についてイレブンは、この鳩世界の動かせいない真実の一つだという認識を持っています。おそらく、キングオブ稚内号は、目の構造から見ても、明らかな退化現象が現れていますように実際に幾度もつかまれた実感をお持ちのKY様には、おそらく、超長距離鳩の理論にそぐわない鳩質を実感されたことだと推測しました。しかし、岩田誠三氏は「鳩の質はいい」という表現をされていたという事実を教えていただきました。イレブンは、ここが岩田誠三氏の理論のベースだと感じています。その根本は、あくまで「実績主義」なんだと考えます。さらに、考えますと「レース鳩」とは、見た目や触ることで理解できる理論だけでは、把握できない世界を持っている生き物だと考えていきたいと思っています。イレブンは岩田系の活躍鳩には特にこうした傾向があることを感じます。こうした鳩について岩田誠三氏は、よく「頭脳的な鳩」と表現されたいたようです。

   ky  2021年10月22日(金) 7:13
修正
このキングオブ稚内号の目を何と解釈しますか?
実物も何回も掴ませてもらいました。

 アイサインの退化  イレブン  2021年10月22日(金) 22:07 修正
種鳩としての資質に問題があると考えます。

 キングオブ稚内号について興味があります  MIT  2021年10月23日(土) 18:47 修正
実物を三重で見られたのですか? 仙台ですか?
どのような鳩でしたか?

 超長距離鳩の眼  参考資料:  2021年10月21日(木) 21:22
修正

 ■研究用資料:《研究ノート》【The Sport of Pigeon Racing】byDr. W. ANDERSON(P18~P35 )■ 翻訳版003 ■  CHAPTER U  「THE ARMADALE LOFTS」(第2章 「アルマデールロフト」) ■  Dr. W. ANDERSON   イレブン  2021年10月11日(月) 21:48
修正
CHAPTER Uの「THE ARMADALE LOFTS」(第2章 「アルマデールロフト」)は、Dr. W. ANDERSONさんの鳩舎の名前のようです。ANDERSONさんは、この章で自鳩舎の代表的な翔歴を詳細に説明しています。そして、そうした記述をした理由をこの章の最後に次のように述べています。

●「この章は、これらの偉大な戦士たちと、彼らが成し遂げた数々の素晴らしい偉業に捧げるものであり、彼らの勇気を永久に記録し、彼らの奉仕に感謝するものです」

イレブンはこの文章を読んだとき、ANDERSONさんのこうした姿勢が多くの愛鳩家にこの本が受け入れ、読み続けられてきた理由のように感じました。そして、A.S.Jonstonさんが書きまとめた名著『OPEL BIRDS』とも相通じる愛鳩家としての姿勢の気高さを感じました。イレブンは、A.S.JonstonさんやJ.Louis.Opelさんの書斎には、きっとこの『The Sport of Pigeon Racing』が並んでいたと思っております。

代表活躍鳩の画像や貴重な鳩舎画像などの資料も含まれていますのでこの章も掲示板に掲載することにしました。

代表活躍鳩の画像では、当時の長距離バードの基本形が読み取れます。また、ANDERSONさんの鳩は、雌鳩の活躍が多いようです。鳩舎はWシステムのようですが、Nシステムでも飛ばしていたのでしょうか?

  CHAPTER U  「THE ARMADALE LOFTS」  Dr. W. ANDERSON  2021年10月11日(月) 21:54 修正
アルマデールロフトは、1904年に、旧友であるゴバンの故ジョージ・ハミルトン氏から購入した鳥で設立された。

彼は1902年にSkibereen(アイルランド)で開催された最後のスコティッシュ・ナショナル・レースで優勝し、1903年にはバースで開催された最初のスコティッシュ・ナショナル・レースで優勝した。この鳥はデルモット家の鳥で、バナー・オブ・アインズデールの23番と24番、そしてボスウェルのJ.B.クラークの血を引いています。

それ以降のアーマデイル・ロフトのレース活動の概要は以下の通りである。
1905. 私はArmadale and District Homing Societyで若鳥のレースを始め、Dumfriesからの最初のレースで2位になりました。Millomまでのレースではいくつかの好成績を収め、その年の若鳥レースでは新メンバーの中で平均1位となりました。

1906. Shrewsburyまでのレースでいくつかの好成績を収め、そのレースではクラブ7位となりました。また、Millom:ヤングバード・レースでブルーパイドのコックで好成績を収めました。その後、彼をジョセフ・マカパインに預け、彼はナショナルレースに何度も出場した。

1907. この年、私は医学生になっていたので、1909年に資格を得るまでレースを断念せざるを得ませんでした。1910年、父の診療を手伝うためにアーマデールに戻りました。この年、私はG・ハミルトンから別のペアを購入し、現在のロフトマンであるジョン・マカルパインからは数ペアのスタンホープを購入したが、彼は当時とても良いレースをしていた。その後、J.L.ベーカーの "リトル・ワンダー "の孫2頭と、この有名なチャンピオンの妹1頭を購入した。

1908. 私はレースを再開し、スコティッシュ・ナショナル・フライング・クラブに参加し、レンヌ(545マイル)で14位となりました。また、内陸部のレースでも多くの好成績を収めました。(レンヌでの優勝馬をCambus langのMr.Dan Adamから購入し、私のロフトで飼育しました。)
私はいくつかの良い賞を獲得し、1911年の優勝機で再びレンヌからタイム・インしました。

1912. レンヌで行われたS.N.F.C.のレースで6位に入賞したJ.マカルパインの馬を繁殖しましたが、これは失敗に終わりました。1914年には再び24位となりました。

1914. 私は、レンヌのS.N.F.C.で7位と13位、ボーンマスのイースト・オブ・スコットランド・レースで7位と13位のオープン賞を獲得しました。1914年の秋、そして1914-18年の世界大戦が始まった頃、私はスコットランドのナショナルレースやその他のフェデレーションレース、オープンレースで優れた成績を収めていたジョン・マカルパインの鳥の全ストックを購入しました。その鳥たちは、J. J. Barrett、Whitmore of Dudley、J. L. Baker of Sedglevなどの古いStanhopeの血を主に受け継いでいました。
その日以来、ジョン・マカパインが私のロフトマンとなり、過去30年間の私の成功の多くは、彼の揺るぎない仕事と熱意によるものでした。後年、私は彼の息子であるウィリアムに多くを託しました。彼はファンシーに関する膨大な知識を持ち、鳩に対する素晴らしい記憶力を持つ青年でした。
その後、私は親友の故J.L.ベーカーから数羽を購入し、トフトの孫である'13 "と'247 "を加えました。また、ブラックバーンのチャドウィックからハンセンのペア2羽を、ブラックバーンのスレーターからウェッジを購入しました。また、オスマン大佐からは彼の優秀な鳩「ポリスマン」の息子を譲り受け、J.W.ローガン氏とは2羽の雌鳥を交換した。ここに挙げた鳥たちは、現在私のロフトにいる古い系統の基礎となっており、1929年までの私の成功のほとんどをもたらした。

1914-18年の戦争中、レースはかなり制限されていました。最初の大会は1917年にソールズベリーで開催され、私は1位と4位に入賞しましたが、スコットランド・ナショナル・フライング・クラブは戦時中に2回のナショナル大会を開催しました。このレースではわずか15羽がタイムアタックしただけだった。1918年の2回目はウェーマスで行われ、ここでも私は1位と2位(息子と母親と一緒に)、10位、11位、15位となりました。
私はこれらの年の間、現役でした。1917年と1918年に私はサロニカに滞在し、ピジョン・セン・アイスを担当していたガーネイのスペシャリスト、フレッド・ショーによく会いました。

1919. レースが再開されると、私はウェーマスで開催されたS.N.F.C.のレースに出場し、7位、9位、20位、22位、23位に入賞しましたが、この日は24羽しか帰れませんでした。クラブレースでは、ロッカビーで1位、シュルーズベリーで1位、フェデレーションで3位、ウースターのフェデレーション・チャンピオンシップ・クラブレースで1位、そしてすべてのプールで優勝、ボーンマスのチャンピオンシップ・クラブで2位と3位、サウスポートのナショナルレースで11位と20位、オールドバード・アベレージとラングバード・アベレージ、そしてアベレージを獲得しました。
アベレージ(すべてノミネートされた鳥が対象)。

1920. レンヌで1位、ゴールド・カップで優勝。また、このレースで5位、1位、16位、19位、23位を獲得しました。
ヤングバード・レースでは、ロッカビー、マンポート、ミロムの3つのレースで10シリングのノミネーションを獲得し、サウスポートでは1位、2位、3位、フェデレーション・カップとヤングバード・カップではノミネーションの鳥で1位、ヘリフィールドではセクションS.N.F.C.YB.レースで15位を獲得しました。

 ANCIEVT AND MODERN.( 古代から現代まで)    2021年10月11日(月) 22:05 修正
■左画像:Dovecote at Linlithgow Palace.( リンリスゴー宮殿の鳩舎)

■右画像:Dovecote at Wallhouse, near Bathgate.(バスゲート近郊のウォールハウスにある鳩舎)

 ■■■    2021年10月12日(火) 2:37 修正













左画像:Dovecote at Boghead House. Bathgate. (ボグヘッド・ハウスのドーブコート。バスゲート)

右画像:Present System in use, showing Straight <<Fly-In?, Entrances on Top Storey. These open outwards, and can be controlled by Light Cords from the Ground. (Photo taken December,1940.)
(現在使用されているシステムは、最上階にあるまっすぐな「フライイン」の入り口を示しています。これらは外に向かって開いており、地上からのライトコードでコントロールできるようになっています。(写真は1940年12月撮影。)

 ■■■  ■■  2021年10月12日(火) 2:56 修正
左画像:Dr. Anderson's Central Loft at Armadale before Widowhood Entrances were adopted(Wシステム用入口が採用される前のアーマデールのアンダーソン博士の中央ロフト)

右画像:ome of the Trophies won by the Armadale Lofts.(Armadale Loftsが獲得したトロフィーの一部)


 ■LUE NAMES HEN.■  ■■■  2021年10月12日(火) 3:09 修正

ブルー・ヘン SU.27.WL1336. レンヌの545マイルを3回、ナントの608マイルを3回飛びました。ナントでは608マイルを3回、スコットランド・ナショナル・ファイアリング・クラブで飛行。

1932年、ナントで優勝(オープン20位:セクション11位:速度771)。
1933年にはナントでオープン3位、セクション1位、速度843、1934年にはナントで入賞を果たしています。

スタンホープ、ギルソン、ローガンブルームの組み合わせ。

 ■GUINEA GOLD■  ■■■  2021年10月12日(火) 3:18 修正
GUINEA GOLD.

ブルーチェク。1918-フロウン・ウースター。1919年-サウスポートとボーンマス:優勝16ポンド、オープンレース。1920年 サウスポート、そしてレンヌでS.N.F.C.のナショナル1位、135ポンド、金杯を獲得。

146の種牡馬、Red Cheq. 1142. 4333x446のトフト:13x347の4333:Old Gits Cockと182x229の子の446。

146のダム。1914はRed Cheqから。1910年一オスマン×スタンホープ・ヘン(ジョンストンのウディングストンの血)。

 ■ SION.■  ■■■  2021年10月12日(火) 3:25 修正
SION.
"マリー・スチュワート" 1930年 1st Shrewsbury; 1931年 Rennes:タイムイン; 1932年 9th club Cheltenham: 2nd club: 2nd L.C.S, 1932年 第9回クラブ チェルトナム:第2回クラブ:第2回L.C.S.、第29回スコティッシュ・ナショナル・ナント:60Sマイル、1933年 第1回クラブ、第1回フェド:チェルトナム(ハードレース):第2回L.C.S.、第17回スコティッシュ・ナショナル・ナント:60Sマイル、1934年 第2回クラブ:第131回スコティッシュ・ナショナル・ナント:60Sマイル:176はナントに3回出走し、毎年S.N.F.C.レースで入賞した数少ない鳥の一羽です。
種牡馬 Blue Cheq. Pied 531は、私のオリジナルのSionペアから交配されたもので、アメリカのC.Heitzman氏に高額で売却されました。

※ C.Heitzman sion
https://www.heitzmansions.com/octnov-21-sions.html

Dam. Mealy 29, from a direct imported pair from M. Paul Sion.

 ■ STANHOPE HEN.■  ■■■  2021年10月12日(火) 3:27 修正
STANHOPE HEN.
ブラック・チェク。ヘン、SU.26.WL75. 非常に安定したレーサーです。グランビル(496マイル)を飛んで入賞した後、S.N.F.C.でレンヌに3回行き、9位、202位、204位に入賞しました。9位、202位、204位。この国で最も優れた長距離走の血を引いており、A.C.クリスティのボルドー・コックの孫娘でもある。


 ■THE DOL HEN■  ■■■  2021年10月12日(火) 3:30 修正
THE DOL HEN.
Red Cheq. ヘン。SHU.36.WL2933。1936年、223マイルを飛行。
1938年、ラナークシャー・ソシアル・サークルのオープン・レースで1位(飛行距離:515マイル)。
1939年、S.N.F.C.とレンヌへ。
1940. Dorchester "Smash:Davでは鳥は帰らなかった。
その後、ストックとして保管。両家の長距離優勝者の血を引く。
1920年にボーンマスで行われたオープンレースでは、当日タイムインしたのは2羽だけで、優勝したのはアーマデールのワトソン兄弟とアーマデールのホワイトフィールド兄弟でした。
翌年の1921年には、ワトソン兄弟が、先に述べたボーンマスの1stオープンの優勝者と一緒に、レンヌで開催されたスコティッシュ・ナショナルを制しましたが、これは実に素晴らしい成績でした

 1921年→1930年  ■■■  2021年10月12日(火) 21:21 修正

1921年、私はレンヌのS.N.F.C.で4位、9位、11位に入賞し、164ポンドを獲得しました。Armadale and District Hommg Societyでは、Kendalで1位、Millomで1位、Shrewsburyで1位となり、指名された鳥の Combined Average を獲得しました。

1922年、A.D.H.S.では、3位ロッカビー。7th Grange-over-Sands:4th Lancaster:3rd Wigan:6th Shrewsbury:1st and 3rd Worcester、そして18th Rennes:S.N.F.C.を獲得した。

1923年:A&D.H.S.で、2位ロッカビー:3位マンポート、1位ミロム:4位カーカム:1位シュルーズバン、1位、5位、7位グロスター、2位ボーンマスとすべての平均値、22位レンヌS.N.F.C.に参加。

1924年:A&D.H.S.で、ロッカビー1位、2位、3位、マンポート11位、ミロム1位、リザム1位、3位、シュルーズバン11位、ウースター6位、グロスター3位、ボーンマス3位、クラブ1位、グランビル12位の成績を収め、3つのアベレージを獲得。S.N.F.C.でレンヌからの6羽をタイムアウトさせたが、賞金を逃した。

1925年、A.&D.H.S.では、ロッカビーで4位、マリポートで2位、ミロムで2位、ライサムで7位、シュルーズベリーで3位、ウースターで1位、2位、3位、オープンで6位、クラブ・グランビルで1位となった。また、S.N.F.C.のレンヌで54位と59位に入賞した。

1926年:A&D.H.S.では、1位ロッカビー、Sthマリポート、3位ミロム、9連隊、3位ライサム、14連隊。1926年:A & D.H.S.では、第1ロッカビー:第1マリポート:第3ミロム:第9連隊、第3ライサム:第14連隊:第4シュルーズバーブ:第11連隊、第1ウースター:第4連隊。Sth BournemouthではOld BirdとCombined Averagesで優勝:60th Rennes S.N.F.C.でもある。

1927年にはA.D.H.S.でロッカービーと第2連隊で2位、第9連隊で2位となりました。
ペンリス 10日 Kendal. 第11回リヴサム 第2回シュルーズバン、第12回フェド... 7日 ウースター 第9回ウェブマス スコットランドのFIvins Clubと。20日 レンヌで81位と143位

1928年、A.D.H.S.で、7位ロッカービー、10位ペンリス、10位オクセンリオルム:15位プレストン、14位シュルーズベリー、10位ウースター、8位ウェーマス、1位クラブ、18位オープン・グランビル、S.N.F.C.のレンヌのレースでは3羽がタイムアウトしましたが、入賞リストには載りませんでした。
1928年、私の優秀な雌鳥 "590 "は、英国ナショナルF.C.のサン・セバスチャンを878マイル飛んだ。彼女はそれまでにレンヌを4回飛行し、英国ナショナルF.C.のレースで60位と81位に入賞していた。

1929年、A.&D.H.S.で、ロッカビーで2位、4位、10位、4連覇、ペンリスで3位、9位、11連覇:オクセンリオルムで2位、3位、4位、2位、3位、4位、プレストンで2位、5位、シュルーズベリーで9位、ウースターで8位、ウェーマスで7位、グランビルで1位、レンヌで9位と、スコットランド・ナショナル・レースで活躍。

1930年、A&D.H.S.では、ロッカビーで3位と8連覇、ペンリスで5位と10連覇、オクセンリョルムで4位、スタフォードで12位、チェルトリアムで12位、ウェーマスで13位などの成績を収めました。S.N.F.C.ではレンヌが204位。Aimadale Central Federation Clubでは、1930年に以下の順位を獲得しました。ロッカビー1位、フェド2位、ペンリス3位、ランカスター2位、3位、ウィガン2位、シュルーズベリー1位、3位。若鳥:ペンリス1位、2位、3位、4位、ランカスター1位、2位、3位、ウィガン1位、3位、4位。

 1931年→1940年  ■■■  2021年10月12日(火) 21:24 修正
1931年の獲得順位は 10位 Lockerbie、2位と7位 Penrith、20位 Oxenholme、15位 Preston、1st Club and 2nd Fed. 1931年は、10位ロッカービー、2位と7位ペンリス、20位オクセンホルム、15位プレストン、1位クラブ、2位フェデレーション、2位スタフォード、2位ウェーマス、1位グランビル。SNFのレンヌでは202位と273位でした。
ローストフトのフレッド・クルイックシャンク氏と私は、1931年のシーズンにホーム&ホームマッチを行い、大変興味深い結果となりました。1929年、私たちはそれぞれ10個のリングを1ポンドで指名しました。

1931年には、鳥が2歳になってから試合を行いました。この試合は1931年6月18日に行われました。1931. 鳥は天候に関わらず、午前6時にそれぞれのロフトに放たれることになっていました。私は5羽、クルックシャンク氏は4羽を送りました。結果が示すように、この日はこのような試合に適した日でした。私は午後4時48分に3羽まとめて、クルックシャンク氏は午後5時12分に3羽まとめてタイムアウトしました。

1932年、A.D.H.S.で獲得した順位は、9位ロッカビー、3位と4位プレストン、7位、9位、11位オクセンホルム、10位スタフォード、9位チェルトナム、9位ウェブマス。9位 ウェブマス 3位 6位、7位グランビルでした。若鳥では、6位ロッカビー、2位、3位と6位ペンリス、2位と3位フェド、1位と4位オクセンホルム、2位とSthプレストンで、3つの平均値を獲得しました。Lanarkshire Social Clubでは、1位Gretna、12位Oxenholme、5位Wkrrington:1位と2位Nantes。ヤングバード:1位、2位、3位グレトナ:1位、2位、4位ペンリス、4位オクセンホルム、ヤングバードカップを獲得。スコットランドN.F.C.レンヌ大会では73位、250位、287位、ナント大会では20位、29位。

1933年:A.&D.H.S.で1位、3位、9位 ロッカービーで1位、その他。ペンリス、12日オクセンホルム、4日プレストン:16日シュルーズベリー、1日、7日、9日チェルトナム、1日フェド、1日ウェーマス(この日の唯一の鳥)。若鳥:6位ロッカビー、1位ペンリス、6位オクセンホルム。3位と6位プレストン。4位と10位のスタッフォードでは、アサインがすべてのアベレージトロフィーを獲得しました。レンヌのS.N.F.C.では3羽でタイムアウト。ナントS.N.F.C.(608マイル)では、オープン3位、17位、110位、セクション1位、4位、30位。

1934年、A.&D.H.S.では、ロッカビーで1位、2位、第4連盟:ペンリスで5位、6位、オクセンホルムで2位、第4連盟:プレストンで5位、9位、第11連盟:シュルーズベリーで7位、9位。第4・5回 ウースター: 第1・10回 チェルテンリアムと第4連隊}。} 第1・10回 ウェイマスと第1連盟、チャレンジカップ S.N.F.C.レンヌ:第50回、第61回、第258回。61位と258位、ナント81位と131位

若鳥では、11位ロッカービー、2位ペンリス、4位フェド、5位オキセティホルム、1位プレストン:オールドバードとコンバインドアベレージで優勝。また、ウェスト・ロジアン・フェデレーション・スペシャル・レース(プレストン)では、4位:5位:6位:11位:12位:14位:15位に入賞しました。

1935年には、A.&D.H.S.で、4位ロッカビー:1位、2位ペンリス:1位:2位:9位:など。オクセンホルム: 1位、3位、5位など。プレストン: 2位 シュルーズバン: 16位 ウースター: 2位 4位・12位 チェルトナム: 3位・7位 プール: 10位・24位 フェド: 1位・2位・3位・4位 スコティッシュ・ナショナル・レンヌ・レースでは、解放の日に10位、15位、22位、27位、37位、63位となった。ナントのレースでは、オープンの48位と71位、セクションの24位と33位。これら2つのS.N.F.C.レースで、私は323ポンドを獲得しました。イングランド・ナショナル・フライング・クラブのサン・セバスチャン・レースでは、2羽目と3羽目がスコットランドに渡りました。
今年のヤングバードレースでは、16位Lockerbie、11位Penrith、3位、7位、8位Oxenholme、1位、10位、11位Prestonとなりました。Lanarkshire Social Circle Clubでは、Oxfordで1位と2位、Salisburyで1位、Granvilleで2位と4位、Openで3位と9位。3位 レンヌ ナントでは2位と4位。Ybunsの鳥。1位、2位 グレトナ: 5位 ペンリス: 8位 オクセンホルム: 4位 ランカスター: 全レースのベストアベレージを競うフィフティギニアカップ、オールドバードアベレージを競うモーガントロフィーを獲得。そしてDailv Express Cup for Two-Bird Average Granville raceを獲得しました。

1936年:A.&D.H.S.では、ロッカビーで1位、2位、6位、ペンリスで1位、7位、第1連盟で5位、7位、Sthオクセンホルムで2位、4位、9位、プレストンで4位、7位、第1連盟で1位、2位、3位、5位、7位、9位、シュルーズベリーで1位、4位、5位、6位。第1回 第5回と第12回Fed.
幼鳥: 第1回ロッカビーと第1回連盟: 第9回ペンリス: 第15回オクセチリョルム: 第10回と第15回プレストン
S.N.F.C. ナント・レース:オープン101位、セクション34位。この時も私はイングリッシュ・ナショナルF.C.のサン・セバスチャンから2羽目と3羽目をスコットランドに持ち帰りました。
Lanarkshire Social Circleクラブでは、Lancasterで3位、4位、5位、Rugbyで1位、Oxfordで13位、Salisburyで19位、など。「ペンリス5位、ランカスター1位、2位、グレトナ1位、2位、SthオクセンホルムでYbung Bird A\'erage Cupを獲得した。

1937年、A.&D.H.S.では、8位Riccarton、1位・4位Hexham、3位・4位・7位・Sth Bishop Auckland、1位・2位Thirsk、1位・2位Grantham、4位・5位Newhaven。Ybung Birdsは、12位Riccarton、1位Hexham:3位、6位Bishop Auckland、1位Thirsk、1位、3位、5位、6位Doncasterで、Old Bird、Young Bird AverageとCombined Axerageを獲得しました。
レンヌのS.N.F.C.はオープン145位と328位、セクション19位と112位、ナントのS.N.F.C.はオープン15位、36位、46位、136位、170位、セクション7位、16位、23位、54位、67位となりました。
Scottish Western Mid-week Club(4羽制限)では、ペンリス1位・2位、プレストン1位、スタッフォード1位・2位・3位、スタフィバード2位、チェルトナム2位。ヤングバード:1位、2位、3位ペンリス。
ラナークシャー・ソシアル・サークルでは、1位と4位グレトナ、11位ペンリス、5位ランカスター、16位プレストン、16位スタフォード、Sthラグビー、11位オックスフォード、11位サリスバン、5位ドル、8位レンヌ、2位ナント、4位と6位。若鳥:2位、4位、5位 グレトナ:2位:3位、4位 ペンリス:3位 オクセンリョルム:2位、4位 ランカスター 全レースのベストアベレージを競うフィフティ・ギニア・カップを受賞。

1938年:A.&D.H.S.が1位、2位、3位 ロッカビー(第1連盟)、1位、2位、3位、5位 ペンリス(第2連盟)、1位、2位 オクセンホルム(第1、2連盟)、3位、12位 プレストン(第6連盟)。第3・12回プレストンと第6回フェド:第1・3回ウースターと第2・7回フェド:第14回シュルーズベリー、第27回チェルトナム、第2回プールと第10回フェド、イブンの鳥、第1回ペンリスと第2回フェド。
S.N.F.C.と一緒に出場したレンヌのレースでは、オープン157位、セクション52位を獲得しました。ナント・レースでは、オープン139位、セクション46位。

With L.S.C., 3, 4, 5 Penrith, 3, 4, 6 Lancaster, 3, 5, 6 Preston, 1, 2, 3 Stafford, 6 Rugby, lst: 3位、11位、12位 オープンドルレース vel.763(500マイル)、17位 レンヌ、5位 ナント ヤングバード、2位グレトナ、1位と6位オクセンホルム、4位と5位と6位ランカスター。以下のトロフィーを獲得:フィフティ・ギニア・ゴールド・カップ(全レースのベスト・アベレージに対して4年ぶり3度目の優勝)。ヤングバード・アベレージ・カップは3度目の受賞。テネント・トロフィー:最も過酷なレースの勝者(Dol, vel. 763. モルガン・トロフィー、デイリー・レコード・ローズ・ボウル、そしてドル・レースでのベスト・アベレージに対するデイリー・エクスプレス・トロフィー。

1939年、A.&D.H.S.と共に。1、2、4位ロッカビー(第1連盟)、4位ペンリス、3、5位オクセンホルム、1、3位プレストン(第1、5連盟)、2、5、12、13位シュルーズベリー(第6連盟)、1、16位ウースター(第2連盟)、1、15位チェルトナム(第1連盟)。4位、5位、S位、9位 プール。若鳥は、ロッカビーで2位と5位、ペンリスで1位と5位、オクセンホルムで1位と5位、プレストンで5位、オールドバードアベレージとコンバインドアベレージで優勝。
S.N.F.C.では、レンヌでオープン21位、セクション11位、ナントではオープン3位、6位、122位、セクション20位、29位、47位に入賞しました。
L.S.C.では、第4グレトナ、第19ペンリス、第2ランカスター、第9プレストン。第2スタッフォード 第1ラグビー部 6日、9日 オックスフォード 19日、25日サリスバン、1日、16日、21日レンヌ、2日、5日、10日ナント、7日:Sth、17日Dol。ヤングバードでは、第5回グレトナ、第4回ペンリス、第13回オクセンホルム、第2回と第3回ランカスターで、全レースのベストアベレージを競うクラブチャンピオンシップ、第1回レン
ヌのW.アランソンカップなどを獲得しました。

1940年には、A&D.H.S.で、ダンフリース1位、7位、11位、ペンリス1位、3位、7位など、ランカスター1位、3位、4位など、A&D.H.S.では、ダンフリース1位、7位、11位など。ランカスター:第1回、第5回、他 カークハム:第1回、第5回、第10回、他 シュルーズバン;および第1連隊、第1回、第5回、第7回 ウースター;および第1連隊、第3回、第4回、第6回、第8回
チェルトナム、第5回、第7回 スウィンドン: 第1回、第3回 ドーチェスター・スマッシュ: 第5回、第7回 Fed.: 第1回、第2回、第3回 クライストチャーチ: 第1回、第2回、第3回 若鳥: 第6回Dumfries: 第4回Penrith: 1位、2位、5位、その他。ランカスター:Fed.1位、3位、5位、9位 カークハム:Fed.1位、2位、3位 カークハム(2戦目):Fed.1位、2位、3位
L.S.C.では、10位 グレトナ: 3位: 5位と7位 ペンリス: 8位 ランカスター、2位 プレストン: 3位と5位 スタッフォード: 5位: 11位: などなど。ラグビー: 6位 オックスフォード: 4位: 6位: 7位: など サリスバンでは、ベストアベレージ・ノミネートバードのゴールドカップを獲得。

 1941年→1947年  ■■■  2021年10月12日(火) 21:29 修正
1941年、A.&D.H.S.では、8位Dumfries、1位:6位と10位Penrith、1st Fed.:4位Lancaster、1位Kirkham、2nd Fed.:Sth Worcester、6位と8位Worcester、6位と11位Cheltenliam。

1942年、A.&D.H.S.と、2位と3位ダンフリーズ。第1・13回ペンリスと第1連隊、第2・3回ランカスターと第2連隊:第5回:Sth:など。Preston: 15th Worcesterと10th Worcester(第2レース)、2nd Cheltenham: 3rd Norton FitzwarrenとSth Fed. Ybunsの鳥。第3回と第11回ダンフリーズと第11フェド:第1回と第3回ペンリスと第1回と第4フェド:第1回ランカスターと第6フェド:第12回プレストン。ノミネートされた3羽のオールドバードアベレージ、コンバインドアベレージ、ヤングバードアベレージを獲得。
L.S.C.では、第5回ダンフリース、第1、3、S.ペンリス、第1、3ランカスター、第1、2:第4、5プレストン、第18回ウースター、第7回ウースター(第2レース)、第1、3、'/thチェルトナム、第7、10、14ノートン・フィッツワレン。興味深いのは、このクラブでは7羽が上限だったことで、第1レースに出場した7羽はすべてO.B.の最終レースでタイムを記録しました。ヤングバードは、14th Dumfries、1st Penrith、2nd Lancaster:6th Preston。

1943年: A.&D.H.S.(8羽制限)では、11、12位ダンフリース、5、6位ペンリス、2位:5位:7、9位:など。ランカスター: 第6回と第10回: 第1回プレストンと第2回: 第2回: など

第5回:第6回、第10回 ウスター 第5回:第9回、第12回 連盟、第3回:第4回、第6回 ウスター(第2レース)、第7回、第8回 連盟:第1回、第6回 チェルトナム、第3回 連盟。4位ストーク・キャノンなど。Ybunwの鳥。12th Dumfries: 10th Penrith, 11th Lancaster: 3rd Preston.
1944年はA.D.H.S.(10羽制限)で、第1・11回ダンフリーズ、第1・4回スリーバード・クラブ、第2連盟、第1・3・10回ペンリス。ランカスター第1回:第3回、第9回 プレストン第1回:第3回、第9回 3バードクラブ、第1回フェド。 1位: 13、14日 ウスター、1st Fed: 1位 ウスター(2戦目): 3バードクラブ、3rd Fed: 2位: 5、6日 チェルトナム、7日 ストークキャノン。ヤングバード: 13th Dumfries: 2位: 8位: など。ペンリス:第3回スリーバードクラブ:第4回:第9回、第12回ランカスター:第2回、第4回プレストン、第1回スリーバードクラブ:など:オールドバードアベレージ、コンバインドアベレージを獲得。

1945年: A.D.H.S.(10羽制限): 第9回ダンフリース: 第5回と第9回ペンリス: 第12回オクセンリオルム: 第1回と第10回プレストンと第3連盟: 第1回、第3回、第5回、第9回シュルーズベリーと第1三鳥クラブ、第3回と第6連盟。第1、3、4、5回 ウスターと第3、7、Sth Fed.:第1ウスター(第2レース)と第3 Fed.、第4チェルトナム、第3ドーチェスターと第3 Fed.。幼鳥:第1回ダンフリース、第S回グレトナ、第12回ペンリス、第4回オクセンホルム、第3回プレストン、第3回Fed.

1946年、A.&D.H.S.とともに、第9回ダンフリーズ、第7回ペンリス、第1回・第3回ランカスター、第1回スリーバード・クラブ、第2回フェド、第2回・第4回プレストン、第1回スリーバード・クラブ:第1回・第3回スタフォード、第5回・第9回フェド、第5回・第6回・第7回ウースター、第2回:第3回・第4回スウィンドン、第3回・第S回・第14回フェド、第2回・第3回・第4回:第7回:第8回・第9回・第10回ドーチェスター、第1回ヘイスティングス。若鳥では、2位ダンフリーズ、2位と9位グレトナ:9位ペンリス:3位ランカスター:1位:3位:6位:7位:Sthと9位プレストンとマクネアカップスペシャルなど:と7位と12位Fed.
2バード・チャンピオンシップ・クラブでは、1位およびすべてのプールとノミネートで1ポンド。
S.N.F.C.ヘイスティングスのレースでは、オープンで63位と191位、セクションで35位と11位となり、4つのエントリーすべてでタイムを記録しました。
1933年、ウェスト・ロッジアン・フェデレーションは、フェデレーションのチャンピオンシップに毎年特別賞を提供しました。この賞は1946年までに13回争われており、私はそのうち6回優勝、3回準優勝しています。

1947年の優勝 スコットランド・ナショナル・レンヌ・サンジャック・レース。第10回、第22回、第23回、第53回、第27回、第53回、第54回、第134回オープン(2689羽)。Armadale & D. H.S. (スコットランドで最も強いクラブの一つ)では、3バードCh.クラブとW.L.Fed. Old Birds; 1st, 2nd, 3rd Club, 2nd, 4th, 6th Fed. Dumfries; 1st, 6th Club, 1st, 11th Fed. ペンリス;1st, 6th, 7th, 8th Club Lancaster;1st, 2nd, 5th, 8th Club, 1st, 2nd 3-Bird C.C. and 11 Fed. プレストン;第2、4、6クラブ スタフォード;第3、4、5クラブ、第2 3-Bird C.C.および11 Fed. ウスター;3、4、5、6クラブ、2nd 3-Bird C.C. Cheltenliam;2、3、4、6、7、Sth、10、11クラブ Dorchester;10th Combine 2-Bird C.C. Dorchester、4th Combine 2-Bird C.C. Guernseyで81ポンド獲得。
ヤングバード:5th Club, 12th Fed. ダンフリース;3、5、6クラブ、9フェド。Gretna; 1st and 2nd Club, 9th Fed. ペンリス;3、4、5クラブ、2nd 3-Bird C.C. ランカスター;1、2、3、5、7クラブ、1、2、6 Fed. オープンレース プレストン クラブOBアベレージ、インランドアベレージ、ヤングバードアベレージ、コンバインドアベレージ、ノームバードのマクネアカップを獲得。また、W.L.フェデレーションのベスト・インディビジュアル・アベレージも獲得しました。
以上が、1904年にアーマデール・ロフトが設立されて以来の記録であり、決して完全なものではありません。この43年の間に、多くの素晴らしい鳥たちが、多くの素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。

この章は、これらの偉大な戦士たちと、彼らが成し遂げた数々の素晴らしい偉業に捧げるものであり、彼らの勇気を永久に記録し、彼らの奉仕に感謝するものです。

◇以上、CHAPTER II終了◇

 2021年作出鳩  イレブン  2021年10月11日(月) 2:52
修正
2021年秋 200Kレース★連合会4位入賞★21YT00321 BC♂

■父:ゴールデン3代目号※帝王3代目号直仔


■母:源流ピンクパール号(帝王シロクロ号×源流パール号※帝王3代目号の実妹)

 21YT01706  イレブン  2021年10月11日(月) 2:54 修正
2021年秋 100K 200k

■父:19帝王レッド号(7780×9390)※帝王稚内3号重近親

■母:源流343号200K記録(源流秘蔵岩田号×源流カルメギ号[帝王3代目号直仔])

 21YT01715  イレブン  2021年10月11日(月) 2:57 修正
/
2021年秋 100K 200k

 21YT01717  イレブン  2021年10月11日(月) 2:58 修正
/
2021年秋 100K 

 21YT0467  イレブン  2021年10月11日(月) 3:01 修正
・源流系SSライン基礎配合作出鳩。

■父:【源流SSプラチナ号】元平田基哉鳩舎種鳩※銘鳩トップガン号の孫(ゴールドリッチ号重近親)

■母:700K当日帰り2羽中優勝【源流SSクイン号】※3代目スネークスター号8重近親

 21YT00480  イレブン  2021年10月11日(月) 3:04 修正
命名【源流SS黒翡翠号】源流系SSライン基礎配合作出鳩。明年、源流クーガー号に配合する予定です。

■父:【源流SSプラチナ号】元平田基哉鳩舎種鳩※銘鳩トップガン号の孫/
ゴールドリッチ号重近親作出鳩

■母:700K当日帰り2羽中優勝【源流SSクイン号】※3代目スネークスター号8重近親

 21YT00332  イレブン  2021年10月11日(月) 3:06 修正
/2021年秋 100K 200k

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53  過去ログ全 2683件 [管理]
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