岩田考七がアメリカより持ち帰った5羽のオペル鳩の一羽、5910号がどういう経緯で小林勇鳩舎に導入されたのか。このことについてイレブンはかつてこのように聞いたことがあります。その真偽を含めて、小林勇の地元ではどのような話になっているのか、ご存じのことがあればレスして頂けませんか。
イレブンがもう40年以上前、伝え聞いた話はこうでした。
(※なお、イレブンは故人となられた方の名前表記については、敬称を付けないで表記するという慣例に習って記述することにしております。ご了承ください。)
そもそも、小林勇と岩田孝七は幼馴染の関係にあり、考七が海外渡航から鳩を持ち帰った頃から、オペル鳩を始めとするそれらの輸入鳩の存在を知っていたらしい。 そんな親しい人間関係でもあったので、日本海号などの活躍以降、門外不出となった777×619の直仔、383193号もかなり早い段階で小林鳩舎に導入していた。 5910号については、小林勇のお気に入りで、何度も譲ってくれという話をしたが、さすがに岩田孝七は首を縦に振ることはなかった。 しかし、ある日、孝七からいきなり「今すぐ30万円(20万円だったかも知れない)が用意できるんだったら、5910号を持って行ってもよい」との電話があり、小林勇すぐさま現金を用意し5910号を持ち帰った。 、という話です。
イレブンは、この話を静岡の小林勇鳩舎に訪問して、小林勇自身の口から直接聞いたと言う人物から伺いました。ずいぶんと以前の話ですが、地元ではどのように伝わっていますか。もし小林勇鳩舎の基礎鳩に関して何かご存知のことがあれば教えていただけませんか。
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