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 ■研究資料:中島国治『0の理論』■◇◇◇◇第8章 生体活性を波動する”太陽サイクル”◇◇◇◇◇【出典:中島国治『サラブレッド 0の理論』――人間の予想を裏切る「血と本能」の秘密――』、2003年12月5日発行、KKベストセラーズ、P229〜P246より引用)】  イレブン  2021年7月16日(金) 3:06
修正
◇◇◇◇第8章 生体活性を波動する”太陽サイクル”◇◇◇◇◇

サラブレッドの理論である中島国治さんのこの「0の理論」のベースになっている考え方は、キチンとした検証をしなければレース鳩の理論にそのまま転用することは出来ませんが、その考え方の視点としては、かなりの類似点があるように思います。

本章では「太陽サイクル」が遺伝における生体活性にどのように関わってくるかをサラブレッドの名馬の実例を基に理論が展開されています。前章で触れてあったように、この太陽や月の「波動」はあらゆる動植物の生命体に影響を与えていることは、すでに多くの科学的な検証で明らかになっている事実です。

そのことを前提に考えてこの章を読んでいくと、レース鳩の遺伝の場合も、この中島さんのような検証が可能であれば、何らかの遺伝の法則が存在すると考えるのに無理はないように思えるのですが……。

様々な議論が出来そうですね。感想等の投稿をお願いしますね。

ネット上でもずいぶん以前からこの「中島理論」に対しては賛否両論が存在しています。イレブンも一応そうした意見にも目を通しているのですが、これだけ議論されているということは、そこに何かあるからとも考えています。レース鳩の眼の理論も同様ですので、話題としても面白いのではないでしょうか。どのように考えるかは、これもまた、人それぞれあっていいというのがイレブンの基本的な立場です。


第7章、第8章と掲載してきましたが、次の第9章「スピードのベース”月のサイクル”」まで掲載しないと中島理論のおおよその全貌が見えてこないようですので第9章も数日内に掲載することにしました。

【中島国治 プロフィール】
昭和10年東京生まれ。東京芸術大学音楽学部声楽科卒。芸大在学中にイタリアに留学し、サラブレッド血統配合の真髄に触れる。帰国後、独自に構築した血統理論を完成し、日本の生産界に絶大な影響力をもつに至る。馬券収支でオペラのコンサートを開催したことは知る人ぞ知る逸話である。平成5年に出版した『血とコンプレックス』(小社刊)は競馬ファンはもとより競馬に携わる多くのプロの人たちに衝撃を与えるとともに、血統についての考え方に多大な影響を及ぼした(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『サラブレッド0の理論 人間の予想を裏切る「血と本能」の秘密』より
※中島国治さんはすでに故人となられているようです。(調査中)

 ■太陽のサイクルとは何か■  中島国治  2021年7月16日(金) 3:14 修正
 まず、ある1頭のサラブレッドの遺伝の全容を知るうえで最低限必要なのが、四代血統表である。遺伝は直接と間接の二つに大別できるが、直接遺伝は四世代で構成され、五代目より先の先祖は間接的に隔世遺伝の対象になる場合のみ関係してくると考える。基本は四世代ということを念頭に置いて欲しい。

 232ページに示す血統表は平成4年(1992)の皐月賞・ダービー馬であるミホノブルボンのもので、五代目までの先祖名が記されている。

 種牡馬の名前の下の数値は精子の活性値、繁殖牝馬の数値は卵子の活性値、卵子の活性値の合計が料的遺伝値である。これらは太陽のサイクルから求められる。太陽のサイクルから逆算して牡牝両方の生殖細胞の活性を数値化したものである。

 さあ、この先に論を進めるためには。いよいよここで太陽のサイクルとは何かについて、全容を改めて知ってもらう必要がある。

 フェデリコ・テシオのメモには《Minimo al Massio e un Cicolo deI Sole, el Questo cicolo Ci Vuolo anni=ミニモ(最小)からマッシモ(最大)までが太陽のサイクルで,このサイクルには8年を要す》と書かれていた。太陽のサイクルはその最小単位が満4年である。それを日数に変えると1461日である。その満4年を二つ重ねた満8年、2922日をもってサイクルが完成する。前半の4年が生体エネルギーの劣性期([−]、lnferiore)、後半の4年が優性期([+]、Dominante)で、この8年で生体は一つのボトムと一つのピークを体験する。そしてその現象を[+][−][+][−]……というふうにサイクルしていく。

 ここまでは比較的簡単にわかった。だが、その先がわからなかった。書いてしまえばそうむずかしいことではない。だが、どこが起点なのか、そしてそのサイクルをどのように体系化したらいいのか、ただそれを突き止めるだけでも私は人生の大半を費やさねばならなかった。したがって、ここから先は私のオリジナルである。

 起点は、その個体が受胎した日から数えて1年後(出産予定日の約1か月後)からである。馬の在胎期間は約11か月であるから、出産日から数えると1か月後になる。というのも、仔馬の細胞は生まれ落ちるやいなや自立するわけではく。生まれてしぱらくは母馬の細胞の働きの影響が残っているからである。まだ母馬の細胞の働きが残っている期間が1か月というタイムラグなのだ。

 交配期日は種付け台帳に記載されており、また出産予定日は種牡馬特集号などに明記されている。起点からスタートした生体の活力は少しずつレベルを上げていき、満8年後にその頂点に達する。

 ・・・  ・・  2021年7月16日(金) 3:16 修正
235ページの図を見ていただきたい。私は劣性期と優性期の中間点(Centro)を1.00とし、下限(Minimo)を0と定め、上限(Massimo)を2.00と定めた。もちろん、遺伝の影響力を目に見えるように数値化するためである。

 その数値2を太陽のサイクルである8年で割れば、1年当たりの生体の活力の上昇度が出る。すなわち、0.25である。半年なら0.125あり、―か月なら0.20833となる。春の繁殖シーズン(4か月)でも、最初と最後では数値は0.083233と変化している。

 起点の0から少しずつ上昇してきた生体の活力は8年をもって上限の2に到達する。そこから下降準備期間に入り、馬の場合では約4週間後には0に戻る。私の調査結果では、この4週間の下降準備期の間、細胞の活力は、ピークの2よりもさらに強まる。つまり2十″である。

 このピークの時期(満8歳、16蔵の直前)で繁殖牝馬の卵子は一世一代の働きを示しており、この時期に卵子が受胎すると、名馬の生まれる確率がひじょうに高まる。

 たとえば、テシオが生産したリボー(16戦全勝のイタリアの名馬)はこの卵子で受胎している。我国では、メジロマックィーン、シンボリルドルフ、カツラギェース、グリーングラス、ウィンザーノット、ライトカラー、エルプス、ウイニングチケット、ピワ(ヤヒデ、タップダンスシチーなどがそれに当たる。ただ、生産者の多くはこの太陽のサイクルを知らず、単にまぐれ当たりにすぎないのはひじょうに残念なことである。

 また、牝系のポトムラインにおける繁殖牝馬の受胎時の卵子が、3回の世代交代の間に少なくとも1回2.00の数値をもっていた場合もおうおうにして名馬の出る土壌となる。たとえばトウショウポーイ(2回の世代交代が2.00)、ハワイアンイメージ(2回)、ライスシャワー(2回)、クライムカイザー、ミホノプルボン。シンコウラプリイなどがあげられる。

 以上述べてきた数字は北半球産馬を対象とした数値で、南半球から見た場合には秋仔である故に0.125ずつ減算する。また南半球から北半球産を見た場合0.125ずつ加算する。


 さて、もう一度図に戻ろう。三角形の底辺に並ぶ数は馬の年齢を表しており、1日盛りは満1年で、8年ごとにサイクルしていく。0から2.00まで、縦軸に示された数値はその馬の生殖細胞(精子または卵子)の活性値である。三角形の底辺の種牡馬または繁殖牝馬が生殖にかかわった年齢から縦にまっすぐ線を引き、斜めの線にぷつかったところの縦軸の数値が、受胎が行なわれたときの生殖細胞の活性値ということになる。

 ミホノブルボン(生年1989年)が受胎したときのマグニテュード(生年1975年)の年齢は、1989−1975‐1=13
 13歳であった。ミホノプルポンの生年からさらに1を引いているのは、ミホノブルボンが母馬の胎内にいた11か月を約1年と概算し、その分を引いて受胎した年を算定しているためである。そこからさらにマグニテュードの生年を引くと。マグニテュードの種付け時の年齢が出る。

 さて、13歳という年齢における、精子の活性値を図で見ると1.25という数字になる。同様の計算によりミホノブルポンの母カツミエコーが受胎したときのシャレーは6歳で。そのときの精子の活性値は1.5十a、ハイフレームが受胎したときのユアハイネス(9歳)の精子の活性値は0.25、カミヤマトが受胎したときのライジングフレーム(11歳)の精子の活性値は0.75であった。

 この中でもっとも活性値の大きいのがシャレーの1.5+αである。端数が出ているのは、シャレーがヨーロッパ産馬で、生まれが4か月以上早いということを考慮した分の補正値である。いずれにせよシャレーの遺伝が優性となって、他の牡馬の先祖は劣性となる。すると劣性となった先祖がもっていた”形””相”面の遺伝はすべて消える。いったん劣性となった先祖の”形””相”が、その子孫に伝わることは絶対にない。

 もちろんミホノプルボンの父馬であるマグニテュードのもつ遺伝もすべて消える。また、種牡馬になったミホノプルボンの中にはすでにマグニテュードは不存の先祖なのだから、仔どもにその″形””相”を伝えることはない。この規則に例外は絶対ない。第3章をもう一度読み直して欲しい。この法則があるが故に、父系の影響力が切れた種牡馬というものが存在するのである。


 ■”被遺伝世代深度”で隔世遺伝の対象先祖がわかる ■  ・・  2021年7月16日(金) 3:18 修正
ではどのような伝わり方をしているのか?
 この時の遺伝の仕方については一意的な法則が支配している。つまり、受胎が行われた時点で牡の精子の活性値が、牝の持つ父系三世代(父、母の父、祖母の父)のいずれの数値よりも優性であった場合、その数値の差が開くほどに奥の先祖にまでさかのぼって遺伝の影響力ぷとになる。これによって遺伝の奥の深さがわかるのである。

 どこまでの先祖が隔世遺伝の対象になるかを仮に被遺伝世代深度と呼ぶことにししよう。被遺伝世代深度を計算する式は、
 被遺伝世代深度H(交配する牡の活性値−三代前までさかのぼった牝の父系の最大数値)÷0.25で表される。

 このとき、被遺伝世代深度の一世代分というのは活性値にして0を超えて0.25までの差に当たる。つまり、1年の間に活性値が上昇する範囲である。

 被遺伝世代深度の数字は切り上げ算で計算する。ということは、たとえ微差でも両者の差が0.25の倍数以上の数字になった場合には世代数は増える。逆にその差が一世代分に満たない場合、つまり被遺伝世代深度が1未満の場合には交配する牡の形相を受けて遺伝することになる。だから、もしマグニテュードの精子の活性値よりも母の先祖の種牡馬の精子の活性値のほうが高くても、差が0.25より小さかったなら、ミホノブルボンはマグニテュードの”形””相”を遺伝したことになる。
 逆に、母の先祖の数値が父を一世代分上回っていたために母を通じて”形””相”を遺伝したわけだ。

 牡の活性値が牝のもつ父系三世代のいずれかの数値よりも低かった場合、牝のもつ父系三世代の中で最優性の先祖の活性値と牡のもつ活性値が開けば開くほど、父親の遺伝力が弱いわけであるから、それを補う意味で、活性値の差の分だけ奥の先祖が引っ張り出されてくる。つまり、被遺伝世代深度の範囲内での最優性先祖を隔世遺伝することになる。

 ミホノブルボンの場合、父マグニテュードよりも母の父シヤレーのほうが活性値が高く、その世代差は。
 (1.5十α)−1.25=0.25十α
 である。

 0.25は1年分の差であるが、十αで2年目に入っていることにより、被遺伝世代深度は二世代分となり、二世代目までの最優性先祖の”形””。相”を隔世遺伝することになる。となるとそれはシヤレーである。つまり。ミホノブルボンの遺伝において考える必要があるのはシャレーおよびシャレーの先祖だけである。

 この血統表の中には記されていないが。今述べた方法でシヤレーの先祖の数値を丹念に調べるならぱ、彼が受けた隔世遺伝の対象となる先祖(種牡馬)が判明する。シヤレーの父リュティエ(Luthier)の精子の活性値は0.5、シャレーの母の父のダブルジャンプ(DoubIJump)の活性値は1.0、祖母の父ヒルゲイル(HillGail)の活性値が1.75 で,祖母の父ヒルゲイルが優性、父リュティエおよび母の父ダブルジャンプは不存の先祖ということになる。

 さらに、
 1.75−0.5(リュティエの活性値)=1.25
 であり、1.25は五世代分に相当するから、シャレーから五世代さかのぼづた先祖までの範囲で隔世遺伝ができる可能性が生きているということになる。血統表を見ると三代さかのぼったところに活性値1.75のヒルゲイルが現れる。活性値が1.75ということはほぼ最高の値に近く、最優性先祖と考えて十分だ。

 つまり、ミホノブルポンはアメリカ産のケンタッキー・ダービー馬であるヒルゲイルの"
形""相"を、間接的に隔世遺伝したことになる。いかにもアメリカン・タイプといえるミホノブルボンの体型はここに由来する。

 被遺伝世代深度は特に配合を行なうときに有効である。というのは、望みの先祖の形相を自由自在に引っ張り出せるからだ。

 ところで、注意深い読者の中にはミホノブルポンの毛色に疑問をもたれた方がいるのではないだろうか。ミホノプルボンの毛色は栗色である。父のマグニテュードの毛色は鹿毛。それを遺伝していないことはいいとして、母のカツミェコーは青毛、ミホノプルボンがその”形””相”を受け継いでいるはずのシヤレーは青鹿毛である。

 なぜか?
 その理由はシヤレーが栗毛の囚子をもっている青鹿毛の種牡馬であるために、ミホノブルボンに栗毛を隔世遺伝をしたのである。

 カツミェコーの青毛はシヤレーのEx・Pである。Ex・Pとは太陽のサイクルに月のサイクルが割り込んだときに起こる現象で、仔一代だけに種牡馬の”形”"相"をそのまま遺伝する。したがって次の世代にその"形""相”を伝えることはできない。つまり、カツミェコーの仔は今後も青毛、青鹿毛は生まれない。

 ごくまれに牡馬の遺伝にも月のサイクルが絡んでくる、と前に述べたが、それに当たるケースである。Ex・Pについての解説はここではこれにとどめておき、牝馬の遺伝の項口で、月のサイクルの解説を終えた後に改めて取り上げることにする。


 ■競走馬の体力を決める"料的遺伝数値"■  ・・  2021年7月16日(金) 3:20 修正
次に見るべきは、"質”"料"の遺伝である。先ほども述べたように、これらの遺伝は父親からは伝わらず、母親からのみ伝わるので、牝系を通じて伝えられてきた遺伝も種牡馬に突き当たった時点で完全に切れる,ということは、ミホノブルボの血統表の中でマグニテュードの牝系、シャレーの牝系、ユアハイネスの牝系、ライジングフレームの牝系……などは、”質””。料”の遺伝に関しては最初から考慮する必要がない。見なければならないのはカツミエコー、ハイフレーム、カミヤマト、コロナ。秀節……と続くボトムラインだけである。

 まず、太陽のサイクルが関与する”料”の遺伝から見ていこう。”料”イコール、その馬がもっているベースの体力とだいたい考えてよい。それは、馬の受胎時の卵子の活性が決定する。卵子の活性は太陽のサイクルによって上下するため、受胎時の活性が重要になるのだ。受胎時の卵子の活力は一生を通じてその馬の細胞の活性、つまり体力を決定し、さらにその馬が牝馬の場合にはそれは遺伝される。

 母馬が仔にそれを伝えるときには、祖先の”料”へまたは活性値のベースに、さらにその母馬自身の、受胎時の卵子の状態によって異なる活性値がプラスされることになる。つまり”料”の遺伝は、遺伝を伝える代々の牝馬の、それぞれの活性値の総和として表される。
 
 これを見るために、私は牝系のボトムラインを四代にわたって見ていくことにしている。すなわち、四代母から曾祖母へ、曾祖母から祖母へ、祖母から母へ、母から仔馬へ、と四度にわたる世代交代の際の、それぞれの卵子の数値の合計が”料”的遺伝数値である。

 この数字も太陽のサイクルを表した235ページの図から同じように求められる。’料”的遺伝数値を式で表すと、

 ”料”的遺伝数値=
  D(仔が受胎したときの母の卵子の活性値)
 十C(母が受胎したときの祖母の卵子の活性値)
 十B(祖母が受胎したときの曾祖母の卵子の活性値)
 十A(曾祖母が受胎したときの四代母の卵子の活性値)

 のようになる。
 仔の数値はD十C十B十Aであるが、その仔が繁殖牝馬となった場合には、次の世代はE(孫が受胎したときの仔の卵子の活性値)十D十C十Bとなり、Aは圏外となる。その馬が料的遺伝数値の大部分をAに負っているような場合、仔までは強くても、孫の代になると一気に弱くなってしまうわけだ。

 卵子の活性値のセンターは1.00であるから、”料”的遺伝値の平均は1・00×四世代で、4・00となり、これが一般的な競走馬の体力の目安となる。最低の0の数値を母馬から遺伝した仔であっても、A十B十Cまでである程度の数値が達成されていれば差し支えないわけだ。

 ミホノブルボンの場合、母カツミエコーがミホノブルボンを受胎したのは満5歳で、そのときの卵子の活性値は1.25、祖母ハイフレームが母カツミエコーを受胎したときは満14歳で、そのときの活性値は1.5、曾祖母カミヤマトがハイフレームを受胎したときは満8歳で活性値は2.00(カミヤマトとハイフレームの出産予定日はともに5月15日であった。ということはカミヤマトが8歳になった時点で受胎したので。まだ活性値は2のままである)、さらに四代母コロナがハイフレームを受胎したときは満15歳でそのときの活性値は1.75である。

 これら総和が″料’的遺伝数値であり、1.25十1.5十2.0十1.75で6.50となる。

 この数字はミホノブルボンがひじょうに強大な体力をもっていることを示している。戸山式のハードトレーニングに耐えられるミホノブルボンの体力はこの数字によって保証されている。もし他の数値の少ない馬で同じ真似をしたら、たちまち壊れてしまうことは理の必定である。
 前ページの図はミホノプルボンの牝系の”料‘的遺伝数値の移り変わりを示したものだ。
 ちなみにこの図から。カツミエコー自身の肉体の力は自分の先祖の四代分の6.75となり、そのクレジットは5.25である。つまり、もし彼女が最低の0数値を与えても、5.25と平均を大きく上回った体力を有する仔が生まれてくることがわかる。

(以上第8章)

 7月13日に梅雨明けしました。  イレブン  2021年7月15日(木) 5:01
修正
イレブンが住む九州北部では、今年は、確か5月15日で昨年より27日早く梅雨入りしました。そして、昨年より17日早く一昨日の7月13日に梅雨明けしました。

今年の梅雨は、結構合間合間に晴れ間があったので、舎外を休む日は、数日しかなかったように思います。イレブン鳩舎は、自由舎外なので、小雨程度では舎外を休むことはありませんので、いまも、一日3時間以上は飛んでいるようです。

いよいよ本格的な夏が到来です!ビールがうまくなる季節ですね!

※昨日アップしていた0理論の第7章の誤字脱字等の修正(かなりの誤字脱字があったので読みにくかったと思います。すみませんでした)及び全文の掲載をやっと終えました。引き続きひきつづき、土曜までに第8章を掲載します。

 ■研究資料:中島国治『0の理論』■◇◇◇◇第7章 遺伝を解明する”時間”の法則◇◇◇◇◇【出典:中島国治『サラブレッド 0の理論』――人間の予想を裏切る「血と本能」の秘密――』、2003年12月5日発行、KKベストセラーズ、P212〜P228より引用)】  イレブン  2021年7月14日(水) 4:40
修正
この時期、仕事の方が立て込んでいていたことや、先日から手がけている【Pigeon Geographies】の翻訳作業を一気に進めている関係で投稿の時間がとれずにいました。仕事の方も、翻訳作業の方もようやく目処が立ってきましたので、また、「『統一理論』への対話」を進めて行きたいと思っています。

翻訳作業と言っても作業そのものは翻訳ソフトでやっているのですが、400ページの内容なので結構大変です。それでも8割方の翻訳が終えることができています。膨大な量なので、掲示板には一部だけ掲載して、研究室を立ち上げてそこで全文を読めるようにする計画です。

さて、、「『統一理論』への対話」で話題として提示していた「0の理論」の内容をに関連する研究資料を掲載します。競馬界の稀代の名著とも言われている中島国治さんの『サラブレッド 0の理論』――人間の予想を裏切る「血と本能」の秘密――』は、結構難解な内容です。

イレブンも、まだ至るところが未消化のままですが、これを機会にすこしでも理解を深めれればと思っています。「0の理論」を理解するためには、この著書全体を読む必要があるのですが、特に深く関わっている部分は次の4章です。

●第7章『遺伝を解明する”時間”の法則』
●第8章『生体活性を波動する”太陽サイクル”』
●第9章『スピードのベース”月のサイクル”』
●第10章『競翔馬を形作る4種類の遺伝』
●第11章『”0の遺伝”のマジック』

先ずはとりあえず「0の理論」の考え方の基盤となっている第7章と第8章を掲示板に掲載したいと思っています。

最初に「0の理論」への中島国治さんの基本的な考えを知るために「まえがき」をここに掲載します。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
■はじめに■

 私は平成5年(1993)の春、『血とコンプレックス』(小社刊)を出版し、サラブレッドが被っていたヴェールを1枚ずつ勅がしていった。
 その内容にショックを受けた読者もあったと耳にした。
 しかし、ただI冊の本の中ですべてのヴェールを剥がすことなど不可能に近いことである。

 出版から早(はや)10年の月日が流れ、日本のサラブレッドも、当時とは大きく様変わりしている。そしてまた、次の世代へとさらに異変が始まっている。

 ところで、この10年の間に私の”Oの理論‘も、インターネット上で。中島理論と称して、私の知らぬ間に一人歩きしている。
 検索してみると、中鳥理論はなんと150を超えていた。中には間違った方向へ走っているのもかなりあった。

 この辺で軌道の修正が必要と感じる一方、『血とコンプレックス』の新版の要望がひじょうに多いため、このたび、筆を取ることにした。

 サラブレッドには300年を越える歴史があり、それには後世の我々へのメッセージが刻まれている。                      ’
 ヴヱールに包まれたさまざまの謎を解く鍵の在所を探し当てるならば、ヴェールも1枚1枚剥がれていくものである。

 本書では、そのヴェールを1枚1枚剥がしてみよう。インターネット上で疑問となっている点も次々と解決するであろう。

 歴史を紐解くならば、隠された謎も次々と解けてくる。

 その謎を解く鍵が、自然界のリズムである。次々と解き明かされる。
 人間は疑問を抱き、解くことにより。今日の文明かある。

 サラブレッドもまったく同じである。疑問が解けてこそ、名馬も生産され。調教され、人々はその走りに酔いしれる。

 サラブレッドは。その国の文化のシンボルである。
                              中島国治

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇(『サラブレッド 0の理論』――人間の予想を裏切る「血と本能」』、P2〜P3より引用)

 ◇◇第7章『遺伝を解明する”時間”の法則』◇◇ ■忘れられた理論を掘り返す意義■  中島国治  2021年7月14日(水) 5:02 修正
 サラブレッドは血で走るという。血とは、つまり、遺伝である。

 今日に至るまで多くの学者が遺伝の研究にたずさわり、それぞれが独自の学説を世に著している。遺伝学の歴史は長い。遺伝学とは底のない沼のような学問なのだ。

 そうした長い遺伝学の歴史の中で、もっとも古く、現在の遺伝学のもととなったのが、アリストテレスの学説であることは一般的にはあまり知られていない。アリストテレスは動物学、あるいは比較解剖学の祖といわれており、彼の著書「動物論」は、現在に至っても「ある意味では、今までに書かれたもっとも精細な動物学の教科書である」(編集部注・『動物の形態学と進化』より。E・S・ラッセル著、三省堂、1993年1月刊)とさえ評価されている。

 だが、その学説の多くは、分子レベルの遺伝学が全盛となった現在は軽んじられ、忘れ去られ、ウニの歯を「アリストートル(=アリストテレス)の堤燈」と呼ぶことなどにその名残りをわずかに残すだけだ。

 けれども、私は忘れ去られたその理論をもう一度堀り返してみたい。現在のような実験設備もなく、遺伝での存在ももちろん知られてはいなかったギリシヤ時代、アリストテレスはまず人間を観察するところから遺伝というものに近づいていったのではないだろうか。

当時(紀元前4世紀)のアテネの人口は奴隷まで含め約30万で、現在のように都市の人口を構成する人間たちの流動もあまり頻繁ではなく。祖々父の代から孫の代までを、何百〜何千もの家族について観察することが可能だったはずだ。アリストテレス当人が知らない先祖のことについても、長老にたずねればおおよそつかむのは容易だったことだろう。

人間社会の遺伝を観察するにおいて絶好の研究環境であったということができる。しかも現代と違い、彼の生きていた頃は野生動物がまだ人間の隣人だった時代である。ごく日常的に野性勣物の生態を観察することができたに違いない。

『動物誌』『動物発生論』などの彼の著作を読むと、彼が驚くほど多数の動物について精通していたことがわかる。彼はその中で、なんと500種以上の動物について記述しているのだ。

 メンデル以降の生物学・遺伝学は、いずれも一つ一つの遺伝的要素に着目し、その遺伝的要素の動き・表現をミクロに見ることに終始してきた。その結果、ワトソン、クリヅクにより遺伝子というものが発見され、生物の遺伝が遺伝子の組み替えによって生じるものであることが徐々に明らかになった。

遺伝子の発見はひじょうに重要な業績ではあったが、しかし、遺伝子の重要性が強調されて行くにつれ、学者の目は遺伝のますます小さな部分、遺伝子が関与するミクロな表硯形態にばかり目がいくようになっていき、マクロな観察眼というものが次第に遺伝学の中ら失われていったのではないかと、私は思うのである。

 ■牡と牝が遺伝に果たす異なった役割 ■    2021年7月14日(水) 5:03 修正
 アリストテレスの説を単なる過去の遺物として排斥するのではなく、十分に根拠のある経験的知識として私が評価するのは、こうした背景があってのことだ。

 アリストテレスは自らの観察と経験、および哲学的考察を総合し、生物の遺伝について次のように述べている。
 
《このような類(動物)の自然(本性)は永遠であることが不可能であるゆえ、生成するものは。それにできる仕方でのみ、永遠であるのである。ところで、それは数の上では(個体としては)永遠であることは不可能である。
……しかし、種としてはそれができる。

それゆえ。人間や動物や植物の類は常に存在する。しかし雄と雌はこれらの生物どもの原理であるから、生成のために雌と雄とは存在する諸事物のうちにあるのであろう。しかし最初の動かす原因(これには形相が属している)は質料よりその自然(本性)がより善く、より神的なものであるから、このより優れたものがより劣ったものから引き離されていることもより善いことである。

このゆえに、そのことのできるものどもにおいては、そのことのできるかぎりで雄は雌から引き離されているのである。なぜなら運動の原理はより善く、より神的なものであるが、この原理は生成する(生まれてくる)ものどもにとっては雄であり、他方質料は雌であるからである。

しかし生成(子作り)の仕事のために雄は雌と一緒になり、交接する。その仕事は雄と雌の両力に共働の仕事であるからである》(編集注・『動物発生論』、アリストテレス全集9、岩波書店1969年刊。この記述に関する解説は、『アリストテレス』、岩波新書1977年刊に詳しい)

 この一節を『動物発生諭』の中に私が発見したのは、芸大時代、イタリア留学から帰ってきてからのことだった。神田で古本を弟と二人で漁っているときに偶然に兄つけたこの一節に、私はテシオの理論と結びつくものを感じ、その場で何度も何度も読んで暗記してしまった。

 もとより芸術大学で音楽を学んでいた私は、どういう遺伝理論が最先端で、どういう遺伝理論が遅れているか、などということを考える間もなく、ただ直感的にこの説に何か引かれるものを感じたのである。

 そのとき、アリストテレスがここでいっていることを私は自分なりに、次のように解釈した。

すなわち……仔どもを作るのは母親(牝馬)と父親(牡馬)の50パーセントずつの共同作業であるが、各々の作業の役割はまったく別々である。母観は仔どもに対して”質料の供給”という役割を果し、父親は母親が仔に遺伝する胚に”形相のバリエーション”をつける。その際に父親は母親が遺伝する”質料’に割り込むことはできない……というように。重要なのは牝と牡が遺伝に果す役割がそれぞれ違う、ということである。

ではどのように違うのか。私が見極めなければならないのはそこであった。

 もちろんアリストテレスのこの記述を鵜呑みにすることはできない。自分なりに確認することが必要であった。私はその後、この記述をもとにさらに自分なりの仮説を立て、あるときは文献上で、あるときは実地に、数十万頭の馬についてその仮説を検証していくことになる。

その結果私は今や、少なくとも馬の遺伝に関するかぎり、アリストテレスの説はほぼ正しいという結論に達している。

 遺伝学の最前線ではまったく別なのであるが、一般教養レベルでは、父親と母親の果す役割はまったく同一であると考えられている。父親の特徴が出るか母親の特徴が出るかは、同じ遺伝子座を占めるそれぞれの遺伝子のうち、単純にどちらの遺伝子が優性であるかで一意的に決められるものだと考えられている。ところが、経験的にいって、この常識は間違いなのである。

 最近の遺伝学の視点から、それを支持する知見をいくつか拾い上げることもできる。たとえば。あらゆる生物の細胞内に存在し、細胞の呼吸・代謝をつかさどるミトコンドリアという器官は、核の遺伝子とは別に、自分だけの独自の遺伝子をもっているが、このミトコンドリア遺伝子は、常に母親の側からしか遺伝しないことが知られている。父方のミトコンドリアは精子の尻尾部分にくっついており、母親の体内をくぐり抜けて卵子にたどり着くまでの間、泳ぎ続けるエネルギーをひたすら精子の尻尾に供給する。卵子にたどり着いた瞬間にこの尻尾は無常にも切り放されるため、受精卵の中のミトコンドリア遺伝子は母親のものだけ、ということになる。(編集部注:たとえば、『ヒトの遺伝学』、東京化学同人。1992年刊、『ウイルスは生物をどう変えたか』、講談社ブルーバックス。1993年刊など)。
 
ここから先は私の想像だが、生体におけるエネルギー代謝の主役であるミトコンドリアが体力、運動能力などを左右する大きな要因になっているとすれば、そしてそれが母税からしか遺伝できないとすれば、まさしく”質料”の供給が母親を通じてしか伝わらないというアリストテレスの説が、もっとも新しい科学によって裏付けられることになる。

 核遺伝子に関しても性差によって発現の相違が牛じることは一般的に予想できる。単純に、性遺伝子のXY遺伝子の上に乗っている素質ならば、男女別に異なって表現されることは明白であるし、さらにそうでない核遺伝子に関しても、最近になって、常に父親からの遺伝子が発現する、というケースが報告されている。

 これらは遺伝において、父親と母親の役割がまったく同じではないことを示す如実な証拠であると思う。ただ、断っておかなければならないのは、私は生物学者ではなく、要するに馬の血統のスペシャリストにすぎない。

遺伝において父親と母親の果す役割が別々のものだ、ということは、私は、さまざまな馬との付き合いの中から、経験的に知っていた。いわば当たり前の事実である。だから、遺伝子に関する研究報告が先にあってそれに対して私が理論を組立てたということではなくて、私の経験法則を裏付ける科学的事実が最近になって見つかったということなのだ。つまり、後から科学的事実が私に追いついてきたのである。

 ■30万顕のデータが遺伝の鍵を回した■    2021年7月14日(水) 5:19 修正
 父親と母親の役割がまったく別だとすれば、父親と母親の遺伝に与える要素は互いに切り放し、別々に考えなければ、遺伝というものを解きほぐし、使いこなせるツールとすることはできない。

 アリストテレスによれば、牝が仔どもに供給する”質料”とは、体力、反射神経、運動神経、俊敏性などの肉体的素質のことであり、牡の役割である”形相”とは、体型、毛色、目色などの肉体的外観および性格、頭脳などの神経的素質をひっくるめたものであった。 

私は対象を馬に特定して、”質料””形相”をそれぞれさらに細分化し、より深く研究を進めていった。すなわち、牝馬が供給する遺伝的要素である。

”質料”のうち、運動神経、反射神経、俊敏性といった神経面の要素を″質″、体力に対応する肉体的な要素を”科”とした。また、牡馬が関係する”形相”のうち、毛色、体型、目の色の特徴など外見面の要素を”形”へ情的素質(気質、性格)意的素質(統領性、悍件)、知的素質など精神面の要末を”相”として定義した。

ここで遺伝的要素を四つに分類したのは、テシオの馬産の方法を突き止めていくために、このように分類することがもっとも適当と判断したからである。この四つの要素だけで、少なくともサラブレッドの競走能力に関するかぎり必要かつ十分な判定基準が得られる。

 さて。私が競馬に深くのめり込むことになったきっかけというのが、ドルメロで見たフェデリコ・テシオのノートであったということをここで思い起こしていただきたい。

テシオのノートには、この地球上のすべての動植物が月と太隔のサイクルに支配されており、牡馬が仔に与える彫響には太陽のサイクルだけが関与し、牝馬か仔に与える影響は太陽と月の両方が支配するとあった。そして太陽のサイクルは8年であるということが書かれていた。
 
経歴を見れば明らかな通り、最初は単なるサラブレッドの血統マニアに過ぎなかった私が、本格的に馬の遺伝というものにとりかかる手掛かりはテシオのノートに記されたこの仮説以外になかった。

もし私が科学者だったら、この説の科学的根拠をあちらこちらに探し求め、結果、怪しげと決め付けて、それ以上の追究ができなかったかもしれない。けれども幸運なことに私は科学者ではなかったし、テシオを尊敬し、そして信じていた。

 だから、私が次にやったことは、まず牡牝双方に影響を与える8年という太陽のサイクル、そして牝馬からの遺伝に特異的に影響を与える月のサイクルが、それぞれいったいどのようにしてこの四つの要素にかかわってくるかを見ることであった。

それは紛れもなく、テシオがその長年の馬産を通じて培った経験的・職人的なノウハウを検証せんがためであり、テシオの理論を血の通ったものとして自分の手のうちにつかむためであった。

 私はさまざまな仮説を立て、およそ30万頭についてそのデータを克明に調べた。8年というサイクルがあるからには、馬の外見に、あるいは内面に、目に見えて繰り返される特徴があるはずだ。

どこで、何が、どのように繰り返されるのか、それを一つ一つチェックしていった。そして少しずつ遺伝の秘密の鍵を外していった。一人ではできない作業である。友人の協力も仰いだ。タイペイ牧場の六郎田靖氏などもこの頃の戦友の一人である。

 ■なぜ牡馬は太陽で、牝馬は月なのか■    2021年7月14日(水) 5:33 修正
結論を急ぐ前に、なぜ、牡馬からの遺伝には太陽が関与し、牝馬からの遺伝には太陽と月の両方が関与するのか。そして、8年という周期にどのような意味があるのか?おそらく読者の方々が当然もたれたことと思うこの疑問に、ひとまずここで答える努力をしておきたい。

 最初にいえることは、おそらく何十万頭ものサラブレッドのデータをひもとき、野生馬の集団を観察し、自らも実際に馬産を手掛けながら、トライーアンドーエラーの末にテシオがたどり者いた結論がこれであり、そしてこの結論によって、テシオは全世界でもっとも成功した馬産家になった、ということである。

マダマーリディアの言葉を思い出して欲しい。テシオは仔馬がまだ母馬の胎内にいる時点で、その性別を除いて、毛色も、体型も、競走成績をも。正確に予言したのである。

テシオは「かくして私は、自分の欲する馬をごく数字的に生産することができた」とその著書の中で述べている。そのようなことが本当にできるのかという読者には、確かにできる、というしかない。

 牡馬、牝馬の遺伝に月と太陽が関与するという意味を考えてみよう。

正確にいうと、地球の自転、地球の周りを回る月の公転、さらに太陽の周りを回る地球の公転が、馬の生体リズムを奥深いところで支配しているということである。

それは繰り返される強い光(太隅)、弱い光(月)の周期であり、放射線{太陽}の周期であり、磁気(太陽)の周期であり、さらに電力(月)の周期でもある。地球上に生命が誕生して以来、生命はずっと周期的なサイクルをもつ天体の上にいる。だからこそ、人間も含めて。あらゆる生体には特有のリズムがある。

 祖先から受け継がれたこうした時間的なサイクルに支配されていることに関しては人間もまた例外ではない。ヒポクラテスを始めとするギリシャの医者たちは、かならず周期的な症状の記録をとっていたという。

病気の原因に対する知識も、病気を治すための知識もなかったため、彼らは長期的な観察に力を入れた。その結果、さまざまな症状、さまざまな生理状態に周期的な変化があることを知っていた。

彼らは宇宙の中のさまざまな周期を見つけ出し、宇宙からの影響と人間の行動や生理現象を結び付けた。ひょっとすると彼らは、現在の我々よりも真実に近いところにいたのかもしれない。

 生命体と時間的なサイクルの関係についての科学は、今のところまだ十分な認知を受けたものではなく。『時間生物学』という耳慣れない名前で細々と研究されている。

だが、たとえばミソネタ州の健康課がとった統計を引いてみると、動脈硬化症による死亡は1月に多く、自殺は5月、事故死は7、8月に多発するなど、はっきりとした周期性が見つかっているそうである。

 私の知っている範囲の中でも、川崎競馬場の腕利き獣医である玉木衛氏は、月の満ち欠けを見ることによってどの馬にどのような症状が出るか、たとえば疝痛(腹痛のこと)が出ることを、およそ正確に予言することができる。

 『生理時計』(編集部注・『生理時計』思索社、1991年刊)という著書において、人間の生命サイクルに関する研究の最先端を取材し、リポートしたG・G・ルーズというジャーナリストは、その中で「今後まだ証明されていないような。ひじょうに長期に渡る周期も見つかってくるであろう」と述べている。

 またここに。『人間と生物リズム』というフランスの医者が書いた本がある(編集部注・『人間と生物リズムー時間生物医学序説』、白水社、1985年刊』)。その中に、上体リズムに関する興味深い一節があるので、多少長くなるが参照してみたい。

《生物の周期硯象を整理してみると、単細胞の真核生物からヒトに至るまで、あらゆる段階の生初にそれが存在することがわかるし、多細胞系については、それが動物性であれ植物性であれ、あらゆるレベルの生体機構にリズム活動の存在を明らかにすることができる。

このようにして、哺乳動物では細胞レベル。およびオルガネラ・レベルあるいは分子レベル。さまざまの組織レベル、種々の器官および器官レベル、個体レベル。ぎらには個体群レベルでさえもリズム活動が現れている。

これらのリズム活動の大部分は、もはや興奮系のそれのように高周波領域に位置づけられるものではなく、中周波また約24時間周期のリズム領域、および約7日、約30日。約1年など数日を越える周期をもつ低周波リズムの領域に属するものである。

そして同じ一つの生理現象でも、いろいろ違った周期のリズム活助が重なり合って発現することがある。たとえば、心臓の機械的運助は約1秒周期の高周波リズムをもつと同時に。約24時間周期の中周波リズムや約1年周期の低周波リズムももち合わせている。

 さらに、これらのリズムすべてに共通した性質と特徴がいくつかある、リズムの大部分は環境が恒常条件でも持続し、各世代の個体一つ一つによって獲碍されたものではなく、むしろ生物の種の遺伝的遺産の一部として発現されるものである》

 まさしくその通り!である。

 まず、昼と夜からなる1日の24時間周期は地球上の生物にとって動かしかたいリズムとして遺伝子の中に刻み込まれている。植初の開花時期を調節するのと同じように、動物においても光の照射時間をいろいろに変えて24時間というサイクルを短くしたり長くしたりする実験もなされているそうだが、少なくとも動物では地球の始まりから馴染んできた24時間周期という生体リズムを動かすことはできないという。つまり。動物は生まれながらにして体内にそれ自身の時計をもっており、それは太陽の運行サイクルに基づくものである。

 視点をさらに引くと、月の区切りがある。原行の太陽暦でいう1か月というのは、大陰暦における1か月に似せて便宜的に決められたものらしく、むしろ月のサイクルとのかかわりが深い。大陰暦の1か月とは月が満ち欠けする周期=月のサイクルのことで、それは正確には29・5日である。

 この29・5日と人間の生理周期である28日との間に相関があることはつねづね指摘されているところである。この月のサイクルは人間の精神に多人な影響を及ぼす。満月のときほど患者が手に負えなくなり、入院してくる患者も噌えるというデータを提出できない精神病院はないというし、精神異常による犯罪や放火。窃恪、喧嘩、自動車事故なども満月の夜に増加する。 。

 そして春夏秋冬の移り変わりがあり、1年というサイクルが現れてくる。太陽暦における1年というのは地球が太陽の周りをほぼ1周する時間である。正確には4年ごとに閏年の補正があるから、全周の99・93パーセントを回る時間である。ほとんどの生物は春秋に生殖期を迎え、1年を終える。

 さらに視点を引く。目に見える周期は4年。つまり閏年の区切りである。この4年というのも重要な区切りだが、4年の倍の8年、これこそが生体を支配する。もっとも基本的な長期周期、つまり太陽のサイクルなのである。

 人間の厄年が、8で割り切れる満年齢を数え年に直した年に当たることに注意を促したい。厄年というものは根拠のないものではなく。膨大な観察の中で育まれた立派な生活の知恵である。なぜ厄年なのか、といえば。その前後で生体のエネルギーが著しく上下するからだ。

したがって行動が不安定になり、病気にもかかりやすくなる。現代の人間は人工的なリズム。人工的なサイクルの中にあり、ともすれば自然のリズムから切り放されているように感じるかもしれないが、しかし。依然として肉体を支配しているのは太陽のサイクルである。

 馬も人間もまるで同じなのだ。8年という周期を保って、生命力は強まったり弱まったりする。母馬の生命力の上昇・低下はそのまま仔馬に遺伝する。父馬の生命力の上昇・世下は仔馬に自分の遺伝を伝える強さのバロメーターになる。ということは、仔馬が受胎したときの父・母の年齢を知れば。両親から形態上の遺伝(”形”)、精神上の遺伝(”相”)をどの程度の強さで受け、母親からはどれだのレベルの体力(”料”)を受け継いだか、がはっきりするわけである。

 太陽のサイクルが遺伝に及ぼす影響をもっとも端的に表す例を一つ提示しよう。”形”の一要素である毛色である。
 
昔、私が明和牧場にいた頃、シルバージャークという芦毛の種牡馬がいた。不思議なことに、この馬の仔で芦毛に出る馬の比率は、明和の生産馬にかぎれぱ14歳から16歳まではひじょうに大きく、16歳になると激減し、16歳を越えると再び少しずつ増加していった。

これは父馬の活力の上下に呼応して遺伝を伝える力が上下することの一つの証拠として考えられないだろうか。

 8年という人陽のサイクルは馬の遺伝力を決定する。それにプラスして、さらに母馬から受け継いだ神経面の遺伝(”質”)を見るために、仔馬の生年月日から受胎時に母馬がどのような月のサイクルにあったかまで考えることができれば、自ずから生まれてくる馬の全容は遺伝的に把握できる。

 この理論を突き詰めることによって、テシオは馬を「ごく数学的に生産することができた」のである。

 ■種牡馬からは伝えられない遺伝■  ・・  2021年7月15日(木) 4:52 修正
地球上の生物であるからには、牡馬も牝馬も共に太陽のサイクルに従い、ある一定の周期で生命力を高揚させ、衰弱させている。また。太隔のサイクルの支配を受けて牝馬が仔に伝える遺伝は2種類で、それらは”形”(体型、毛色、目色などの外観に現れてくる要素)である。また、太陽サイクルも支配を受けて牝馬が仔に伝える遺伝は2種類で、それらは”形”(体型・毛色、目色、などの外観に現れてくる要素)と”相”(情緒的素質、意的素質、知的素質などの外観に現れてこない内的な要素)である。

 月のサイクルが大きく影響を及ぼすのは牝馬からの遺伝で、それは″質‘(運動神経、反射神経、俊敏性)である。ごくまれに牡馬の遺伝に関しても月のサイクルの影響を考慮したほうがいいことがあるが、それを私は自己流にEx・P(Exslra Pojnto=特例)と呼び習わしている。

 さて、遺伝に影響を与えるサイクルが太陽のものであることから、"形"
"相″"料″をひとまとめにして、月のサイクルに由来する"質"と区別した。けれども、彫響を与えるサイクルに閤してはその通りなのだが,遺伝の仕方から考えると、牝馬からの遺伝である”形″”相″と、牝馬からの遺伝である”買”料’は分けて考えなければならない。

 もっと単純に、牝馬はその仔どもに”形“″相″”質゛”料″という、あらゆる要素を伝えるが、牡馬が伝えることができるのは”形″と”相″だけだ、といったほうがわかりやすいかもしれない。

”形″”相″は牡馬からの遺伝だと述べたが、これらは牝馬からも同じように遺伝することに注意されたい。それは牝馬の父馬の遺伝として仔馬に伝わる。したがって”形″”相”に関しては母馬の血の中に入った牝馬からの遺伝も考慮することが必要になる。これは単純に、繁殖牝馬の記録よりも種牡馬の記録のほうが詳細に残されておりわかりやすいため、牝馬からの遺伝を、血の中の牡馬からの遺伝に分散する作業を行なうのである。

 逆に。牝馬からの遺伝であると述べた”質”料”は牡馬からは伝わらない。細胞内のミトコンドリアが母馬からしか伝わらないことを思い起こして欲しい。種牡馬として伝えることができるのは血統表の中に現われる歴代の種牡馬のうちいずれかの”形”相”だけであって”質””料”の遺伝は男馬一代でぶっつりと切れる。だから、あるサラブレッドがどのような”質’”料”をもっているかを判断したいときに考慮すべきなのは、その馬の牝系だけである。つまり母馬、母馬の母馬、母馬の母馬の母馬、母馬の母馬の母馬の母馬……というこの一線(ボトム・ライン)で、”質””料‘は遺伝し、受け継がれていくのである。

 次章以降サラブレッドの遺伝を解明する方法を順を追って具体的に述べていくが、これらの原則はそれらの基盤となるものである。ここでしっかりと確認しておいて欲しい。

 ■研究資料■Kate Whiston 【 Pigeon Geographies Thesis】翻訳版No.001■(□Pigeon Geographies: Aesthetics, Organisation, and Athleticism in British Pigeon Fancying, c.1850-1939□  イレブン  2021年6月26日(土) 16:06
修正
□Pigeon Geographies: Aesthetics, Organisation, and Athleticism in British Pigeon Fancying, c.1850-1939□

上記データを入手できましたので、翻訳版をしばらく掲載します。レース鳩の起源に関わる著作です。400ページほどのデータですのでかなりの分量ですが、出来るだけ一気に掲載します。イレブンの研究用の資料ですがネット上の挙げておけばいつか整理することも出来ると考えています。かなり貴重な画像が後半から登場してきます。
翻訳ソフトによる翻訳文を元にしていますので、少々読みづらいところがあると思いますが、随時、推敲し修正して行きますのでご理解をお願いします。現代のレース鳩という品種がどのように形成されていったのかがかなり詳細に研究され、展開されていきます。興味がある方はお読みいただければと思います。これは、あくまで、イレブンの研究用の資料です。興味がない方は読み飛ばしてくださいね。

 □ 概 要 □  Kate Whiston   2021年6月26日(土) 16:25 修正
本論文は、家畜化された人間と鳥の出会いについての新しい考え方を提供し、「鳩の地理学」についての初めての本格的な地理学的研究を行うものである。本論文では、19世紀半ばから第二次世界大戦までのイギリスにおける鳩の展示と長距離鳩レースに関わる空間、慣習、人間と鳩の関係を探る。

派手な鳩の展覧会の増加は、動物を飼い慣らすことに対するヴィクトリア朝の幅広い情熱の一部であり、その頃、人間の身体もまた美的・道徳的な監視の対象となっていた。

鳩の長距離レースはこの時代の終わりに登場したが、組織的な競技スポーツは一般的に、道徳的向上やアイデンティティの表現の重要な手段とみなされていた。19世紀後半の他の競技スポーツと同様に、ショーイングや長距離レースの拡大を管理する機関が設立されたのである。

1885年に設立されたピジョン・クラブとマーキング・カンファレンスは英国の鳩の展示会を監督し、1896年に設立されたナショナル・ホーミング・ユニオンは英国の長距離鳩レースを管理した。どちらの娯楽も、家鳩(Columba livia)の品種とそれぞれの慣習を中心とした社会的世界の形成を促進した。

これらの娯楽は、歴史的に見て、特に北西部と北東部に男性の労働者階級の信者が集中していたが、女性のファンシャーの記述は稀であるものの、イギリス全土に広まっており、あらゆる社会経済的階級に及んでいた。

鳩の展覧会を通じて、ファンシャーたちは美学を議論し、定義し、それぞれのファンシー品種の繁殖基準を策定し、「理想」を生み出すために鳩がどのように操作されているのか、時には争いの種になることもあった。

一方、長距離レースの選手たちは、鳥の運動能力を理解して磨こうとし、ホーミングに関する科学的な議論や、スポーツの実施と規制に関する地理的な問題に巻き込まれていった。レーサーは美学的な議論にも巻き込まれ、オフシーズンにはレース用の鳥を展示し、ショーペンはショーイングとレースの間の魅力的なフロンティアとなりました。

これらの娯楽を構成する空間と実践を組織化することで、鳩のショーイングと長距離レースは人間とその鳥の両方を再構成し、両者は協力的な出会いを通して密接に絡み合っていったのである。

◇謝辞

指導教官であるチャールズ・ワトキンス教授とデビッド・マトレス教授には多大なご支援とご指導をいただき、また、アイラ・フォーサイスさんにはご協力とご助言をいただきました。

また、大英図書館、National Railway Museum(York)、Midland Railway Study Centre(Derby)のスタッフにも感謝しています。おそらく最も重要なことは、修士課程の研究でお世話になったすべての鳩ファンシャーの方々に感謝の意を表さなければなりません。

また、GISに関する専門知識を提供してくれた友人であり同僚の「GIS-Joe」、やる気と連帯感を与えてくれたAnna、Juliette、Liam、そしてノッティンガム大学地理学部の他のすべての博士号候補者にも感謝します。最後に、私の両親と婚約者のデイルに感謝します。

いつも励ましてくれて、信じられないほどのサポートをしてくれて、長年にわたってハトに関連した多くの会話に付き合ってくれました。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


Contents
List of Figures ....................................................................................................................................... v
List of Appendices .............................................................................................................................xv
Abstract ............................................................................................................................................... xvi
Acknowledgements ....................................................................................................................... xvii
Chapter 1 Aesthetics, Organisation, and Athleticism: Introduction ............................. 1
Chapter 2 Placing Pigeons: Literature Review ....................................................................... 7
2.1 Finding animals a ‘place’ ...................................................................................................... 9
2.1.1 Animals ‘out of place’ .................................................................................................... 9
2.1.2 Domestication ............................................................................................................... 11
2.2 Breeding Animals................................................................................................................. 17
2.2.1 Institutionalising Breeding ...................................................................................... 18
2.2.2 The Fancy........................................................................................................................ 20
2.3 Displaying Animals ............................................................................................................. 22
2.3.1 Aesthetic Appreciation of Animals ....................................................................... 23
2.3.2 Exhibiting Animals ...................................................................................................... 25
2.3.3 Animals in Captivity ................................................................................................... 28
2.3.4 Picturing Animals ........................................................................................................ 30
2.4 Animals in Sport ................................................................................................................... 33
2.4.1 Human-Animal Relationships in Sport ............................................................... 36
2.5 Avian Geographies............................................................................................................... 39
2.6 A Place for Pigeons .............................................................................................................. 46
2.6.1 Pigeon Showing ............................................................................................................ 46
2.6.2 Pigeon Racing ................................................................................................................ 49
2.7 Conclusion .............................................................................................................................. 58
Chapter 3 Tracing Pigeons: Methodology .............................................................................. 59
3.1 Pigeon Publications............................................................................................................. 60
ii

3.1.1 The Feathered World (est. 1889) ......................................................................... 62
3.1.2 The Racing Pigeon (est.1898) ................................................................................ 66
3.1.3 Books ................................................................................................................................ 70
3.2 Railway Archives.................................................................................................................. 71
3.3 Ephemera on eBay .............................................................................................................. 72
3.3.1 Annuals and Stud Books ........................................................................................... 73
3.3.2 Collectors’ Cards .......................................................................................................... 74
3.3.3 Ethnographic Items .................................................................................................... 76
3.4 Conclusion .............................................................................................................................. 78
Chapter 4 Putting on a Show: The Social World of Pigeon Exhibition ....................... 79
4.1 The Pigeon Exhibitors ........................................................................................................ 79
4.2 The Clubs ................................................................................................................................. 88
4.3 Governing Pigeon Showing .............................................................................................. 97
4.3.1 The Pigeon Club (est. 1885) .................................................................................... 98
4.3.2 The Marking Conference (est. 1885) ................................................................ 102
4.3.3 The National Pigeon Association (est. 1918) ................................................ 104
4.4 The Shows ............................................................................................................................ 106
4.4.1 The Crystal Palace Show........................................................................................ 113
4.4.2 Profitable Pigeons .................................................................................................... 120
4.4.3 Travelling to Shows ................................................................................................. 124
4.5 In the Showroom ............................................................................................................... 128
4.5.1 Encounters Through the Bars ............................................................................. 131
4.5.2 Judging Pigeons ......................................................................................................... 135
4.6 Conclusion ........................................................................................................................... 141
Chapter 5 Delineating ‘Beauty’: Imagining ‘Ideals’ and Presenting Pigeons ........ 143
5.1 Classifying Pigeons ........................................................................................................... 146
5.2 The ‘Art’ of Breeding........................................................................................................ 153
5.2.1 The Pursuit of ‘Perfection’ .................................................................................... 158
5.3 Standardising Aesthetics ............................................................................................... 162
iii

5.3.1 The Caprices of Pigeon Fanciers ........................................................................ 166
5.4 (Re)Making Fancy Pigeons: ‘Faking’ ......................................................................... 178
5.4.1 ‘Making Faces’ ............................................................................................................ 181
5.4.2 Show Preparation: Drawing the Line ............................................................... 183
5.5 Picturing ‘Perfect’ Pigeons ............................................................................................ 184
5.5.1 Pigeon Artists ............................................................................................................. 185
5.5.2 Framing Pigeons ....................................................................................................... 199
5.5.3 Photographing ‘Beauty’ ......................................................................................... 208
5.6 Conclusion ........................................................................................................................... 214
Chapter 6 On Your Marks: The Social World of Long-Distance Pigeon Racing ... 216
6.1. The Origins of British Long-Distance Pigeon Racing ........................................ 218
6.1.2 Osman and Logan ..................................................................................................... 220
6.2 The Pigeon Racers ............................................................................................................ 227
6.3 The Clubs .............................................................................................................................. 239
6.3.1 The National Flying Club (est. 1897) ............................................................... 247
6.4 The National Homing Union (est. 1896) ................................................................. 256
6.4.1 Splitting the Country ............................................................................................... 261
6.5 ‘Pigeon Traffic’ ................................................................................................................... 266
6.5.1 The Railways .............................................................................................................. 268
6.6 The Convoyers ................................................................................................................... 277
6.6.1 The Weather ............................................................................................................... 278
6.7 Through Time and Space ............................................................................................... 282
6.7.1 A Race Against Time ................................................................................................ 283
6.7.2 Measuring Flying Distances ................................................................................. 289
6.8 Conclusion ........................................................................................................................... 294
Chapter 7 Feathered Athletes: Delineating Athleticism and Framing Fitness ..... 295
7.1 Breeding Athleticism ....................................................................................................... 296
7.1.1 Breeding by Design .................................................................................................. 297
7.1.2 A Pigeon’s Pedigree ................................................................................................. 304
iv

7.1.3 Famous or Forgotten .............................................................................................. 314
7.2 Embodying Athleticism .................................................................................................. 317
7.2.1 A Racing Pigeon’s Composition .......................................................................... 318
7.2.2 Conditioning Racing Pigeons ............................................................................... 321
7.2.3 Training Racing Pigeons ........................................................................................ 328
7.3 Understanding a Racing Pigeon .................................................................................. 331
7.3.1 Instinct vs. Intelligence .......................................................................................... 332
7.4 Racing Pigeons on Display ............................................................................................ 336
7.4.1 Beautiful Athleticism .............................................................................................. 339
7.4.2 ‘Likeliest Flier’ ........................................................................................................... 343
7.4.3 Standardising Racing Pigeon Aesthetics ......................................................... 345
7.5 Picturing Athleticism ....................................................................................................... 347
7.5.1 Painting Athleticism ................................................................................................ 348
7.5.2 Photographing Athleticism .................................................................................. 350
7.6 Conclusion ........................................................................................................................... 361
Chapter 8 Pigeon Geographies: Conclusion ....................................................................... 363
Appendices ...................................................................................................................................... 371
References ........................................................................................................................................ 400

 ■Chapter 1 Aesthetics, Organisation, and Athleticism: Introduction ■第1章 ○ はじめに ○ − 美学、組織化、そしてアスレチック  ―  Kate Whiston   2021年6月26日(土) 16:33 修正
■第1章 はじめに  美学、組織性、そして運動性

都会の害虫から戦争の英雄まで、羽の生えたアスリートから美しいショーの標本まで、人間とハトの関係は多様な領域に及んでおり、Blechman (2006:3)は「人間とこれほどユニークで継続的な関係を築いてきた動物はいない」と論じている。

私たちの多くは日常的にハトと出会い、交流しているが、本論文では人間とハトの関係が大きく異なる2つの社会世界を調査した。これらの社会では、ハトは飼いならされ、飼育され、世話をされ、取引され、展覧会や長距離レースのために準備されていた。

Allen (2009:11)は、鳩のファンシャーと彼らの鳩の間には「特別な関係」があると主張しており、このことを念頭に置いて、この論文では人間と鳩の出会いの背後にある地理を解明しようとしている。

この研究テーマは、私の修士論文(現代の鳩ファンシーの研究)の延長線上にあり、その中で鳩のショーイングと長距離鳩レースの、これまであまり探求されてこなかった豊かな歴史が明らかになりました。人間と動物の関係を探る興味深い例として家畜のハトが選ばれ、「鳥類の地理学」という新たな文献に加えられました。

私は鳩の愛好家ではありませんし、正直なところ、現在も過去も、鳩のファンシーの規模について以前は知りませんでした。しかし、調査の過程で、魅力的で複雑な、そして比較的知られていない世界が見えてきました。
読者の皆様にも、その複雑な世界に魅了されることを願っています。

 ・・    2021年6月26日(土) 16:45 修正
「鳩ファンシー」とは、家禽類である鳩を飼育し、展示用に準備したり、レース用に訓練したりする習慣や文化のことである。したがって、「ファンシャー」という言葉は、すべての鳩の飼育者をまとめて指すこともあれば、鳩ファンシーの一部門(最も一般的だが、展示者だけではない)に属する人を指すこともある。

ショーイングとレースでは、それぞれ異なる慣習や動機、そしておそらく最も重要なのは、家畜のハト(Columba livia)の品種が異なることです。19世紀後半の他の競争的な娯楽と同様に、この2つの娯楽はイギリス全土に広まっており、その拡大に伴い、全国規模でこれらを管理し、正式に組織する機関の設立が必要となりました。

英国でのファンシーピジョンの展示は、1885年に設立されたピジョン2クラブとマーキング会議によって管理されていた。英国の長距離鳩レースは、1896年に結成されたナショナル・ホーミング・ユニオンによって管理されていた。

この論文は、19世紀半ば、まだ正式な組織化されていない鳩の空想がヴィクトリア朝の英国で広まっていた時期に始まります。鉄道が発達し、産業や経済が急速に発展したことで、レクリエーションやレジャーがヴィクトリア朝の生活の重要な要素となった(Culpin, 1987)。

この時代の人間と動物の関係は、Cowie (2014:8)が主張するように、「分裂症」であり、動物は同時に愛され、世話をされ、展示され、対象化され、そして虐待された(第2章参照)。動物とその権利に対する同情心が高まり、ヴィクトリア朝時代の動物の扱いは、Cowie (2014:9)によれば、「個人の自制心や礼儀正しさを重視する時代に、道徳的な進歩や文明のバロメーターとして使われるようになった」のである。

1850年代には、ハトや家禽などの鳥類を飼育・改良する熱狂的なファンが英国中に広がっていた(Secord, 1981; Feeley-Harnik, 2004)。この時期、特に世間の関心を集めていたのはニワトリで、貴重な品種やエキゾチックな品種への情熱は「fowl mania」や「hen fever」と呼ばれていました(Secord, 1981; Feeley-Harnik, 2004; Lawler, 2014)。

1850年代半ばにチャールズ・ダーウィンがファンシーピジョンに強い関心を持ち(第5章参照)、公共のピジョン・ファンシーに弾みがついたのはこのような背景があったからである。その結果、ダーウィンは出版社から、そして彼の輝かしい友人であるウィリアム・ヤレルとチャールズ・ライエルから、『種の起源』をハトだけをテーマにした小さな作品として出版することを勧められた(Feeley-Harnik, 2004; Nicholls, 2009)。

残念ながら「鳩の起源」は実現しなかったが、ダーウィンの鳩を使った実験は彼の理論にとって非常に重要なものであり、彼の研究によって鳩ファンは遺伝や本能についての議論に参加することができたのである。

1848年には一般の人が参加できる初のファンシー・ピジョン・ショーが開催され、その後すぐに1850年には初の公開競技用ピジョン・ショーが開催されました。 この時期は、人体も美学の対象となっており、目まぐるしく変化するファッションは、時に人体の極端な可鍛性を示していました。

この頃、「美」、「美学」、「趣味」は、道徳的、社会的、政治的に重要な問題となり、著名な美術評論家ジョン・ラスキンは、「美」、「真実」、「自然」の間には親和性があると信じていました(第5章参照)。このような状況の中で、ヴィクトリア朝のファンシー・アニマルの展示は位置づけられています。



 ・・・    2021年7月6日(火) 17:09 修正
この時代には、親善試合や競技スポーツが、道徳的・肉体的な向上のために、また、アイデンティティの管理や表現のために、重要性を増していました(Johnes, 2010)。フットボールやラグビーなどの多くのスポーツが正式に組織化されたのもこの時代で、鉄道網の発達と中産階級の拡大がそれを後押ししました(Johnes, 2010)。

文明的で統制のとれた社会を求めるヴィクトリア朝の願望は、スポーツに関連する規則、規制、規律に現れていました(Johnes, 2010)。イギリスでは18世紀後半から鳩レースがスポーツとして行われていたが、その長距離レースの形態は、19世紀の鉄道網の発達により、より長距離の、より大規模なレースが可能になったことと密接に関連していた(Ditcher, 1991; Hansell, 1998; Johnes, 2007; Allen, 2009; Baker, 2013)。

1850年代には、ベルギー製のレース用ピジョンが輸入され、イギリスのレースがスタートした(第5章参照)。同じ年に商業目的で電信が導入されると、余剰となった伝書鳩がレースに参加するようになり、イギリスの長距離レースに弾みがついた。

イギリスから飛んだ最初の長距離レースは、1871年のベルギー・ナショナル・コンクールに合わせて行われ、1880年代にはイギリスのクラブがチャネル横断レースを試みていた。並外れた飛行能力を持つ鳥を育成しようとするピジョン・レーサーたちは、人類が飛行能力を身につけようとしていた時代に活躍していたのである(第2章参照)。"Sealy (1996:19)は、「人間は常に空中に城を築き、"不可能 "を夢見てきた」と書き、「それが自分たちの存在理由...富の探求であれ、鳥のように飛びたいという願望であれ」と述べている。

20世紀の変わり目には、初めて動力で制御された飛行が行われ、第一次世界大戦までには、乗客を運ぶことのできる飛行機が使用されるようになりました(Hudson, 1972; Culpin, 1987; Sealy, 1996)。これは「空気の時代」の始まりであり、鳩ファンシャーたちは、出現しつつある航空技術の想像力と平行して、空の想像力を発揮していた。

この研究で使用した2つの主な情報源である『The Feathered World』(1889年創刊)と『The Racing Pigeon』(1898年創刊)は、ヴィクトリア朝時代の終わり頃に創刊されたもので、2つの娯楽が正式に組織化され、運営団体が設立されたのと同時期のものである。

そのため、分析の大部分は1890年代以降に集中しており、それ以前の数十年間については、初期の書籍や回顧的な記事に基づいて議論されている。とはいえ、鳩の展示と長距離レースが、正式な報道機関を必要とし、それを支える娯楽へと発展していったことを示すためには、この初期の時代と空想の背景を考慮することが重要である。

第二次世界大戦が勃発し、それに伴う制約があったからである(第一次世界大戦については第4章と第6章を参照)。これにより、ファンシャーが自分の鳥と関わる方法が明確に分かれ、レース用の鳩の大半は軍のメッセンジャーとして従事することになった。

さらに重要なことは、イギリスの経済的・社会的状況が変化していたため(Culpin, 1987)、戦間期を対象とした本論文には大きな価値があり、その影響はファンシーにも及んだ。戦間期の不況、経済の停滞、重工業での失業は労働者階級の生活を徐々に衰退させ、映画館の成長などのレジャーの変化により、ハト・ファンシーは支持者を奪い合うようになった(Mass Observation, 1943; Mott, 1973; Johnes, 2007)。

さらに、町からの移住やスラム街の開拓が進み、厳しい借家契約を結んだ公営住宅に取って代わられたことで、鳩の空想が衰退し、それが現在まで続いていると愛好家たちは主張している(Mass Observation, 1943; Mott, 1973; Johnes, 2007)。

本論文は、歴史的動物地理学、より具体的には鳥類地理学の研究である。過去の人間と鳩の交流と、それを支配した人間の構造を理解しようとするものである。

現存する記録がないため、この論文では娯楽の包括的な分布と普及を図ろうとはしない。その代わりに、地理的なアプローチを用いて、ファンシャーの過去の慣習や価値観、その結果としての人間と鳩の出会い、そして鳩とそのファンシャーが絡み合うようになった過程を理解しようとしている。

既存の研究では、英国の鳩舎や長距離鳩レースの歴史を調べているものもあるが、それらは社会経済的な側面に焦点を当てている傾向がある。現代の鳩ファンシーの民族誌的研究は、数は限られているものの、同様のアプローチで、これらの娯楽がいかに異文化や人間のアイデンティティ形成を洞察できるかを示している。

本論文は、既存の文献を発展させ、人間と鳩の関係について初めて実質的な地理的研究を行ったものである。新興の「鳥類地理学」に貢献することで、ハトの身体と能力を真摯に受け止めることで、ハトを(再)枠にはめて(再)製造した人間の実践、信念、気質、政治について多くのことを理解できることを示している。

動物地理学の他の研究とは異なり、この研究ではハトが主役です(場合によっては檻の中に入っています)。

 ・・・・    2021年7月6日(火) 17:10 修正
この論文の目的は3つあり、鳩のショーイングと長距離レースに関わるあまり知られていない慣習を明らかにして、これらの娯楽の組織を理解すること、空想上の鳩の美学とレース用の鳩の運動能力が物理的・隠喩的に(再)定義され、(再)生産される方法を探ること、そしてこれらの娯楽によって生み出された人間と鳩のもつれを検証することである。

本論文では、関連文献のレビュー(第2章)と研究方法の考察(第3章)に続き、鳩の展示と長距離鳩レースを別々に取り上げているが、両者の間には関連性がある。

第4章では、鳩の展示を規制していた人間の組織と構造を検証し、ショールームを出会い、視線、パフォーマンス、展示の空間として捉えている。

第5章では、鳩ファンシャーが空想上の鳩の美学を(再)定義し、(再)創造し、表現する方法を、鳥そのものに重点を置いて考察する。

第6章では、長距離鳩レースに焦点を当て、その組織と管理、コントロールの背後にある人々と制度、レーサーが空間と時間を区切るのに苦労していたために物流の細部にまで細心の注意を払っていたことなどを探る。

第7章では、再び鳥に焦点を移し、鳩の運動能力がどのように理解され、(再)定義され、(再)生産され、描かれてきたかを、その神秘的なホーミング能力をどのようにして磨くかという議論も含めて論じている。また、鳩レースには興味深い、そしておそらく予想外の美的要素があり、このことが本論文を一巡させて、家鳩の争われた、そして構築された性質を考察することにつながっている。この2つの鳩の娯楽は、単に鳥同士の美的感覚や運動能力を競うだけではなく、「美」や「運動能力」、そして関係する鳥や人、慣習についての異なる定義の間での存在論的な争いにも引き込まれた。

本論文は最後に(第8章)、本研究が動物地理学や歴史地理学に与える広範な影響を要約し、ショーイングと長距離レースの間のいくつかの関連性を説明し、「ファンシー」の地理学を書くことの意味を説明する。本研究では、鳩のショーイングと長距離レースの規制を通じて、人と鳩が種間の相互作用を通じて引き合わされ、複雑な関係を築き、家畜化された人間と動物の力学に関する我々の理解に疑問を投げかける研究に貢献していることを論じている。

   サウスタイム  2021年7月2日(金) 12:53
修正
イレブン様

いつも楽しみにして掲示板を拝見しております。

鳩レースのさかんな国が、ヨーロッパ、アメリカ、日本、台湾、中国など北半球にあるとの認識でしたが、南半球の国々にも盛んな国もあるのかとインターネットで知ることができました。

驚くことは、レースがさかんでもないにもかかわらず、レース鳩の研究が先進国なみにすぐれている個々の人たちが世界に散らばるようにいらっしゃることです。

パキスタンのとあるブログにいきつきレース鳩の目について持論を読んでいるとボトルキャップという単語を使って説明しておりなぜ?あなたはその言葉と意味をしったの?だれから!などと思うことがありました。

この掲示板も海外のかたにしれわたる日がくるとおもっています。MTIさんのお話も凄く面白いです。

いつか、このような展開で深みのある方々が投稿して発言されることをねがっておりましたのでますます楽しみにしています。



 投稿ありがとうございます!  イレブン  2021年7月3日(土) 1:52 修正
サウスタイム様、投稿ありがとうございます!

「スネークパパの掲示板」では、これまでも、幾度となくサウスタイム様の投稿に刺激され、話題に広がりと深まりを与えて頂きました。今回のMIT様との「共同研究『統一理論への対話』」でも、これまで同様、遠慮なくご意見、感想等をレス頂ければと願っております。

今回のレスでも触れられておられますように、サウスタイム様は、海外での
の目の研究に関する情報について深い見識をお持ちになっている方だとイレブンは思っております。よろしければ、そうしたサイトの情報も発信して頂ければと思っております。よろしくお願いしますね。

 画像は、サウスタイム様から、「ボトルキャップアイ」だと教えて頂いた、21年春700K当日14位【源流モンスターバイオレット号】です。現在、源流系最高基礎鳩【源流モンスター号】と(自身×孫)配合で作出しています。10日目ぐらいの雛を育てています。2021年度の期待の配合の一つです。

※「内容欄」に文章入力される場合、本掲示板は、「自動改行」となっていますので、ご自分で改行される必要はありません。一文の文字数が多いので読みにくい面もあるかと思いますが、そのまま、文書入力を続けて頂ければと思います。(レスの「改行」を編集させて頂きました)

 ■研究資料■Kate Whiston 【 Pigeon Geographies Thesis】翻訳版No.003■(□Pigeon Geographies: Aesthetics, Organisation, and Athleticism in British Pigeon Fancying, c.1850-1939    イレブン  2021年7月3日(土) 2:36
修正
現在、話題にしている「『統一理論』への対話」の合間に掲載し続けているこの「■研究資料■Kate Whiston 【 Pigeon Geographies Thesis】翻訳版」は、イレブンのレース鳩の系統研究のための資料です。随時内容の推敲や追加・編集を加えています。関心がある方はお読みください。

 □ 2.1.2 ドメスティケーション □  イレブン  2021年7月3日(土) 2:37 修正
本章の序文で明らかにしたように、家畜化は動物地理学の「第二の波」の重要な関心事であった。

動物地理学の「第二の波」では、カール・ザウアー(Carl Sauer)(1925; 1952a; 1952b)の人間と環境の関係に関する研究が重要な役割を果たしました。

カール・ザウアー(1925、1952a、1952b)による人間と環境の関係の研究は、動物地理学の初期の拡大に重要な貢献をしました。ザウアーの研究は、人間と環境の関係についての研究です。ザウアーの研究は、家畜化などの文化的慣習の起源と拡散、そしてそれらが景観に与える影響を追跡しました。

例えば、Sauer(1952b)の『Agricultural Origins and Dispersals』では、農業の発展を辿り、その起源と拡散についての仮説を提示しています。その後、ザウアーの地理学者たちは、自然と文化の関係を考察し、景観や環境を文化的産物として捉えています。環境を文化的産物として捉えています。

動物の家畜化は、Filo(1995:677)によって「包摂的な極限」と分類されています。

つまり、動物を人間の空間に受け入れることです。家畜化」の定義は常に議論され、拡大されていますが、一般的には、人間が使用するために動物を飼いならしたり、植物を栽培したりするプロセスを指します。

 ・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:39 修正
家畜化は、人間と動物の間にある「深淵」(Berger, 1980)を強化し、歪めるものであると言える。

文明化のツールとして機能している。家畜化は歴史的に、人間が「他者」を支配し、「他者」から分離することを強調してきました。(Tuan, 1984; Ingold, 1994; Anderson, 1997; Cassidy, 2007)。

一方で、家畜はそのような厳格な区別を曖昧にする複雑な矛盾を抱えているとも言われています。そのような厳密な区別を曖昧にするような複雑な矛盾を抱えているとも言われています(Anderson, 1997; Panelli, 2010; McHugh, 2011)。

例えば、家畜は「生きた芸術品-『文化』と『自然』のハイブリッド」になりうる。

さらに、人間と動物の交流に関する研究では 家畜化は人間と動物の間の協力的なプロセスであり、それによって 関係における影響力、権力、責任を再分配していることがわかっている(Cassidy, 2007).

Power (2012:371)は、家畜化は「完成された安定した関係ではなく、継続的に行われなければならない」と主張しています。この論文で提起された問題を明確に物語っています。

 ・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:43 修正
Howell (2015) は、ドメスティケーションは一回限りの出来事でもなければ、一方通行のプロセスでもないと強調しています。家畜化の結果、人間も動物も 人間と動物が近くで一緒に生活することで複雑に絡み合うようになり、そのことが Hinchcliffe and Whatmore (2006)は「conviviality」と呼び、Griffin (2012)は「shared living」と呼んでいます。

地理学における森羅万象研究は、学際的な対話を開いてきました。動物学、人類学、倫理学などの学派との学際的な対話が行われています。人間と動物が密接に接触して親密な関係を形成する方法を探るために (Whatmore, 2000; Whatmore, 2006, Bear and Eden, 2011; Griffin, 2012). ハラウェイ(2008)はこれを「共にあること」と呼び、Panelli(2010:82)はこれを「相互に結びついた存在になること」と表現しています。研究は、Greenhough (2010:42)が述べています。

世界がどのようにあるかではなく、どのように世界が存在するようになるか」に焦点を当てている。人間は動物のように考え、動物になることを学ぶことができる」というドゥルーズ&ガタリ(1988)の考えに基づいて、人間と動物の相互作用が相互に変容する可能性を示す研究が行われています。(Despret, 2004; Haraway, 2008; Bear and Eden, 2011)。

しかし、このような関係において人間を優先する傾向が確認されています。
このような出会いが動物にとっても重要であることを示唆する証拠はほとんどありません。(Despret, 2004; Cull, 2015)。さらに、いくつかの研究では、さらに、いくつかの研究では、同居の結果、はるかに「快適」ではない関係を明らかにしている(Griffiths et al; Dyl, 2006; Ginn, 2014; McKiernan and Instone, 2016)。

例えば、ギン(2014:532)の「ナメクジと人間のぬるぬるした振り付け」の研究によると、人間とナメクジの同居は同時に人間とナメクジの同居は協力的であるが、彼らの密接な相互作用は、彼らを近づけるというよりも、彼らを引き離す役割を果たしている。

 ・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:44 修正
人間は害虫駆除のために距離を置いています。そのため、動物地理学者にとっては、以下のようなことが有益であろう。

Johnson (2015:310)は、動物ではなく、出会いの空間性と時間性に焦点を当てることを呼びかけている。動物よりもむしろ出会いの空間性と時間性に焦点を当てようというJohnson (2015:310)の呼びかけに従うことは、「動物の生活と身体がいかに重要であるかに対する感度を高める」ために有用である。

飼われている動物に関する文献は、主に働く動物とペットについて書かれています。

しかし、これらが相互に排他的なカテゴリーであることを示唆するものではありません。

また、これらが唯一の家畜の類型であることを示唆するものでもありません。同様に、「家畜」と「愛玩動物」の間の厳格な区分を想定しないことも重要です。

 飼育されている動物、部分的に自由を与えられている動物(家畜、ミツバチ、レース用のハトなど)、人間との接触に慣れている「野生」動物(都市部の動物など)など、多くの種が 限界的で、部分的に家畜化された概念的空間に存在する。

実際、Despret(2014:35)は 、このような二項対立的な考え方から脱却し、「家畜と動物の間の単なる連続体」から脱却するよう研究を奨励している。Berger (1980) や Griffin (2012)が説明するように、動物と私たちの逆説的な関係は、しばしば厳密な分類を超えるものです。

厳密な分類を超越しています。例えば、本論文のファンシーピジョンとレース用ピジョンは、「労働者」と「ペット」の間の分類上の端に位置していた。動物を労働者として利用することは、歴史的に見て、人間と動物の関係を仲介する上で重要でした。

労働者としての動物の使用は、歴史的に私たちと動物との関係を仲介する上で重要であり、動物の搾取と従属をめぐる道徳的・倫理的問題を提起してきました。

 ・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:45 修正
搾取と従属をめぐる道徳的・倫理的問題を提起してきた(Hribal, 2003; Denenholz Morse and Danahay, 2007; Hribal, 2007; Ritvo, 2010; Griffin, 2012)。) 今日では、「働く動物」の定義は、薬物検出、感情療法、家庭での援助などの仕事のために飼育された動物に拡大されているが、歴史的には、動物は輸送などの仕事に使われてきた。

歴史的に動物は、輸送、労働、狩猟、食料生産などの任務に使われてきた。例えば、農業技術が大幅に進歩する前は、家畜は不可欠な労働者でした。家畜は、人間と家畜が一緒になって働く、不可欠な労働者であると同時に 生きた資本」でもあり、その繁殖能力を利用して肉やミルクを生産し、販売していました。(Griffin, 2012)。

グリフィン(2012)は、18世紀後半の人間と動物の力学を分析している。18世紀末から19世紀初頭にかけての人間と動物の関係を分析したところ、農場労働者と家畜の間の逆説的な関係を明らかにしている。

これらの人間と動物の関係は、感情的にも肉体的にも近接しており、交友関係を超えた親密さを示しています。同時に、動物を飼う文化は、去勢、屠殺などの残酷で暴力的な行為を伴うものでした。去勢、屠殺、意図的な損傷など、残酷で暴力的な行為が行われていた。

多くの場合、農場の動物は 世話をするために雇われた労働者よりも大切にされ、扱われていた。Griffin, 2012)。このような人間と動物の力学は、社会的関係を反映しており、人間の労働者がどのように(誤って)扱われてきたかを反映していることが研究で明らかになっている(Hribal, 2003; Hribal, 2007)。

 ・・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:47 修正
働く動物が虐待されている場合もあれば、彼らが賞賛されている場合もある。祝福され、称賛されるケースもあります。例えば、Donna Haraway(2003; 2008)は次のように論じている。働く犬は、他の家庭犬よりも知的に優れていると考えられている。

そのため、特別なカテゴリーの「主体」を構成し、人間の同僚と強い関係を築いています。

人間の同僚と強い関係を築くことができる。しかし、McHugh (2011:16)は、このような仕事上の関係を過度にロマンチックにすることに警告を発している。

このような動物を「サービス・アニマル」と呼び、人間と動物の関係を「ワーキング・ユニット」と呼んでいます。働く 動物は、曖昧で逆説的な理論的空間を占めている(Nast,2006; Griffin, 2012)。)

実際、犬や馬のように、複数の多様な責任に充当される動物もいます。複数の多様な責任に充当され、その後 その用途に応じて(再)定義され、(再)評価される。ピアソン(2016)の研究では、密輸犬と国境警備隊としての犬の使用を調査している。

密輸犬は、国家の安全を損なう邪悪で脅威的な存在とされ、税関犬は、知的で忠実な犬として、「国家権力の生きた象徴」として国境を守るために使われた。

 ・・・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:48 修正
犬と国境は連動して再構築された」とPearson (2016:62)は述べているが、それは「動物の知性を再構築することが、カスタムドッグの様々な描写に反映された」と述べている。

フランスとベルギーの国境は、「人間以上に人間的な境界のプロセス」、あるいは「人間と非人間の絡み合いの場」であることを示している。

「人間以上の境界のプロセス」、あるいは「人間と非人間の絡み合いの場」である。犬は様々に人間の空間の境界線を不安定にしたり強化したりする(Pearson, 2016:62).

この例は、第一次世界大戦中にレース用のハトをメッセンジャーとして使用したことと類似しており(第6章参照)、ハトはスパイであると同時にヒーローでもある。レース用のハトは、領土や空域を自由に移動することができます。その機動性は、国境の透過性と、戦争時には空からの攻撃に対する国家の脆弱性を示しています。

また、イギリスの長距離鳩レースは、鳩レースが始まったとされるベルギーや、解放戦争の舞台となったフランスやスペインと、長い間、国際的に密接な関係にあった。

また、イギリスの長距離レースは、鳩レースが始まったとされるベルギーや、19世紀後半から解放運動が行われていたフランスやスペインと 19世紀後半から解放されたフランスやスペインとの国際的なつながりがあり(第6章参照)、レース鳩の移動は国境を越えて行われていたのである。

 ・・・・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:49 修正
西洋社会における人間と動物の最も近い関係は、人間と家畜の関係であるとFox (2006)は主張する。

 人間と家庭で飼われているペットとの間の関係を主張していますが、犬は最も人気のある学術研究対象です。(Haraway, 2003; Nast, 2006; Haraway, 2008; Power, 2008; Power, 2012; Howell, 2015)。) ペット飼育の歴史は長い。しかし、Fox and Gee (2016:109)が論じているように、ヴィクトリア朝時代には、「喜びや仲間のためだけに動物を飼うという喜びや交友関係のためだけに動物を飼うという考えが広まった」と。

例えば、Howell(2015)は、ヴィクトリア朝の家庭犬の「発明」を研究している。飼い犬の「発明」を研究し、物質的および想像的な犬の地理を論じている。彼は次のように述べている。公的領域と私的領域の間で犬に対する矛盾した態度を明らかにしている。私的領域では、犬は人間以上に「立派な」中産階級の家の一部となった。

一方、公共の場にいる犬は、障害や病気に関連した限界的な存在であり、論争の的となっている。しかし、家の外では、異なる空間設定において、ペットの犬の行動は飼い主によって規制されていた。リードやグリグリを使って人間の(空間的な)コントロールを維持していました。(Howell, 2012; 2015)。

 ・・・・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:50 修正
ペットは長い間、愛情の対象であると同時に、地位を示す社会的通貨としての役割を果たしてきたことが研究で明らかになっている。愛情の対象であると同時に、ステータスを示す社会的な通貨としての役割を担ってきたことが研究で明らかになっています(Ritvo, 1987; Baker, 1993; Donald, 2007; Mangum, 2007)。)

現代のペット飼育は、人間のアイデンティティと密接に結びついています。 サンダース(2003:412)は、人間とそのペットが以下のように論じている。ペットは人々のライフスタイルを象徴するものであり、人間とペットは切り離せない「カップル・アイデンティティ」を形成している。

ペットは人々のライフスタイルを象徴し、飼い主である人間の延長であり、生きた体現者となる。そして、人間とペットは、同居することで絡み合い、McHugh (2011:4:4)のような形になります。McHugh (2011:4)が言うところの「種を超えた相互主観性」を形成します。実際、Haraway 2008:46)は、マルクス主義思想やデヴィッド・ハーヴェイの仕事を引き合いに出して、血統書付きの犬を「生き生きとした資本」と呼んでいます。

血統書付きの犬は、その経済的・社会的価値のために大切にされる「生き生きとした資本」である。

 ・・・・・・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:52 修正
また、一緒に暮らす人間を変化させる「出会いの価値」でもあると彼女は主張している。

ハラウェイ(2008:16)は、「ペット」という言葉の代わりに、「コンパニオン・アニマル」という言葉を使っています。

これは、「カテゴリーというよりも、継続的な『共になる』ことへのポインタ」であり、より柔軟で出現的な呼称です。このように人間と密接で複雑な関係を持つ動物を、より柔軟に、より新しい形で表現している。

Fox and Gee (2016:124)が明らかにしているように、過去30年間のイギリスのペット飼育では 積極的な「支配」(Tuan, 1984)から、動物の身体を規制するためのより微妙な形の動物の身体を規制するという、より微妙な形態の支配」へと変化していることを明らかにしている。この時期には、人間と動物の関係において最も急速な変化が見られたと彼らは主張する。

ペットは「親族」から「家族」へ、人間は「飼い主」から「世話役」へと変化しています。純粋な愛情に支えられているとはいえ しかし、現代の人間とペットの関係は、純粋な愛情に支えられている一方で 現代の人間とペットの関係は、所有権、対象化、商品化、そしてフェティシゼーションに支えられているという問題があります。

ペット用品、サービス、ヘルスケアなどの産業が成長し、人間の動物への愛着を利用しています。人間の動物に対する愛着を利用しています(Nast, 2006; Haraway, 2008; Fox
and Gee, 2016)。)

 ■研究資料■Kate Whiston 【 Pigeon Geographies Thesis】翻訳版No.002■(□Pigeon Geographies: Aesthetics, Organisation, and Athleticism in British Pigeon Fancying, c.1850-1939  イレブン  2021年6月28日(月) 4:56
修正
最近の翻訳ソフトの性能がずいぶん上がってきていることに少々驚いています。まだ若干使い方が十分でないため翻訳文がキチンと整っていませんが、ある程度読んでいても意味が分かるのでできるだけ一気に進めて行きたいと思っています。

この作業を通して海外のレース鳩に関する資料の翻訳の手法を身につけることが出来れば、このスネークパパの部屋の研究にかなり役立つように思っています。

この「Pigeon Geographies」は、かなり学術的な研究論文なので軽く読み飛ばせるような内容ではないのですが、「レース鳩」というものがどのようにして誕生してきたのか実に興味深い内容が展開されています。引用資料のデータとして蓄積して行く考えです。

 □2.1 動物に「居場所」を見つける □  イレブン  2021年6月28日(月) 4:57 修正
Philo and Wilbert (2000) の「Animal Spaces, Beastly Places」によると、人間は以下のことを行っている。人間は動物をその用途や認識された「価値」に応じて分類している。社会学者のColin Jerolmack (2013:230)は「社会動物学的な」分類システムと呼んでいます。

そして、私たちと動物との交流や関係を媒介する、想像力に富んだ動物の地理を創り出しているのです。実際、Ingold (1988:10)が指摘するように、「動物」の概念は文化的に変化し、社会的に定義され、歴史的に偶発的なものである。

実際、Ingold (1988:10)が指摘しているように、「動物」の概念は文化的に変化し、社会的に定義され、歴史的に偶発的であり、彼が「動物性の人間による構築」と呼ぶものである。動物性の構築」と呼んでいます。

その結果、動物は想像上の空間や物理的な空間に置かれてきました。その結果、動物は想像上の空間や物理的な空間に置かれ、その「場所」は彼らに対する人間の態度によって常に変化します。次のようにHowell (2015) が説明するように、「排除」、「周縁化」、「囲い込み」は、地理的に最も顕著なテーマとなっている。

 動物は、Filo(1995:655)が主張するように、「あらゆる方法で、社会空間的な包摂と排除の対象となる」。私たちと動物との関係は、Jerolmack (2013:55) が言うように、「社会空間的なあらゆる包摂と排除の対象」となっている。

Jerolmack (2013:226)が「空間論理」と呼ぶものによって、私たちと動物の関係が決定される。ハトも例外ではありません。今回の論文に登場するこの論文に登場するハトは人間に飼いならされ、「含まれて」いますが、一方で、都市部のハトはその一方で、都会のハト、そして実際にキジバト(Columba palumbus)は 、時には一般市民との間にかなりの騒動を起こしてきた。

しかし、都市部のハト、そして実際にキジバト(Columba palumbus)は、一般市民や保健所の職員、地方自治体との間で、時に非常に激しい関係を築いてきた(Nicholson, 1951; Gompertz, 1957; Hockenyos, 1962; Ordish and Binder, 1967; Krebs, 1974; Simms, 1979; Couzens, 2004).

しかし、街中で見かけるハトは、実際には国内で飼われているハトと同じ種類のものである。鳩と同じ分類科(Columbidae)に属しており、人間と動物の関係は空間的に相対化されることが多いことを示している。人間と動物の関係は、しばしば空間的に位置し、相対的であることを示している。

 □2.1.1 「場違いな」動物たち □  イレブン  2021年6月28日(月) 5:18 修正
人間の行動がどのように「場内」または「場外」と分類されるかについてのクレスウェル(1996)の研究を参考にする。クレスウェル(1996)の研究を参考に、地理学者は人間が動物とその行動をどのように分類してきたかを明らかにした。

階層的な人間と非人間の空間を指定することで、人間が動物とその行動を分類してきた方法を明らかにしている(Wolch と非人間的な空間を階層的に指定することで、人間が動物とその行動を分類してきた方法を明らかにしている(Wolch, 1998; Wolch and Emel, 1998a; Philo and Wilbert,2000; Wolch, 2002)。)

それにもかかわらず、空間は物理的にも行動的にも侵犯することができます。それまで「その場にいた」人や動物が「その場にいない」状態になるのである。(Filo, 1995; Cresswell, 1996)。

動物が「場違い」になるのは、例えば以下のような場合である。動物が空間を利用する際に人間の利用と衝突し、対立する行動規範や行動様式によって緊張が生じた場合などです。相反する行動規範や空間的なルーチンにより緊張が生じる。

これは最もこれは都市部で最もよく研究されており、例としてはネズミ(Dyl, 2006; Atkins, ネズミ(Dyl, 2006; Atkins, 2012)、キツネ(Atkins, 2012)、野良猫(Griffiths et al, 2000)、犬(Filo, 1995; Howell, 2000)、鳥類(Campbell, 2007; Hovorka, 2008)などがある。

動物は、ファイロ (1995:656)は、動物には決められた空間から「もがき出す」習性があると説明しています。人間の空間か、問題のある「中間の空間」(Filo and Wilbert, 2000:21)。

都会の例えば、都市のハトは、「ビルの屋上、鉄道高架橋、オフス街の棚、急な坂道などを習慣的に利用する」。都会のハトは、Humphries (2008:2)の説明によると、「同一の灰色の塊が飛び出してくる」のが当たり前になっている。

 ・・  イレブン  2021年6月28日(月) 5:19 修正
地球上に生息する同一の灰色の塊...映画の背景風景やエキスト...目に見えない存在」と、当たり前のように思われてきた。映画のエキスト......見えない存在」というのが大方の見方である。

しかし、これらの鳥は、無関心だけでなく、敵意を持って扱われてきました。Allen (2009) は、ハトを敵視する文化的な記述の中で最も古いもののひとつがAllen (2009) は、、Tom Lehrer (1959) の風刺的な歌である「Poisoning Pigeons in the Park」にあると主張している。

この歌では、青酸カリでコーティングしたピーナッツを鳩に与えることを提案しています。今日、鳥を表すのに使われている「翼のあるネズミ」という比喩は、鳩と空間を再定義し、鳩をコントロールしようとする試みを道徳的に正当化する役割を果たします。

コントロールしようとする試みを道徳的に正当化している。この比喩の起源は知られていない。Blechman (2006)は、この比喩が最初に使われたのは1980年のウディ・アレンの映画「Stardust」この映画では、一羽の鳩が「可愛い」か「殺し屋」かで主人公の二人が意見を異にする。

鳩が「可愛い」か「殺し屋」かで主人公2人が意見を対立させるシーンである。「翼のあるネズミ」という比喩の使用は、その出所が何であれ、反感を買うことになる。

このメタファーは、ハトに対する反感を大衆心理の一部として動員し、ハトを排除することにつながる。"Blechman (2006:2)は「ハトの偏見」、Escobar (2014:365)は「ハトのいる政治」と呼んでいる。さらに、歓迎されない都市部のハトを表すのによく使われる「フェラル」という言葉のネガティブな意味合いもある。

さらに、歓迎されない都市のハトを表すのによく使われる「野性的」という言葉の否定的な意味合いも、これらの鳥を「有害生物」と「害鳥」というイメージが定着している。 恐怖心(公式には「peristerophobia」と呼ばれている)や、経済や健康への影響に対する懸念が動機となっている。

 ・・・  イレブン  2021年6月28日(月) 5:20 修正
恐怖心(公式には「peristerophobia」と呼ばれている)、あるいは排泄物による経済的・健康的影響への懸念が動機となっているにせよ、このような都市のハトの悪者化は都会のハトを悪者扱いすることは、今や一般市民の間では当たり前のこととなっている。レース用やファンシー用のハトにも影を落としている。

都市部のハトの個体数を空間的および生物学的に制御するために、様々な方法がとられてきました。毒物、罠、ハヤブサ、避妊具、スパイクや酸、接着剤などのねぐら抑止剤などが用いられてきた(Hockenyos, 1962; Krebs, 1974; Simms, 1979; Jerolmack, 2013)。) こうした人間とハトの関係は、以下のような空間的な対立に支えられている。

例えば、トラファルガー・スクエアは、動物愛護団体、環境保護団体、企業の間で争われてきた場所である。トラファルガー・スクエアは、1960年代以降、動物愛護団体、環境保護団体、地元議会の間で争われてきた。ロンドンの景観の政治的・文化的構造に鳩が複雑に絡み合っている(Jerolmack, 2013; Escobar, 2014)。

浄化の文字通りの物質的行為」と見ており、場所作りの人間離れした地理学を示している。逆に、都市の動物たちは、私たちの空間的経験を活気づけることができるという研究結果もある。験を生かすことができる。例えば、グラスゴーにおける鳥類の生態に関するCampbell(2007)の研究では、人間と鳥類がどのように共存しているかが示されている。

例えば、グラスゴーでの鳥類の生態に関するキャンベル(2007)の研究では、人間と鳥類が都市空間にどのように共存し、お互いの行動に適応し互いの行動に適応し、相乗効果のある関係を形成している。

人間は、Campbell (2007:79) 人間は、「鳥が生活空間に参加するための行動反応を交渉する」と説明している(Campbell, 2007:79)。と説明している(Campbell, 2007:79)。

都会のハト、Jerolmack(2008; 2009b; 2013)はこう主張している。都市のハトも同様で、私たちとハトとの交流は「これらの(都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」である。都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」(Jerolmack, 2013:45)である。このように、共有された空間を通じて人間と動物はお互いの生活に影響を与え合っているのです。この文献レビューの残りの部分では、人間と動物の出会いや絡み合いの他の例について説明します。

鳩の2003年にロンドン市長のケン・リビングストンが広場での鳩の餌付けを禁止したことは、「場違い」という概念を示している。鳩は経済的・健康的な脅威とみなされ、世界的な市民の憩いの場としての広場の評判と対立している。(Escobar, 2014)。しかし、それとは対照的に、次のように考える人もいます。

しかし、都市空間の中には、「野生のハトの群れとの歴史的な関係は、特徴的なものである」と考える人もいる。

浄化の文字通りの物質的行為」と見ており、場所作りの人間離れした地理学を示している。逆に、都市の動物たちは、私たちの空間的経験を活気づけることができるという研究結果もある。験を生かすことができる。例えば、グラスゴーにおける鳥類の生態に関するCampbell(2007)の研究では、人間と鳥類がどのように共存しているかが示されている。

例えば、グラスゴーでの鳥類の生態に関するキャンベル(2007)の研究では、人間と鳥類が都市空間にどのように共存し、お互いの行動に適応し互いの行動に適応し、相乗効果のある関係を形成している。

人間は、Campbell (2007:79) 人間は、「鳥が生活空間に参加するための行動反応を交渉する」と説明している(Campbell, 2007:79)。

都会のハト、Jerolmack(2008; 2009b; 2013)はこう主張している。都市のハトも同様で、私たちとハトとの交流は「これらの(都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」である。都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」(Jerolmack, 2013:45)である。このように、共有された空間を通じて人間と動物はお互いの生活に影響を与え合っているのです。この文献レビューの残りの部分では、人間と動物の出会いや絡み合いの他の例について説明します。

クレスウェル(1996)の研究を参考に、地理学者は人間が動物とその行動をどのように分類してきたかを明らかにした。階層的な人間と非人間の空間を指定することで、人間が動物とその行動を分類してきた方法を明らかにしている。 それにもかかわらず、空間は物理的にも行動的にも侵犯することができます。それまで「その場にいた」人や動物が「その場にいない」状態になるのである。(Filo, 1995; Cresswell, 1996)。動物が「場違い」になるのは、例えば以下のような場合である。動物が空間を利用する際に人間の利用と衝突し、対立する行動規範や行動様式によって緊張が生じた場合などです。相反する行動規範や空間的なルーチンにより緊張が生じる。これは最もこれは都市部で最もよく研究されており、例としてはネズミ(Dyl, 2006; Atkins, ネズミ(Dyl, 2006; Atkins, 2012)、キツネ(Atkins, 2012)、野良猫(Griffiths et al, 2000)、犬(Filo, 1995; Howell, 2000)、鳥類(Campbell, 2007; Hovorka, 2008)などがある。

   イレブン  2021年7月3日(土) 2:30 修正
動物は、ファイロ (1995:656)は、動物には決められた空間から「もがき出す」習性があると説明しています。人間の空間か、問題のある「中間の空間」(Filo and Wilbert, 2000:21)。

都会の例えば、都市のハトは、「ビルの屋上、鉄道高架橋、オフィス街の棚、急な坂道などを習慣的に利用する」。都会のハトは、Humphries (2008:2)の説明によると、「同一の灰色の塊が飛び出してくる」のが当たり前になっている。地球上に生息する同一の灰色の塊..「.映画の背景風景やエキストラ...目に見えない存在」と、当たり前のように思われてきた。

「映画のエキストラ......見えない存在」というのが大方の見方である。しかし、これらの鳥は、次のように扱われてきました。しかし、これらの鳥は、無関心だけでなく、敵意を持って扱われてきました。


 ・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:31 修正
Allen (2009) は、ハトへの敵意が文化的に言及された最初の例として、Tom Lehrer (1959) の風刺的な歌である

「Poisoning Pigeons in the Park」にあると主張している。この歌では、青酸カリでコーティングしたピーナッツを鳩に与えることを提案しています。今日、鳥を表すのに使われている「翼のあるネズミ」という比喩は、鳩と空間を再定義し、鳩をコントロールしようとする試みを道徳的に正当化する役割を果たします。

コントロールしようとする試みを道徳的に正当化している。この比喩の起源は知られていない。

Blechman (2006)は、この比喩が最初に使われたのは1980年のウディ・アレンの映画「Stardust」この映画では、一羽の鳩が「可愛い」か「殺し屋」かで主人公の二人が意見を異にする。

「翼のあるネズミ」という比喩の使用は、その出所が何であれ、反感を買うことになる。このメタファーは、ハトに対する反感を大衆心理の一部として動員し、ハトを排除することにつながる。"Blechman (2006:2)は「ハトの偏見」、Escobar (2014:365)は「ハトのいる政治」と呼んでいる。

さらに、歓迎されない都市部のハトを表すのによく使われる「フェラル」という言葉のネガティブな意味合いもある。さらに、歓迎されない都市のハトを表すのによく使われる「野性的」という言葉の否定的な意味合いも、これらの鳥を「有害生物」と「害鳥」というイメージが定着している。 恐怖心(公式には「peristerophobia」と呼ばれている)や、経済や健康への影響に対する懸念が動機となっている。

恐怖心(公式には「peristerophobia」と呼ばれている)、あるいは排泄物による経済的・健康的影響への懸念が動機となっているにせよ、このような都市のハトの悪者化は都会のハトを悪者扱いすることは、今や一般市民の間では当たり前のこととなっている。レース用やファンシー用のハトにも影を落としている。
都市部のハトの個体数を空間的および生物学的に制御するために、様々な方法がとられてきました。毒物、罠、ハヤブサ、避妊具、スパイクや酸、接着剤などのねぐら抑止剤などが用いられてきた(Hockenyos, 1962; Krebs, 1974; Simms, 1979; Jerolmack, 2013)。)


 ・・・  イレブン  2021年7月3日(土) 2:32 修正
こうした人間とハトの関係は、以下のような空間的な対立に支えられている。例えば、トラファルガー・スクエアは、動物愛護団体、環境保護団体、企業の間で争われてきた場所である。トラファルガー・スクエアは、1960年代以降、動物愛護団体、環境保護団体、地元議会の間で争われてきた。

ロンドンの景観の政治的・文化的構造に鳩が複雑に絡み合っている(Jerolmack, 2013; Escobar, 2014)。鳩の2003年にロンドン市長のケン・リビングストンが広場での鳩の餌付けを禁止したことは、「場違い」という概念を示している。鳩は経済的・健康的な脅威とみなされ、世界的な市民の憩いの場としての広場の評判と対立している。(Escobar, 2014)。しかし、それとは対照的に、次のように考える人もいます。

しかし、都市空間の中には、「野生のハトの群れとの歴史的な関係は、特徴的なものである」と考える人もいる。都市空間の中には、「野生のハトの群れとの歴史的な関連性が決定的な特徴である」という意見もある(Jerolmack, 2013:44)。

浄化の文字通りの物質的行為」と見ており、場所作りの人間離れした地理学を示している。逆に、都市の動物たちは、私たちの空間的経験を活気づけることができるという研究結果もある。験を生かすことができる。例えば、グラスゴーにおける鳥類の生態に関するCampbell(2007)の研究では、人間と鳥類がどのように共存しているかが示されている。

例えば、グラスゴーでの鳥類の生態に関するキャンベル(2007)の研究では、人間と鳥類が都市空間にどのように共存し、お互いの行動に適応し互いの行動に適応し、相乗効果のある関係を形成している。

人間は、「鳥が生活空間に参加するための行動反応を交渉する」と説明している(Campbell, 2007:79)。と説明している(Campbell, 2007:79)。都会のハト、Jerolmack(2008; 2009b; 2013)はこう主張している。

都市のハトも同様で、私たちとハトとの交流は「これらの(都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」である。都市の)空間が意味を持つようになる主な方法」(Jerolmack, 2013:45)である。このように、共有された空間を通じて人間と動物はお互いの生活に影響を与え合っているのです。この文献レビューの残りの部分では、人間と動物の出会いや絡み合いの他の例について説明します。

 2021年配合研究A 【源流Cougar(クーガー)号】19YT05329 BC♂】×【光輝クインU14YT02187DC♀】  イレブン  2021年6月15日(火) 0:39
修正
今年700キロ帰還後の配合です。

 眼画像  イレブン  2021年6月15日(火) 0:42 修正

 系図  イレブン  2021年6月15日(火) 1:24 修正

 【源流Cougar(クーガー)号】19YT05329 BC♂】両目画像  イレブン  2021年6月15日(火) 21:39 修正
上画像:2021/05/09撮影画像
下画像:2021/06/06撮影画像

わずか1ヶ月後の源流Cougar(クーガー)号の両目画像ですが、眼ブチや眼の筋繊維の発達の違いが見られます。

源流Cougar(クーガー)号の両目の構造は非対称になっています。

 同形接合体  MIT  2021年6月18日(金) 3:48 修正
おそらく源流クーガーを生み出した両親の交配から生まれたヒナの中では、源流クーガーのみが、近親交配による同形接合体を持って生まれたのではと思います。

この鳩に対する交配鳩には、色々な選択肢がありストロングサークルも可能性の一つかと思います。

 MIT様のご指摘の通りです。  イレブン  2021年6月18日(金) 18:50 修正
MIT様のご指摘の通り、この両親の配合で意図していたのは「近親交配による同形接合体」の作出です。当然1羽残ればとの考えの配合でした。飛ばして残せたので、重要な2代目基礎鳩になっていくものと期待しています。

系統的には、帝王ラインのど真ん中から出た鳩なので、源流系のSSライン・岩田ライン・光輝ライン等とどこにでも持って行きやすいと考えています。

これから配合研究として検証していきたいと考えています。

 源流系♀基礎鳩の眼  イレブン  2021年6月18日(金) 20:54 修正

 源流系♀基礎鳩の眼    イレブン  2021年6月19日(土) 0:31 修正

 源流系♀基礎鳩の眼    イレブン  2021年6月19日(土) 0:39 修正

 源流系♀基礎鳩の眼    イレブン  2021年6月19日(土) 0:42 修正

 源流系♀基礎鳩の眼   イレブン  2021年6月19日(土) 0:46 修正

 源流系♀基礎鳩の眼     イレブン  2021年6月19日(土) 1:14 修正

 6月舎外風景  イレブン  2021年6月13日(日) 16:41
修正
1番仔、2番仔たちが舎外しています。イレブン鳩舎は自由舎外です。

どうも一日3〜4時間は飛んでいるようです。舎外好きは、系統の特徴のようです。

近所が住宅街なので、鳩がよその家止まらない限り、追ったりしないようにしてます。

 ・  イレブン  2021年6月15日(火) 1:32 修正
・・

 ワクチン接種2回目終了!  イレブン  2021年6月10日(木) 20:49
修正
今日2回目のワクチン接種を終えました。3:00からの受付のチームで受付順番は12番でした。

前回は受付から接種までの待ち時間が1時間弱ほどあったのですが、会場の進行体制がずいぶん改善されていたようで、会場に入る受付から接種までの時間がわずか2〜3分で終わり、本当にびっくりしました。

接種の後の様子を見るための15分間の待機以外は、ほとんど待ち時間なしでした。


月末までには抗体が出来るでしょうから、7月には、感染の恐れがほとんどなくなります。これで、一安心です。

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