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ようこそ、「スネークパパの掲示板」へ。お気軽に投稿いただければうれしいです。(『スネークパパの部屋』管理者イレブン)

■■イレブンへの連絡先■■ メール:hal9000jp@ace.ocn.ne.jp ■■■■
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修正キー (英数8文字以内)

 2021年作出鳩  イレブン  2021年10月11日(月) 2:52
修正
2021年秋 200Kレース★連合会4位入賞★21YT00321 BC♂

■父:ゴールデン3代目号※帝王3代目号直仔


■母:源流ピンクパール号(帝王シロクロ号×源流パール号※帝王3代目号の実妹)

 21YT01706  イレブン  2021年10月11日(月) 2:54 修正
2021年秋 100K 200k

■父:19帝王レッド号(7780×9390)※帝王稚内3号重近親

■母:源流343号200K記録(源流秘蔵岩田号×源流カルメギ号[帝王3代目号直仔])

 21YT01715  イレブン  2021年10月11日(月) 2:57 修正
/
2021年秋 100K 200k

 21YT01717  イレブン  2021年10月11日(月) 2:58 修正
/
2021年秋 100K 

 21YT0467  イレブン  2021年10月11日(月) 3:01 修正
・源流系SSライン基礎配合作出鳩。

■父:【源流SSプラチナ号】元平田基哉鳩舎種鳩※銘鳩トップガン号の孫(ゴールドリッチ号重近親)

■母:700K当日帰り2羽中優勝【源流SSクイン号】※3代目スネークスター号8重近親

 21YT00480  イレブン  2021年10月11日(月) 3:04 修正
命名【源流SS黒翡翠号】源流系SSライン基礎配合作出鳩。明年、源流クーガー号に配合する予定です。

■父:【源流SSプラチナ号】元平田基哉鳩舎種鳩※銘鳩トップガン号の孫/
ゴールドリッチ号重近親作出鳩

■母:700K当日帰り2羽中優勝【源流SSクイン号】※3代目スネークスター号8重近親

 21YT00332  イレブン  2021年10月11日(月) 3:06 修正
/2021年秋 100K 200k

 2021年秋 200Kレース★連合会4位入賞★ 参加41羽 4日目18時 現在26羽(帰還率63.9%)  イレブン  2021年10月2日(土) 22:18
修正
今日は、200Kレースの持ち寄りでした。今年は、珍しく鳩痘に数羽かかったので、リタイヤさせ参加は41羽となりました。

明日のレースは、風向きがあまり良くないので苦戦が予想されます。気温も高くなるらしいです。最近好条件レースが続いていたのでどういう結果になるでしょう。

 ★イレブン鳩舎連合会4位入賞★ 21YT00321BC♂ 4月14日生 (ゴールデン3代目×ピンクパール号)  イレブン  2021年10月3日(日) 6:35 修正
今日はどんな展開になるでしょう。

■7:30分放鳩との連絡が先ほどありました。[7:58記入]

■イレブン鳩舎連合会4位入賞★ 21YT00321BC♂ 4月14日生 (ゴールデン3代目×ピンクパール号)[22:03]

連合会4位入賞することが出来ました。時計審査が16時だったので当日の正確な羽数は,不明ですが、審査時点では、3割程度でした。抜けるような晴天の秋空でしたが、気温も高く、予想されていたとおり、久々の難レースとなりました。

元々、イレブンの地元では、秋の200Kは毎年帰還率が悪いレースです。しかし、イレブン鳩舎ではこのレースを後日でも苦労して帰った鳩が、結構翌年の春の長距離で活躍しています。

イレブン鳩舎の当日は、20羽帰還しました。帰還率は48.7%でした。
後日でなんとか5羽以上拾えればと思っています。

【200Kレース 自鳩舎トップ10】
@【連合会4位】[分速1115.259m]21YT00321 BC ♀(ゴールデン3代目×ピンクパール)※帝王3代目号重近親配合

A【連合会12位】[分速1094.500m]21YT00324 BC ♀(秘蔵岩田U×帝王1331号)※秘蔵岩田号3重近親配合

B【連合会28位】[分速907.314m]21YT00314 BC ♀(源流日本海号×帝王5717号)※父:秘蔵岩田号自身×孫

C【連合会39位】[分速856.014m]21YT00333 BC ♀(モスクワU号×モスクワパール号)※モスクワ号3重近親:(モスクワ号自身×孫)×モスクワ号の直仔

D【連合会40位】[分速855.833m]21YT01712 BC ♂(黄眼号×源流1918号)※帝王95ゴールデンアイ号の5重近親配合(帝王1918号の3重近親)

E【連合会48位】[分速820.577m]21YT00303 BW ♀(源流モンスターキッド×源流477号)※秘蔵岩田号の孫×直仔

F【連合会51位】[分速796.249m]21YT0343 DC ♂(源流メタリック号×帝王カルメギ号)※帝王3代目号の孫

G【連合会59位】[分速745.703m]21YT00313 RC ♀(帝王キープセーク号×帝王5718号)※帝王9390号の孫

H【連合会62位】[分速712.412m]21YT00350 RC  ♀(帝王キープセーク号×帝王5718号)※帝王9390号の孫

I【連合会64位】[分速672.911m]21YT00311 DC  ♂(源流ダンディ-号×モスクワレガシー号)※銘鳩モスクワ号の孫

こうして自鳩舎トップテンを見てみると、難レースになるとやはり活躍しているのは、岩田ライン、オペルライン、そしてモスクワラインが顕著ですね。帝王3代目ラインは、毎回確実に自鳩舎上位に食い込んできます。

もう一つの傾向は、結構強い近親配合が活躍している傾向も現れています。
難レースでは、頭脳のよさが問われるのかも知れません。

 翌日帰還5羽  計25羽帰還  イレブン  2021年10月4日(月) 21:03 修正
翌日、仕事から帰って確認したら、5羽帰還していました。次の5羽です

【翌日5羽帰還】
@【自鳩舎21位】[2日目07:28]21YT00334 B ♂(モスクワU×モスクワパール号)※モスクワ号3重近親:(モスクワ号自身×孫)×モスクワ号の直仔

A【自鳩舎22位】[2日目07:47]21YT00301 B ♂(モスクワU×モスクワパール号)※モスクワ号3重近親:(モスクワ号自身×孫)×モスクワ号の直仔

B【自鳩舎23位】[2日目08:59]21YT01718 BC ♀(源流日本海号×帝王5717号)※源流秘蔵岩田号の直孫


C【自鳩舎24位】[2日目10:53]21YT01706 B ♀(19帝王レッド号×源流343号)※源流秘蔵岩田号の直孫

D【自鳩舎25位】[2日目15:28]21YT01713 BC ♂(帝王8402号×帝王GNクイン号)※帝王1633号の直子×孫(帝王3代目号の直仔) 



 2021年秋レース参加鳩データ:眼画像@  イレブン  2021年9月26日(日) 22:10
修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像A  イレブン  2021年9月26日(日) 22:11 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像B  イレブン  2021年9月28日(火) 4:23 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像C  イレブン  2021年9月28日(火) 4:24 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像D  イレブン  2021年9月28日(火) 4:25 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像E  イレブン  2021年9月28日(火) 4:28 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像F  イレブン  2021年9月28日(火) 4:29 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像F  イレブン  2021年9月28日(火) 4:30 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像G  イレブン  2021年9月28日(火) 4:32 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像H  イレブン  2021年9月28日(火) 4:34 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像I  イレブン  2021年9月28日(火) 4:35 修正

 秋レース参加鳩データ:眼画像J  イレブン  2021年9月28日(火) 4:37 修正

 ■研究資料■: EYESIGN 関連動画  イレブン  2021年9月25日(土) 4:05
修正
@■THE 3 DUST LAYERS IN RACING PIGEONS EYES■
https://www.youtube.com/watch?v=6zlnuJ5cLo0&t=79s

A■レース鳩の目とその秘密-🇬🇧英語版🇺🇸■
https://www.youtube.com/watch?v=kQxQpzDoB4Y


B■RACING PIGEON , LONG DISTANCE EYE SECRET 1■
https://www.youtube.com/watch?v=d2JHoxGTZcc

C■Eijerkamp Pigeon Selection Criteria 2019■
https://www.youtube.com/watch?v=nuUpQsBIypk&t=35s

 2021年秋100Kレース 参加49羽 放鳩 08時00分 翌日18 時現在帰還鳩47羽 (帰還率95.9%)  イレブン  2021年9月19日(日) 3:29
修正
昨夜、100Kレースの持ち寄りでした。49羽参加です。
今回は、夏場がずっと雨が続き訓練があまり出来ていません。先週の連合会80キロ訓練に参加していませんので、30キロから100kの出場です。

天候は、台風明けで、風向きも良いようです。審査の時間が4時になりましたので早めの切り上げです。

愛鳩達の帰りを楽しみに待ちたいと思っています。

現在研究を進めている『The Sport of Pigeon Racing』の最後の「結論」に記されていたDr. W. ANDERSONさんの言葉がとても気に入りましたのでここに紹介しておきますね。趣味としての「鳩レース」の楽しみについて、誠に要を得ている文章だなと思いました。

●「 これから鳩レースを始めようとしている若者に言いたいのは、多くの時間を費やすことになるだろうが、その時間は有意義なものになるだろうということだ。物質的な報酬は少ないかもしれません。他の人が失敗したところを成功させることができれば、それは価値ある報酬となるでしょう。

彼が繁殖の複雑な問題の一つを解決することができれば、あるいは彼の調査がスポーツへの関心を高める観察につながれば、彼は自分の犠牲に対して十分に報われるでしょう。

報酬は賞金や銀杯では測れないことを常に忘れないでください。私もトロフィーを手にしたことがありますが、私の思い出はそれらではありません。それは、年月を経ても、戦争を経ても途切れることのない友情であり、成功の甘さと落胆の苦さであり、私の野心が徐々に達成されていくことであり、また、幸運の気まぐれによって与えられた、あるいは与えられなかった恩恵である。」(『The Sport of Pigeon Racing』P189-P190「「Conclusion(結論)」より引用 )

今日は、「幸運の気まぐれによって与えられた、あるいは与えられなかった恩恵」を実感できるレース日です。


■昨日、掲示板をご覧の方から次のようなメールを頂きました。ご本人の承諾を得ましたので掲載しますね。(9月20日16:30記入)

○「今日の掲示板は、鳩の楽しみ方の文章紹介でしたが、私も良い文章と思い同感しました。

アンダーソンさんは、ベルギーの方ですか?鳩文化の高さを感じました。
鳩の研究の文献や資料を掲示板で紹介して頂き楽しみに拝見しています。

今後若い世代の方が鳩レースに興味を持ち鳩を研究される場合、イレブンさんが集められている資料は貴重なものになると思います。

今は、日本以外の世界の国々は空前の鳩ブームです。世界的に鳩人口の増加やレース鳩飼育羽数も増加し沢山のレースが開催されるようになっています。

何故日本だけが衰退しているのか?

一昨年ベルギーに行く前までは、レースにお金を懸けることが日本は禁止されているから鳩レースが衰退していると思っていましたが、ベルギーで話を聞くとお金を掛けてレースをするのは、衰退しているとの事でした。

今もレースにお金を掛けるのは年寄り達が毎週開催される近場の短距離レースが中心だそうです。

日本も今のやり方ではなく、若い人が興味を持つような情報を発信して次の世代へ日本の鳩文化を繋げていけたらと思います。応援しています」

◇イレブンからの返信◇

○「アンダーソンさんはイギリスの方です。第13章ベルギーの古い血統と家族に次のような言葉が記されていました。

『結局のところ、血統だけに惑わされてはいけない、レースの成功を伴わなければならない。ファミリー(私の友人であるトレシダー博士がよく言っていた「ダイナスティー」)を確立するためには、最後までレースを続ける必要があり、長いレースの中で、最終的にストックとして使用される鳥を選ぶ必要があります。
私は若いファンシャーに、どんなにファンシー誌で宣伝していても、ブリーダーであってレーサーではないファンシャーから基礎株を購入することは、絶対に避けることを強くお勧めします。
私の経験では、長距離レースで成功を収め、将来のレーサーを生み出すためにそのようなストックに依存しているファンシャーが、ストックを購入するのに最適な人物です。交配のためのピジョンを選ぶとき。私は、慎重なブリーダーであるファンシャーと取引していることを知りたいのです』

アンダーソンさんのこの本が日本で紹介されなかった理由は、こうした記述が随所に出てくるからです。日本の業者を敵に回すような内容だからです。

海外の著書を調べていくとこうしたことから、日本鳩界が置かれていた状況がはっきり見えてくるように思っています。「翻訳」の壁が取り除かれた時代になってきたので、これから可能な限り、こうした情報発信を続けたいと思っています。イレブン」

 自鳩舎トップ帰還鳩は、20YT03614BC♀でした。  イレブン  2021年9月20日(月) 1:54 修正
自鳩舎トップ帰還鳩20YT03614BC♀は 今春 700キロ後日帰還鳩でした。

【自鳩舎トップ10】
@【連合会20位】[分速1304.670m]20YT03614 BC ♀(源流ダンディ号×源流クイン900号)

A【連合会21位】[分速1303.851m]21YT00306 BCW ♂(ゴールデン3代目号×ピンクパール号)

B【連合会70位】[分速1260.363m]21YT00318 BC ♀(2代目源流留萌キング号×源流461号[秘蔵岩田×クイン])

C【連合会71位】[分速1259.600m]21YT00335 DC ♂(源流ダンディ号×モスクワレガシー号)

D【連合会72位】[分速1258.593m]21YT00311 DCW ♂(源流ダンディ号×モスクワレガシー号)

E【連合会74位】[分速1256.812m]21YT00312 S  ♀(源流キープセーク号×帝王5718号)

F【連合会77位】[分速1245.768m]21YT0343 DC ♂(源流メタリック号×帝王カルメギ号)

G【連合会79位】[分速1243.279m]21YT01719 BCW ♂(源流ゴジラ号×源流16号)

H【連合会99位】[分速1180.660m]21YT00324 BC  ♀(秘蔵岩田U号×帝王1331号)

I【連合会105位】[分速1163.475m]21YT00339 B  ♂(ゴールデンモンスター号×クイン2世号)


 @【連合会20位】[分速1304.670m]20YT03614 BC ♀(源流ダンディ号×源流クイン900号)  イレブン  2021年9月20日(月) 14:50 修正

 ・20YT03614 BC ♀の眼    2021年9月20日(月) 14:53 修正

 A【連合会21位】[分速1303.851m]21YT00306 BC ♂(ゴールデン3代目号×ピンクパール号)  イレブン  2021年9月20日(月) 14:56 修正
※下画像「左眼」の間違いです。

 B【連合会70位】[分速1260.363m]21YT00318 BC ♀(2代目源流留萌キング号×源流461号[秘蔵岩田×クイン])  イレブン  2021年9月20日(月) 15:03 修正
・・

 C【連合会71位】[分速1259.600m]21YT00335 DC ♂ (源流ダンディ号×モスクワレガシー号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:05 修正
・・

 D【連合会72位】[分速1258.593m]21YT00311 DCW ♂(源流ダンディ号×モスクワレガシー号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:08 修正
・・・

 E【連合会74位】[分速1256.812m]21YT00312 S  ♀(帝王キープセーク号×帝王5718号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:11 修正
・・・

 F【連合会77位】[分速1245.768m]21YT0343 DC ♂(源流メタリック号×帝王カルメギ号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:24 修正
・・

 G【連合会79位】[分速1243.279m]21YT01719 BCW ♂(源流ゴジラ号×源流16号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:25 修正

 H【連合会99位】[分速1180.660m]21YT00324 BC  ♀(秘蔵岩田U号×帝王1331号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:26 修正
・・

 I【連合会105位】[分速1163.475m]21YT00339 B  ♂(ゴールデンモンスター号×クイン2世号)  イレブン  2021年9月20日(月) 15:27 修正
・・

 ■研究用資料:《研究ノート》【The Sport of Pigeon Racing】byDr. W. ANDERSON■ 翻訳版001 ■ はじめに ■  イレブン  2021年9月15日(水) 15:46
修正
夏バテでしょうか。8月後半から、ちょっと疲れ気味で掲示板のお休みが続いていました。

連載を再開していた【OPEL BOOK2020】の方は、原著【OPELlBAREDS】の全翻訳が終わったところで中断しています。実は、日本で発刊された「オペルブック」には原著【OPELlBAREDS】以外のデータが挿入されており、その経緯がよく分からないため、前に進めなくなっていました。日本オペル研究会発刊の「オペルブック」そのものをどうしても確認する必要があるのでしばらく調査期間をとって調べていと思っています。原本をお持ちの方はイレブンまでお知らせ頂くと助かります。

さて、Dr. W. ANDERSON著の『The Sport of Pigeon Racing』の翻訳作業を開始します。このDr. W. ANDERSONの『The Sport of Pigeon Racing』は、長年に亘り、版を重ねて出版され続けてきた超ロングランヒットの名著です。初版の発行は、現在までの調査では、1947年のようです。(関口龍雄著『鳩ととも70年』のP291「参考文献」では、「1929年」発刊となっている。現在調査中)

『The Sport of Pigeon Racing』は、世界中の愛鳩家が長年にわたって手にしてきたいわば教科書のよう存在の本だったようです。

W. T. RIMER.という方がこの本の序文として次のようなことを書いています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


●古くからの友人であるアンダーソン博士から、彼の著書『The Sport of Pigeon Racing』に序文を書いてほしいと頼まれたとき、私は快諾しましたが、同時に、これほどまでに世界的な経験を持つファンシャーが書いた本に、どのような序文が必要なのか疑問に思いました。彼の数多くの記事、路上やショーペンでの長い成功体験、そして何よりも大陸の最高の鳥たちを輸入していることが、彼の知識の豊富さを十分に証明しています。

しかし、彼の自宅やロフトで何時間も一緒に過ごし、スポーツのあらゆる側面について意見を交換してきた私が、アンダーソン博士のことを、彼の多くの友人の誰よりも、いや、おそらく誰よりもよく知っていると主張するのは、不思議なことではありません。

細心の注意を払って保管された記録、レース用鳩の構造と飛行特性の両方を綿密に研究したことが、彼の本に記載されている様々なテーマに具現化されている知識の基礎を説明しています。

私は特に「ベルギーの様々な系統の歴史」の章を読者の皆様にお勧めしたいと思います。この章では、私が長い間抱いてきた意見を裏付けるものとなっています。ベルギーのファンシャーは、ごく少数の例外を除いて、大規模な交配に頼っており、「純粋な系統」が成功に不可欠であるという私たちの原則とは全く対照的なものとなっています。

ファンシャーは作られるものではなく、生まれるものであり、私たちはアンダーソン博士にこの才能を具現化してもらっている。アンダーソン博士は、構造上の欠陥を見抜く素晴らしい手と、鋭い観察眼、そして最大の財産である直感力を持っています。この偉大な才能は、英国の系統を改良するのに役立った大陸の鳥を選ぶ際に、彼にとって非常に大きな価値を持っています。

私はこの本を、このスポーツを学ぶすべての人に推薦します。また、若い世代の人たちは、この本を読み、印をつけ、学び、その内容を心の中で消化することをお勧めします。

著者に成功を!そして、この本がピジョンレースというスポーツの標準的な本として認識されることを確信しています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

この序文に

○私は特に「ベルギーの様々な系統の歴史」の章を読者の皆様にお勧めしたいと思います。この章では、私が長い間抱いてきた意見を裏付けるものとなっています。ベルギーのファンシャーは、ごく少数の例外を除いて、大規模な交配に頼っており、「純粋な系統」が成功に不可欠であるという私たちの原則とは全く対照的なものとなっています。

とありますが、「このベルギーのファンシャーは、ごく少数の例外を除いて、大規模な交配に頼っており、『純粋な系統』が成功に不可欠であるという私たちの原則とは全く対照的なものとなっています」との一文こそが、オスマン、ローガンと続いた伝統的な英国鳩界の鳩理論のベースとなっていった考え方です。この考え方は、米国にも引き継がれ、オペル系、ゴードン系を誕生させていきました。そして、それらの系統を巧みに生かし我が国に1970年前後から20年間近くに亘る超長距離時代を形成したようにイレブンは考えています。

しかし、この名著『The Sport of Pigeon Racing』の存在が我が国で話題になったことはイレブンが知る限り一度もないようです。おそらく、時代の先人達の多くは、この著書を手にしていたように思えるのですが、鳩界全体に紹介されたり、雑誌で翻訳されることもなかったようです。唯一、関口龍雄先生の著書の参考文献としてこの著書の名前が登場しています。

そうした意味で、この翻訳文の内容を引用しながら、Dr. W. ANDERSONの理論をこの掲示板で研究するのも意義あるものと思っています。興味をお持ちお方だけ、目を通していただければと思っています。

さて、最初に、「目次」を見て、この著作の概要を見てみたいと思います。

 【The Sport of Pigeon Racing】byDr. W. ANDERSONの目次    2021年9月16日(木) 3:35 修正
□ Contents □
I. ピジョン・レース
II. アーマデール・ロフト
III. ベルギーへの初訪問
IV. ベルギーの代表的なファンシャー
V. 私が知っていて訪問したイギリスのファンシャーたち
VI. レース鳩のロフトを設立する方法
VII. レース用鳩の種類について、特に表面的な解剖を参考にしたメモ
[. コンディション
IX. 繁殖
X. 遺伝とその品種改良への応用
XI. 寡婦性(またはヴーヴァージュ)について
XII. 眼球の研究と眼球理論
XIII. ベルギーの古い血統または家系
XIV. オリエンテーション
XV. ピジョンショー
□長距離レースの記録□
1894年から1947年までのスコットランドのナショナルレースの優勝者
□Conclusion(おわりに)


 「目次」からの考察  イレブン  2021年9月16日(木) 3:53 修正
さて全190ページのDr. W. ANDERSONの『The Sport of Pigeon Racing』の目次構成を見てみると、Dr. W. ANDERSONの親しい友人であるW. T. RIMERさんが序文で触れている「ベルギーの様々な系統の歴史」の章は、第13章に掲載されているようですね。

この本の翻訳は、いずれ全文翻訳をして、イレブンの研究用書庫に保管する予定ですが、この『研究ノート』では、興味があるところから抜粋して引用する考えです。

さて、先ほどの13章の一つ前に「12章 眼球の研究と眼球理論」が掲載されていますね。この世界中の愛鳩家の教科書的存在だった古典的名著の中にすでに「目の理論」が当然のごとく掲載されています。関口龍雄先生の「古今東西、愛鳩家は眼をみる」の一言が脳裏に蘇ってきました。

さて、次回の「研究ノート」は、この第12章の引用翻訳に取りかかりたいと考えています。お楽しみに!

 ■研究用資料:《研究ノート》【The Sport of Pigeon Racing】byDr. W. ANDERSON(P141~P1 )■ 翻訳版002 ■  CHAPTER XII  「THE STUDY OF THE EYE AND THE EYE THEORY」(第12章 「目の研究と眼球理論」) ■  Dr. W. ANDERSON  2021年9月16日(木) 22:02 修正
私は頻繁に海外を訪れていたので、「眼の理論」の大いなる愛好家たちと出会う機会がありました。これらの愛好家の間では、専門家にも様々な流行があり、この問題に対する見解が大きく異なることは、鳩の愛好家として、また医療従事者として興味深いことでした。

目に関する書類上の知識は、通常、悲しくも欠如しているということを、私は強く印象づけられました。このことは、ヨーロッパ大陸や最近の国内で広く出版されている無数の記事やカラーの図面を熟読したときにも証明されました。

個人的には、本当の意味での目の "ファディスト "になることは許されませんでしたが、非常に興味があり、この問題に関しては心を開いて、可能な限りの情報を集めようとしてきました。

多くの場合、カラー図は鳩の目とは絶望的に似ておらず、うまく描けてもいません。科学者と呼ばれる人たちから、この色の目はこの距離では確実にうまくいく、この色は別の距離では確実にうまくいくと聞き、また、交配の結果が正確に集計されていることを知り、私を楽しませてくれます。

 ■何百もの有名な優勝鳩や多くのチャンピオンを見てきて■     2021年9月16日(木) 22:07 修正
私は様々な機会に、特に長距離レースの有名な優勝者や多くのチャンピオンを見てきましたが、そのような優れた鳩や「エース」と呼ばれる鳩には、ある種の目の特徴が非常によく見られるという事実に感銘を受けました。

これらの点について私の印象を述べる前に、まず最初に強調しておきたいのは、目について真剣に考える前に、議論の対象となっている鳩やデモンストレーションに使用される鳩は、他の多くの必要な資質を持っていなければならないということを明確に理解しなければならないということです。

(1) 良好な血統であること、長距離の成功者の血統であること。

(2)理想的な(あるいは少なくとも良い)体形をしていること。

(3)健康状態が良好であること。

鳩がこれらの前提条件を備えているならば、その品質と能力を評価するために、鳩の目をさらに貴重な助けとして考慮することは有益です。この意味をより明確にするために、次のような経験をしました。

数年前、私はある偉大なファンシャーを初めて訪問しましたが、彼は目の理論に関していかなる良いことも信じないと言っていました。私はこの問題について心を開いていましたが、もし研究として、私が上に列挙した必要な要素を用いて実施されるならば、私の意見ではこの理論には多くの利点があると伝えました。彼は、自分の鳩を選ぶときにも、交配に使う鳩を選ぶときにも、眼自体には何の意味もないと言った。そこで私は、昔の狩猟時代に鷹が被っていたような小さなフードで頭を覆ったり隠したりしている鳥を購入することに同意するかどうかを尋ねた。彼は自分の立場にはっきりと疑問を持っていました。最終的に私は、デモンストレーションのために、彼の鳥を見て、彼の最高の鳩を選んでくれないかと頼まれた。経験豊富なファンならば、これは決してうらやましい仕事ではありませんが、例外的な状況下で、私は快く承諾しました。全部で60羽ほどの鳥は、扱いやすいようにカゴに入れられ、あっという間に私の要求に合った4羽を選び出した。彼は、これらの鳥が間違いなく彼の最大の勝者であったことを認め、その後も好印象を持ち、目の理論の改宗者になったと思います。

別の機会に、私の友人である故ポール・シオン氏をトゥルコイングに訪ねた際、私の家のロフトでシオンの血を維持するために、彼の有名なロフトから数羽を選ぶように頼まれたことを覚えています。M.Sionは、彼のやや不機嫌な、しかし常に友好的な方法で、私が選択の能力を著しく向上させたことを教えてくれました。とはいえ、彼は名誉ある人物であり、偉大なスポーツマンでもあるので、私が選んだ鳥はたいてい手に入れることができました。
                                ◇142-143
私がこの2つの出来事を引用したのは、目の研究には非常に重要なものがあるという私の謙虚な意見を示すためであり、また、私が選択する際に目の知識に大きく導かれたからです。

目の実際の色については、個々の愛好家が好みを表明することはあっても、ほぼすべての色が良いと確信しています。私は、レモン色や非常に白い「フィッシュ」アイなどの弱い色は、病気や貧血によるものであれ、多くの場合、近親交配によるものであれ、常に捨てています。色に加えて、良い目には輝きがあり、ほとんど金属のような硬さや明るさがあります。これを表現するのは難しいのですが、良い鳩にはよく見られます。

繰り返しになりますが、ファンシャーがレースや家族を作る際には、その鳩の系統について十分な知識を持っていることが常に必要です。よくあることですが、コロニーが非常に混ざっている場合は難しく、初期の世代では目の研究に役立つ情報はほとんどありません。例えば、ウェッゲスは多くの色合いや種類のパールアイを示し、ハンセンヌはレッドアイとパールアイを示し、しばしばバイオレットの色合いになります;ガーネイは豊かなナッツブラウンと栗色の目が多いです。シオンはレッドアイと、このファミリーの特徴であるいわゆる "ブラック "アイを時折見せる("ブラック "アイは実際には青みがかっており、ゲイのパイドやホワイトによく見られる "ブル "アイと混同してはならない);ブリクーはオレンジレッドとレッドが一般的である。

目をさらに研究する際には、不規則または卵形の瞳孔は欠陥とみなされることに注意すべきである。

この段階では、目の解剖学の初歩的なアイデアをファンシャーに提供するのが最善でしょう。なぜなら、この問題に関してファンシャーを助ける努力がほとんどなされていないからです。ここで紹介する図面や断面図は、レースで好成績を収めた鳩の目から作成したものです。また、デモンストレーションのために、いくつかのオリジナル写真も加えられています。

 ■鳩の目の解剖学的構造について■    2021年9月17日(金) 5:41 修正
眼球とそれを保護するまぶたについての説明は、2つの部分に分けて行うのが最適です。

まず、ファンシャーの肉眼で見える外見の一般的な説明があり、次に、死んだ鳥の眼を肉眼で観察したり、レンズや顕微鏡を使って観察したりして、解剖することで見えるものがあります。

生きている鳩の目を見るとき、ファンシャーは開いたまぶたの間にある目のほんの一部しか見ることができない。つまり、虹彩と呼ばれる色のついた部分と、瞳孔と呼ばれる中央の黒い部分である。

虹彩の左右の直径は約4分の1インチ(7mm)で、真ん中に穴の開いたコインのような形をしています。この穴が瞳孔であり、黒い円に見えるのは、円形の穴から眼球の暗い内部を見ているためで、光を反射しないために漆黒に見えるのである。

虹彩は眼球の外縁部に付着しており、この付着部には、通常は暗褐色を帯びた細い線があり、まぶたを大きく開くと色のついた部分のすぐ外側に見えます。

虹彩の内側の縁、つまり瞳孔を区切る縁は、自由で接着されていない縁である。虹彩には2組の細い筋繊維があり、1組は付着した外縁から付着していない内縁に向かって放射状に伸びている。

これらの筋繊維が収縮すると、すなわちサイズが小さくなると、内縁が外縁に向かって引っ張られ、虹彩が狭くなり、その結果、瞳孔(中央の穴)が大きくなるのである。

この動きは虹彩の拡張と呼ばれ、光が乏しいときに行われます。その効果は、拡大した瞳孔から目の内部へより多くの光を通すことであり、その結果、暗い日や夕暮れ時など、光が乏しい物体をより明るく見ることができるようになります。

虹彩にある第2の筋線維は、同心円状に走っており、収縮したり長さが短くなったりすると、虹彩の自由端が小さくなり、その結果、瞳孔が小さくなります。この動きは虹彩の収縮と呼ばれ、太陽光などの明るい光の中で行われ、目の内部に入る光の強さを弱める効果があります。

このように目に入る光の強さをカットすることは、鳥が明るすぎる光で「目がくらむ」のを防ぐために不可欠である。

目の奥の内部には、セレン細胞のような小さな光感受性細胞が並んでいるが、セレンの代わりに視覚紫という物質が入っている。視標紫に光が当たると、紫の物質が弱まり、影響を受けた部分が別の物質に変化して、目の細かい神経を刺激し、写真画像を脳に伝えます。

強すぎる光は、視覚的な紫色が再構成されるよりも急速に弱まってしまうため、鳥は一時的に目がくらんでしまう。

虹彩の動き、つまり瞳孔の大きさは、神経によって自動的に制御され、ちょうどよい量の光が視覚の紫に伝わるようになっている。視紅が光を受けて破壊されると、目の奥の内部に豊富に存在する血流中の化学物質の助けを借りて、細胞内で常に形成されている視紅がさらに補充される。

 ■Eye of a Pigeon Cross-section.■  画像資料  2021年9月17日(金) 5:48 修正
目の断面図

 IRIS. (アイリス)-顕微鏡で見たストリップの詳細(50倍)    2021年9月17日(金) 14:45 修正
上図は断面図の外観。黒い内側の層は光を通さない裏地で、脈絡膜と連続している。

図の上の部分は色素を含む層で、虹彩に明るい色を与える。
中央部(左の瞳孔に近い部分)は薄く、色素顆粒が少ないため、この部分の色はあまり強くない。
外側の色が濃いのは、周辺の厚い部分に色素顆粒が多く含まれているためである。

下の図は、Irisの前面の表面図である。虹彩の表面を形成する細胞が蜂の巣状になっていることと、大きなソーセージ状の色素細胞が見られる。この眼では、色素は茶褐色で、薄い部分は肉眼では黄色く見え、厚い部分はオレンジがかった赤であった。


 ■画像資料 「LEGEND」解説    2021年9月17日(金) 16:26 修正
Sclera(強膜)……眼球の外側を覆う透明な膜です。
Cornea (角膜)は透明で、強膜の延長線上にある。
Iris(虹彩)は円形の収縮性シートで、その中心には穴(瞳)があります。瞳孔の大きさは、虹彩の動きによって変化する。
Choroid (水晶体)はゼラチンのようなレンズで、光を網膜に集める。靭帯で固定されている。
Retina (脈絡膜)は強膜と水晶体の内面を覆う黒い膜で、これにより後房は瞳孔を通過する光を除いて遮光される。瞳孔が黒く見えるのはこのためで、これはアイリスの穴に過ぎない。
網膜は、半球状の灰色の層または光感受性細胞である。それぞれの細胞は、水晶体によって焦点を当てられた光のスポットの強度を記録し、それによって(神経を介して)脳内に画像を構築します。

水晶体の前にあるAnterior Chamber(前房)は、水のような液体で満たされています。
水晶体の後方にあるPosterior Chamber(後房)は、ゼリー状の透明な物質で満たされている。

虹彩をよく見てみると、3つの円があり、簡単に見分けることができます。最もわかりやすいのは、外側の強い色の円である。ハトによって実際の色は異なり、明るいレンガ色、明るいオレンジ色、強いテラコッタ色、深い紫やバイオレット色をしているものもある。肉眼でよく見ると、色は虹彩の表面から立ち上がる無数の小さな突起に含まれているように見え、ミニチュアスケールのねじれた山脈を連想させます。

この強い色の部分の内側には、あまり目立たない色の円があり、この円もハトによって異なる色を示す。外側の色が鮮やかなレンガ色の鳥では、内側の色は通常赤と白の混ざった色をしており、外側の色が鮮やかなオレンジ色の鳥では、内側の色は黄色味を帯びている。

よく観察してみると、明るい外円から穏やかな内円へと、不規則ながらも徐々に変化していることがわかる。穏やかな色の理由は、特定のエリアにある小さな突起の数が少なく、そのために色が弱く見えるからである。

最も内側の円は、前述の他の2つの円に比べて非常に狭く、またその色は鳩によって異なりますが、一般的にその大部分はスチールグレーの色調ですが、原則としてその範囲の可変部分に沿ってダークブルーからほとんど黒に近い暗い色を示しています。

優れた鳩の目を研究している愛好家の間では、多くの鳩が虹彩の最も内側の円にこの暗色の帯を顕著に示していることは、実際に観察されている問題です。

このような理由から、最も内側の円は「相関の円」と呼ばれています。これは、この円に顕著な暗色の帯があると、高い知性と勇気に相関があると考えられていたからです。

非常に鋭い観察者であれば、相関の円の内側に細い髪の毛のような黒い線を確認することができますが、多くの人の目にはそれが見えません。この細い線は単に虹彩の縁であり、これ以上言及する必要はない。

上記の説明では、強い外側の色の円と、穏やかな内側の色の円の2つの色の円についてのみ言及しています。いくつかの目では

しかし、色の強さは、一定の面積あたりの色のプロセスの数に依存し、その数は瞳孔に近づくにつれて減少するので、この区別には意味がありません。
虹彩の円についての説明を要約すると、虹彩には次のような3つの異なる円があると言えます。

(1)外側:強い色の円。
(2)内側の色の円:穏やかな色調の円。
(3)最内周のスチールグレーの細い円と、その暗色の帯である1'correl/1の円。


 ■鳩の目の内部について■    2021年9月17日(金) 16:42 修正
鳩の目の構造は、図を見ていただくのが一番わかりやすいと思います。眼球は、ボールのような正確な球形ではなく、ボールを両極で圧縮したような形をしています。中央の開口部である瞳孔を持つ虹彩は、眼球の前部3分の1と後部3分の2の間に仕切りのように位置しており、虹彩の前に前房、虹彩の後ろに後房と呼ばれる2つの別々の部屋を形成しています。前房は水のような液体で満たされ、後房はゼリー状の物質で満たされており、もちろんどちらも光を透過する。

水晶体は、より硬いゼリー状の塊で、通常の拡大レンズのような形をしており、虹彩のすぐ後ろに位置し、瞳孔の部分を覆っている。瞳孔を通った光はすべて水晶体を通過し、水晶体は目の内側にある網膜に光を集めます。

[The Bodv]. 強膜と透明な角膜の接合部のすぐ後ろ、強膜の内側にある円状の組織の名称です。その位置のため、眼球の外側からは見えず、眼球を横に切って初めて見ることができます。

水晶体を後光のように取り囲む非常に小さな組織として現れ、細かいシート状の組織によって水晶体を中央に保持している。
[懸垂体-水晶体の靭帯]
繊毛体には、顕微鏡でしか見えない微細な筋繊維が含まれている。これらの筋線維は繊毛筋と呼ばれる。繊毛の働きは、サスペンサ-靭帯を引っ張ることである。この靭帯が働くと、水晶体が扁平になり、水晶体の「度数」や「焦点距離」が変化します。これは、さまざまな距離にある物体を目の奥の網膜に焦点を合わせるために必要なことである。

先日、ロンドンで開催されたOld Comrades Showに行った際、時計用のメガネをかけた真面目そうな「専門家」が何人か展示物を見ていた。調べてみると、鳥の目の毛様体筋を探して「比較」しているとのことで、大変面白く感じました。

前述の説明では、生きている鳩では絶対に不可能であることを示している。したがって、このいわゆる絶対的な選択方法は、控えめに言っても、とんでもないことである。明らかに、「目の専門家」は、ハトの目に関する要素的な知識さえほとんど持っていないのである。
[Pecten(ペクテン)]。これは、それぞれの目の前、下の部分にある平らな帯状の暗色の組織に与えられた名前である。これは、目の後ろから前に向かって水平に伸びている。その機能はまだ十分に説明されていない。

網膜は無数の光感受性細胞で構成されており、光の明るさに反応して、各細胞に付いているネンネに沿って光の強さを伝え、このネンネが視神経を形成して、光の印象を脳に伝えます。網膜は、脈絡膜と呼ばれる第2の層の上にあります。脈絡膜は黒く着色されており(カメラの背面が黒く塗られているのと同じ)、眼球を養うための血管が通っています。脈絡膜の外側には強膜と呼ばれる硬い膜があり、眼球に硬さを与えています。

前房の前面は角膜で形成されています。角膜は透明な凸状の膜で、光を水晶体に焦点を合わせる役割を果たしています。


 ■目の理論」の結論■    2021年9月17日(金) 16:52 修正
虹彩の構造(色素のある部分と相関のある円)について述べてきたことと、遺伝について述べてきたことから、色素の存在と相関のある円は両方とも遺伝的な要素であることがわかる。これらは、すでに述べた法則に従って、親から子へと伝達される。

我々のレース鳩の家系では、虹彩の色が良く、相関円がはっきりしている鳩が良い勝負をすることが多いという観察された事実があるので、子孫を調べてどのような特徴を受け継いでいるかを確認する際には、その遺伝に虹彩の色と相関円が含まれているかどうかに注意すべきである。要するに、強い虹彩の色と相関関係のあるサークルの存在は、その鳥が優れたレース鳩の望ましい特性のいくつかを獲得していることを示しています。

もちろん、良い鳩を作るには1つ以上の特性が必要であり、他の多くのポイントも探さなければなりませんが、他の特性に関して2つの鳩がマッチしている場合、説明されているように、より良い前兆を示している方が、通常、専門家や鋭い観察者によって選ばれます。

白鳩や目が赤いゲイパイドの交配は絶対に避けてください。これらはアルビノ(虹彩に色がない)と呼ばれ、日光の下では非常に限られた距離しか見ることができません。アルビノの状態は明らかに遺伝的欠陥であり、そのためには避けなければならない。

また、若い鳩の目の色は、必ずしも1歳になったときの色と同じではないことを覚えておくとよいでしょう。目の色と相関関係の輪は、成長と年齢とともに改善されます。

多くの優良な家系では8〜9歳頃から相関円が減少し始め、老齢になるとほとんど見分けがつかなくなります。

多くのファンシャーは目の位置が重要であると強く主張します。彼らは、くちばしと頭から引いた直線が目の下を通らなければならないと要求します。このことは、真剣に勉強している人には興味のあることかもしれませんので、言及しておきます。

他のファンシャーは、目の特徴から選択し、それに応じて交配します。また、レッド、オレンジレッド、オレンジは良いパールアイと交配することができます。

フィッシュアイやホワイトパールアイが交配によって生じた場合、パールアイの鳩同士は交配しないことをお勧めします。

ホワイトパールアイの場合は交配しないことをお勧めします。
繰り返しになりますが、虹彩の実際の色は重要ではなく、特に外周部の色がしっかりしていれば問題ありません。相関の輪は、瞳孔の縁に色のついた層がないために起こりますが、色のついた層は瞳孔の縁に向かって不規則に先細りになっているので、相関の輪の中には、他の部分よりも強調されている部分がしばしばあります。

目を時計の文字盤に例えると、いくつかのポイントがあります。例えば、片方の目の相関円は、ある特定の場所で最も顕著になりますが、3と6の間(およそ)で最大の強度を示し、もう片方の目は6と9の間(およそ)で最大の強度を示します。他の目では、相関の円がその完全な形で簡単に見ることができます。

繰り返しになりますが、これは、その祖先や先祖の間で多くの優れたレーサーに見られる特性を鳥が受け継いでいることを示す限りにおいてのみ重要です。

もうひとつ、繰り返しになりますが、目全体に見られる明るさと "光 "は、鳩の健康状態を非常によく表しています。鳩は人間と同じように、目の状態に健康状態が正確に反映されるのです。

以上のように、これらの特徴の価値を評価することは、まだ最終的なものではありません。しかし、優れた品質の鳥を提供してきた系統では、これらの特徴がより顕著であり、目の色とマークは、子鳩がこれらの優れた系統の品質をどの程度受け継いでいるかを示すものであると言えるかもしれません。

レース用の鳩は純血種ではなく、前述のように多くのタイプから発展したものであり、目の特徴は、交配によってファンシャーが望む品質を獲得した典型的なものであるか、あるいは、そのような品質がない場合には、交配することが望ましくないタイプに戻っていることを示している可能性があるのです。

 CHAPTER XII  「THE STUDY OF THE EYE AND THE EYE THEORY」(第12章 「目の研究と眼球理論」)の考察  イレブン  2021年9月17日(金) 17:06 修正
CHAPTER XII  「THE STUDY OF THE EYE AND THE EYE THEORY」(第12章 「目の研究と眼球理論」)の全文を翻訳しました。1947年発刊の『The Sport of Pigeon Racing』が長年に亘り、版を重ねながら世界中の愛鳩家の教科書的位置を得ていた理由が、この第12章の翻訳文に目を通すだけでも理解出来ますね。

Dr. W. ANDERSONさんがお医者さんだけあって、キチンと解剖学に基づいた『眼』の理論が展開されています。そして、その研究の結論部分は、極めて明晰な論理展開で括られており、平易明快です。

これだけの理論が、普通に展開されていることを知ると、我が国での鳩理論がいかに情報鎖国状態に置かれているのかを痛感せざるを得ませんね。

まず、Dr. W. ANDERSONさんは、レース鳩の目から読み取れることを、結論の冒頭に次のように述べています。

●虹彩の構造(色素のある部分と相関のある円)について述べてきたことと、遺伝について述べてきたことから、色素の存在と相関のある円は両方とも遺伝的な要素であることがわかる。これらは、すでに述べた法則に従って、親から子へと伝達される。

ここで「色素の存在と相関のある円は両方とも遺伝的な要素である」と記されているようにレース鳩の目は「遺伝低な要素」を示していることをはっきりと述べています。そして、「虹彩」部分とこの「スネークパの部屋」でこれまで幾度の話題に指してきた「相関の輪」(C/A)がそれを示す重要な情報となることを端的に述べています。

そして更に「レース鳩の家系では、虹彩の色が良く、相関円がはっきりしている鳩が良い勝負をすることが多いという観察された事実があるので、子孫を調べてどのような特徴を受け継いでいるかを確認する際には、その遺伝に虹彩の色と相関円が含まれているかどうかに注意すべきである」と「虹彩の色が良く、相関円がはっきりしている鳩が良い勝負をする」という事実があることをはっきりと述べています。

ここがDr. W. ANDERSONさんの理論の注目すべきところだとイレブンは思っています。実は、このことを述べるためにこれまでの前章章で述べていることが全部関わっているのです。これから、この目の理論に関わる章をこの掲示板で引用して行きますので、お楽しみに!

 動画資料【Bracia Janssen z Arendonk】(アーレンドンクのヤンセン兄弟)  イレブン  2021年9月15日(水) 4:05
修正
https://www.youtube.com/watch?v=QA9a7JxgjEg

Janssen z Arendonk鳩舎のカラー映像です。かなり見応えがありました。


※掲示板の読者の方から、早速、次のようなメールを頂きました。

●インタビューしているのは、若いころのA・ロードホフさんのようですね。後からロードホフ鳩舎が出てきますが、今は改装して種鳩鳩舎になっているのではと思います。ロードホフさんは、以前ナチュラル社のブリーディングロフトのロフトマネジャーをされていました

イレブンは、インタビューしている人が誰だか全く分かりませんでした。ナチュラル社関係の方だったんですね。

こうした情報を頂くと大変ありがたいです。

 不安定な天候が続きますね。  イレブン  2021年9月11日(土) 2:07
修正
台風接近の情報も流れています。秋の天候は、急変することが多いですね。

 《系統研究》【OPEL BOOK 2020】011 《 原本『THE OPEL BIRDS』by A.S.Johnstoneの解読:第4章■The Pielert Hen-ピエラート・ヘン-・Average Speed Diplomas Won By The Opel Loft-オペル鳩舎が獲得した最優秀平均分速賞-・The Opel Birds In Other Lofts-他鳩舎でのオペル系の活躍-・Conclusion-あとがき-■》○全文復刻引用資料『THE OPEL BIRDS』(P46〜P63より引用》  イレブン  2021年8月20日(金) 13:51
修正
《系統研究》【OPEL BOOK 2020】011となる 原本『THE OPEL BIRDS』の解読の第4章では、以下の内容が含まれています。

@The Pielert Hen-ピエラート・ヘン-
AAverage Speed Diplomas Won By The Opel Loft-オペル鳩舎が獲得した最優秀平均分速賞-
BThe Opel Birds In Other Lofts-他鳩舎でのオペル系の活躍-
CConclusion-あとがき-

この第4章は『THE OPEL BIRDS』のP46〜P63を引用翻訳したものです。

ここで取りあげている内容は、イレブンが調査したこれまでのオペル系研究の資料の中では、ほとんど触れられていません。そうした意味で、今回のこの部分の翻訳文公開は、オペル系の理解に更に深みを加えることに繋がるように思っています。

この章にある「Conclusion-あとがき-」にA.S.Johnstoneは次のような言葉を書き記しています。 

●この『The Opel Birds』の記述は、筆者にとって喜びの源であった。彼は、毎年毎年、物語とともに生き、オペル氏の成功を追い、その継続性に驚嘆してきました。

●この本では、血統を完全に追跡することができます。また、血統を永続させるためにオペル氏が採用した繁殖方法も紹介しています。私たちは、すべての関係者に対して公平であることを求めていますが、読者の皆様にもそれを認めていただきたいと思います。

この『The Opel Birds』の出版が極めて研究的な真摯さに貫かれた編集だったことがこの言葉の端々から伺えます。

このことこそが今も色あせない『The Opel Birds』の価値を私たちに感じさせる要因なのかもしれません。翻訳作業を通して、イレブンはそんなことを感じています。

 『THE OPEL BIRDS』P46     A.S.Johnstone  2021年8月20日(金) 14:56 修正
■The Pielert Hen-ピエラート・ヘン-■

Opel氏と一緒に記録や血統を調べているうちに、筆者は注目すべき個人記録に気がついた。問題の鳩、MCCA 33 9878 Blue Check Henは、Mr Arthur Pielertによって繁殖され、飛行されました。

164 Kossuth Street, Baltimore, Md. その記録は、オペル氏も同意しているように、50年以上の間に私の目に留まった鳩の中で最も優れたものである。

この記録は、残念ながらピエラート氏が保管していた文書データからは完全に検証できない。そこで私は、多くのボルチモアのファンの間で一般的に知られていると思われることを記載します。

私は出来るだけ正確に、私に与えられた通りにそれを伝えます。Mr.Pielertは9878のために34回の500マイル以上のレースを行い、そのうち21回は日中に行われたと主張している。これらのレースでは、その日のうちにホームインしたのは24回でした。

9878は1935年と1938年の2回、同じ日に600マイルを飛んでおり、1937年には700マイルから2位を獲得したという記録が残っています。Pielert氏が夜働いていたので、Opel氏はPielert氏の鳥をこれらのレースのほとんどに出荷しました。出荷日の夜、出荷日の夜、本社にいたファンシャーたちは、9878歳がまた長いレースに出荷されることについて、多くのコメントとカウントを試みた。

マサチューセッツ州ボルチモアの故W.W.ホワイト・ジュニア博士は、この偉大な鳩の熱烈なファンであり、9878が再び出荷されるかどうかをオペル氏に尋ねずにはいられなかったが、彼女が遠距離に出荷される回数が増えていることに大きな関心を抱いていた。Mr.Opelは9878が一日に13回飛んだことを証明でき、500マイル以上飛んだことは31回、一日に証明できないほど多く飛んだことを知っていると言う。私のように彼を知っている者からすれば、これで十分だと思います。

しかし、私は、1934年10月から1941年までの8年間に渡ってレースをした、本当に素晴らしい鳩の記録に触れないわけにはいきませんでした。彼女の最後のレースは1941年の最初の500マイル特別レースで、非常にハードなレースでしたが、2日目に1羽、4日目に2羽目がホームインしました。9878は7日目にホームインし、1ドルのシングル・ノミネーション・プールを獲得した。このレースから帰ってきて、最後まで忠実だった "ワンダーヘン "は、わずかな時間で亡くなってしまった。

 『THE OPEL BIRDS』P47       A.S.Johnstone  2021年8月20日(金) 15:32 修正
9878の血統は次の通りです。SIRE: - IF 26 D ¢635 B. Spl. C. Mr. Pielertによって繁殖され、I st diploma MCCAを獲得しました。300マイル 1928. 912.21ヤード。87ロフト、1905羽、同日に鳥を報告したのは39ロフトのみ。1635は、ヤングバードとして200マイル飛んだJ.L.Opel氏のMCCA 21 6562 B.C.C.と、J.L.Opel氏のAU 20 B 1286 B.Spl.H.を交配したもの。

ヤングバードとして200マイル、ヤングバードとして300マイル、オールドバードとして400マイルを飛行し、6回目のディプロマを獲得。Mr.Opelは6562と1286をMr.Thomas Meyersに提供し、Mr.Thomas MeyersはMr.H.A.Dick Whipfieldに譲渡し、Mr.H.Dick WhipfieldはこのペアをMr.Arthur Pielertに譲渡し、彼らはそのロフトで死亡しました。6562はAU I 7 G 2055 Bから繁殖されました。

6562は、Messrs.Hiller & Brewerによって繁殖されたAU I 7 G 2055 B. C. C.から繁殖され、500マイル飛行しました。
6
562はAU I 7 G 2055 B.C.C.から交配されたもので、500マイル飛行しました。C.H.は、A.S.ジョンストンが繁殖し、J.L.Opel氏に贈呈されました。I 286は、A.S.ジョンストンが繁殖し、J.L.Opel氏に献上されたAU I 8 B I 773 B.Spl.C.と、AU I9 O7298 B.C.H. は、L.H.オットーが交配し、J.L.オペル氏に贈呈されたものです。

2055 は、P. A. Bland が交配した PB 7103 B. C. C. と AU I 2 A 240 B. H. 291 79 が交配した E 8242 B. C. C. から生まれたもので、参考 A の種牡馬(オールドスレート)と D 20157 Blk. 1773は、フィラデルフィアのチャールズ・ハブ氏がT 1410とAB 3595から交配したQCCA R 2251 B. C. C.と、ニューヨーク州ニューアークのエリ・モートン氏が交配したAU 15 1958 B. C. Whft. H. は A. S. Johnstone が R 2 146 "Hard Cash" と AU 14 28458 から交配したもので、7298 は "Moonlight Dick:"(両親は Mr. J. Hiller)から交配されたものです。

J.L.Opelが交配した5953B.C.H.は、1916年にL.H.Ottoが飛ばした600マイルで931.34ヤードの成績を収めた。5953はJ.C.ラッド社のD5571とA.S.ジョンストン社のB29179を交配したものです。

9878 の DAM は次の通りです: - IF 29 A 8466 B. C. H. 1930 年に同じ日に 2 回 500 マイルを走り、4th diploma 500 マイル MCCA Special Race, 869.2 I yards, 2 14 birds, 41 lofts で優勝: 14th diploma 500 マイル MCCA Regular Race, 1931, I 142. 12ヤード、2478羽、132ロフト: 6位 ディプロマ 500マイル MCCA特別レース、1931年、1077.25ヤード、226羽、50ロフト: 9位 500マイル MCCA特別レース、1933年、834.32ヤード、I 13羽。33ロフト。

8466はA.Pielertが交配したIF 27 C 8076 B.C.C.と、"Dick" Whipfieldが交配しA.Pielertに贈呈されたMCCA 28 3094 B.C.H.から生まれました。8076は、英国ケント州ダートマスのH.ハンブル氏が飼育していたRP 26 DFC 757 B. C. C.から生まれました。この鳥は1927年にPielert氏のロフトにやってきて、脚には船長の名前が書かれていました。この鳥は

 『THE OPEL BIRDS』P48       A.S.Johnstone  2021年8月20日(金) 15:34 修正
海で彼の船に降り立ち、船がボルチモアに停泊したときに解放された。Pielert氏はHumble氏からの手紙を持っており、その手紙にはPielert氏にこの鳥を贈り、この鳥はGitsの起源であると書かれている。

757brec'。Pielert氏はいくつかの良い個体を所有しています。8076のダムはIF 26 B 7726 B. C Whft. H. A. Whipfielcによって繁殖され、飛行された「ヤングバードとして500マイル」のH. 3094 は、J. Hiller の AU 17 G 2033 B. C. C., Shorty と、H. A. Whipfield の MCCA 23 265 B. C. H. (500 マイルを 8 回達成し、いくつかのディプロマを獲得)を交配したものです。

7726はMCCA 24 1836 Model C.の原種で、ボルチモアのJ. とQCCA 21 12545 B.C.H.を交配しました。Bonnenberger, Philadelphia. Pa- 2033は、P. A. Blandが交配したPB 7143 B. C. C.と、J. Hillerが交配したAU I I B I 3 B. C. H.から交配されました。

7143は、NA 8027 "Black Hill "とTY 5681. "Lady Hill." 13はSA 9042とPF 1351から交配されたI - 265はICC 21 1561 B. C. C.から交配されたもので、50Cマイルと850マイルを飛行し、ヒラー&ブリューワーによって繁殖されたもので、ICC 21 1016 B. C. H "は1921年に300マイル・ウェス十コースのボルチモア1位とインターシティレース2位を獲得しました。

J.L.オペルの「1007 B.H.」は、第2回ボルチモア、第3回インターシティレースで優勝しました。第1インターシティはワシントンDCのファンシャーが、第2インターシティはH.A.ウィップフィールド氏が獲得したと思われる。

(つづく)

 『THE OPEL BIRDS』P49       ■Average Speed Diplomas Won By The Opel Loft(オペル鳩舎が獲得した最高平均分速賞)■  A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 2:52 修正
□100マイルから500マイルまでのベストアベレージスピード、Liberty Club:Old Bird Races、1918年、1分間に106.67ヤード。

□100マイルから300マイルまでのベストアベレージスピード(1919年、Liberty Club:Young Bird Races)1分間に1121.90ヤード。

□100マイルから500マイルまでのベストアベレージスピード モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース、1920年、1分間に1070.08ヤード。

□100マイルから300マイルまでのベストアベレージスピードは、1921年のモニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーションのヤングバードレースで、1分間に391.73ヤード、4つのレースに参加した25,814羽の合計です。
100マイルから500マイルまでのベストアベレージスピードは、1922年のオールドバードレース、リバティクラブで、1分間に78.014ヤード。

□ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600、500、500マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション。オールド・バード・レース、(9レース)、1923年、1分間に938.16ヤード。

□ICOから6C0マイルまでの最高平均速度、リバティ・クラブ、オールド・バード・レース、1924年、1分間に13.34ヤード。

□ベストアベレージスピード、100、200、300、400 500, 600,
500、500、500、500マイル モニュメンタル・バード・レース(9レース)、1924年、以下を含む。

・ベストアベレージスピード、コンコースアソシエーション、オールドバードヤード/分。

・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド1000.07ヤード/分。
100〜600マイル、モニュメント・シティ・レース(西)、1925年、1072.42で最高の平均速度。100から600マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、シド・バード・レース、南西部、1925年、1分間に1048.50ヤード。

・ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600、500、500マイル。モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(8レース)、1925年、1分間に1000.39ヤードを記録

 『THE OPEL BIRDS』P50         A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 2:58 修正
□ 100マイルから600マイルまでの平均速度は、1926年のオールド・バード・レースでリバティ・クラブが1分間に835.84ヤードで最高でした。
第2位の平均速度は100マイルから600マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース、1926年、1分間に835.84ヤード。

□ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、60ロ・500、500、500マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)、1926年、1分間に768.97ヤード。
第2位の平均速度、100から600マイル。1927年、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーションのオールド・バード・レースで、1分間に808.66ヤード。

□ベストアベレージスピード、100 200, 300, 400, 500, 600. 500、500、500マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)、1927年、毎分815.84ヤード。
最高の平均速度。100マイルから600マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース、1928年、1分間に950.80ヤード。

□第2位の平均速度、100マイルから600マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース、1928年、毎分93 1.96ヤード。
ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600 500、500、500マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)、1928年、1分間に1004.70ヤード。
第2位の平均速度、100〜200マイル。モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、ヤング・バード・レース(南西部)、1928年、1分間にI I 60.52ヤード。

□第2位の平均速度、100マイルから300マイル。モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、ヤング・バード・レース、サウスウエスト、1928年、1分間に1086.06ヤード。

□最優秀平均速度、100マイルから300マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション。ヤングバード・レース、西、1928年、毎分703.78ヤードで

□ベスト・アベレージ・スピード 100マイルから600マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション。オールド・バード・レース、1929年、1分間に942.86ヤードを記録。


 『THE OPEL BIRDS』P51   A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:01 修正
□最優秀平均速度、100、200、300、400、500、600、500、500マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(8レース)、1929年、1分間に910.91ヤード。

□最優秀平均速度、100〜600マイル、リバティ・クラブ、オールド・バード・レース、1931年、1分間に1272.32ヤード。
第3位 平均速度 100マイルから600マイル モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション オールド・バード・レース 1931年 1272.32ヤード/分

□100マイルから600マイルまでのベストアベレージスピードは、1934年のオールドバードレース、リバティ・クラブで、毎分171.19ヤード。
第3位 平均速度 100マイルから600マイル モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション オールド・バード・レース 1934年 1分間に171.19ヤード

□ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600、500、500マイル。モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)。1936年、1分間に1010.79ヤードを記録。
100マイルから500マイルまでのベストアベレージスピード、リバティ・クラブ、オールド・バード・レース(1938年)、1分間にI 125.25ヤードを記録。

□1938年のオールドバードレースでの100マイルから500マイルまでのベストアベレージスピードは125.25ヤード/分。

□100マイルから600マイルまでのベストアベレージスピード、リバティクラブ、オールドバードレース、1938年、1分間に37.16ヤード。
最優秀平均速度、100マイルから600マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース、1938年、1分間に137.16ヤード。

□最優秀平均速度、100、200、300、400、500、600、500、500マイル、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)、1938年、毎分146.1 Iヤード。
最優秀平均速度、100〜600マイル、リバティ・クラブ、オールド・バード・レース、1942年、毎分39.27ヤード。

□100、200、300、400、500、600、700マイルのベストアベレージスピードは、モニュメントシティ・コンコース・アソシエーションのオールドバードレース(7レース)で、1942年、毎分993.90ヤードを記録。

  『THE OPEL BIRDS』P52   A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:03 修正
□ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600、700マイル、モニュメントシティコンコース協会、オールドバードレース(7レース)、1943年、877,04ヤード。

□ベストアベレージスピード、100. 200. 300, 400, 500. 600、700マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(7レース)。1944年、1分間に869.26ヤードを記録。

□最高の平均速度。100、.200、300、400、500、600、700マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション(Monumental City Concourse Association)。オールド・バード・レース(7レース)、1945年、1分間に8 10.39ヤードを記録。

□最高の平均速度。100、200、300、400、500、600、500、500マイル、モニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(9レース)、1945年、1分間に899.939ヤードを記録。
最優秀平均速度、100〜600マイル、リバティ・クラブ、オールド・バード・レース(1945年)、876.255ヤード。

□ベスト・アベレージ・スピード 100〜300マイル、リバティ・クラブ、ヤング・バード・レース、1945年、1分間に649.049ヤード。
第2位の平均速度(100マイルから300マイル)は、1945年のヤング・バード・レースでモニュメンタル・シティ・コンコース・アソシエーションが記録した649.049ヤード/分。

□ベストアベレージスピード、100、200、300、400、500、600、700マイル。1946年、モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション(7レース)で、1分間に941.58ヤードを記録。

□ベストアベレージスピード。100, 200, 300. ,400, 500, 600, 500. 500、500、700マイル モニュメント・シティ・コンコース・アソシエーション、オールド・バード・レース(10レース)。1946年、1分間に909.84ヤードを記録。

 『THE OPEL BIRDS』P53   ■The Opel Birds In Other Lofts(他鳩舎でのオペル系の活躍)■  A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:15 修正
・筆者は、オペルの血を導入したファンから、この鳩のファミリーの説明を深めるために、彼らのトップの鳥たちを含めるように説得されました。そこで、提供されたデータが許す限り、また検査を行った上で、提出された鳥の繁殖と成績の概要を説明することにします。

■ザ・シェイマー・コック■

・MCCA 40 3684 Red C. C. G. Shamer, Catonsville. Md. 3684の記録:500マイルを15回飛行。6回目のD:Ploma Club.

・15番目のディプロマMCCA、300マイル。1942.1129.44ヤード。4834羽、205ロフト;

・第3回クラブ、第15回MCCA、第1回500マイル・スペシャルレース、1942年、1090.13ヤード。321羽、76ロフト、同じ日に2羽のIが帰っただけで、40ロフトは報告なし、第1クラブ、

・第6MCCA.の第2回500マイル・スペシャル・レース、1942年、752.84ヤード、175羽、43ロフト、16ロフトは報告なし、

・第1クラブ、第1MCCA.の第16回^ 500マイル・スペシャル・レース、1943年、1075.23ヤード、184羽、44ロフト、同じ日に2羽のIが帰っただけで、Shamerが2羽とも持っていた。オペルの9116 B.C.H.と9117 R.C.C.は、I14とI15のパフォーマンスで、このレースの3位と6位を獲得しました。

・クラブ2位、MCCA6位、500スペシャルレース2位、1943年、912.86ヤード、170羽、46ロフト、同日に帰着したのは5羽のみで、オペルの9117 R.C.C.が5位入賞。3684は次の日の午前中、次の鳥より1時間早くロフトで発見され、27ロフトでは報告なし。

・2位クラブ、6位MCCA、3位500マイルスペシャルレース、1943年、990.37ヤード、95羽。27ロフト、同日は7羽のみ帰宅、2日目は6羽報告、15ロフトは報告なし。

・第2クラブ、第I Oth MCCA.の第1回500マイル・スペシャル・レース、1944年、806.79ヤード、245羽、55ロフト、12ロフトの報告なし;

・第5クラブ、第15MCCA.の第2回500マイル・スペシャル・レース、1944年、891.50ヤード、187羽、44ロフト、同日8羽のみホーム、20ロフトの報告なし、オペルの9117 R.C.C.がこのレースで優勝した。

・1944年の第3回500マイル・スペシャル・レースでは、Shamerは同日、彼の2羽目のクロック・バードである3684を報告しました。シャマーの3684は、1943年に開催された3回のMCCA 500マイル・スペシャル・レースの平均速度で988.396ヤードを記録し、シャマーの最初のクロック・バードとなりました。

・オペルの9117は同じレースで平均速度2位を獲得し、オペルのファーストクロックバードとなりました。

・Shamer氏は1945年5月に3684をOpelに贈呈しました。1945年5月、Shamerは3684をOpelに贈呈しましたが、これは彼がすべての鳥を処分したときのことでした。3684の完全な姉妹である93 12は、1941年の第1回MCCA 500マイルレースで1位を獲得。レース2日目に唯一帰還した鳥で、6日間で6羽しか帰還しなかった。Shamerは、このレースの平均速度賞を受賞。

 『THE OPEL BIRDS』P54     A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:27 修正
また、全レースの平均速度も記載しています。3684の種牡鳩はAU 30 PFC 79 R.C.C.で、500マイルを6回、560マイルを1回達成しています(Md.BaltimoreのJ.J.Cotton氏が繁殖)。

79はWm.Melvilleが交配した500マイルのAU 235 B.C.C.と、Bein Bros.が貸したペアからWm.Schweitzerが交配したAU 22 1295 Red H.から交配されました。

235は9463 B.C.C.と7249 B.C.H.から、1295はAU 22 AFC 827 R.C.C.から交配されました。ダム cf 3684 は MCCA 33 10000 R.C.H. で、彼女と彼女の子供(9999)は J. L. Opel によって交配され、若くして Shamer に紹介され、両方とも彼に良い鳥を産ませました。
10000 は MCCA 32 1937 B.C.C., Performance Bird 73 (Performance Bird 78 の全弟)から交配されました。MCCA 33 9906 B.C.H., 500マイルを10回、560マイルを5回、600マイルを1回)と MCCA 32 1987 R.C.H., Performance Bird 75.

1937年はリファレンスWとXから、1987年はリファレンスQとRから交配されたもので、偶然の一致です。Shamerの3684とOpelの9117は、共に500マイルを15回飛びました。彼らは、1943年の3つの500マイル・スペシャル・レースのそれぞれにおいて、オーナーの最初の時計鳥でした。ダム側では、それぞれ基準ペアのQとRから3世代離れていました。

■MR. ROBERT McCOY'S LOFT, Baltimore, Md.■

NO. I. MCCA 42 117 B.C.C., R. マッコイが繁殖し、飛行しました。500マイルを13回、600マイルを1回飛行した。

・第1回クラブ、第13回MCCAでは、1943年に200マイルを達成。1207.73ヤード、2547羽。183ロフト、第1クラブ、第8MCCA... 8位 MCCA.

・第1回500マイル・スペシャル・レース(1944年)808.73ヤード、245羽、55ロフト

・第2回500マイル・スペシャル・レース(1944年)909.20ヤード、187羽、44ロフト
・第1クラブ、第6MCCA.第3回500マイル・スペシャル・レース(1944年)1128.77ヤード、100羽、27ロフト
・第3MCCA, 第1クラブ、第3MCCA、第1回500マイル・スペシャル・レース(1946年)、1386.87ヤード、92羽、25ロフト、

・第5ディプロマMCCA、第2回500マイル・スペシャル・レース(1946年)、730.76ヤード、94羽、23ロフト。

I 17のSIREはMCCA 31 5982 B.C.C.で、マッコイが繁殖し、500マイルを5回、600マイルを2回飛行しました。5982は、500マイルを2回、600マイルを1回飛行したIF 29 A 8296 B.C.C.と、500マイルを4回、600マイルを1回飛行したIF 29 A 8295 B.C.H.から交配されました。8296と8295は共にマッコイが交配したものである。

8296は、R.クラフトが交配したAM16708 R.C.C.と、J.L.オペルが交配したMCCA25 3334 B.C.H.を交配したもので、成績は39羽。8295は、500マイルを2回飛行したIF 26 B 9099と、500マイルを飛行したIF 26 B 9083を交配したものです。

 『THE OPEL BIRDS』P55       A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:29 修正
マイルになりました。9099と9083はどちらもマッコイが交配したものです。

3334はパフォーマンス・バード1のAU 15 5986 B.C.C.とパフォーマンス・バード22のAU 21 A 4502 R.C.H.から交配されました。

9083はAU 2 I A 4542 B.C.C.から交配されました。9083は、パフォーマンスバード2 7、28、33、50とMCCA 25 3024 B.C.H.の兄弟である、

オペルが交配したAU 2 I A 4542 B.C.C.から交配されました。

4542はオペルが繁殖したAU 16 B .2340 B.C.C.とパフォーマンス・バード2、およびオペルが繁殖したAU 16 B 2351 B.H.から交配されました。

パフォーマンス・バード4です。3024はMCCA 22 697 I B.C.とMCCA 22 6296 B.C.H.から交配されたもので、Wm.Vogelmanによって交配されました。

1283は、ジョンストンが作出した1773と、L.オットーが作出した7298から交配されたものです。6971は、レーマスのディグスであるAU I 3 14128 B.C.と、オペルが繁殖したAU I 7 G 1829 B.H.から交配されたもので、パフォーマンスバード8です。

6971はOpelが繁殖したものです。I 17のDAMは、IF 36 BCR 1116 B.C.H.で、Opelによって交配され、パフォーマンス・バード99としてMcCoyに贈呈されました。 I 16は、パフォーマンス・バード54のMCCA 28 2537 B.C.C.とパフォーマンス・バード95と98の姉妹であるMCCA 33 9932 B.C.H.から交配されました。

□NO. 2. IF 36 BCR I I 38 B.C.H. R.マッコイが繁殖し、飛行しました。
500マイルを10回飛行した。

・レギュラー500マイルレースでクラブ2位、MCCA4位の成績を残す。
・1937年、1070.00ヤード、3650羽、201ロフト;MCCA.19位、500マイル特別レース、1939年、561.76ヤード、238羽、60ロフト。561.76ヤード、238羽、60ロフト、
・1939年ボルチモア・チャンピオンシップ・レース3位。
・1939年500マイル、ボルチモア選手権3位、
・1939年500マイル、スーパー選手権2位、1939年500マイル・スペシャル・レース1位、MCCA.I st 500マイル・スペシャル・レース1位。
・1939年、1267.68ヤード。258羽、64ロフト。

1138 の種牡鳩は IF 28 B 9094 B.C. で、R. マッコイが育成し、MCCA のレースで 500 マイルを 7 回、100 マイルを 7 回、400 マイルを 17 回獲得しました。 9094は、AU 21 A 4542 B.C.から交配されました。

9094はAU 21 A 4542 B.C.C.から交配されたもので、Opelによって繁殖されました。
バード27、28 4542はAU 16 B 2340 B.C.H.から交配されました。

4542は、パフォーマンス・バード2を作出したオペル社のAU 16 B 2340 B.C.C.と
AU 16 B 2351 B.H.オペル作、パフォーマンス・バード4)から交配されました。

3024は、Cpelが交配したMCCA 22 6971 B.C.と、ミズーリ州ボルチモアのWm.ヴォーゲルマンが交配したMCCA 22 7296 B.C.H.から生まれました。
6971は、Lehmuth's DiggsのAU 13 14128 B.C.と、パフォーマンスバード8のAU 17 G 1829 B.H.から交配されました。I 138 の DAM は IF 28 B 9087 B.C.H. で、マッコイが交配したもので、500 マイルを 13 回飛行し、マッコイのいくつかのディプロマを獲得しました。

9087は、MCCA 26 4456 Slate C.C.(1927年に西へ500マイル、西南へ500マイル飛行し、1927年にマッコイに贈呈された)とMCCA 3334 B.C.H.(パフォーマンスバード39)から交配されました。

 『THE OPEL BIRDS』P56         A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:36 修正
□NO. 3・ IF 20 B 5448 ステートC.C. (R.マッコイが作出。500マイルを12回飛行した。
・9位 MCCA.の500マイル・スペシャル・レースで1931年、1074.69ヤード、126羽、50ロフト、
・第2クラブ、第21回MCCA.の500マイル・レースで1932年、206.34ヤード、2380羽、5f.i 34ロフト:。
・1st Club, 2nd MCCA., 2nd 500 mile Special race, 1932, 807.39 yards, 163 birds, 38 lofts, winning single nominated pool; I st Club, 3rd 500 mile Special race, 1934, 863.36 yards, 76 birds, 22 lofts, winning single nominafed pool again.

5448の種牡鳩は、MCCA 26 4456 Slate C Cで、オペルが繁殖し、1927年に西へ500マイル、南西へ500マイル飛行し、1927年にマッコイに贈呈された。

4456はMCCA 25 33 10 8.C.C.(オペル作)から交配されたもので、ヤングバードとして200マイルで2回目のディプロマを獲得しています。

33 10は、ジョンストンが作出したAU 15 1950 B. C. C.と、オペルが作出したAU 14 23791.から交配されました。

3065は、基礎種鳩AとIから交配されました。

1950は、基礎種鳩Aのサイヤーである「OLD SLATE」のネスティング・ブラザーであるE 8242 B. C. C.から交配され、B 14719 B. H. 23791は、US 17786とジョンストンが交配したAU I I A 1269 B. C. H.から交配されました。

B 14719 は R 2 146 B.C.C. "Hard Cash" * と L 9360 B.H. "OLD SLATE" という基礎種鳩A のダムから交配されました。

5448 の DAM は、A. Pielert が繁殖した IF 27 C 7848 B. H. でした。

7848 は AU 19 O 7902 B. C. C. と AU 20 B 1524 B. C. H. を交配したもので、7902 と 1524 は Geo. Wirt, Baltimore, Md.

□NO.4. MCCA 33 9803 B.C.H.は、R.マッコイの作出。500マイルを13回、600マイルを1回飛行した。

・2nd Club, 7th MCCA., 500 miles, 1934, 941.30 yards, 636 birds, 85 lofts; 27th diploma MCCA., 600 miles, 1935, 892.98 yards, 2674 birds, 205 lofts; 2nd Club, 5th MCCA,

・第3回500マイル特別レース(1935年)873.47ヤード、147羽、35ロフト
・第2回スーパーチャンピオンレース500マイル(1935年)753.85ヤード、9羽、9ロフト、レース2日目に2羽だけが家に帰った
・第2回スーパーチャンピオンレース500マイル(1936年)1004.33ヤード、38羽、27ロフト、同日に3羽だけが家に帰った
・第1クラブ、第6MCCA.第2回500マイル特別レース(1937年)I166.90ヤード、236羽、54ロフト。

9803のSIREはMCCA 31 5982 B.C.C.で、マッコイズのNo.1ディスクリプションであるMCCA 42 117 B.C.C.の種牡鳩です。
9803のDAMはIF 28 B 9095 B. H.で、500マイルを7回、600マイルを3回走破しています。9095の交配相手は

 『THE OPEL BIRDS』P57           A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 3:46 修正
F 26 B 4907 グリズリーC、500マイルが6回。600マイルが1回、MCCA 23 989 B. C. H. が500マイルが2回、600マイルが1回。

□NO.5. MCCA 43 869 B.C.H. は、J.L.Opel の繁殖で、R.マッコイに若くして提供されました。500マイルを9回飛行し、そのうち5回は同日飛行。

・第3回ディプロマMCCA、500マイルレギュラーレース、1944年、1024.13ヤード、2028羽、I 78ロフト、このレースでは同日に4羽しか帰れませんでした。マッコイは同じ日に2羽が帰ってきましたが、一緒になってマッコイが2位と3位を獲得しました。

869の種牡鳩はMCCA 35 3787 B.C.で、パフォーマンスバード90でした。869のDAMはMCCA 35 3814 Drk C. H., Reference Y.

□NO.6. MCCA 42 115 B.C.H., R. McCoy によって繁殖されました。500マイルを5回、600マイルを4回飛行しました。

・クラブ2位、MCCA.7位、600マイル、194-3、896.66ヤード、510羽、77ロフトMCCA.3位、
・500マイル・スペシャルレース、1943年、790.12ヤード、95羽、25ロフト:クラブ3位、MCCA.15位、
・500マイル・スペシャルレース、1943年、790.12ヤード、95羽、25ロフト。15位
・MCCA. 500マイル・レギュラーレース 1945年 583.21ヤード 2005羽 156ロフト: 2nd Club. 13位 MCCA.、600マイル、1945年 454.15ヤード。244羽、33ロフト。

115 の種牡鳩は IF 30 B 5448 Slate C. C. で、登録番号は 3 です。115のDAMはMCCA 35 3829 B. C. H.で、9803の姉妹で、記述番号は4です。
3829 の記録: - 500マイルを10回飛行。
・2nd Club. 300 マイルヤングバードレース(1935 年)995.49 ヤード、3260 羽、172 ロフト;
・第 2 クラブ、第 9 MCCA. 第2回500マイル・スペシャル・レース(1937年):I 164.34ヤード、236羽、54ロフト、MCCA.14位
・第3回500マイル・スペシャル・レース(1937年):1056.57ヤード、191羽、46ロフト

□NO. 7. MCCA 43 1190 B.C.H. R.マッコイを繁殖。500マイルを3回、600マイルを2回飛行した。
・1946年、600マイルで1セントクラブ、MCCA9位。811.14ヤード 338羽、50ロフト。

1190のSIREはMCCA 40 4361 B.C.C.Tで、J.L.Opelによって繁殖され、パフォーマンスバード102と109の兄弟としてMcCoyに提供されました。
4361は、MCCA 30 271 I B. C. C.から交配されました。C.C.(パフォーマンスバード64)とMCCA 32 1983 B.C.H.(パフォーマンスバード74)を交配しました。1190のDAMはMCCA 35 3829 B.C.H.で、これはNo.6のI 15のDAMです。

□NO. 8. MCCA 40 4707 B.C.は、R.マッコイが繁殖したものです。500マイルを6回、600マイルを6回、700マイルを1回飛行しました。
・2nd Club, 13th MCCA., 600 miles, 1942, 101 7.16 yards, 1191 birds, 121 loft; 1st Club, 5th MCCA., 600 miles, 1944, 822 yards, 406 birds, 67 lofts; 2nd Club, 14th MCCA., 500 mile Regular race, 1945, 583.83 yards. 2005羽、156ロフト、2日目に報告された鳩は50ロフトのみ。

4707のSIREはIF 28 B 9094 B.C.C.で、McCoyによって繁殖され、代表記録2号の138 B.C.H.の種牡鳩となっています。1st Ctub,

 『THE OPEL BIRDS』P58   A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:05 修正
th MCCA.( 400マイル、1937年、R.マッコイが繁殖して飛行した。5462は、IF 30 5448 Slate C. C; No.3の記述の鳥と、IF 30 B 5240 R. C. H.から交配されたもので、H. Kettenbachによって飼育され、500マイルを4回飛行しました。

□NO. 9. R.マッコイが交配したMCCA 36 9164 B.C.C.です。500マイルを10回飛行。600マイルを2回飛行。クラブ2位、MCCA4位、
・500マイルレギュラーレース(1938年、839.85ヤード、3416羽、224ロフト。224ロフト;第17回ディプロマMCCA.600マイル、1938年、1055.38ヤード、614羽、86ロフト

・第7回MCCA.500マイルスペシャルレース第3戦、1938年、1243.49ヤード、93羽。25ロフト; 10th place MCCA. I st
・500 mile Special race, 1940, 1307.67 yards, 139 birds, 38 lofts; 17th place MCCA. 500 mile Special race, 1940, 1246.35 yards, 102 birds, 27 lofts.

9164のSIREはIF 29 A 8465 B. C. C.で、A. Pielertによって繁殖され、Pielertの "Wonder Hen "9878のダムであるIF 29 A 8466 B. C.H.の同胞である。

9164のDAMは、A.パイエラートが繁殖し、マッコイに贈呈されたIF 32 BCR 6678 B.C.H.です。6678は、J.L.オペルが繁殖し、パイエラートに贈呈されたパフォーマンスバード64のMCCA 30 271 I B.C.C.と、パイエラートが繁殖し、いくつかのディプロマを獲得したIF 30 B 5347 B.C.H.から交配されました。

2711 は MCCA 24 3069 B. C. C. (パフォーマンス・バード 36)と MCCA 26 4464 B. C. H. (パフォーマンス・バード 49)から交配されました。

5347 は AU 20 B 1533 B. C. から交配されたもので、100 マイルレースで I st diploma MCCA. 5347 は Geo. Wirt が作出した 100 マイルレースの 1st diploma MCCA.と、Cpel が作出し Pieiert に贈呈された MCCA 27 3206 を交配したものです。

3206 は 3068 と MCCA 25 33 18 B.C.H., Performance bird 37 から交配されました。3068はパフォーマンスバード6のAU 16 B 2393 B.C.C.とトフトの8541 R.C.H.から交配されました。33 18はリファレンスNとOから交配されました。

■MR. GLENN G. BEALUS LOFT, Laurel, Md.■

□NO.I. MCCA 43 596 B.C.H・「オペルのプライド.M」をR.W.ベアールが交配。
・1943年、1010.663ヤード、2051羽、172ロフト、R.W.ベアールのためにヤングバードとして第1クラブ、
・第9MCCA、300マイル、第1クラブ、
・第25MCCA、200マイル。
・1944年、1730.646ヤード、2444羽、185ロフト、G.G.ビール、1st MCCA、300マイル。
・1944年、13 17.826ヤード、2452羽、185ロフト、G.G.ビールのために。500マイルを2回飛行。

MCCA 42 777 B.C.C. は、Opel によって繁殖され、Performance 102 と 109 の兄弟です。777は、MCCA 30 2711 B. C. C.から交配されました。

C.C.(パフォーマンス64)とMCCA 32 1983 B.C.H.(パフォーマンス74)から生まれました。

596 の DAM は MCCA 37 1851 Slate H・Opel の繁殖によるもので、パフォーマンス 63 の姉妹です。

1851はMCCA 26 4463 B. C. C.のパフォーマンス48とMCCA 26 4499 B. C. H.のパフォーマンス50から交配されました。

 『THE OPEL BIRDS』P59  A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:13 修正
□NO. 2. MCCA 44 2366 B.C.H.は、G.G.ビールが繁殖したもので、 ・96J記載のNo.1のフルシスラーである。

・1945年:500マイルと600マイルのレギュラーレースに出場。同日、500マイルのレギュラーレースに出走し、500マイルのスペシャルレースにも出走した。
・1947年: 500マイル・レギュラーと600マイル・レギュラーレースに出場。
・1948年: - 第1回MCCA 500マイル・スペシャル2日目、第2回500マイル・スペシャル2日目、700マイル、翼下の脇腹を大きく切開して帰還。
2366*"は第1日目記録が5回、第2日目記録が1回。

□NO. 3・ MCCA 43 540 B.C.C.a G.G.ビールの作。500マイルを7回、600マイルを1回飛行しました。2nd Club. 5位 MCCA、1st Special 500マイル、

・1945年、176羽、38ロフト、I 301.325ヤード。同日、8羽が帰宅。
・1945年、MCCA第2回500マイル特別レース、1217.772ヤード。同日7羽、
・第3回クラブ、第7回MCCA、第3回500マイルスペシャルレース、1945年、836.35ヤード、89羽、22ロフト、同日5羽。
"540 "は3回の500マイル・スペシャル・レースの平均速度を獲得しました。1455.493マイル 一39時間39分10秒、スピード1076.707ヤード

SIRE MCCA 40 4334 B.C.C. Opel鳩舎作。4334」はMCCA 27 1804 B. C. C.(パフォーマンス101)とMCCA 36 9825 B. H.(パフォーマンス98)から交配されました。

540のDAMはMCCA 41 91 10 B.C.H.で、Opelによって繁殖されました。9110は、MCCA 38 9425 B. C. C.、パフォーマンス105、MCCA 38 9408 B. C. H.、パフォーマンス102から交配されました。

□NO. 4. MCCA 43 512 B.C.H. は、540のフル・シスターです。500マイル、600マイル、700マイルと順調に飛行しました。

□NO. 5. MCCA 45 8572 B.C.C. ・40 のフルブラザーです。彼は5C0マイルを2回、同じ日に1回、600マイルを2回飛びました。まだチームにいる。

 『THE OPEL BIRDS』P60  A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:22 修正
■MR. RUSSELL W. BEALL'S LOFT, LaureL Md.■

□NO. I. MCCA 46 340 B. C. CM "Junior Short Legs" J.L.Opel が繁殖し、R.W.Beall に贈呈。・1946年、ヤングバードとして100、150、200マイル。クラブ1位、MCCA4位、
・1947年第1回500マイル・スペシャル・レース、1108.490ヤード、66羽、19ロフト、同日7羽、MCCA16位、
・1947年第2回500マイル・スペシャル・レース、1022.180ヤード、63羽、19ロフト、同日16羽。

340はYearlingの時に100、300、500マイルを3回、同じ日に2回飛んだ。1948年、100、300、500マイルで時計を出した。

SIRE ・MCCA 35 3788 B.C.C. "Short Legs" J.L.Opel 繁殖、パフォーマンス91。DAM ・MCCA 39 8498 B. C. H. J. L. Opel 育成、Performance 102 と 109 の姉妹。

□NO. 2. AU 41 BCR 3200 R.C.H. R.W.Beall が繁殖。
・ヤングバードとして100マイル、
・1942年には100、200、300、500マイル。300および500マイル(1942年)、100. 1943年、100、200、300、500スペシャル、500スペシャル、600、3位500マイルスペシャル。
・第1回500マイル・スペシャルで2位、第4クラブ、第10th MCCA、
・第2回500マイル・スペシャル、853.049ヤード、170羽、46ロフト、600マイルで第1位を記録。
3200はG.G.ビールが飛ばしました
1944年. 200、400、500、2nd 500 Special 1944. MCCAのI st Clubで400マイル、1191.347ヤード、2332羽、182ロフトを記録(1944年)。ストック用に引退。MCCA 29 1240 R.C.C. は、サベージの H.N.フィッシャーによって繁殖されました。

1240 は、J. L. Opel が交配した MCCA 24 3071 B. C. C. と、ワシントン D. C. の B. F. Miller が交配した AU 25 WRC 3229 R. Spl. H. から交配されました。
1007 は AU 13 14128 B. C., Lehmuth's Diggs, AU 17 G 1829 B. H.t Performance 8 と交配されました。
ダム - MCCA 38 8442 B. C. H. は、J. L. Opel によって繁殖されました。8442 は MCCA 36 9822 B. C. C.(パフォーマンス 97)と MCCA 36 9825 B. H.(パフォーマンス 98)から交配されました。
注:3200 の Dam である MCCA 38 8442 は、PFSC 41 357 Silver C.- PFSC 41 358 B. C. H. ・AU 41 BCR 5555 B. C. Whft. これらの鳥は、1942年、1943年、1944年の400マイル、500マイル、600マイル、700マイルの18レースのうち15レースで1位を記録しました。


 『THE OPEL BIRDS』P61    A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:30 修正
■H.J.リーパーのロフト(ミズーリ州アービュタス)■

□NO. 1. MCCA 41 7514 R.C.C. H.J.ローパーが繁殖し、飛行しました。
・第3回ディプロマクラブ、第17回ディプロマMCCA、500マイルレギュラーレース、
・1943年、826.09ヤード、1916羽、170ロフト、78ロフト、このレースでは報告なし;
・1 stディプロマクラブ、第4回ディプロマMCCA、600マイル、
・1943年、901.86ヤード。510羽。77ロフト、37ロフトはこのレースを報告していません。
・第2ディプロマ・クラブ、第17位MCCA、600マイル、
・1944年、654.67ヤード、406鳥、67ロフト、38ロフトはこのレースを報告していません。

SIRE - MCCA 40 4333 B. C. C., bred by J. L. Opel 注 - MCCA 40 4333-は 4334 の同胞である。G. G. Beall's "5401 "の種牡鳩です。 Beallについては3番目の記述を参照してください。
4333は、MCCA 37 I 804 B. C. C.,Performance 101とMCCA 36 9825 B. H.,Performance 98から交配されました。
7514 の DAM は、J. L. Opel が繁殖した MCCA 39 8450 R. C. H.で、パフォーマンス 107 の 8451 R. C. H.のネストメイト姉妹である。8450 は 5770 R. C. C.(パフォーマンス 85)と 9800 B. C. H.(パフォーマンス 95)から交配されました。

□NO. 2. MCCA 42 6131 B.C.H. は、H.J.ローパーによって繁殖され、飛行しました。
・1945年、第1回500マイル・スペシャルレース、1340.26ヤード、176羽、38羽、8羽のみが同日に帰着しました。
6131のSIREはMCCA 4卜 7588 R.C.C.で、これはローパーの7514 R.C.C.の兄弟であることがわかります。7592のような鳥は、ボルチモアでは "Roeper's Blues "として知られています。

□NO. 3. MCCA 44 9848 B. C. H. は、ローパーが作出したもので、No.2 の 6131 の全妹にあたります。
・9848 は MCCA の第 1 回 500 マイルスペシャルレース(1946 年、1390.42 ヤード、95 羽、25 ロフト)で優勝。6位
・MCCA 第2回500マイル・スペシャルレース 1946年 730.07ヤード 94羽、23ロフト。

□NO. 4. MCCA 46 6974 R.C.H.、ローパー作。MCCAで2位、500マイル・スペシャルレースで2位を獲得。
・1947年、1264.14ヤード。63羽、19ロフト。
6974 の種牡鳩は MCCA 41 7588 R. C. C. で、これは 7514 の兄弟(No.1)であり、No.2 と No.3 の種牡鳩でもあります。
6974 の DAM は 347 B. C. H. で、Mr.L. Ramseyer, Baltimore,. Md.

□NO. 5. PF SC 46 196 B.C.H. は、H.J.ローパーによって繁殖され、飛行しました。
・196は、1948年、1207.47ヤード、74羽、20ロフトで行われた500マイル特別レースで、MCCAの1stディプロマと2ndディプロマを獲得しました。
・196はMCCA第1回ディプロマ、1948年第3回500マイル・スペシャル・レース、1212.69ヤード、57羽で優勝。16ロフト 種牡鳩

 『THE OPEL BIRDS』P62      A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:36 修正
196はMCCA 44 1769 R.C.C.で、J.L.opel氏が繁殖し、若くしてローパー氏に献上されたもので、パフォーマンスI 19と120の兄弟である。

1769はMCCA 40 4323 B.C.、パフォーマンスI 10、MCCA 38 8451 R.C.H パフォーマンス107から交配されました。

196のDAMはMCCA 43 9335 B. H.で、ローパーが7588 R. C. C.と7592 B. H.から交配したものであり、記述NO.2と3の姉妹にあたります。

NO. 6. MCCA 47 3918 Silver C.は、H.J.ローパーによって繁殖され、記述番号5の196と兄弟関係にあります。39 I 8 は MCCA の 200 マイルヤングバードノミネートレースで初優勝。1947年、101.08ヤード、88羽、31ロフト。これらの6羽の記述のある鳥は、Mr. Roepsr,.のためによく飛んでおり、すべてパフォーマンスペア5770 R. C. C.と9800 B. C. H.のパフォーマンス85と95に関連しています。

■THE S. ワシントンD.C.にあるS.F.ソルダーノのロフト■

ソルダノ氏は何組かのオペルを所有しており、それらに非常に感銘を受けています。彼のオペルのNo.1ペア、MCCA 44 1730 R. C. C.とMCCA 45 5850 B. C. H.はいくつかの良い鳩を産みました。

1730はパフォーマンスペアである5770R.C.C.と9800B.C.H.から交配され、パフォーマンスは85と95でした。

5850はパフォーマンス91の "Short Legs "である3788 B. C. C.と8498 B. C. H.から交配されました。C.C.C.はパフォーマンス64、B.C.H.はパフォーマンス74の1983を交配しました。

No.1のオペルペアはソルダーノ氏のために4羽の鳩を作出しました:・12301 R. C. C. 12302 B. C. H. 12327 R. C. Slate C. 12328 Silver H・この4羽は1947年によく飛び、12301と12327は300マイルで1位と2位の記録、12328は400マイルで16位の記録、12328は500マイルでソルダノの唯一の当日記録、1175.20ヤード、638羽、70ロフト、48ロフトで優勝したが報告なし。

・1948年、12327はソルダノの500マイルでの唯一の当日記録であり、より短い距離で2回計測されました。ソルダノは、ミズーリ州コテージ・シティのJ・W・リード氏に、オペルのNo.1ペアのAU47 WDC1938 Silver Hを贈呈した。

・1938は1947年にリード氏のためにヤングバードとして同日に300マイル飛んだ。1948年には100マイル、500マイル、300マイル、50Gマイルを飛び、最初の500マイルではリード氏にとって唯一の同日飛行だった。

 『THE OPEL BIRDS』P63 ■Conclusion(おわりに)■  A.S.Johnstone    2021年8月22日(日) 6:40 修正
この『The Opel Birds』の記述は、筆者にとって喜びの源であった。彼は、毎年毎年、物語とともに生き、オペル氏の成功を追い、その継続性に驚嘆してきました。オペル氏のファンシーへの貢献は偉大なものであり、究極の成功という目標に向かって努力する若いファンシャーたちを刺激してきました。

このような考えのもと、オペル氏は、達成されたことの永久的な記録として、印刷用のストーリーを作成することを強く求められ、最終的に説得されたのです。この物語には、目的意識が込められている。

オペル氏は、リバティ・クラブとモニュメント・シティ・コンコース・アソシエーションの熱心なサポーターであり、他のクラブが主催するオープン・レースを除いて、彼の勝利はすべてこの2つの団体の下で得られたものである。

この本では、血統を完全に追跡することができます。また、血統を永続させるためにオペル氏が採用した繁殖方法も紹介しています。私たちは、すべての関係者に対して公平であることを求めていますが、読者の皆様にもそれを認めていただきたいと思います。

読者の便宜を図るため、バンドに年号がなく、イニシャルと数字だけで表示されている昔の鳥を説明する際、参考鳥類のリスト・ペディグリーの一部では、年号を括弧で囲んでいる。

これらのバンドは、国際連盟と全米協会によって発行されたもので、前者は1つのイニシャル、後者は2つのイニシャルである。年号が省略されているのは、両組織が採用した古い慣習によるもので、連盟は1921年まで続けていた。バンドは毎年1月8日に発行され、その年に飼育された鳥にバンドを確実に使用するために、イニシャルは発行日まで秘密にされていた。

私たちは、オペル氏がこのスポーツで活動しなくなる時のことを考えたくありませんが、それはずっと先のことだと思います。その時が来たら、彼の政策を引き継ぐために、彼の弟子の誰かが介入しなければならないだろう。

※以上、第4章終了

 今日より、福岡県は、4度目の「緊急事態宣言」です。「災害は忘れた頃にやってくる」by寺田寅彦の言葉が思い起こされます。  イレブン  2021年8月20日(金) 20:16
修正
感染力が強いデルタ株の急速な感染が福岡県でも猛威を振るいっています。人々の危機感の薄さという条件も相まって、過去最悪の状況に入っているようです。

「医療崩壊」の現実が報道されるにつれて、今、ようやくパンデミックの本当の大変さを日本中で経験する段階に入っているのではないかと感じています。

「災害は忘れた頃にやってくる」と喝破したのは、確か寺田寅彦だったと思います。「危機感が薄れた頃」に本当の危機は訪れてくるという寺田寅彦の直感は、このコロナ禍のパンデミックも通用しているような感じさえします。

TVで他人事のように「『緊急事態宣言』が出ても、そんなに人々の行動はかわらないんじゃないですかね」と語る若者や「子ども達は、今までもたくさん我慢してきているのにまだ我慢しなければいけないんですか」などと不満たらたらのママさんなどの声を聞くとそんな思いに駆られます。

今こそ、日本中が最大限の緊張感を持ってこの「緊急事態」を乗り越えたいものです。

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