現在日本には1万8000頭の繁殖牝馬がいるが、その中で三世代以上にわたる優性卵を受け継いでいる繁殖牝馬は、払の計算では1400頭少々にすぎない。というのも、世代交代の間に一つの劣性卵が挟み込まれてしまえば、それはまた1からの出直しだからである。そこから四世代後でなければ名馬は生まれてこない。
だが逆に、この法則を熟知すればまったくの凡牝系からでも名馬は生産できる。 フェデリコーテシオはネアルコの祖母キヤツトニップ(Catnip)を75ギニーで購入し、リボーの祖母バルバラブリーニ(Barbara Burrini)を350ギニーで購入している。テシオがキャツトニップを購入する1年前に競り落とされた(イペリオンの祖母ゴンドレッテ(Gondolette)が,1500ギニーだったことからも。これらの馬の評価の低さがわかるだろう。
こうした安馬をテシオは一世代で一流の繁殖牝馬に作り上げた。というよりも、機が熟するのを注意深く見守っていた。この法則を知らないものにとっては、テシオの手際はまったく魔法のように見えたことだろう。
近年ぱっとしない眠っていた牝系から急に名馬が出たり、突然栄え始めたりする理由がこれである。このように牝系が栄枯盛衰を繰り返すことをテシオは”波動現象″という曖昧な言葉で呼び習わしている。 きて、ここで繁殖牝馬は競争成績が優秀なそれよりも、あまり走っていないそれのほうが名馬を生む確率が高いことに注意を促しておきたい。
フェデリコーテシオはこの事悄を、 《牝馬は神経的エネルギー(Energa Nervosita)を競走によって消耗する。そのエネルギーが再び蓄積されるまで良馬は生むことができない》 というように説明している。
だから、優性卵を四世代受け継いで優秀な競走馬として活躍してしまった繁殖牝馬よりも、三世代を継いで競走馬としては花開かなかった繁殖牝馬のほうがむしろ名馬を出せるようだ。
同じ理由で、競走成績が一流の繁殖牝馬は高齢で名馬を生むケースが多い。もちろんそれまでに消耗していた″神経的エネルギー″が再蓄積されるからだ。 この蓄榊にはかなりの年月を要する。トーストは17勝をあげた名牝であったが、彼女がダービー馬ラッキールーラを生んだのは15歳であり、シニョリーナがシニョリネッタを生んだのは19歳のときである。
けれどもかなりの競走能力を示した牝馬がすみやかに引退した場合は別である。ツシアルトウショウはオークス2着で引退し、約1年の休養をはさんで繁殖生活に入ったが、仔出しは良好で4頭の重賞ウイナーを出した名牝である(後に詳述)。
再びミホノプルポンに戻る。カツミエコーが受胎したのは5歳の6月22日である。これは出産予定日が6歳の5月22日であるから、前年の同じ日付の1か月前と考えて受胎日を逆算したものだ。まさしくx±7nのフォーム上にある。
少なくとも母親が受胎したときの卵子の状態に関しては合格点が与えられる。さらに、ハイフレームがカツミエコーを受胎したのは14蔵の6月15日(出産予定日15歳5月15日)、カミヤマトが(イフレームを受胎したのは8歳の6月15日(出居予定日九歳5月15日)、コロナがカミヤマトを受胎したのは15歳の5月8日(出産予定日16歳の4月8日)である。
なお、受胎日と出産予定日では、月が変わるだけで日付けは同じだから、このフォームには単純に出産予定日を当てはめて考えればいい。 もしミホノブルボンの母系のボトムラインの出産予定日を当てはめれば、四つの世代交代が完全なサイクルに従い、一本の糸のように繋ぎ合されていることがわかるだろう。 つまり、ミホノブルボンは”質’的遺伝も完全なのである。 |