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 ■イレブンの「Epigenetics」研究ノート■006◇◇◇◇第2章エピジェネティクスの分子基盤=1ゲノムに刷り込まれる情報 =◇◇◇◇◇【出典:仲野徹『エピジェネティクス――新しい生命像をえがく』、2014年5月20日発行、岩波新書、P32より引用)】  イレブン  2021年2月5日(金) 5:05
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この『イレブンの「Epigenetics」研究ノート』は、分子遺伝学の専門領域に踏み込む研究です。どうしても、その基本的な「業界用語」だけは、正確に理解しなければ、一歩も前に進むことができません。

この研究について、難しくてよくわからないという声を聞きますが、そうした意味で当然かも知れません。

もし、現在の鳩界に並河靖、素野哲、両先生ほどの人物がご健在でしたら、きっとこのテーマを取り扱って、私達に分かりやすい解説をしていただけただろうといつも思いながら、コツコツと研究を進めています。

 この「Epigenetics」の理論を理解し、レース鳩の研究の中に取り込むことができれば、これまではっきりしなかった多くのテーマが格段と明らかになるはずです。

これから、研究を進めながら、折々に、この「Epigenetics」の理論を踏まえた上でのイレブンの「推論」を述べていきたいと思っています。最終的には、「Epigenetics的作出論」と呼べるような形でまとめれることができればと思いますが、10年がかりの研究となるでしょうね。

他の研究も進めながらの記述となりますので、月1〜2回程度の連載で進める予定です。できるだけ、わかりやすくなるように、原著には掲載されていないイラストや画像、関連資料サイトのリンクなどを追加しながら進めていく予定です。

興味がある方だけ目を通していただければと思っています。

春レースももうすぐ始まりますし、作出も取り掛かる忙しい時期になりましたが、イレブン自身も、この引用文を幾度も読み返しながら、大切な文章と思ったところを下記に抜粋していく考えです。思いついたことなども、メモしていきたいと考えています。

今回の連載内容は、第2章エピジェネティクスの分子基盤の「1 ゲノムに刷り込まれる情報」です。

この第2章の内容は、タイトルの「エピジェネティクスの分子基盤」が示しているように 「エピジェネティクス」を理解する上で基盤となる分子遺伝学上の基礎理論というべき内容です。ちょっとややこしい内容ですが、著者の仲野徹さんが述べられているように、ここをなんとか自分のものにできるようになれば、「エピジェネティクス」そのものがどういう遺伝現象を意味しているのかがスッキリと見えてきます。

一つ一つの節ごとに丁寧に進めて行く予定です。まずは、第1節「ゲノムに刷り込まれる情報」です。

◆◆◆◆◆◆◆◆本文からの抜粋◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

□生殖細胞…オスでの精子とメスでの卵子、および、それらの細胞を作り出す元になる細胞のこと

□体細胞…生殖細胞以外のすべての細胞をさす

○体細胞は、その個体が生きている間の1代きりしか機能せず、個体が死んでしまったらそれでおしまいの細胞である。それに対して、生殖細胞は、個体が死んだ後も、その遺伝情報を子々孫々へと伝えていける唯一の細胞系列なのである。

○細胞の核の中にはDNAが存在し、その情報は、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4種類の塩基の並び方によって決定されている。

○DNAの構造は二重らせんであり、AとT、GとCが、それぞれ対をなしており、われわれ人間の体細胞1個には、およそ60億もの塩基対が存在している。

○ゲノムとはもともと、染色体の1組(ヒトでいうと23本分の染色体、あるいはそのDNAの総体)をさす言葉であった。

○現在では、ゲノムが『全遺伝情報』と訳されることからわかるように、DNAの総体(ヒトでいうと体細砲に存在する46本の染色体にあるDNAの塩基配列のすべて)をさすことも多い。「個人のゲノム解析」というような楊合のゲノムは後者の意味であって、ある人かもっているDNAの総体、すなわち、DNAのもつ遺伝情報すべてをいう。

〇父親に由来するゲノム(父性ゲノム)を、あるいは母親に由来するゲノム(母性ゲノム)というような場合は、それぞれの配偶子ゲノム(精子または卵子に由来する染色体あるいはDNAの総体)という意味であり、半数体のゲノムをさす。いちいち区別して説明しないが、ゲノムには2通りの意味かあると知っておいてもらいたい。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 仲野 徹    2021年2月5日(金) 5:28 修正
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この章では、ます第1節でエピジェネティクス現象の古典的代表であるゲノム刷り込みについて説明する。そして、第2節からは、エピジェネティクスという現象が、どのような分子基盤によって成立しているのかを簡単に説明していく。

「分子や化学の話など絶対にいやだ」とおっしゃる方もいるかもしれない。そんな方でも、第2節はがまんして読んでいただきたい。

この節では、化学式は出さすに、遺伝子発現とエピジェネティクス制御について、ごくかいつまんで説明する。

その知識だけで、第3章以降も読み進めることができる。もちろん、第3節以降も読んで、エピジェネティクス制御の分子基盤の概略を理解していただければ、よりよくわかるようになるはすだ。

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 1ゲノムに刷り込まれる情報    2021年2月5日(金) 5:30 修正
■DNAとゲノム

 われわれの体は、およそ60兆個の細胞でできている。

200種類以上あるとされるそれらの細胞は、ごくおおざっぱに、たった2つの種類、生殖細胞と体細胞とに分けることかできる。

生殖細胞とは、オスでの精子とメスでの卵子、および、それらの細胞を作り出す元になる細胞のことである。

体細胞とは、それ以外のすべての細胞をさす。

 どうして、「たった1種頬の細胞」対「その他の細胞」という分け方をするのか。それは、その細胞がもっている遺伝情報が子孫へ伝達されるかどうかという、生物学的に重大な点において大きな違いかあるからだ。

体細胞は、その個体が生きている間の1代きりしか機能せず、個体が死んでしまったらそれでおしまいの細胞である。それに対して、生殖細胞は、個体が死んだ後も、その遺伝情報を子々孫々へと伝えていける唯一の細胞系列なのである。

 細胞の核の中にはDNAが存在し、その情報は、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4種類の塩基の並び方によって決定されている。

DNAの構造は二重らせんであり、AとT、GとCが、それぞれ対をなしており、われわれ人間の体細胞1個には、およそ60億もの塩基対が存在している。

 ヒトでは、DNA鎖が46本の染色体に分かれている。その内訳は、44本の常染色体と2本の性染色体である。

常染色体は、長い方から順に1番から22番まで番号がつけられていて、それぞれ一対、2本ずつが核の中に存在している。

性染色体として、男性はX染色体とY染色体を、女性は2本のX染色体をもっている。

すなわち、男性は、常染色体22×2とX染色体、Y染色体の計46本(46XY)、女性は、常染色体22本×2とX染色体×2の計46本(46XX)の染色体をもっている。

 生殖細胞は、受精して遺伝情報を子孫に伝えるために、減数分裂という特殊な細胞分裂をおこなう。

46本の染色体をもった精子と卵子か受精すると、染色体の数か92本になってしまう。そうならないように、精子と卵子か産生される際には、減数分裂により、最終的に、体細胞の染色体数の半分である23本の染色体、すなわち、1セットの常染色体と1本の性染色体(X染色体あるいはY染色体)をもつ「半数体」か形成されるのである。

 そして、受粉により、それぞれ23本の染色体をもった精子と卵子が融合し、ふたたび46本の染色体かそろった「倍数体」の受精卵になって発生か開始される。後で詳しく述べるように、受精というのは、単に染色体の数が倍になるだけでなく、エピジェネティックな状態も非常にドラマチックに変化することがわかっている。
 
 ゲノム(英語での発音は”ジィノム”に近い)という言葉を広辞苑でひいてみると「配偶子または生物体を構成する細胞に含まれる染色体の一組、またはその中のDNAの総体」と書かれている。新聞などで見ることも多い一言葉であるが、いきなりこう言われても「?」という感じがしないでもない。

 ゲノムとはもともと、染色体の1組(ヒトでいうと23本分の染色体、あるいはそのDNAの総体)をさす言葉であった。

しかし、現在では、ゲノムが『全遺伝情報』と訳されることからわかるように、DNAの総体(ヒトでいうと体細砲に存在する46本の染色体にあるDNAの塩基配列のすべて)をさすことも多い。

「個人のゲノム解析」というような楊合のゲノムは後者の意味であって、ある人かもっているDNAの総体、すなわち、DNAのもつ遺伝情報すべてをいう。

 一方、これから何回かでてくる、父親に由来するゲノム(父性ゲノム)を、あるいは母親に由来するゲノム(母性ゲノム)というような場合は、それぞれの配偶子ゲノム(精子または卵子に由来する染色体あるいはDNAの総体)という意味であり、半数体のゲノムをさす。いちいち区別して説明しないが、ゲノムには2通りの意味かあると知っておいてもらいたい。

 ■ ゲノムヘの刷り込み ■     2021年2月7日(日) 3:58 修正
 受精直後の初期胚である受精卵は、一細胞期と呼ばれることもあるように一個の細胞である。

しかし、その段階では、精子に由来する核と卵子に由来する核が残ったままであり、核が2つ存在している。

精子由来の核(雄性前核)と、卵子由来の核(雌性前核)は、父親に由来するか母親に由来するかが異なっているだけで、ゲノムすなわちDNAの塩基配列情報という観点からは、基本的に同じである。しかし、。両者の機能は異なっている。

このことは、1980年代の半ばに、マウス受精卵の雄性前核と雌性前核を入れ替える、当時としては離れ業に近い高難易度の実験によって明らかにされた。

 雄性前核を抜いた受精卵に、他の受精卵から採取した雌性前核を移植する、あるいは、その逆の組合わせの移植をする、という実験である。

このような胚では、ゲノムDNAの情報は通常の受精卵と同じであるにもかかわらず、雌性前核を2つもつ胚も、雄性前核を2つもつ胚も、正常に発生することはできなかった。

 この結果から、雄性前核と雌性前核は、ゲノムの塩基配列に違いはなくとも、それぞれか有する「情報」が異なっていると考えざるをえない。いいかえると、雄性前核と雌性前核ではエピジヱネティックな状態が異なっている、すなわち、ゲノムDNAになんらかの異なった情報が上書きされている、ということかわかったのである。
 
 では次に、受精前の段階にまでさかのぼって考えてみよう。生殖細胞ができる際、ゲノムに、塩基配列の情報以外のなんらかの情報、精子には父親特有の、卵子には母親特有の情報か付加されているはずだ。

この現象は、それぞれのゲノムに新たな情報か刷り込まれる、という意味で、ゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)と呼ばれる。ゲノム刷り込みという現象は、DNAの塩基配列の変化をともなわない上書き情報、すなわち、エピジジェネティクスというものの存在を決定的に示している。
  
 では、ゲノム刷り込みはどのような分子基盤によって生じるのであろうか。ヒトゲノムには、おおよそ2万個の遺伝子、次節で説明するように、DNAからRNAを経てタンパクへと翻訳されるという意味での遺伝子か存在している。

それらの遺伝子すべてに、性差をもった上書き情報か付加されるのかというと、そのようなことはない、決して多い数ではなくて、精子や卵子の形成過程において刷り込みがおこなわれ、エピジェネテイックな修飾状態か異なるようになる遺伝子(インプリンティング遺伝子)は、ヒト、マウスにおいて100個ほどが同定されているにすぎない。


 インプリンティング遺伝子の分子レベルでの指標として、エピジェネティノク修飾の一つであるDNAのメチル化かある。

DNAメチル化については第4節で詳しく述べるが、ここでは、ごく簡単に、ある遺伝子のDNAが高度にメチル化されると、その遺伝子の発現が不活仕化され、その遺伝子がコードするタンパクが作られなくなる、ということを頭にいれてほしい。

 インプリンティング遺伝子には、精子と卵子の発生・分化において、それぞれ異なったDNAメチル化パターンか付加される。そして、精子および卵子形成過程においてメチル化されるインプリンティング遺伝子をそれぞれ、父性インプリンティング遺伝子、母性インプリンティング遺伝子と呼ぶ。

 後述のように、受精の直後にDNAのメチル化は消去されるのであるか、インプリンティング遺伝子のDNAメチル化パターンは保存され、発生過程において細胞が分裂する際にも維持される。

だから、インプリンティング遺伝子のDNAメチル化状態、すなわち、エピジェネティックな修飾状態は、父型と母型というように異なったままで保存されていく。そのため、前核の移植操作により、雄性前核が二つ、あるいは、雌性前核が二つになると、ゲノムDNAか同じであっても、遺伝子発現のパターンに異常か生じ、最終的に、正常な発生か進まなくなってしまうのである。

 ■異種間雑種の不思議■     2021年2月7日(日) 4:07 修正
 もう一つ、精子と卵子がゲノムDNAの塩基配列以外の情報を有していることを示すわかりやすい例がある。ちがった種の動物を交配して作られた異種間雑種動物である。

ウマとロバを掛け合わせて生まれる動物であるラバという名前の家畜がいる。

ラバは、雄のロバと雌のウマの交配によって作られた動物である。一方、その逆に、ケッテイは、雄のウマと雌のロバの交配によって作られた動物である。ラバとゲッティ。それぞれ異なる名前で呼ばれるのには、それなりの理由がある。

ラバは、顔立ちや、たてがみの短いところかロバに似ている。
それに対して、ケッテイはたてがみも顔立ちもウマに似ている。

ラバはケッテイよりも体格が大きく、粗食に耐えて、性格もおとなしい。ラバが家畜として良いことずくめであるのに対して、ケッテイは性格かウマに似ていて扱いにくい。気の毒なことに「役立たず」なのである。家畜としてはラバの方が扱いやすいので、ケッテイよりもラバがよく作られ、世間的にもよく知られているのだ。
 
このような異種交配の例としては、ほかにも、百獣の王であるライオンと密林の王であるトラとの交配で生まれる、ライガーとタイゴンか知られている。

雄のライオンと雌のトラとの交配によって生まれた異種問雑種は、ライガーと呼ばれる。それに対して、碓のトラと雌のライオンとの交配によるものは、タイゴンと呼ばれる。

ライガーは、両親であるトラやライオンよりも大きく成長し、ネコ科動物のなかでも最大のサイズになり、その縞柄はトラによく似ている。一方のタイゴンは、両親よりも小さめで、トラに似た縞柄をもつこともあれば、ヒョウのような斑紋をもつこともある。

 ロバとウマの交配の場合も、ライオンとトラの交配の場合も、子のゲノムは同じ(ロバとウマが半々、ライオンとトラが半々)であるにもかかわらず、どちらが父でどちらか母であるかによって、生まれてくる子の姿形に大きな違いか生じている。

これは、同じゲノムDNAをもっていても、遺伝情報が異なることを示している。くわしくは、調べられていないが、おそらくゲノム刷り込みの影響によると考えられている。

(つづく)

 岩田系資料 銘鳩773号 71KP0773B♂  イレブン  2021年2月2日(火) 20:24
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 岩田系資料 シルバースター号78ME9904S♂  イレブン  2021年2月2日(火) 20:57 修正

 ・  イレブン  2021年2月2日(火) 21:00 修正

 岩田系資料 フェアレディ号  イレブン  2021年2月2日(火) 21:06 修正

 ・  イレブン  2021年2月2日(火) 21:07 修正

 岩田系資料 91SA05085BC♂  イレブン  2021年2月2日(火) 20:35
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源流秘蔵岩田号の祖父

 ・  イレブン  2021年2月2日(火) 20:37 修正

 岩田系資料 92SA03727BCW♀  イレブン  2021年2月2日(火) 20:41 修正
秘蔵岩田号の祖母

 ・  イレブン  2021年2月2日(火) 20:42 修正

 源流秘蔵岩田号  イレブン  2021年2月2日(火) 20:45 修正
■父(5085×3727)

■母 シルビア号の孫

 岩田系資料 シルビア号82AK5210BCP♀  イレブン  2021年2月2日(火) 20:52 修正

 岩田系資料 80PE2119RC♂  イレブン  2021年2月2日(火) 20:26
修正

 ・  イレブン  2021年2月2日(火) 20:32 修正

 ■■『Piet de Weerd 研究』040■■  [ピート・デヴィート回想録040「エース鳩中のエース」(『DIE BESTEN TAUBEN UND ZUCHTER DER WELT Piet de Weerrd』ドイツ語版翻訳》 (出典:『愛鳩の友』1999年3月号 )  イレブン  2021年1月30日(土) 4:40
修正
ピートさんの回想録では、アウデ・ステッケルバウトとアーレンドンクのヤンセンとの配合から生まれたこのヘラルド=ヴァンヘーさんの代表鳩”’パトリック”64−3100031の解説で一区切りとなります。

バリバリの異血配合論者と思えるヘラルド=ヴァンヘーさんの手法の中にも「濃密な近親配合」の考え方がしっかりと使われているところをピートさんは見逃していませんね。

銘血ステッケルバウトの真価を彼ほど上手く引き出した人物は少ないのかも知れません。

 ・    2021年1月30日(土) 4:41 修正
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 ありとあらゆるチャンピオンを数限りなく交配し、奇跡とも言えるエース鳩を生みつづけた男、ヘラルド=ヴァンヘー。ステッケルボート系の導入から始まった彼の”伝説”は、アトム、レミ、アイゼレンというエースの名前を歴史に刻んだ。その中でも最高レベルに達するエース鳩は”’パトリック”64−3100031であった。

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 ■巧みな、交配(前回からの続き)■  Piet de Weerrd  2021年1月30日(土) 4:46 修正
 ”ネロ”はバルゲルヘーケに住むガビー・フェルストラーテの”スティール“と、ヒユースケン・ヴァンリールの”ラーテ・ヴァンゲ“の娘との間に生まれました。ヴァンヘーは”ネロ“と自分の”バロニー”を掛け合わせました。

 ある日の午後、私はドールニク近郊のラーメフニーズ・シンに住んでいるアルベール・ゴーランのもとで、6羽の雌種鳩を買いました。そのとき私は全部の鳩の中から自由に選び出すことが許されました。その中には”マルセイユ”や”ジュモンディ"などの姉妹もいました。

 その後、ヴァンヘーは私か特別の鳩を見落としていたことを告げました。それは ”ウィットコップ“55-1651785でした。ヴァンヘーはすぐさまこの雌鳩を買い、それで彼の”プジョー”を作出したのです。

 アルベール・ゴーランは、彼の最盛期にはおそらく世界最強の長距離レースマンでした。彼の鳩はヴァンデヴェルデとステッケルボートが混在していました。

 ヴァンヘーのすぐれた資質の一つは、その徹底した姿勢です。彼は最良の鳩を買うのに、決してためらうことはありませんでした。私は”ウィットコップ“55‐651785の全姉妹を2羽 持っていました。それらは46年の年老いたステッケルボートとアンデルレヒ卜のスタッサールの雌鳩との間に生まれたものです。

ドンケルバード54−659641とカップルを作り、そこから”ジモンディ””マルセイユ””バルセロナ”が誕生しました。この3羽の全兄弟によってコーランは世界にその名声を馳せることになったのです。

  ”ジモンディ"59−659755の賞歴は、カオールN25位、バルセロナN22位(フリュールス)、バルセロナIN約4千手羽中4位、バロセロナIN4343羽中8位です。

  ”マルセイユ”59−656833の賞歴は、カオールN104四位、マルセイユIN3088羽中77位、バルセロナN31位、マルセイユN44位、ローヤン・フランコ・ベルジュIN27位、バロセロナIN4343羽中59位、サンバンサンN85位などです。

 私は”マルセイユ”と同腹の姉妹を買いました。それは私かかつて掴んだ中でもっとも軽い長距離レーサーでした。が、軽くても熊のように強力でした。私はこの鳩を、米国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外のラファイエットに住んでいる古い友人ヘンリー・ヴェルナッツァに送りました。

 ”バルセロナ”55−6597778は2歳年上でした。翔歴は、リモージュN273位、カオールN268位、カルカソンヌN68位、バルセロナーN686位、バルセロナIN3300羽中16位、マルセイユN3088羽中29位、バルセロナIN3599羽中12位、バルセロナIN4036羽中87位です。

 ハウデンク在住ポール・ジルモンが所有するすべての優秀な鳩の母親は、ゴーランの1867年の鳩でした!

 ちょうどその頃、ヒルベルト・ヴァンドゥウェヘはその頂点に達していました。特にヒュースケン・ファンリールとデルバールとの交配は、輝かしい成功をおさめました。

 デルバールの”バロン”の姉妹にまさる鳩はかつて存在しません。以下に、ヴァンドゥウェヘの”カンピオーン“59−4504597の賞歴を掲げます。マルセイユIN3088羽中36位、カオールN2009羽中28位、バルセロナIN3300羽中4位、バルセロナIN3599羽中82位、バルセロナIN4036羽中14位、マルセイユIN1578羽中7位。これ以上、言う必要はないでしょう。この鳩は最後にマースエイクに住むアルベルト・ーシモンズに買われました。

 ヘラルト・ヴァンヘーはありとあらゆる系統のチャンピオンと数限りなく交配して驚くべき成果を上げました。手始めはステッケルボートでした。彼はまず1955年にラウウェに住むフランス・クローツから鳩を買い、その後1957年にミシェル・デスカン=ファナステンから大量のヒナを手に入れました。そしてすでに見たように、1964年にラメフニーズ・シンに住むアルベール・ゴラーンから買いました。

 ヴァンヘーが筆頭に挙げるのは”アウデ・レミ“’57−3469622です。が、エミール・ドゥネイスはその父親54−3037744にも”アウデ・レミ“という名前を付け、さらにミシェル・デスカン=ファナステンはその祖父51−3026482も同じ名前で呼びました。

 ヴァンヘーの”アウデ・レミ” (ステッケルボート)は、リモージュN優勝鳩とペリキューN優勝鳩を生みました! これほど誇らしいことはないでしょう。母親はヒュースケンーファンリールの系統でした。

 リモージュの勝者は、”プラウウエ・アトム”59‐3002042で、その母親はいわゆる”ブリクセン雌“55‐3290991で、なかなかよい鳩でした。オーストローゼベーケに住むノルペルトーノルマンが所有していたペリキューの優勝鳩は、63−3100296でした。この雄鳩の直子も1979年リモージューNでノルマンに優勝の栄誉をもたらしました。

 テニスの”アウデ・レミ“54‐3037744はエミールとその兄弟(彼らの父親はヘステルのカミールでした)に、実に多くの優良な鳩をもたらしました。しかも彼らが1956年に手に入れたとき、鳩はすでに相当な老齢だったのです。

 ヴァンヘーは、”リモージュ”と”ベリキュー“のほかにも、エミール・ステッケルボートの55‐3266057を母に持つ”ズワルテ・レミ“57‐3469622で、”ズワルテ・アトム雌“63‐3100022を作出しました。これはヴァンヘーの鳩舎で最良の種鳩のひとつでした。この”レミ622”は、いわゆる”ヘスホーテン・アイゼレン”58−3300160の姉妹とも交配しました。

 ”ヘスホーテン・アイゼレン“は黒のまだらで、弾に当たっても生き延びた強いレーサーでした。その翔歴は、アングレームP717羽中29位、リボルヌN1080羽中22位、アングレームIP597羽中13の基礎雌鳩となった61−3416813がいます。

 ヘラルト・ヴァンヘーは何羽かの鳩に、それらがやがて歴史を作るだろうという予感を抱きました。その一羽が、ラウウェ在レミチェ・デュボワが所有する青まだらのステッケルボートの雌です。この雌鳩を”ベスホーテン・アイゼレン”と掛け合わせて純血のステッケルボートがつくられました。

トゥルンハウトに住むアルベルト・ヴァン・ミールトは、これをヤンセン鳩と交配してすばらしい成果を生み出しました。ウェルフィクのアンドレ・ブロウカールトも交配に成功した一人です。

 ■大当たり”パトリック“■  Piet de Weerrd  2021年1月30日(土) 4:48 修正
 しかし、なんといっても大当たりはエース鳩中のエース”パトリック”です。

外見からはとてもそうは見えませんでしたが。私は常々”パトリック”64−3100031は忘れ難い番号であると言ってきましたが、今でも変わりません。

”パトリック”は、ピーテルスカペレに住むブルケ所有の中距離レーサー”アウデ・シュウウェン“の孫から作出されました。

”アウデ・シュウウェン”はルーセラーレで行なわれた有名なオルレアンレースの優勝鳩でした。それは確か1948年で、カトリス兄弟の猛攻を振り切って優勝し、へローム・ヴェレーツケに買われました。

 パトリック“の母親62−3436798はよく知られており、アーレンドンクのヤンセン兄弟から手に入れた卵から生まれました。

詳しい系図はありません。父親は。アウデ・リヒテ“59−615450で、母親は1951年の”アウデ・バング”59‐6481972から生まれたゴマでした。”

アウデ・バング”はいわゆる”ヴィッテスケ”から生まれた小さい雄鳩でした。それはかつてヤンセン兄弟が持っていた最良のレース鳩であり、最良の種鳩でもありました。


 ”パトリック”は非常に速い中距離レーサーでしたが、これはその系続からも予想されることでした。しかし、勘の鋭いヴァンヘーは”パトリック”が3歳になったとき長距離に出場させ、アングレームN1302羽中51位、リモージュN3613羽中19位という成績を上げました。この鳩は68回入賞し、合計50万2666フランの賞金を獲得しました。ヴァンヘーの帳簿は完璧で、コンピューター顔負けでした。

 ”パトリック“はデスメット=マタイスの”。クラーレ“よりも多く稼ぎましたが、ウィールスベーケ在住ヴァンデンブルッケ・ドゥ・ウェールトの”ムーンス”NIは約10万フラン及びませんでした。

 ”ムーンス“は当時61万2千フラン稼ぎ、ベルギーの記録保持者でした。リングナンバ−は60−30601111。”ムーンス“はサン・セバスチャンNで2位に入った”アルグス“を生みました。”ムーンス”の父親は、ロンセ在住モーリス・デルバールの雌鳩から生まれ、ブルッヘ近郊のある小村の村長カステレインを経由しました。


 ときどきろくでなしによって同じ鳩に異なる系図が作られました。これは商売としては儲かったでしょうが、元来は卑劣な公文書偽造です。裁判に訴えられて厳しい判決を受けたケースもあります。


 しかし、ヴァンヘーに関してはそのような偽造は不可能でした。ヴァンヘーほど書類の扱いに慎重な人間はいなかったからです。それでも一度、プラークハウスの奇跡のカップルの系図でヴァンヘーの鳩について意見が分かれたことがありました。

 ヴァンヘーは1972年に”ドローマー”71‐3101142と”アイゼレン”71‐3101485でリモージュNイヤリング部門の優勝と2位を獲得しました。
 優勝した”ドローマー”はゴマでしたが、2位の”アイゼレン”はプラークハウスがその奇跡のカップルを使って量産したトリのように真黒だったのです。

 品質の点では違いはなく、ただ”ドローマー“にはヤンセンが50パーセント人っていたのに対し、”アイゼレン”の方はステッケルボートの黒い長距離系がびっしりつまっていました。

 何かの報告で誤りがあったとしたら、それは単なるミスです。というのは、ヴァンヘーもプラークハウスも誠実な人柄で知られていたからです。

 ところで、当時ベルギー中で最も偉大な中距離レーサーだったヴァン・ミールトの”ウィットコップ“だけでなく、ウェルフィクに住むヘラルトとミシェル・ヴァンヘーの1983年ルルドーN優勝鳩の中にも、あらゆる距離で名声を馳せた系統が潜んでいました。アーレンドンクのヤンセン、すなわち「黄金伝説」が。

 ■学問的研究資料■◇◇◇◇ 福岡伸一「第7章 ミトコンドリア・ミステリー=母系だけで継承されるエネルギー産出の源」◇◇◇◇ 【出典:福岡伸一『動的平衡』、2009年2月25日、木楽舎、P203より引用)】  イレブン  2021年1月23日(土) 4:26
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昨夜、掲示板を見て頂いている方と携帯で鳩談義をしていましたら、話の中で「ミトコンドリア」の話題となりました。

以前も、確か薩摩どん太さんとお話ししていたときも、この話題となったことがあり、鳩の世界では、結構関心がもたれているテーマの一つのようです。

イレブンがこの「ミトコンドリア」のことを知ったのは、鳩を再開して間もない頃だったように記憶しています。一度、この掲示板でそのことを触れた記憶があります。確か、過去ログの中に残っているはずです。

鳩界には、これまで、さまざまな方が研究され、いろいろな「ミトコンドリア」にまつわる「理論」が議論されているようです。

そこで、今回、この正月に目を通していた福岡伸一さんの『動的平衡』の中の「第7章 ミトコンドリア・ミステリー=母系だけで継承されるエネルギー産出の源=」を引用抜粋しておくことにしました。

そもそも「ミトコンドリア」とは学問的にどういう存在なのか、をキチンと整理しておきたいと思っています。

著者の福岡伸一さんは、イレブンが最近注目している分子生物学の先生です。氏の代表著作『動的平衡』のあとがきに記されていた言葉をここに書き留めて置きます。

●「書くことが考えを生み、考えが言葉を探そうとする」(同書P253より)

 ◎ PROFILE  福岡伸一(ふくおかしんいち) ◎    2021年1月23日(土) 4:28 修正
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員研究者。

サントリー学芸賞を受賞し、85万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)など、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。

ほかに『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『変わらないために変わり続ける』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)『生命科学の静かなる革命』(インターナショナル新書)、『新版 動的平衡』(小学館新書)など。対談集に『動的平衡ダイアローグ』(木楽舎)、翻訳に『ドリトル先生航海記』(新潮社)などがある。

また、大のフェルメール好きとしても知られ、全世界に散らばるフェルメールの全作品を巡った旅の紀行『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、朽木ゆり子さんとの共著『深読みフェルメール』(朝日新書)を上梓。
最新のデジタル印刷技術によってリ・クリエイト(再創造)したフェルメール全作品を展示する「フェルメール・センター銀座」の監修および、館長も務めた。

2015年11月からは、読書のあり方を問い直す「福岡伸一の知恵の学校」をスタートさせ、校長を務めている。

福岡伸一オフィシャルサイト
■動的平衡■
https://www.fukuokashinichi.com/

 ◇◇◇◇ 福岡伸一「第7章 ミトコンドリア・ミステリー=母系だけで継承されるエネルギー産出の源」◇◇◇◇  福岡伸一  2021年1月23日(土) 4:34 修正
■私たちの体内にいる別の生物■

 どんな細胞でもよい。顕微鏡で覗くと、まず丸い細胞核が目に留まる。この中にDNAが祈りたたまれて格納されている。しかし、それは通常の光学顕微鏡では見ることかできない。細胞核の内部はぼんやりとした粒状の溶液で満たされているようにしか見えない。

 次いで目につくのは、多数、細胞内に散在している楕円形の粒子である。よく見ると楕円の内部には、剪定された英国式迷路庭園のような秩序ある複雑な文様が見える。
 秩序には美があり、知性がある。この粒子を最初に見つけた19世紀の科学者アルトマンは「生命の本体はこの粒子にあり、細胞は彼らか自らを守るために作り出した要塞である」と考えた。この楕円形の粒子に、アルトマンはギリシャ語で「綾なす微粒子」と名付けた。ミトコンドリアである。

 『パラサイトーイヴ』(角川書店)というホラー小説がある。瀬名秀明さんのデビュー作で、第二回日本ホラー小説大賞(一九九五年)を受賞して話題になった。映画やドラマにもなり、ゲームーソフトまで発売されているから、小説を読んでいなくてもタイトルを知っている人は多いだろう。

 物語は人間の細胞内に存在するミトコンドリアが反乱を起こすという設定で、これは言
うまでもなく『ミトコンドリアの共生起源説』、つまり細胞内のミトコンドリアは、その細胞によって形成される生物とは別の生物だったという説をベースにしている。

 私たちの身体を形成している細胞に、別の生物か棲みついていた。それは、一個の独立した生命だと感じている私たち自身か、実は複数の生命の集合体であるということを意味しているのだろうか。


 ■フォースの源泉■    2021年1月23日(土) 4:35 修正
 ミトコンドリアーこの言葉を口ずさむと、私たちは不思議な感覚にとらわれる。それはミトコンドリアに生命のかそけき謎が内包されているからかもしれない。

 映画『スター・ウォーズ』では、選ばれた戦士りジェダイには超越した力が与えられる。フォースである。字幕では「理力」と訳されていた。ジェダイの導師が、若き主人公スカイウォーカーに与える祈りの言葉はこうだ。

 「理力がともにありますように(May the force be with you)」

 『スター・ウォーズ』の後のシリーズでは、このフォースの源泉としてジェダイの身体に宿るミディクロリアンというものが登場する。これは明らかにミトコンドリアをもじったものだ。

 確かに細胞におけるミトコンドリアの役割はエネルギーの生産である。つまりフォースを産み出す。とはいえ、ミディクロリアンがミトコンドリアとは、リリシズムとロマンティズムに満ちた「スター・ウォーズ」にあって、いささか直接的すぎる、かなりチーフな当てはめにすぎはしないか。

 それはさておき、ミトコンドリアは確かに生命の本質にかかわる、つまり酸化によってエネルギーを産生する粒子である。ジェダイでなくとも、誰の身体にもあまねく存在する。その数は細胞の種類によって異なるか、多い場合は一つの細胞内に数子個にもなる。

 人体は約60兆個の細胞からなっているから、私たちの身体には京という単位の、おそろしく膨大な数のミトコンドリアが棲息していることになる。

 ミトコンドリアは、細胞内のエネルギー生産工場であるがゆえに、常に活性酸素にさらされる。活性酸素は。肉刃の剣として、時にミトコンドリアDNAを傷つけることになる。これか私たちの老化現象と密接に関係していることか最近明らかになってきた。

 ミトコンドリアを見つめると、私たち生命のミステリーが解き明かされる。進化も、性の発生も、人類史も、そして老化もまたミトコンドリアのなせる業なのである。

 しかし、それは私たちの細胞の中に最初から備わっていたものではない。また私たちの細胞が作り出したものでもない。私たちの細胞に寄生(ハーフサイト)した別の生命体だったのである。

 なぜ、ミトコンドリアが別の生命体だったと言えるのか。それはミトコンドリアの‐1体内」にDNAが確認されたからである。これをミトコンドリアDNAと呼ぶ。繰り返し述べてきたように、生物はDNAによって自己複製する。DNAを持つ、あるいは持っていたということは、それか独立した生物だったことを意味するのである。

 ■15回ボツになった論文■    2021年1月23日(土) 4:45 修正
 ミトコンドリアは太古、自律的な細菌だった。海の中を自由自在に泳ぎまわっていた。それかある時、大型の細胞に捕らえられ、飲み込まれた。しかし、たまたま大型細薗の内部で破壊されずに生き延びたものがいた。生き延びただけではない。大型細菌とのあいだに奇跡的な関係を築いたのである。

 ミトコンドリアのもとになった小型の細菌は、その酸化能力を使ってエネルギー(ATP)を作り出し、大型細菌に供給する。宿主側の大型細菌は、小型細菌をその体内に守り、必要な栄養素をすべて分け与える。

 だから「ミトコンドリアがパラサイト=寄生体である」という言い方は正確ではない。寄生は片務的、つまり寄生する倒か一方的に宿主から利益を得る。人間と回虫などの寄生虫にみられるように。宿主には被害こそあれ、利益はない。しかし、ミトコンドリアとその宿主細胞は相互恵与によって共生しているのである。

 この「ミトコンドリアの細胞共生説」を唱えたのは、ボストン大学の女性科学者リンーマーギュリスだった。彼女は天文学者カールーセーガンの妻で、セーガンとのあいだに二児をもうけたのだが、後に離婚してしまう。

 それはさておき、マーギュリスは1967年に『有糸分裂する真核細胞の起源』と題する細胞内共生説の中心となる論文を発表した。掲載したのは『理論生物学ジャーナル』という科学雑誌である。理論生物学だから、『ネイチャー』や『サイエンス』に比べるとより専門的でマイナーだった。

 本当はマーギュリスも「ネイチャー」あたりで発表したかったに違いない。イギリスの科学者ニックーレーンが著した『ミトコンドリアか進化を決めた』(斉藤隆央訳、みすず書房)によると、マーギュリスの論文は掲載されるまでに一五の学術誌に拒絶されている。
彼女にとって『理論生物学ジャーナル』は一六番目の科学雑誌だったのだ。

 学術誌はそれぞれ、論文掲載の可否を審査する委員会を持っている。委員は学識豊かな科学者や科学ジャーナリストたちである。

 彼女の論文をボツにした15の学術誌のうちのいくつかにおいて、夫カール・セーガンに対する批判的な意見、そして妻であるリン・マーキュリスが夫の影響を受けているのではないかという指摘がなされただろうことは想像に雛くない。

 カール・セーガンはシカゴ大で学び、天文学と天体物理学で博士号を得た科学者だが、後にSF小説を書いたり、NASAにおける惑星探査の指導者にもなった。そして、この惑星探査計画では、地球外の知的生命、つまり宇宙人にメッセージを伝えようとする。

 こうしたセーガンの姿勢は、たぶん学会の主流をなす科学者たちの目にはあまり快いものではなかったろう。それは、セーガンが二度(1984年、1992年)にわたって全米科学アカデミーの会員に推薦されたにもかかわらず、いずれも「業績か足りない」という理由で入会を許されなかったことからも推測できる。

 後に画期的で正しいとされる学説か、なかなか発表の場を得られなかったり、発表直後に評価されず、異端扱いされることはよくある。だから、マーギュリスの論文が15回ボツになっても、その原因を「変わり者」の夫に求めることはできない。15回もボツになった最大の原因は、やはり、マーギュリスの説が当時の生物学の常識を大きく超えていたからだと考えるべきだろう。

 ■葉緑体も別の生物だった■    2021年1月23日(土) 4:47 修正
 さて、マーギュリスは『理論生物学ジャーナル』に掲載された論文でどんなことを言ったのか。おおよそ次の四点である。

 @細胞内に存在するミトコンドリア、葉緑体、中心体、鞭毛は、細胞本体以外の生物に由来する。
 A酸素呼吸能力のある細菌が細胞内共生をして、ミトコンドリアの起源となった。
 Bスピロヘータか細胞表面に共生したものが鞭毛の起源となり、ここから中心体が生じた。
 C藍藻(藍色細菌とも呼ばれる真正細附)が細胞内共生して葉緑体の起源になった。

 このうち鞭毛については誤解だった(鞭毛にはDNAか見つかっていない)が、ミトコンドリアや植物の細胞内にある葉緑体については、現在、マーギュリスの説が定説として受け入れられている。

 つまり、真核生物(細胞内に細胞核を有する生物1助物、植物、菌類、原生生物など)はミトコンドリアを体内に取り込み、共生関係を築き上げることで、より高度な生物へと進化し始めたのである。

 植物は、その細胞内にミトコンドリアとともに葉緑体を存在させている。これによって光合成を行い、生存、生長に必要な炭水化物を合成しているのだが、その葉緑体もミトコンドリア同様、もともとは別の生命体だったものか、より大型の細胞に取り込まれて共生するに至ったとされている。

 葉緑体の正体に関する研究はミトコンドリアのそれよりも少し先行していた。ざっとたどってみると、まず一八八三年に、細胞内の葉緑体が分裂によって増殖することか指摘され、共生体である可能性が示唆された。

 すでにDNAの存在自体は明らかになっていたか、その働きか解明されるのは二十世紀半ばを待たねばならない。葉緑体は[分裂し増殖する]という現象から、それが一個の生物であり、植物の細胞と共生しているのではないかと考えられていたのである。

 ■「取り込まれた」ことの痕跡■    2021年1月23日(土) 4:54 修正
 当時、細胞内の小器官について、多くの学者か研究を始めていたのだが、アルトマンもその一人だった。前に触れたミトコンドリアの命名者である。アルトマンは当然、葉緑体に関する論文を読んだだろう。そして、1890年、ミトコンドリアについても共生体説を唱えることになる。

 そして、時代はのちに「遺伝子の世紀」と呼ばれる20世紀に突入する。1944年、オズワルド・エイプリーらは、DNAが形質転換の原因物質であること、すなわち遺伝子本体であることを強く示唆する論文を発表した。続いて1952年、それをハーシーとチェイスが実験によって証明した。そして、その翌年にはワトソンとクリックかDNAの二重らせん構造を明らかにするのである。

 ミトコンドリアについては、1953年に細胞質遺伝(細胞の核のDNAに依存しない遺伝のこと。核以外のDNAの存在を示唆するものだった)が発見され、1958年には細胞から取り出したミトコンドリアか独自のタンパク質合成を行えることが示された。そして、1963年にはナス夫妻によってミトコンドリアDNAが確認される。

 独自の遺伝子を持ち、それによって独自のタンパク質合成を行えるなら、それはほぼ独
自の生物であると言ってよい。

 リン・マーギュリスはこうしたいくつも‘の遺伝子研究の上に立ち、ミトコンドリアかもともとは独立した生命体で、それが別の大きな細胞に取り込まれたのだと主張した。そして「取り込まれた」ことの痕跡(二重の細胞膜)を示したのだった。

 ミトコンドリアは、より大きな細胞に取り込まれる際、まず、その細胞の体表の窪みに付着した。そこは、おそらくミトコンドリアにとって居心地のいい場所だった。
 生物にとって、外的から身を守るのは最大の関心事である。ミトコンドリアはより大きな細胞の体表の窪みを「安住の地」と判断し、そこに居つづけた。あるいは、そこを「安住の地」とできる一匹のミトコンドリアがいた。

 より大きな細胞は、時間の経過とともにミトコンドリアのいる窪みの開口部を狭めていった。その体表(細胞膜)は巾着(きんちゃく)状となり、やがて開口部が付着した。こうしてミトコンドリアは細胞内に取り込まれたのだが、もともとそこは居心地のよい場所だったから、そのまま生存することができた。

 すると、ミトコンドリアとより大きな細胞との境界には二重の細胞膜が存在することになる。ミトコンドリアの細胞膜と、より大きな細胞の細胞膜である。
 
マーギユリスはミトコンドリアを包んでいる二重の細胞膜の存在を共生説の決定的証拠だと言ったのだった。15回のポツが示すとおり、彼女は、最初、異端者扱いされた。しかし、その後「ミトコンドリアの共生起源説」を補強する研究成果が次々と発表され、やがて彼女は生物学のヒーロー(あえてヒロインと呼ばない)となった。

 ■ミトコンドリアDNAで母系をたどれる■    2021年1月23日(土) 5:00 修正
 卵子と精子か出会って合体するとき、精子からはそのDNAだけか卵子の中に入る。精子のミトコンドリアは卵子に入り込まない。だから新たにできた受精卵の内部のミトコンドリアはすべて卵子由来、つまり母親のものである。
 
母系由来のミトコンドリアは受精卵の中で分裂し増殖する。そして、それが受精卵の成長とともに各細胞へと分配されていく。したがって、ミトコンドリアはすべて母系由来である、ということになる。

 そのミトコンドリアの内部には、細胞核内のゲノムDNAとは別に、固有のDNAが存在している(それは紛れもなく、かつて細菌だったものの遺物である。遺物という言い方も正確ではない。ミトコンドリアDNAは今もなお激しく活動している)。

 つまり、ミトコンドリアDNAは必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。すると、ミトコンドリアDNAを分析すれば、その人間の母系の出自をたどることか可能になる。

 その研究はカリフォルニア大学バークレー校のレべッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループによって行われた。彼らは、できるだけ多くの民族を含む147人の被験者のミトコンドリアDNAの塩基配列を解析した。

 被験者たちのミトコンドリアDNAの塩基配列はそれぞれ異なっている。しかし、まったくランダムに異なっているわけではない。共通の部分があったり、あるグループに特定の異なり方が見られたりするのである。

 なぜ、そうなっているかと言えば。何代にもわたって継承される間に、ミトコンドリアDNAにも突然変異が起きるからである。突然変異は、いつ起こるかわからず、ある日突然に起こるから、そう呼ばれるのだが、非常に長い時間を設定して考えれば、その発生頻度を推測することかできる。つまり、ある変異が起こるのはX年に一度くらいだと。

 研究グループは、その尺度をもとに被験者たちの持つ変異を解析し、系統樹を作成した。すると、人類の系図は二つの大きな枝に分かれていた。一つのグループはアフリカ人
のみからなる枝や、もう一つはアフリカ人の一部とその他すべての人種からなる枝。

 これは、その二つのグループに分かれる前、つまり全人類の共通の祖先がアフリカにいたことを示唆している。

 こうして想定された人類の祖先たる一人の古代女性に「ミトコンドリアーイブ」という名称か冠せられた。これは、すべての人類が、アフリカにいた一人の女性のミトコンドリアDNAを継承しているという意味である。

 ただし、現在生きているヒトのすべてが同一のミトコンドリアDNAを持っているわけではない。研究の重要な前提となった突然変異か起きているからである。裏返して言えば、突然変異が起きていない(起きた確率か非常にひくい)同一母系の近親者間では、そのミトコンドリアDNAは同じである。

(つづく)

 ■ミトコンドリアDNAによる犯罪捜査■    2021年1月23日(土) 5:12 修正
 最近、DNAの分析か犯罪捜査に使われているが、そこではミトコンドリアDNAが重要な役割を果たしている。いまだ犯人が捕まらない「世田谷一家殺人事件」を報じる週刊文春(2009年新年特大号)にこんな記述かあった。

 「(捜査)本部はその(犯人のDNAの)鑑定を専門家へ極秘に依頼した」
 「全世界の研究者たちとリンクする、DNAデータベースとの照合が今も進んでいる。鑑定結果は、定期的に本部に届けられている」
 「そして、これまでの鑑定結果によって犯人の”姿”を初めて捉えることとなったのである。《犯人は、アドリア海沿岸民族の母系を持つ男》」
 「犯罪捜査におけるDNA鑑定は、細胞の中にあるミトコンドリアDNAが使われる。ミトコンドリアDNAは、母系で遺伝し、”イブに到るまで祖先を特定できる”というジョークもあるほどその”精度”は高い」

 注意しなくてはならないのは、この鑑定が「犯人は外国人、あるいは外国人を母親に持 つハ−フだ」と示唆しているわけではないということ。確かなのは『アドリア海沿岸民族の母系を持つ』ということだけである。

 犯人の母系だけをずっとたどっていくと「アドリア海沿岸民族」の女性が出現するという意味であって、それが何代前なのかはわからない。母親であるかもしれないし、100代前の祖先であるかもしれないのだ。

  仮にその女性が15代前にいたとしよう。犯人の1代前の祖先、つまり親は2人であ
る。2二代前は祖父母で4人、3代前の曾祖父ほは8人である。

 では15五代前は2の15乗で3万2768人になる。3万以上の祖先のうち、母系の一人が「アドリア海沿岸民族」であっても、そういう鑑定結果になる。

 1代か2代前なら、犯人に「アドリア海沿岸民族」の外見的特徴が残っているかもしれない。もちろん、その可能性もある。しかし、15代前だと「アドリア海沿岸民族」の血は3万2768分の1に薄められている。外見的特徴が残っているとは考えにくい。

 ■アフリカにいた全人類共通の太母■    2021年1月23日(土) 5:21 修正
 カリフォルニア大学の研究グループは、アフリカにいたミトコンドリア・イプにたとり着いたか、彼女か存在した時期を約2万年前プラスマイナス4万年と推定した。

 被験者たちにみられる突然変異の痕跡を手掛かりにして、ミトコンドリア・イブから現代までに何度くらいの突然変異か起きたかを類推し、それに時間的発生頻度を掛けたのである。

 単純化して考え方だけを述べれば、ミトコンドリアDNAの突然変異はX年に一度の割合で起きると推測され、それがY回起きていると推測されるので、ミトコンドリア・イブはXにYを乗じた値くらい前に存在したと考えられるということである。その慎が16万年で、推測される誤差か4四万年だというのである。

 ヒトの起源については、これまでさまざまな説があった。そして、現在もさまざまな説がある。これはどんな特徴をもってヒトと定義するかにもよるので、きわめて大きな幅があるし、どれか間違いで、どれか正しいと判定することはできない。

 現在、「最古の人類」と言われているのは、アフリカ中央部に位置するチャドで発見されたサヘラントロプスーチャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)である。600万年から700万年前の地層から[人骨]が発見された霊長類で、「人類700万年の歴史」と言うときの「700万年」はこれに由来する。

 これに対して、新しいほうの人類はエチオピアで発見されたホモ・サピエンス・イダルトゥで、約16万年前に生きていたと推定されている。これは、解剖学的にほぼ現代人と変わらない姿に進化しており、「最も古い現代人」と言われている。

 ミトコンドリア・イブの「16万年前プラスマイナス4万年」はホモーサピエンス・イダルトウと一致する。ミトコンドリアDNAの研究結果は、それまでにも言われていた「人類のアフリカ起源説」を裏付けることになった。

 ヒトの進化にづいては、世界各地(ジャワ原人・北京原人・ネアンデルタール人など)で現代人に進化したとする多地域進化説かある。しかし、それらもさらに大本をたどればアフリカに起源があったという点では一致している。「アフリカ起源説」と「他地域進化説」は矛盾しない。ポイントは「現生人類の祖先はいつアフリカから出発したか」である。

 私たちの細胞の中で生き続けているミトコンドリアは、全人類共通の太母が16万年くらい前にアフリカにいたのだと教えている。

 ■■『Piet de Weerd 研究』039■■  [ピート・デヴィート回想録039「ナポレオンと呼ばれた男」(『DIE BESTEN TAUBEN UND ZUCHTER DER WELT Piet de Weerrd』ドイツ語版翻訳》 (出典:『愛鳩の友』1999年2月号 )  イレブン  2021年1月22日(金) 4:58
修正
2021年の『Piet de Weerd 研究』を再開しますね。

遺伝学のちょっと頭が痛くなるような話題を続けていましたので、しばらく、ピートさんの回想の語りをしっかり味わいたいと思っています。

ピートさんの回想録の現在のテーマは、アイロス・ステッケルバウト系です。この銘系は欧州で数々のナショナルレースで圧倒的な成績を築き上げた銘系です。私たちに日本人にも馴染みの深い強豪達の名前が次々と出て話題が続いています。

そして、この回より、ヘラルト・ヴァンヘーの話題に入っていきます。日本では、ジェラルト・ファンネの名で通っていますね。

数々の銘鳩達が日本に導入されており、多くの活躍鳩を誕生させています。有名なところでは、特に「秋葉ファンネ系」でしょうね。

ピートさんは、このファンネさんを、異血交配の名手として紹介しています。その意味では、近親交配で系統的に固定されている「系統」ではないようです。

アイロス・ステッケルバウト系の話題は、このヘラルト・ヴァンヘーの記述のところで一段落しているようなので、次の回想録40までを掲載して、関連資料に移りたいと思います。これも膨大な資料を整理していくことになりそうです。

 ・    2021年1月22日(金) 4:59 修正
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  「ピジョンスポーツ界のナポレオン」ことヘラルト・ヴァンヘーは生粋の交配主義者であった。1949年のシャトローN優勝以後、彼は10年の間に3度ナショナル・チャンピオンの栄冠を戴いている。
 ”クレイネ・ブラウェ”、”アトーム”、”ムッシュー”、彼に栄光をもたらした銘鳩群の誕生秘話にピートは迫る。

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 ■非凡なローセレとその仲間たち■(前回からの続き)   Piet de Weerd  2021年1月22日(金) 5:00 修正
■非凡なローセレとその仲間たち■(前回からの続き)  
”ヴィットオーク“はステッケルボートの”ヨンゲ・ビヒター”の兄弟。クレヨネ“から生まれました。
 ″ヴィットオーグ”は、オーステンデ在住シャルル・ファンデルエスプトの鳩舎で生まれました。その父親はバルセロナ“46-3099935、ヴァンデヴェルデ=シオンでした。

 私はこの”バルセロナ”の母親をヴァンデンブルッケのために買いました。この雌鳩は最初はいびつな卵を産み、それから殼の柔らかい卵を産み、やがて全く産まなくなりました。”バルセロナ”は1950年にバルセロナINで6位に入賞しました。
  ”ヴィットオーグ“の母親はヘラールズベルヘンのヘクトール・デスメットが、リュクサンブール在住フランツ・ヘントゲスの非常に古い雄鳩と、ドクター・ブリクーの雌鳩を掛け合わせて作出したものです。このブリクーの雌鳩が生んだ娘は、デールレイクのアングレーム・プロヴィンシャルで高温と逆風に耐えて優勝しました。放鳩当日に帰舎した唯一の鳩でした。

 シャルル・ファンデルエスプトはこの雌の半兄弟を2羽もっていました。色は赤とベールトーンでした。この兄弟はサンーバンサンN3位、バルセロナIN16位、カルカソンヌN47位、ポーN23位、サン・セバスチャンN7位などの成績を上げました。

  ■ヴァンヘー、何でもやってのける男■    2021年1月22日(金) 5:01 修正
 ヘラルト・ヴァンヘーは、近親交配主義者ではなく、生粋の交配主義者でした。だからと言って、すべての中心である淘汰が容易にはならないことを、読者は理解なさるでしょう。しかしでヴァンヘーは何でも徹底してやる男でした。

 西ヨーロッパで、このピジョンスポーツ界の”ナポレオン“ほど多くのナショナルチャンピオンやトップレーサーを買った人間はいないでしょう。彼は”ナポレオン”という呼び名が似合う人物でした。実際、ヘラルト・ヴァンヘーほどたくさんのナショナルチャンピオンを育て、レースに送り込んだ者はいません。

 彼が最初にナショナルで優勝したのは、1949年8月30日、シャトローでした。鳩の名は”フーデ・ヤールリング”。レオ・ベカールトの”ストリープケ“と、コミン系の雌鳩のクロスでした。両方とも扱いやすく、温厚な性格の鳩でした。その年の9月、私はヴァンヘーを訪ねました。彼は誰にでもそうするように、自家製黒パンと生ハムをごちそうしてくれました。

 2度目のナショナル優勝は19584年6月14日行なわれたヴァンヌレースで、1516羽出場しました。ウェルフィクまでシャトローから450キロメートル、ヴァンヌからは570キロメートルでした。それはレッドバードで、アントワープのナーゲルスこアスプレンターと、同じウェルフィクのシモーンズとのクロスでした。

 翌年8月15日のアルジェントンNで、この鳩は890羽中優勝しました。今回は「ストリープケ・ベカールト」とヒュースケンヌ・ヴァンリールので「フリクセム雌」とのクロスでした。優勝鳩の名前は「クレイネ・ブラウェ」です。

 ヴァンヘーは10年間に3回ナショナルチャンピオンの座につきましたが、いずれも短距離です。ピレネーレースはまだでした。彼はゆっくりと確実に歩みました。そして1962年、ヴァンヘーは次第に頭角を現し、その遠大な計画を実行に移し始めました。彼は決して大柄ではありませんでしたが、決断力に富み、偉大なチャンピオンになる要素をすべて備えていました。ヴァンヘーはあらゆる点て世界チャンピオンだったのです。

 1962年6月2目、リモージュNでヴァンヘーの鳩は分速1050メートルを達成、2813羽中優勝を果たしました。これが”アトーム“59−3002042のデビューでした。その後、ベリキューNで1762羽中18位に入りました。父親はアロワ・ステッケルボートの弟レミの黒鳩、母親はエーケレンードンク在住ヒュースケン・ヴァンリールの”ブリクセム雌“47−3440660の娘でした。

 1962年6月30日、リボルヌNで分速1034メートルを出して728八羽中優勝しました。鳩の名前は、”ムッシュー“58-3300065。この青鳩は、地区やプロビンシャルで数多くの入賞を果たしました。たとえば、ベリキューNでは2115羽中29位に入りました。

 その当時、日本人がベルギーに鳩を買いに来ました。抜目ないヴァンヘーは、それで大金を稼ぎました。父はかって私にこう言ったことがあります。「利口な人間は正当な値段を求めるものだ」。
 
彼はその後7年間、短距離、長距離を問わず、あらゆる距離で入賞し続け、そして再び
ナショナルチャンピオンの座につきました。それは1969年7月5日、アンタント・ペルシュ主催モントバーンNで、出場鳩数は1148羽でした。この鳩はリエージュでは分速1108メートルで2530羽中4位に入賞しました。

 鳩の名は”アルジェントン”65−3100252。”アウデ・アルジェントン“56−3032079の息子でした。母親はヴァントイン(バルセロナ雌系)とミデーレイク在住ヘンティール・デポールテルの雌鳩(デルバー系)とのクロスでした。

 ヘンティールはベルギー中で知られていた2羽の有名な長距離鳩を持っていました。ヴァンヘーは一瞬もためらうこともなく買いました。ケーケルアーレのヘクトール・デボーはこれらの鳩のおかげで飛躍を果たすことができました。1970年でヴァンヘーがフソーズンに獲得した賞は千近くにも達しました。これは口で言うのは簡単ですが、実際に成し遂げるのは大変なことです。

 ■巧みな、交配■    2021年1月22日(金) 5:05 修正
 翌年7月10日、彼はバルセロナNで2143羽中優勝しました。が、インターナショナルでは2人のオランダ人に遅れをとりました。一人はマーストリヒトの牛乳屋でフルスとかいう男、もう一人はスーブルフに住むファン・ワレンブルフという名前の人物でした。

 彼らの鳩はステーンベルヘン系で、戦前のデルバー系の血を受け継いでいました。スーブルフの男は自転車に乗ってステーンベルヘンのアントーン・ヒテンペルクのもとに行き、羽のヤン・アールデン系を買ったのでした。そのとき彼は生後12日そこそこのヒナを巣から取り出して買いました。

 二人のオランダ人はバルセロナINで7348羽中優勝と2位を占めました。ヴァンヘーはINは5位でスタートしました。レーサーは”ヨング・ブラウウエ・ムッシュー“67−3100081でした。それは実際”ムッシュー“と敬称をつけて呼ぶのがふさわしいトリでした。その体重は金にも値しましたが、事実そのような価格で極東に売られました。
  ”ヨング・ブラウウエ・ムッシュー“の父方はシャルル・ファンデルエスプトの奇跡のカップルに由来します。このカップルはシャルルの死後、ジュアン・ドウ・ヴィラーゲ伯爵に買われました。1962年のことだったと思います。

 シャルルはこのカップル(雌鳩はロベールト・シオンから入手しました)から、プロヴィンシャルで2位に40分の差をつけて優勝した有名なレーサーを作りました。
 たしかアルジェントンだったと思います。それはうだるように暑い日でした。後にアムステルダムのヘラルズというナッツチョコレートの製造業者がこれらの鳩を買いましたが、それは総売却の前だったと思います。

  ”ヨング・ブラウウェ・ムッシュー”の母は、最強の長距離レーサー、ネーヴェレに住むドルフ・ヴァンブラーケルの”リブルヌ“から生まれました。私はこの鳩が素晴らしい成績を出した後、見に行ったことがあります。

 ある静かな夏の夜9時ごろのことでした。それは完全に消耗し尽くすまで飛ぶトリでした。レースの後にそれほど衰えた長距離鳩を見ることはめったにありません。眼の中には涙をいっぱいためていました。それでもこのトリは、いつも早く戻ってきました。
  ”リブルヌ“のリングナンバーは53−4543004でした。ヘクトール・デスメットの”アウスフラウウェ”にも似た鳩でしたが、”リブルヌ”の方が頑丈だったと思います。

 ヴァンヘーは”リブルヌ“をヒュースケン・ヴァンリールの老いた”フルクセム雌”の娘と掛け合わせました。その結果生まれたのが”ヨング・ブラウウエ・ムッシュー“67−3100081です。日本人はこのラインの鳩だけを欲しがりましたが、それはもっともです。

 1972年、ヘラルトとミシェル・ヴァンヘーは、リモージュ・イヤリング部門で1位と2位を占めました。優勝鳩の名前は”ドローメル”(夢見る人)でしたが、いったん龍から放たれると決して寝ることはなかったでしょう。
 
5697羽中優勝を遂げた”ドローメル”71−3101142は、ブラックバード70ー3101176の直子です。このトリはまた、アーレンドンクのヤンセン系との交配によって作られた有名な”トリック”64−3100041から生まれました。

 黒鳩は当時レッケムに住むアンドレ・リータールスの”リモージュ“の姉妹と配合されたので、何パーセントかはステッケルボートの血も流れています。

 以上、私は重要な事実をほんの数行にまとめました。しかし、ベール在住マルセル・ブラークハウスの比類なき”ズワルテン”も忘れてはなりません。また、ブラークハウスの”724”は1983年にダックスNで一万羽を超えるライバルを押さえ、2位に1時間40分も差をつけて優勝しました。

 このダックスレースと同日、すなわち1983年7月16日、ヴァンヘーの”ルールド”はルールドNで2位を優に1時間ひきはなして優勝しました。中部フランスの日陰でも33度という炎天下でのレースでした。

 大きいナショナルレースはごく少数のエリートファミリーが制するというテーゼが、ここで非常に際立った形で証明されます。

 ヴァンヘーはシオンよりも多く交配しましたが、やり方も巧みでした。ウェルフィク在住のこの小男は、可能な限り世界チャンピオンと掛け合わせました。

 デーレイク在住のヘンティール・デポールテルから有名なデルバーを買いっけた後、次のターゲットはヒルベルト・ヴァンドゥウェヘのバルセロナIN優勝鳩”ネロ“でした。
 ファンデウェーゲンはこの鳩をあるパーティに持ってきて我々に見せました。それは”ネロ”が2週間にリブルヌN3位とペリキューN優勝を果たしたのを祝って、ジェフ・ヴァンデンブルッケが催したものです。
              (この項続く)

 「Epigenetics」研究関連サイト  イレブン  2021年1月19日(火) 5:26
修正
■ 独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

http://www.cdb.riken.jp/about/mission.html

○生殖細胞のゲノムリプログラミングに新たな知見
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/070628_germline.html

■モノクローナル抗体研究所 
http://www.monoclo.com/


○エピジェネティクス研究用抗体
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/01410.html



 2回目の緊急事態宣言が発出されました!!  イレブン  2021年1月14日(木) 4:46
修正
イレブンが住む福岡県でも緊急事態宣言が発出されました。今年も昨年に増してコロナ禍の猛威でさまざまな困難が予想されるますね。

現在のコロナ禍は、マラソンで例えるならばまだ10キロ地点のことだとも言われています。まだ先は長いことを覚悟していた方がよいのかも知れません。

正確な情報をもとに、WITHコロナの考え方で対処の在り方を考えていく必要があるように思っています。

NHKが今回特設したサイトです。情報がよく整理されていると思いました。

■特設サイト 新型コロナウイルス

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/?utm_int=detail_contents_news-link_002


 ・  イレブン  2021年1月14日(木) 4:53 修正

 今朝の舎外の様子  イレブン  2021年1月9日(土) 9:47
修正
思っていたより積もりませんでしたが。とても寒い朝でした。
舎外の遠征から帰って来ました。

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