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ようこそ、「スネークパパの掲示板」へ。お気軽に投稿いただければうれしいです。(『スネークパパの部屋』管理者イレブン)

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 335310号  ky  2020年4月24日(金) 11:21
修正
https://www.youtube.com/watch?v=1glHy-8goss
https://www.youtube.com/watch?v=_mQiUcVt_60
335310号の兄弟に禿頭号(トクトウ)がいますがこの鳩の写真があれば掲載お願いします。また伊賀さんの335311の写真もあればと思います。禿頭号に関するエピソードを伝えるものは上記の舟橋さんの動画に見ることができます。

   イレブン  2020年4月25日(土) 6:15 修正
kyさんお久しぶりです。舟橋さんの動画が拝見しました。禿頭号(トクトウ)号とは、56-335310の兄56-77052のことなんですね。画像についてはこのスネークパパの掲示板で以前一度話題になったことがあるような記憶があります。調査してみますね。

56-335310の同腹の♀56-335311の画像については、これまで相当探しているのですが、どうもお持ちなっていた伊賀さんご自身も所持されて居なかっようですね。ただ、イレブンは大洋号自身の画像を一度だけ鳩界冊子で見たような記憶が残っています。確か、二匹の刺しだったような気がしますが……。

舟橋さんの動画の動画で解説されている方が56-335310のエピソードを語っておられることに関しては、『69`日本銘鳩写真集』に掲載されています。「335310号系」についての重要な資料なのでここでその全文と禿頭号(トクトウ)号の孫鳩の画像を掲載しておきます。


 56-335310について(『69`日本銘鳩写真集』(昭和43年12月1日、レーシングピジョン社発刊)p43より引用)  誉田 昭二郎  2020年4月25日(土) 6:33 修正
「335310号は並河鳩舎において作出されたアイザクソン・オベル系であるか巣立ち後,銘鳩となるまでにこの鳩ほど転々と飼主か変った鳩も稀であるが,たまたま飯田守男氏(京都)が入手し,不充分な管理のもとに作出した直仔にて北陸コースを何回も駆使し1000粁を帰還させたが,秋季300粁レースにて全京都唯一羽帰り優勝し,翌日は孫境が唯一羽帰還。

後続の帰還鳩か皆無のため,その後のレースは実施不能となり,最終600粁レースまでの賞金を300粁の時点で全額独占,並河氏をはじめ,参加者一同が唯唖然としたという事例がある。

 誉田鳩舎でこの抜群の優秀性に着眼して導入を考えたところ,時すでに遅く飯田氏の手を離れ所有者を転々と変えていたが,同氏はどうしても断念できず,3年問にわたり執拗に飯田氏に働きかけ,数年経過後飯田氏が再度入手するや,多数の希望者があるなかで,平素の友情からやっと長年の念願かかない,種鳩として迎えることか出来たのである。

 入手後直ちに繁殖を始めるべく,交配の相手として56年にすでに335310の兄鳩(※注イレブン:56-77052トクトウ号のこと)を並河氏から導入していたので,この系統にて近親交配を試み,多数作出した直仔群のうち,各交配ごとの最優秀鳩が左記の写真A。B。C。Dである。これらの4羽は,335310号が老鳩にて繁殖不能の現在,誉田鳩舎の貴重な種鳩である。

 誉田鳩舎と広島鳩界の幹部諸氏とは昭和26年頃からの交際が続いているが,同鳩舎が335310号を所有していることを知った広島の諸氏のうち,同鳩界きっての゛名コンサルタント″藤田雅昭氏と石田実男氏が,再三,並河鳩舎と誉田鳩舎を往復したすえ,強引に懇願その執念と熱意に根負けした誉田氏か遂に昭和39年2月,断腸の思いで手離した。

 石田実男鳩舎で繁殖か開始されるや,直仔が41年1000粁優勝(山陽地区)他1000粁5羽,42年1200粁優勝(連合会),43年日本鳩界初の超長距離1400粁優勝(連合会)と優勝を重ね,42年には敢闘鳩舎として酉日本2位を獲得しているが,335310号直仔群のみを連年継続して駆使し,3年連続優勝した一面からその優秀性を評価すれば,全国1位と称しても過言ではない。

335310系にて43年,日本鳩界初まって以来の超長距離1400粁成功の木本典生氏,石田実男氏,武田節男氏,その他広島において,誉田鳩舎より出たこの系統の恩恵を受けている鳩舎は多数あるか,この系統にて今日の広島鳩界を発展に導いた陰の功労者として作出者もさることながら,協力した誉田鳩舎の功績も,広島境界史上lにさん然と銘記されるであろう」

 禿頭号(トクトウ)関連資料  イレブン  2022年11月12日(土) 8:42 修正
KY様

禿頭号(トクトウ)の関連資料等をお持ちでしたら、お手数ですが、掲示板に投稿していただけませんか。

 《研究資料》【禿頭(トクトウ)号 56−77052】の孫画像発見!!  イレブン  2020年7月27日(月) 21:58
修正
山陽連合会、猫本斉昭鳩舎の種鳩として掲載されていました。禿頭(トクトウ)号 56−77052の孫鳩です。作出者は、オマンさんのようですが、ハッキリしません。

 【禿頭(トクトウ)号 56−77052】関連資料   イレブン  2022年11月12日(土) 8:20 修正
KY様お久しぶりです

イレブンの記憶では【禿頭(トクトウ)号 56−77052】は、広島で活躍した後、北九州方面で直系が大活躍した歴史があります。おまんさんの種鳩だったとすると、愛弟子伊藤氏を通じてそのラインが九州に流れていたのでしょうね。

この連載の中で「太陽のような種鳩」という表現を伊藤氏が使っていますが、陽炎の目だったとされる335310の兄【禿頭(トクトウ)号 56−77052】も同じような目ではなかったかと推測されます。

「口伝鳩学事始」にちりばめらられた伊藤氏の一言一言には、その奥に隠されたコードがあるように感じますね。タイトル「禿頭系見参」はその代表格でしょうね。

「とくとう」を「禿頭」と「特等」の両方にもじっているところがなんとも広島鳩学らしいですね。

   ky  2022年11月12日(土) 7:40
修正
335310の兄弟でやっと「とくとう号」を見つけましたがこの鳩がここで言われる「ハゲ」なのか「特等」なのか、前者だと思っていたのですが?

 巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』名匠の実践講座「その2」 No:003(『愛鳩の友』誌[1995年2月号P152〜p154より引用])  イレブン  2022年11月10日(木) 4:44
修正
【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の編集方針ですすむと連載全資料を掲載するのに時間がかかりそうなので、『口伝・鳩学事始』と関連資料1「今月の管理」だけ先に掲載することにしました。

要文の引用抜粋や考察の所は、イレブン自身の研究のためのコーナーですので、伊藤凱三氏の鳩学に興味をお持ちの方にとっては伊藤凱三氏の資料に関心をお持ちだと思います。できるだけ一気に掲示板に挙げるようにしますね。

では、始めます。「名匠の実践講座その2」です。以前掲載した部分ですが少々編集に手を入れております。「2月の管理」を関連資料として追加します。

この「毎月の管理」のページの連載は、1983年に連載された記事です。
今から39年前、伊藤凱三はまだ43歳です。日本鳩界が、超長距離時代の真っ只中でした。伊藤氏は、すでにその頃から、西日本を代表する名匠として九州でも著名な存在でした。

1995年連載の『口伝・鳩学事始』とこの1983年連載の「今月の管理」をあわせ読むと、名匠の一貫した鳩学の考え方がよりはっきりと見えてきます。

更に丁寧に目を通していくと、説明の力点が違う文章をかさねていくことで、伝えようとされている「真意」に思索を廻らせる楽しみも増すようにイレブンは感じています。

◇◇◇◇◇◇◇名匠の実践講座「その2」◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

名匠の説く、ブルーの鳩とは何か。その独特の色彩論に耳を傾ければ、よい種鳩を選ぶ眼が培われてくる。目に、クチバシに、主翼に、配合のヒントは潜む。当たり配合を作るにはどうすればいいか。「太陽のような1羽」とはどういう種鳩なのか。矢継ぎ早に繰り出される名匠の実践論んきしっかりと」食い下がり本当の良い鳩、良い血統を見いだす力を見につけよう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ◇◇青く輝く体色◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:48 修正
先日は、『全国著名愛鳩家の集い』にお招きをあずかりまして、ありがとうございました。ああいった華やかな場所は苦手なのですか、たくさんの強い人達を直に拝見でき、よい励みになりました。
 読者の皆様も、。椿山荘目指して’たゆまぬ努力を積んでください。


◇◇青く輝く体色◇◇

 さて、前回に続いて『色』の話をいたしましょう。前回、色の表現、というか見る基準には『黒いか白いか』『濃いか薄いか』『明るいか暗いか』などがあると言いました。(註1)

 「黒白」では、たとえば「灰ゴマ」という羽色をとると、黒い点が大きくたくさんあると「黒ゴマ」に近づき、点が小さくまた少ないと、白っぽいゴマということになります。ところで真っ黒い鳩をカラスということかある。催しごとに使われる真っ白い鳩を作ろうと思ったら、カラスを掛け合わせることかよくあります。カラスか極まると白が生まれるという訳です。昔からの常套手段です。

 次に、「濃い・薄い」について。またゴマを例に取りますか、地肌が黒いか白いかを見ると、色みの重なり具合か分かります。胸から腹にかけ、「三段腹」といいまして、胸元は青白く、その下は黒く、そして白っぽくなるのがハッキリ出ます。「濃い」という場合、単に黒っぽい色素が多いというのではなく、いろんな色が何色も重なっているのだと思います。灰の鳩では、『濃い』場合は地肌のほかに二引の線が太くなったりカーブか出たりします。あるいは灰三引(ドリーバンド)になったり、二本線の上に『鉄サビ』が浮かんで見えたり、さらに極まるとペンシルーブルーになります。

最後の「明るい・暗い」、これが一番重要です。


※註1……「黒白」「濃淡」「明暗」のほかに、茶色(栗)の概念を付けを加えます。

 ■■■■  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:49 修正
前回、色の問題は身体中を巡る血液と深い関係があると言いました。ここで、「明るい」というのは、内面から外に出てきた健康さのことだとでも言い表せましょうか。血液の活力が体の表面に出たという状態です。灰色の部分が青く輝いて見えるような鳩のことで、こういうのが最高なのです。掴んでよし、見てよし、飛ばしてよし、タネにしてもまたよし、です。

 明るい体色がいいといいましたが、メスは抱卵のときなどには本能的に暗く、黒っぽくなります。これは自分を目立たせないようにして巣を守るための、自然の摂理なのだと思います。

 ところでベルギーの愛鳩家さんは、人間の目の色が違うからなのか、ブルーの色にものすごく敏感ですね。あちらの鳩の宣伝ビラにも、「ブルー」「ブルー・テェッカー」などと出ています(註2)。この色が基本になっているのでしょう。

※註2編集郎注。メーテルリンクの童話「青い鳥」、幸せの青い鳥はハ卜のこと。灰の記号BもBLUEの頭文字です。


 さて明るい灰色はなぜブルーかかるのでしょうか。これは血液中のナトリウム分と関係かあります。筋肉の中にはたくさんの毛細血管が入っており、酸素を多く運ぶためにはヘモグロビンがたくさん必要になります。するとナトリウムが増え、それが外側から青く見えるようになるのです。

 ナトリウムはいわば「元気の素」。ちなみに動物の中で一番ナトリウム分か多いのは人間です。人間は元気でしょう?それに、恐怖の余り気絶すると青く見えますから、やはりナトリウム分をたくさん含む動物だといえます。

 今話題の青魚を例にとって、筋肉の元気についてもう少し考えてみましょう。海の長距離選手・マクロ、ブリ、カッオに始まり、サバ、イワシ、トビウオなどが代表的な青魚です。魚の赤い筋肉の中にたくさんの毛細血管か走っており、血液がにじんで入っています。これらの魚がさかんに勣くことで、血中のナトリウム分は当然増え、筋肉も塩辛くないナトリウムに変化します。私はこの状態を、 「血液が極まって青くなる」と申しております。

 余談ですが、日本人は昔から青魚を好んで食べていました。ですか青魚の赤い筋肉は「毒」でもあるのです。血から肉を造った時点で、すでに肉は中古品で言うなれば「血のお古」になっています。その中でも白い筋肉よりももっと使い古したのが赤い筋肉です。よって赤い筋肉の方が中古品のナトリウム分か多く、これか体にはあまりよろしくない。白身魚よりも赤身のほうか中和して食べなくてはいけません。それで、「毒消し’として、マクロには本わさび、カッオにニンニクやショウガ、イワシやサバにウメボシ、ショウガを合わせてとるようにしてきたのです(註3)。先人の知恵とは実に理にかなったことだと思います。

 鳩飼いは元気でなくてはいけません。飲んでばかりではなく、こういった健康によいものを食べることが肝心です。

※註3ちなみに牛肉の「毒消し」はジャガイモ・トマト。トリ肉では干しシイタケ。

 ◇◇◇◇◇ ストックする種鳩 ◇◇◇◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:51 修正
種鳩には、先ほど述べた「ブルー」の状態の鳩を持てれば何よりです。この場合あまり深く考えず、好きなトリをくっつけてください。

 また、灰色にサシ毛の多い鳩と栗系も種鳩に加えてください。サシの鳩は、羽軸が漂白したような真っ自いものではなくクリーム色かかったものを選びます。栗では黒っぽい羽軸の方がいいのです。サン毛と栗の鳩は灰色を濃くし、肉質を良くし、スピードを増すので、タネのラインナップに是非欲しいです。

 次に眼ですが、私は特に、「白い石目(銀目)」にポイントを置くことにしています。

ここでいう石目とは、近親交配を重ねて出てくるものと、白い土台に血のにじんでいるようなキレイな眼色のものをいいます。石目の性質は相手の眼色が濃くなってゆくときはそれに合わせてまいりますし、また明るくなる眼色のときは光を増す性質を持っているのです。

一羽の鳩にはおじいちゃんおばあちゃんが合計4羽いますね。種鳩にするならその4羽のうち1羽は石目のトリが含まれているかどうかを確認してください。

 続いてクチバシです。レース鳩はクチバシが一番重要なポイントを持っています。

クチバシの色が黒く、大きく固く鋭いものは呼吸器系が大変強い証拠です。呼吸器系が強ければ脂肪の代謝かよく、言ってみればいくらでも飛べるトリになります。黒いクチバシが極まったものかアメバシになります。体は弱そうに見えますが、これか一級品の種鳩です。大事にしてやってください。

 また、若鳩を種鳩にするときには、オスは見かけが良く、大きくて早くツガイになったり、メスですと早く卵を産んだ場合は疑問を持ってください。世代交代が早まる理由として、内蔵の欠陥がある例があります。この点をよく見極めて種鳩を選んでください。

 ◇◇◇◇◇ 太陽のような一羽 ◇◇◇◇◇  伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:54 修正
いよいよ配合にかかります(註4)。
※註4……配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです」(小誌83年2月号「管理」

 オスらしいオスと、メスらしいメスを交配してゆけば当たり配合(ゴールデンーカップル)は間違いありません。ですが大方の人が品評会とレース塙の基準を勘違いしているようです。鳩体のバランスのとれた大きな、立派なオスをオスらしいオスと思っておられるようです。

 私か考えますオスらしさとは、究極の「固まり」である球に近い、鳩体全体が丸く小さくなって凝縮したようなありさまをいいます。私はどちらかというと大きい鳩は好きではありません。バランスのとれた体になりにくいからです。

 理想的なオスなど、動物の世界では一万分の一ほどの確率で出るか出ないかです。私も何とかして作出してみたいと一生懸命に励んでおるのですが・…

 あれこれ理屈にのっとって掛け合わせてみますが、その一方で偶然性の配合にも期待をしております。ニワトリの白色レグホンは、アメリカ全土に鶏小屋をぎっしりと並べて作出してもできないような偶然の産物だったのだそうです。二十世紀梨も偶然の発見です。また昔の人はお伊勢まいりで稲穂をお供えし、替わりの稲穂を持ち帰るということで品種改良を行なっていました。これも余談です。

 私の先生の先生である、故・堀場釦郎氏は、「どんな鳩でも種鳩になります。ただし副翼の悪い鳩からは当たり配合は誕生しません」と断言されておられました。遺伝的な観点から翼を見ていくと、副翼には過去の作出者が理想とした鳩が現れているからでしょう。ちなみに主翼の一枚目から六板目までには親鳩の状態か、七枚目から十枚目には翔歴が現れています。六、七、八枚目あたりには先祖の系統の羽根の形がよく出てきます。

※註4……配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです」(小誌83年2月号「管理」)

 さて配合ですか、銘鳩からいい子を引こうとするのがそもそも当たっていないと考えます。欠点をなくしていいところを引き出そうとしても、そううまくはいかないものです。それよりは、多少の欠点はあってももとの銘鳩のタイプに戻そう戻そうとしていくほうか早道です。レース鳩は元をただせばどれも必ず銘鳩の血を引いているのですから、あとはどういうタイプを目指せばいいのかをよく考えて配合することです。(註5)

※註5……地上を走っているダチョウには竜骨突起がないそうです。突起のない鳥からレース鳩のようにスピートの出る鳥になった竜骨を考えると、おもしろい配合も出来ると思います。

 ケンカ配合といい、ま反対のものを掛け合わせるのもいいようです。濃いものと薄いもの、白いものと黒いものというふうに。遺伝力は白いほうが強いですから、黒く作るようにもっていくとうまくいくと思います。
 黒くなると羽根の一枚一枚か厚くなります。早くなくとも帰って来るトリです。反対に白くなると早いけれども白ばかりだとやがて代が止まってしまいます。黒い血統を明るめにもっていけたら、いい成績が取れます。黒く重なったのはエネルギーの固まりです。

種鳩には欠かせないものです。太陽のような鳩を鳩舎に持っておけばまちかいありません。

 飛んだトリが必ずしもいいトリだとはいえません。兄弟にいいものがいる場合もありますし、無記録の中にも、レースで成績を上げていなくとも、いいトリはいます。成績のみでトリのよしあしを決めてしまわないことです。

 私の鳩舎で今一番気に入っている鳩はやはりちょっと見たところではひよわそうで病気がちで、決していいトリには見えません。ですか体は弱くても頭がいいので飼っているのです。賢さが表に出たら、無駄な動きをしないものです。用も無いのにはばたいたり、メスを追っかけまわしたりということがありません。

 【関連資料1】■ 徹底的に種鳩の皮下脂肪を取り除き、交配の準備をして下さい。■ 伊藤凱三 「今月の管理 西日本地方 2月 」(愛鳩の友1983年2月号P314〜P315)   伊藤凱三  2022年11月10日(木) 4:58 修正
※現在、編集中!!

◆徹底的に種鳩の皮下脂肪を取り除き、交配の準備をして下さい◆

 きさらぎにはいると、私は体力と気力の補給に努めるようにしております。

 少し早めですが、私の鳩舎では1000キロレースの持寄日が一番子の巣立ちです。1000キロレースに参加40羽近くなる前には次のようにしておりました。

 九州では春一番の南風が日本海へ吹き荒れてから交配に取り掛かったら最適と思います。二月に入ると大麦と野菜を増やして、完全に皮下脂肪を取り除きます (断食も三日間ぐらいやります)。脂肪がとれない時は夜間の風にあてます(元気のなくなった種鳩は、はずしています)。

 皮下脂肪がとれますと、配合日迄バランス(なるべくカルシウム分の多い)のとれたエサでもう一度調子を整えます。

 1000レースを3回も4回も帰還する鳩は、卵の時細長い形をしており、ピンポン玉のような卵では、一羽も帰還したことがありません。

 孵化した殼に血痕の付着の多いのは雌鳩の脂肪のつきすぎです。また濃緑色のガンデン状が残っている場合は、薬の使い」すぎ。良い血統、良い種鳩を持つことは、私達には限りがあります。配合とは飼育している種鳩を最大限に活用することで腕の見せどころです。お金持ちを負かす優越感があじわえます。

 レース鳩は、ただ♂と♀を交配するのではありません。鳩を人間にみたてて想像してみて下さい。美男と美女を結婚させるつもりで配合すると、見えない事、わからない時でも謎解きのようにわかりやすくなります。
 
配合とは先祖の銘鳩のタイプに戻してやることと、長所と長所を掛け合わせることです。最初に当たり配合の血統を会報、愛鳩の友誌にてさがします。

 眼、羽色、スピード、ねばり、距離などを考慮します。遺伝力は黒(濃)と白 (明)で掛け合わせます。また嘴と足を良く見て配合します。これで90パーセント決まりです。あとはフィーリングで決めます。遺伝力は薄い程強いので利用して下さい。必ず栗系・刺毛系・白い石目は最少限スト″クして下さい。

 【関連資料2】  イレブン  2022年11月10日(木) 5:01 修正
編集中です。

 ◆◆鳩界巨匠・名人珠玉選集◆◆:【完全復刻引用研究】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』No:001(『愛鳩の友』誌[1995年1月号~1996年1月号連載]    イレブン  2022年11月3日(木) 3:56
修正
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 連載を始めるにあたって〜『口伝・鳩学事始』と『蘭学事始』に思うこと 〜 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


丁度1ヶ月前の10月2日、本掲示板の読者であられるMIT氏のメールでの対談の中で話題に上がっていたことを考えるために、『口伝・鳩学事始(その2)』を掲示板に掲載しておりました。その記事を伊藤凱三氏が目を通されたことが きっかけとなり、先日の日曜日、伊藤氏に直接、電話でお話する機会がありました。伊藤氏は27年前の連載記事の掲載を懐かしんでおられるようでした。

 その折り、以前から、いつかは『口伝・鳩学事始』の連載全文をこの掲示板に掲載したいとの思いがありましたので伊藤氏にその旨をお話ししたところ、すでに鳩界誌上で公表された内容なので一向に構わないとのことでしたので、これを機会に掲示板で連載内容の全てを公開引用研究することにしました。

 イレブンは、これまで様々な論文等を掲示板に公開してきましたが、基本的にご健在の方で連絡がつけれる方には、礼を失してはいけないとの思いから、必ず事前にお断りの連絡を取るよう心がけてきました。(ちなみに、一昨年、連載した「OPEL BOOK 2020」連載の際は、スネークパパさんを通じて任氏にその旨をお伝えしてから連載を始めました)

 今回、研究連載を始める引用資料「伊藤凱三『口伝・鳩学事始』」は、この掲示板立ち上げた十数年前から、イレブンの書斎に1冊のファイルとして整理して大切に保管している資料のひとつでした。伊藤凱三氏といえば、鳩界の名匠として、全国に、多くのファンやお弟子さん達がおられます。イレブンの周囲にも、伊藤凱三氏との深い人間関係をお持ちの方が数多くおられます。

 その方達の間で、これまで、1995年1月から『愛鳩の友』誌で連載された『口伝・鳩学事始』の内容のことが幾度も話題に上がることがありました。また、この連載の原文をお持ちでない方や、読まれたことない方が結構居られる事も感じていました。

 そうした意味で、イレブンの思いの中には、いつの日にかこの掲示板に『口伝・鳩学事始』をアップし、日本鳩界の財産として多くの方にいつまでも目に触れることの出来る珠玉の名文として残す必要があると考えておりました。

 イレブンとしては、この資料の内容の素晴らしさはもとより、タイトルである『口伝・鳩学事始(はとがくことはじめ)』そのものにも特に魅力を感じていました。おそらく、このタイトルは、記事の編集を担当された「愛鳩の友」社のスタッフのお一人がつけられたものだと思いますが、そのセンスのよさが際立っています。

 ご存じのように、このタイトル『口伝・鳩学事始』は、杉田玄白の『蘭学事始』を捩ったタイトルです。

 福沢諭吉は、明治2年に再版された「蘭学事始再版序」にこの杉田玄白の『蘭学事始』を再版出版することとなった経緯についてこのように述べています。

 「蘭学事始の原稿は素(もと)より杉田家に存して一本を秘蔵せしに、安政二年江戸大地震の火災に焼失して、医友又門下生の中にも曾(かつ)て之これを謄写(とうしゃ)せし者なく、千載の遺憾として唯(ただ)不幸を嘆ずるのみなりしが、旧幕府の末年に神田孝平氏が府下本郷通を散歩の折節(おりふし)、偶(たまたま)聖堂裏の露店に最いと古びたる写本のあるを認め、手に取りて見れば紛(まぎれ)もなき蘭学事始にして、然(しか)も斎(いさい)先生の親筆に係り、門人大槻磐水(おおつきばんすい)先生に贈りたるものなり」

 つまり、杉田玄白が安政二年に記した原本2冊のうち、一冊は安政の大地震で消失し、残りの一冊が偶然、神田孝平が「聖堂裏の露店」で発見した時のエピソードを書き残しています。そして、その現存する唯一の原本を読んだ感想を次のように記しています。

 「我々は之を読む毎に、先人の苦心を察し、其剛勇に驚き、其誠意誠心に感じ、感極きわまりて泣かざるはなし」
 
 また、編集者、著述家として著名な松岡正剛氏は、かつて、この 『蘭学事始』に触れた文章の中で、次のように述べています。

「玄白の『蘭学事始』は、その内容もさることながら、最初は学問にとりくむ気概にふれたくて読んだ。まだ蘭学というものが世に知られていないころ、たった三人の青年が蘭学にとりくみ、そこでこつこつと始めたことを50年後にふりかえる、本書の内容はそういうものだが、この玄白83歳のときの回顧談は一度読んだらそれぞれの場面が焼き付いて、いつまでも忘れられないものがある。」

 更に、そんな忘れられない一場面として、蘭学の事始めとなった『コンストウォールド』(術語)という辞書の翻訳の作業の名シーンに関わる記述に触れ、そこで登場する前野良沢が養父の伯父の宮田全沢から受けた教えの言葉を紹介しています。次の言葉です。

 「人というものは、世の中から廃れてしまうとおもような芸能こそ習っておき、いま人が捨てているような事を学ぶべきなのである」

 更に、有名な千住骨が原でおこなわれた夜の腑分けに立ち会う場面で、

「腑分けの帰途すぐに、玄白と良沢と淳庵は『ターヘル・アナトミア』に着する決意を夢中で述べあい、論じあい、翌日は良沢の家で相談が始まる。ここからの、『解体新書』に向かっての編集方針の確立ともいうべきが興味深いのである。」

と内容の紹介が続きます。イレブンはこの玄白の『蘭学事始』に書かれているこれらのエピソードを読むとき、戦後の広島鳩界の胎動期とも言える時代に、名人柳浦の元で、英国で出版されていた『THESECRET OF EYE-SIGN』や『A Practcal Approach to the Study of Eye-Sign』を机の上に置き、日ごとその解読と研究を行っていたという伝説の勉強会のことが浮かび上がってきます。

 その勉強会に名を連ねていた人物の中に、石田実男とともに藤田雅明(通称オマンさん)がいたと伝聞されています。

 この『口伝・鳩学事始』が「愛鳩の友」誌に連載されたのは、オマンさん没後10回忌にあたります。このオマンさんの愛弟子伊藤凱三氏は、この連載を始めるにあたって、「名匠の実践講座その1」で、次のように記されています。

 「今年は、ちょうど我が師「千粁屋(せんきろや)」藤田雅明さんの十回忌にあたります。師の冥福を祈りつつ教えていただいたことを記事にしていきたいと思っております」

 氏の『口伝・鳩学事始』の連載にかけられた思いの深さをこの一文から感じ取ることが出来ます。

 今回、愛鳩の友誌で連載が始まった1995年1月から、27年後、2022年11月に 『口伝・鳩学事始』の完全復刻引用研究として、連載を始めることになりました。 杉田玄白が回顧談である『蘭学事始』は書いたのは、玄白83歳の時だと言われています。この時、玄白はその心情を「未だ世にあるの絶筆なりと知りて書きつづけしなり」と記しています。

 昭和15年生まれ(1940年)の伊藤凱三氏も現在丁度杉田玄白と同じ年齢になられていることに何か不思議なものを感じています。

この完全復刻引用研究の連載にあたっては、資料『口伝・鳩学事始』だけでなく、この前身でもある「今月の管理」での連載内容や公表されている伊藤凱三氏作出の銘鳩達の画像も可能な限り編集して折り込みたいと考えております。

 ついつい前置きが長くなりました。では、早速、連載を開催しますね。お楽しみに!!

 ◆◆鳩界巨匠・名人珠玉選集◆◆:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座その1=』No:002(『愛鳩の友』誌[1995年1月号P152〜p154より引用])  イレブン  2022年11月3日(木) 5:35 修正
いよいよ【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の連載を始めます。

この完全復刻の引用研究では、『口伝・鳩学事始』だけでなく伊藤凱三氏のそのほかの記述文や作出鳩の画像等も随時、編集を加えながら進めて行くことになります。多くは、すでに公表された文章の引用研究ですので、可能な限り資料の「出典」を明示し、イレブンの考察を随時加えながらの編集となります。

掲示板の良さでもありますが、いつでも内容を書き加えたり、削除することが出来ますのであくまで編集中の文章としてお読みいただけばと思っております。
では、始めますね!


◇◇◇◇名匠の実践講座その1 講師=伊藤凱三 ◇◇◇◇◇◇◇

九州には知る人ぞ知る、すごいフライターがいた。北九州中央支部の(名匠マイステル)」伊藤凱三氏だ。氏の、卓抜した鳩作りとツボを心得た使翔法には定評がある。今号から、伊藤氏が40年に及ぶ鳩との付き合いから体得した、体験的実践論に基づく管理方法を少しづ’つ披露していただこう。第一回は、伊藤氏の師匠の話に始まって、作出諭の入口まで、読者をいざなう。

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 ・  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:37 修正
あけましておめでとうございます。
 今月号より、「愛鳩の友」読者の皆様にご指導を賜りながら、鳩に関する私の考えを述べていく所存でおります。

 さて、「一年の計は元旦にあり」という言葉どおり、今年はやさしい顔を作って鳩舎に出入りするよう心掛けたいと希望を持っております。また、年1回の総合優勝、品評会で部門別の一席を取ること、無記録のワカ鳩から種鳩を2羽選出できることを合わせて願っております。

■左画像(イレブン挿入):藤田雅昭作翔(オマンさん作畢生の銘鳩)【ブチブル号】64-477800BCW♂ 1000K4位 ※関連資料2参照

 ◇◇◇◇◇◇◇ 脈々たるウソツキの系統 ◇◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:38 修正
 今年は、ちょうど我が師「千粁屋(せんきろや)」藤田雅明さん(註I)の十回忌にあたります。師の冥福を祈りつつ教えていただいたことを記事にしていきたいと思っております。

 故・藤田氏には、もうひとつアダ名がありました。「オマンさん」といい、むしろ本名よりこちらのほうが親しまれておったかも知れません。この愛称は、我が師が「万にひとつもほんとうのことを言わない」というところからきていたのだと思います。

 そもそも、師匠の先生にあたります、京都の故・堀場飾郎さんが、鳩を「ウソの中から」勉強されたようです。

 堀場さんが本格的に鳩を始めたのは、西川系の確立者である西川宗七さんに卵を二個もらってからのことです。卵でもらったものだから、どのトリが親かを知りたい。そこで西川さんの鳩舎を何べんも訪ねるんですが、聞くたびに違うトリを「あれが親だ」と教わったんだそうです。すぐに本当のことを教えず、そうやって勉強させていったということなんでしょう。

たとえ、先生の言うことが素人にはいい加減に聞こえても、最後の結果としてはそのほうが上達の早道のようです。

 そういう流れをオマンさんもずっと受け継いできています。私も、「大ほらふきです」と自己紹介させていただくことがよくあります(註2)。ですからこの連載にしても、ぴたりぴたりとあてはめて申し上げるよりも、「この人はちょっとウソを書いているな」というくらいの方が、色々な見方ができるようになります。あんまりあてはめると、それがウソになってしまいます。半分くらい信じていただくくらいのほうがいいように思います。

※註1 藤田雅明氏 85年1月没。氏が急逝前に作出した「フジタ45号」のラインで伊藤氏は89年春のSCを制している。

※註2 小誌82年12月号より一年間、「今月の管理」欄を執筆。冒頭あいさつに「九州一の大ほらふきで通っております」とある

※左上画像(イレブン挿入):オマンさん作の銘鳩「フジタ45号」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 卵のカラにヒントがある ◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:40 修正
 さて今月は、作出をにらんでの準備期間として、しなくてはならないこと考えなくてはならないことがたくさんあります。順序立てて話していきましょう。

 オスメスの組み合わせなどを考える前に、昨年の孵化の時のことを思い出して欲しいのです。ヒナが孵って出ていったあとの、卵のカラの観察が大事です。孵化したあとのカラの内側に、血液とか濃緑色のガンデン状のものがくっついていたら、要注意です。

 まず血がつくのは、オスとメスを分離させておいた期間が長すぎて、メスのホルモンのバランスが崩れたことが考えられます。鳩舎によって、三番子を引いたあとに分けたり、秋まで子をとってから分けたりといろいろあるでしょう。私のところでは、分けておくのは二か月以内くらいがちょうどいいです。とにかく、分離期間の長さがメスに合わないと、そういう結果となって出てきます。

 それから、メス鳩が太り過ぎ、脂肪が付き過ぎた場合でも、カラに血が付着します。たいていの種鳩鳩舎は、十分運動ができるほどには広くないでしょうからこの場合はエサを調節してやります。
 緑色のものがあったときは、クスリのやりすぎです。トリコモナスやコクシジウムの予防のために投薬することは一般的ですが、何事もしすぎるのはいけません。クスリで失敗する人は多いようですので、自戒してください。

 一番子のカラに血などが付いていることが多いです。たとえば水俣病でも、主に第一子に発生していたように聞いています。長男、長女が毒にあうんですね。鳩でも同じことです。

 という訳で、一番子だけでもカラを一年間はとっておくと、良い反省材料になると思います。そのときにマジックでカラに親の脚環番号などをメモしておくことを忘れずに。

 話が出ましたついでに、クスリのことにも触れておきましょう。一番いいのはレース鳩専門の獣医に相談することです。それから今述べましたように、卵のカラの付着物で判断することです。

 種鳩には、主翼の8枚目が抜けたあたりからビタミン剤をやるといいです。一年間の疲れと換羽期の消耗で、鳩に疲れが出はじめるころですので。ここでクスリを使って体力をつけてやると、尾っぼのほうのトヤも順調にいきます。

 ビタミン剤は人間用の「ポポンS」を体重比を計算して与えます。人間の体重50キロとすると、鳩が500グラム、だいたい100分の1。量的にはさらに人間の規定量の4分の1から5分の1で効果が出ます。大まかに言いますと、飲水器にポポンSを備えつけのスポイトに半分くらい混ぜて飲ませます。

 ビタミン剤が多過ぎますと、筋肉がゆるんで病気になりやすくなります。鳩は腸が短いので、クスリの調節はとても難しいものです。フンがゆるむようでしたら、やりすぎです。

 また、コクシジウムのクスリが効いたかどうか見分けるにも、フンをよく観察します。谷岡ヤスジのマンガに出てくるとぐろを巻いたウンコの絵を想像してください。くるくると先細りの渦巻きに盛り上がったその先っちょに、ちょっと白いカルシウム分が付くようになったら、クスリはそこでやめます。

 私はクスリは極力使わないようにしております。元気の良い鳩に与える人もおりますが、私の鳩舎では病気の鳩にだけしかやりません。病気の鳩は徹底的に治します。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 選鳩眼でワカ鳩を種鳩に ◇◇◇◇◇◇◇  ■■■■  2022年11月3日(木) 5:42 修正
 いよいよ配合論に入ります(註3)。まず、種鳩の選定です。

 私の、配合に対しての基本の信条がひとつあります。ゴードン系の確立者である故・モーリスーゴードンの言葉にこういうのがあります。

  「種鳩は長距離を3回以上帰還した鳩にしなさい。それよりも、ワカ鳩を種鳩にしなさい。もしワカ鳩の子が飛ばなかったときには、鳩の飼育をやめなさい」 これをを私なりに解釈してみました。

 [長距離三回]というのは、。内面的なスピード“がある鳩のことなのではないか。長距離というのは、鳩に「早く帰ろう」という意志がないことにはトリは帰れません。たとえ元気一杯でも帰りたいという気持ちが弱いトリよりは、体に多少欠陥はあってもその意志が強ければ帰ってこれるものです。帰巣心の強さ、つまり内面的なスピードです。

 また「ワカ鳩を種に」というのは、若さのバイタリティを求めてのことだと思います。メスのワカは、6か月くらいでも卵を産みます。このときとれた初卵などは最高の卵です。掛け合わせたオス親のいかんに関係なく、いいヒナがとれるものです。

 さて私はこの記事の冒頭、「無記録のワカ鳩2羽を種鳩にできますように」と申し上げました。レースに一度も出さずにタネにおろすためには相当な選鳩眼が要求されます。けれどもそこをくぐり抜けて、優秀な若い種鳩を手に入れることができたら、それは鳩舎の宝になることを保証いたします。そういう種鳩を一羽と言わずもう一羽、持てるように頑張りましょうということです。

 それから最後にある「ワカの子が飛ばなかったら、鳩をやめなさい」というくだりですが、これが選鳩眼ということだと思うのです。センスがないままに、人生の時間やお金をムダ遣いすることはないという教えでしょう。

 これが種鳩選びの目安です。

 次に、掛け合わせるポイントとなる、色の話をいたします。私か「色」と言うときは、単に羽色のことだけではありません。一羽の鳩は羽根、目、そして目のフチの全体に、共通の色みを持っているものです。これは体中に流れている血液の関係です。私は、色と血液は深い関係を持っていると考えており、外観から見た色は、内面の、つまりは血液の状態を表していると言えます(註4)。

 色の表現としては、黒、白(灰)、濃い、淡い(うすい)、明るい、暗い、そして茶色・:とこのくらいでしょうか。くりかえしますがこれは黒ゴマ、灰二引という羽色の表現にとどまりませんので、間違わないようにしてください。

 さて、色の話を始めますと、難しく、またおもしろくてどうしても長くなってしまいます。次号ではこの続きをもう少しお話ししましょう。
 ご質問は何なりと編集部宛でお寄せください。

※註3 「配合とは飼育している種鳩を最大限に活用すること。お金持ちを負かす優越感があじわえます」(前出「管理」83年2月号)

※註4 編集部注。「色」の話はホントウに難しい。伊藤流鳩学の真髄ここにありという感じです



(名匠の実践講座第1回目終了)

 『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座=』の日本鳩界鳩理論史上の位置づけと今後の編集方針  イレブン  2022年11月5日(土) 20:44 修正
この『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』の完全復刻研究の進め方をいろいろと考えていたのですが、その前に、『口伝・鳩学事始』の鳩理論史上の位置づけをイレブンなりに整理した上で取り組むことにしました。

まず、この『口伝・鳩学事始』は、文章としての特質として、表題に示されているように「口伝」に基づいた文章となっていることです。

この本文の内容は、伊藤氏の五体に刻み込まれたの数々の鳩理論をテーマごとに愛鳩の友社の担当者の方が編集した内容となっています。

この連載では、内容が理解しやすいように主にイラストなどの図案化した資料の挿入や適宜に注釈を加えるなどといった丁寧な編集がほどこされています。

日本鳩界の鳩理論の形成は、元の始まりからすると大正10年から2年間のほどの仏国から招いたクレルカン中尉が指導した講義から始まります。それ以前の日本には、鳩理論はおろかレース鳩自体が存在していませんでした。クレルカン中尉は当時のフランス陸軍随一の軍鳩の指導者でしたから、中野陸軍通信隊では、当時のヨーロッパの第1級の鳩理論が展開されていたと考えられます。

そして、その2年後から始まった民間払い下げを機に、一般民間人の間での伝書鳩の飼育が始まり、民間での鳩理論の形成が始まりました。ここで大きな役割を果たしていくのが、当時の鳩界誌『鳩』や『普鳩』でした。

イレブンは、確か5年ほど前、この戦前の鳩界雑誌の内容を調査したことがあります。戦前発刊されたこれらの鳩界誌は、国立国会図書館に収蔵されており、その閲覧は、直接、出向くか、資料閲覧室等が備えてある公立図書館を通じてインターネットで閲覧することが出来ます。

そこから閲覧し、必要な資料はコピー代等を支払えば資料として手に入れることも出来ます。イレブンは、ここで入手したファイル数冊分のデータを書斎に保管しています。

それらの資料をに目を通し、戦前の鳩理論の形成過程を概観すると、系統研究、飛翔技術研究、翼や骨格等の研究、配合理論や餌、管理に関する研究など、現在の鳩理論と変わらぬテーマで、かなり学究的な論文が登場していることがわかります。その事実に、イレブンとしては少々驚きを感じたことを記憶しています。

当然その雑誌等には、陸軍中野通信隊の軍人経験者等の名前も登場するのですが、主力となっているのは、民間の愛鳩家たちでした。現在にもその名を残す方として有名なのは、勢山庄太郎、関口龍雄、並河靖等の日本を代表する愛鳩家です。

さて、ここで『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』に話を戻します。

イレブンが、何故、伊藤凱三氏が1995年から1年間誌上連載を行ったこの『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座』の日本での鳩理論形成史上の位置づけにこだわっている理由を説明いたします。

それは、先ほど説明した、クレルカン中尉の講義や戦前の鳩界雑誌等によるの鳩理論形成の流れ、すなわち、文字として文章に表された鳩理論とは、別に、口伝口承による鳩理論の形成の流れがあるということです。

このことを考えるのに、一番特徴的なのは「目の理論」です。様々なジャンルを持つ鳩理論の中では、「目の理論」こそがもっとも文章化されることがすくなかった理論だとイレブンは考えています。

イレブンの考えでは、我が国で一番最初に目の理論が語られていたのは、陸軍中野通信隊で行われていたクレルカン中尉の講義だったと考えています。その理由は、クレルカン中尉が来日した1920年3月には、すでにヨーロッパでは、目の理論に関する書物が発刊されており、系統研究の重要な手がかりとして重要テーマになっていたからです。仏国随一の鳩研究の第一人者であったクレルカン中尉が目に関する深い知識を持っていたと考えるのは、至極当然なものと考えます。しかし、当時の通信隊のテキストには、そうした目の理論の形跡は残っていません。

あくまで推測ですが、目の理論については、クレルカン中尉自身が、口伝口承の様式で伝えていたのだろうと考えています。そして、このことが、後々の世まで我が国において「目の理論」が文字のよる伝播ではなく、「口伝口承」の中で、語り継がれることになっていった遠因のように考えております。このことを支える事実として、2つの伝え聞いた話があります。

一つには、クレルカン中尉が語った目の理論を書き残した文書を実際に見たという伝聞です。クレルカン中尉が口述した目の理論を講義を受けていた、当時の陸軍の軍人の人が書き残した文書の存在が実際にあったという話を聞いたことがあります。

もう一つは、イレブン自身がもう、30年以上前に直接聞いた話です。地元の愛鳩家であり、イレブンの大学の先輩にあたるS氏が旅先で偶然、昔軍人として軍鳩の管理に携わっていた人物に出会い、その人との会話の中で幾度も「目の理論」が語られていたという話です。その旅先とは、イレブンの記憶では、関東の方だったと記憶しております。(このS氏は随分以前にレース鳩の飼育を止められていますが、現在もイレブンはお付き合いをさせていただいています。)

いわゆる「都市伝説的」な逸話に近い話ですが、口伝伝承の流れの存在を説明する為には、こうした伝聞を積み重ねるしか有りませんのでご了承くださいね。

さて、戦後の鳩界史上で「目の理論」に注目が集まり、鳩界雑誌上の話題として注目され始めたのは、イレブンが、かつて連載した『超長距離時代の群像』で考察したとおり、鳩王号をはじめとする数々の超長距離鳩を次々と生み出し、時代を席巻した「広島鳩界」の登場からです。

何故、戦前、関東にある中野通信隊でクレルカン中尉が口述していたとされる「目の理論」が遠く中国地方の広島・呉地方に伝わり、鳩理論として確立していたのか。

詳細はいずれ、検証資料に基づいた考察をしたいと考えておりますが、ここで重要なのが、戦前の日本鳩界の主力勢力が大阪・京都中心とした関西のいわゆる勢山庄太郎をはじめとする旦那衆たちの存在です。そして、中野通信隊で最重要種鳩を収容していたいわゆる「Z鳩舎」の鳩を闇ルートで、関西に流していた旧帝国軍人岩田巌の存在です。戦前の日本鳩界の勢力は明らかに関西がレース鳩の中心となっていました。日本鳩界初の鳩界雑誌『鳩』を出版していたのは大阪の地でした。その発起人の一人として勢山庄太郎の名前が資料として残っています。更に、戦前の鳩の輸入業者も関西に数店存在していました。

1945年の終戦の年、米軍の日本全土を焼き尽くす焦土作戦により日本中が焼け野原になった中、いち早く鳩レースを開催し復興の歩みを始めたのも、大阪・京都を中心とした関西地方の鳩界でした。

さて、戦後の関西鳩界と広島鳩界をつないだ主要な人物と考えられるのが、堀場飾郎、広谷正喜、そして、柳浦名人と連なっていた人たちでした。

堀場飾郎は、広島の鳩の放鳩の立会人として長く関わっており広島鳩界の恩人として尊敬と信望を得ていた人物です。(※堀場飾郎先生とは、イレブンが若い頃、直接京都のご自宅に数回お邪魔してお話を聞いています)

広島鳩界の大御所広谷正喜については、「超長距離時代の群像」の中にも度々登場していますし、氏が『愛鳩の友』誌上で連載していた論文「銘鳩を数多く見て鳩を見る目を育てよう。”これでよい”という限界はない」は、本サイトの「鳩界・巨匠・名人珠玉選集」に収録しています。細川英次郎郎、関口龍雄など当代第一級の多くの人物との深い交流を持っていました。、

名人柳浦の存在を鳩界誌上初めて公開されたのは、スネークパパさんの論文「スネーク系確立への道」でした。名人柳浦は細川英二郎、並河靖、岩田孝七、誠三の岩田兄弟、関口龍雄といった著名な関西関東の鳩舎を訪問し種鳩を導入していた人物です。こうした人物との交流の中で英国で出版されていた目に関する書物の存在を知り何らかの方法で入手していたと考えられます。そして、その名人柳浦と親しい友人関係にあったのが、伊藤氏の師匠千キロ屋のオマンさんとなる訳です。

極めてざっくりとした鳩界鳩理論史の説明となってしまいました。広島鳩界で形成されてきた、口承口伝の鳩理論形成の重要人物千キロ屋オマンさん(藤田雅昭)の愛弟子伊藤凱三氏は広島鳩界の口伝伝承の正当な系譜に連なる人物となるわけです。。その伊藤氏が、文書として体系的に整理された形で、初めて公表されたのがこの『口伝・鳩学事始』だと捉えています。少々大仰な言い方になっていますが、率直にイレブンは、このように日本鳩界に流れる口承口伝の鳩理論が活字として文章化され、しかも、豊富な競翔実績に裏打ちされて築き上げられてきた鳩理論であるところに『口伝・鳩学事始』の価値の大きさを感じます。

伊藤氏は、ご自身がこうした口伝口承の系譜に連なっていることを「脈々たるウソツキの系統」と連載冒頭に語っておられます。その「口伝口承」の様式は、「『本当のことをいわない』で「大事なこと=秘伝」を伝える」といわれているのですから、この『口伝・鳩学事始』を読んでいく上で、大切なことは、語られている一言一言の奥に秘められている真意を自分で熟考していく構えが必要だということだとイレブンは捉えています。

その意味で、この鳩界巨匠・名人珠玉選集として取りあげる「【完全復刻引用研究】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』」では、毎回の講座ごとに伊藤凱三氏が語る「要文」を整理しながら、連載を進めて行く考えです。

そして、その「要文」の一文、一分に関連する資料の挿入や考察を加えながら、イレブン自身の理解を深めて研究していきたいと考えております。

基本的な研究スタンスがハッキリしましたので、それでは、『口伝・鳩学事始』の完全復刻引用研究版の編集の構成を整理しておきます。

■巨匠・名人珠玉選集:【完全復刻引用研究版】伊藤凱三『口伝・鳩学事始』の編集構成■

毎回の実践講座ごとに以下の構成で編集していきます。


@「『口伝・鳩学事始』名匠の実践講座」の全文引用
A 関連資料@「今月の管理」(1983年連載)の全文引用
B その他の関連資料の掲載
C「要文語録」の編集   
D 考察

腰を据えて研究連載に取り組む予定ですので、結構時間がかかるかも知れません。これを機会に、しっかり伊藤鳩学を学びたいと思っております。様々なご意見、感想等を遠慮なくお聞かせください。  

以上

 【関連資料1】■ 春季の百キロレース優勝は千キロ優勝につながる ■ 伊藤凱三 「今月の管理 西日本地方 1月 」(愛鳩の友1983年1月号p338〜P339)  伊藤凱三  2022年11月6日(日) 4:59 修正
 あけましておめでとうございます。今年の目標はクラウン賞獲得です。

 私の鳩は自由舎外で、強風でないかぎり、一年中出ております。朝夕満腹主義です。市販の中クラスの飼料ですが太陽光線にあてて乾燥させて与えます(カルシウム増加)大麦は体温が下がりますので一割しか入れておりません。
 
春季訓練は致しません。上位入賞するには50キロより手前での放鳩訓練、また中間訓練は百害あっても一利もないと思います。有視界飛行になり疲れるだけだと思います。

 関門海峡は8メートル前後の下降気流か一日中ありますので、西側の方向判定の良い放鳩地を見つけて下さい。そして本州に距離を伸ぱしていくと、近くでの失踪がなくなります。朝早くに出るもやとトピ、タカ、海鳥のいないところで放鳩して下さい。

 春季は100キロ優勝が1000キロ優勝につながりますので調子を100キロレースに合せております。

 最初の帰還コースが決まると最後まで同じコースで帰ります。短距離レースを手技きしますと私に目標を置いている会員に申しわけないので頑張っています。誰か3ヵ月間調子が落ちない方法がありましたら内緒で教えて下さい。

 若鳩は元旦から。バスケット訓練と同時に野菜、根物、野草、ピーナツ、ゴマ、大豆(必ず煎大豆にして下さい)など喰べさせる訓練もしております。また同時に嘴、鼻ゴブの湿った鳩、眼光のない、毛吹きの悪い脂粉りのらない、肉付き、足指の血色が悪い鳩は病原菌と寄生虫の駆除を徹底してやります。

 元気の良い鳩には薬は絶対やってはいけません。体のバランスが崩れます。良い鳩でも遅れて帰りません。また長距離を何回も帰らなくなります。特に長距離を何回も生命がけで帰ってくる鳩は沢山の良い事を教えてくれます。鳩は正直で帰って来ないのは飼主がうらぎっているからです。(反省‐‐・)

 先輩は、みんな薬で失敗しているようです。分量を良く聞いて間違いないようにやって下さい。

 【関連資料2】1000k総合12位(広島中央連合会6位)【プチブル号】64-477800 BCW♂作出使翔者 藤田雅昭(愛鳩の友66年10月号「これが1000k鳩だー広島地区の1000k鳩を分析する」P68より)    2022年11月6日(日) 5:37 修正
「■翔歴■40年春700k 翌日、1000k1ヵ月目、41年春600 k翌日。

■系統■ 大体、在来系らしい。

□父:【無環ブル号】弟、直仔700k、800k, 1000k2回(祖母:56-335334【ネクタイ号】堀場作、仔、孫に700K、800K、1000K多数)

□母:37-135896森沢氏作、400K5位.仔600k 700k、孫農林杯(祖父36- 126007B森沢氏作、600k、直仔1000k、堀場系.祖母59- 26309、森沢氏作、8501系×勢山系きれいな石目鳩)

■特徴中型の小■目付き悪し。根性がある

■状態■持寄り時は抱卵一週間め。道路で自助車にはねられ、’調子か悳かった。

■備考■作翔者の藤田氏は、干粁屋店主、通称お万さんという人気者である。
 「愛鳩広島」に彼いわく「配合は恋愛から、雛は取りません。卵はみな友達へただし有料。鳩舎は地球の上のバラック建て、店の中が鳩小屋で巣箱もなく、勝手に住みついている。舎外をしても電線にとまり、自転車、タクシーによくはねられ、犬や猫にも追われ、人間につかまるし、手の付けようなし」と。

 しかし、同じ鳩で前年は後日帰りとは言え、1000kを都合二回帰している彼の言葉は、どこまで信じてよいものか?」

(『愛鳩の友』1966年10月号「これが1000K鳩だ -広島地区の1000k鳩を分析する-」P68より引用) 

 【関連資料3】■■「千粁屋 藤田雅明」■■(『鳩友』1971年8月号P114より引用)    2022年11月6日(日) 5:56 修正

この店は,1954年に干粁屋の名前をつけて開店したというから、17年の歴史をもっていることになる。

 販売している主な系統は、アイザクソン、ロビンソン、五万系などが主体になっている。そして品種改良につとめ、また販売にもつとめている。

 店主の藤田氏は、1965年度に1000粁に成功し、その後3年連統して成功したのである。だから鳩舎としても名高ぐ、その後もずっとつづけて、店とレースを両立させている。要するに藤田氏は広島きってのベテラン鳩舎でもあり。ベテラン鳩店でもある。

 氏自身が持っている鳩も。中国地方から外に出して大いに飛ばしてみてくださいとの話である。

 また、当舎の鳩を購人したら必ず一流鳩舎になれる、とは藤田氏がいつも強調しているところである。

 とくに地形的に恵まれない地方の方がたには、すすめたい鳩がたべさんいるということです。

 小数精鋭主義を方針としているため、鳩もこの線に沿って飼育しており、100羽ぐらいの鳩に自信と信念をもって、販売にまたレースにのぞんでいる。

 広島鳩界の産みの親といわれている石田実男氏によれぱ、鳩の種類は京都では堀場系、大阪では細川・勢山系が多くなっている。

 広島では、勢山、今西、五万など広島在米の系統のものが多く、いずれもそれなりに活躍しているという。千粁屋さんの名声も山陰山陽にとどろいている。

 ◆◆伊藤凱三『口伝・鳩学事始』【実践講座1】要文語録集◆◆  ■伊藤凱三■  2022年11月6日(日) 6:06 修正
@「一年の計は元旦にあり」という言葉どおり、今年はやさしい顔を作って鳩舎に出入りするよう心掛けたいと希望を持っております。また、年1回の総合優勝、品評会で部門別の一席を取ること、無記録のワカ鳩から種鳩を2羽選出できることを合わせて願っております。

Aすぐに本当のことを教えず、そうやって勉強させていったということなんでしょう。たとえ、先生の言うことが素人にはいい加減に聞こえても、最後の結果としてはそのほうが上達の早道のようです。そういう流れをオマンさんもずっと受け継いできています。私も、「大ほらふきです」と自己紹介させていただくことがよくあります。

以下続く

 【考察】『口伝・鳩学事始=名匠の実践講座その1』  イレブン  2022年11月6日(日) 6:08 修正
・・・

 名匠伊藤凱三氏「口伝鳩学事始」完全復刻連載を始めます!!  イレブン  2022年10月31日(月) 5:11
修正
昨日、名匠伊藤凱三氏と直接電話でお話しする機会があり、その際、先日から掲示板に掲載している参考資料「口伝鳩学事始」の連載全文をこの掲示板で公開する事が決まりました。

近日中に連載を開始いしたしますのでお楽しみに!!

 ■全文翻訳研究 . No.034 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第W章 ◇一般的な考察(GENERAL CONSIDERATIONS)・特殊な適性(THE SPECIAL APTITUDE)◇■P55~P56■  ■■■  2022年8月16日(火) 15:20
修正
[P56]

この系統に属するすべての鳩と同様に、その安定性と持続力は彼の卓越した資質であった。したがって、成功するためにはエネルギーと持久力が必要とされる長距離レースや難しいレースで、彼はより際立った存在となり、最も輝かしい成功を収めた。

彼は1900年に生まれ、デラトゥーワー氏[Mr. Delatouwer]の最初の競売で購入した兄妹の2羽から生まれた。彼はライト・チェッカーのカテゴリーに属し、この色調の鳩の研究対象として私たちに奉仕したのは彼である。彼の目では、「相関の円」は非常にはっきりと現れ、嘴側の下部に非常にはっきりとマークされ、虹彩の最初の円は汚いオレンジの色調で、第二はより広く、明るい赤色であった。この点から、この眼はデラトゥーヴァー族に特有の特徴を持ち、我々が「金属光沢( the metallic brilliancy)」と呼んでいる非常に顕著な輝きのある反射をさらに高めていることがわかる。

ブルーは、ライト・チェッカーと同様に、そのほとんどが【ボンヌ・クレール[“The Bonne Claire,”]】と呼ばれる並外れた直系から受け継がれており、同じ特徴を備えている。

* * *

ダークチェッカーブルー、ベルベットブラック、レッドは、そのわずかなディテールを研究したもので、手に持っているのは、体格の観点でより重要なものである。

羽毛はその豊かさを保っており、一般的な特徴はすでに説明したものと同様である。

虹彩の色調だけが異なる。最初の円はオレンジ色で濃くなり、ある種の光沢がある;2番目の円はあまり鮮やかでない赤で、栗色に近い暗さである。この相関の輪は、一般に、同じ科の他の種鳩よりも、暗い羽毛の種鳩の方がより明確である。

また、白目の種鳩にも出会うことがある。これは原型からの逸脱であり、文化的に避けなければならないが、これらの鳩はレーサーとしての真の資質を証明することが多く、特にこの特徴が見られる製品が暗い羽毛である場合、その資質を証明することができる。このようなオレンジ色の目に戻ることはよくあることで、繁殖に有利である。

◇普及(Dissemination)◇

デラサワの鳩舎[Mr. Delathouwers lofts]は、2度にわたってオークションで売却されました。1899年に一部、1922年に全部が売却されました。これは、彼の鳩を多くの鳩舎に普及させる手段の一つであった。しかし、デラートゥワースの分散に特に貢献したのは、この愛鳩家が毎年彼の鳩舎の余剰分を託していた私の父の代理店が運営する個人売買であった。

[P57]

これらの科目は、それ自体で見事に自らを育成する特別な適性があるため、私の父は、ロフトの土台の構成を任された初心者に、これらを強く勧めました。こうして作られた人たちは数多くいる。

デラトゥーワが導入された系統には、ある程度、デラトゥーワの特徴が見られる:たとえば、Hen;Visart de Bocanne、Messrs. 例えば、Henn氏、Visart de Bocanne氏、Gheude氏など、有名な愛鳩家を挙げることができる。

ボルジャーハウトの愛鳩家と親密な友人であったイクセルの故オプデビーク氏のロフトは、オークションの火の下に置かれ、そのコロニーはほぼデラトゥーヴァーのみで占められていたのである。

◇一般的な考察(GENERAL CONSIDERATIONS)◇

この研究の冒頭で、目はメッセンジャーの質および起源に関する多くのことを明らかにすることができるとしても、この器官を調べるだけでは、この2点について絶対的に確定するには十分でないことを読者に警告した。

続いて、羽毛、羽色、体つきなど、他の外見的特徴を重要視していることがわかる。

かつて我々の鳩が、その外見上の何らかの超越によって、ベルビエの鳩とアントワープの鳩とに分けられたように、目の下でも、他の特徴の協力なしに、別の区分、すなわち白目とオレンジ目とに到達するはずである。

このような進め方をすれば、どのような間違いが生じるかは容易に想像がつく。

実際、文化的には例外的なことではあるが、同じ夫婦のうち、それぞれが橙色の前髪を持つものから、橙色の目を持つものと白い目を持つものが生まれることは珍しいことではない。この場合、もし他の外見的特徴に頼らなければ、同じカップリングから生まれた若者は絶対に他人であると考えるようになるはずである。

このようなものの見方は明らかに不合理であるため、ここでは触れないことにする。

逆に、ローブの色だけで判断しても、同じようなことがよく起こる。たとえば、2つのブルーからミーリー、チェッカー、あるいはブラックが生まれるのをよく目にするからだ。

そして、矛盾を恐れずに言えば、ある対象が属する多様性を発見するためには、その対象がどのような種類のものであるかに基づいて、次のようなアンサンブルを行う必要があるのである。

 ■全文翻訳研究 . No.035 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第W章 ◇一般的な考察(GENERAL CONSIDERATIONS)・特殊な適性(THE SPECIAL APTITUDE)◇■P57~P58■  ■■■  2022年8月16日(火) 15:26 修正
[P57]

これらの科目は、それ自体で見事に自らを育成する特別な適性があるため、私の父は、ロフトの土台の構成を任された初心者に、これらを強く勧めました。こうして作られた人たちは数多くいる。

デラトゥーワが導入された系統には、ある程度、デラトゥーワの特徴が見られる:たとえば、Hen;Visart de Bocanne、Messrs. 例えば、Henn氏、Visart de Bocanne氏、Gheude氏など、有名な愛鳩家を挙げることができる。

ボルジャーハウトの愛鳩家と親密な友人であったイクセルの故オプデビーク氏のロフトは、オークションの火の下に置かれ、そのコロニーはほぼデラトゥーヴァーのみで占められていたのである。

◇一般的な考察(GENERAL CONSIDERATIONS)◇

この研究の冒頭で、目はメッセンジャーの質および起源に関する多くのことを明らかにすることができるとしても、この器官を調べるだけでは、この2点について絶対的に確定するには十分でないことを読者に警告した。

続いて、羽毛、羽色、体つきなど、他の外見的特徴を重要視していることがわかる。

かつて我々の鳩が、その外見上の何らかの超越によって、ベルビエの鳩とアントワープの鳩とに分けられたように、目の下でも、他の特徴の協力なしに、別の区分、すなわち白目とオレンジ目とに到達するはずである。

このような進め方をすれば、どのような間違いが生じるかは容易に想像がつく。

実際、文化的には例外的なことではあるが、同じ夫婦のうち、それぞれが橙色の前髪を持つものから、橙色の目を持つものと白い目を持つものが生まれることは珍しいことではない。この場合、もし他の外見的特徴に頼らなければ、同じカップリングから生まれた若者は絶対に他人であると考えるようになるはずである。

このようなものの見方は明らかに不合理であるため、ここでは触れないことにする。

逆に、ローブの色だけで判断しても、同じようなことがよく起こる。たとえば、2つのブルーからミーリー、チェッカー、あるいはブラックが生まれるのをよく目にするからだ。

そして、矛盾を恐れずに言えば、ある対象が属する多様性を発見するためには、その対象がどのような種類のものであるかに基づいて、次のようなアンサンブルを行う必要があるのである。

[P58]

というのは、そのうちのひとつにだけ基づいているのではなく、その特性に基づいている必要があるからです。

品質という観点から見ると、すべての偉大なレースの研究において、これらの品種に属する純粋な被検体が、長距離レースや厳しいレースで真の優位性を示すことが分かっています。

しかし、それでは、速度のある種族を得るためには、どのような血を考慮しなければならないのかと、私たちは言うかもしれない。

われわれは、速さを競うレースが、被験者の資質の正確な値を決定することができると考えたことはない。このような、ちょっとした不測の事態が重要な役割を果たすような出会いでは、そこに所属する鳩は、同じかそれに近い長所を持っていると考えています。

◇特殊な適性(THE SPECIAL APTITUDE)◇

特別な適性 "という問題は、これまで鳩の問題を扱う作家やライターによって検討されたことはありませんでしたが、私たちの鳩がレースでどのように振る舞うかについて、最も重要な役割を担っているのです。

馬の世界では、この点についてはもはや議論の余地はなく、このスポーツでは、あまり優秀でない動物や出自が不明瞭な動物が、異常な距離で優れたクラスの馬を抑えているのを目にすることができる。しかし、同じ拮抗馬を長い距離や古典的な距離で一緒に走らせれば、階級がものを言い、その優位性が結果に表れないことはないだろう。このようなレースコースで最も成功した馬が、他のコースでは少しも勝てないということは、珍しいことではない。

このような矛盾した結果は、「特殊な適性」という問題以外に説明できない。

しかし、人間は動物よりも優れた知性と意志を持っているため、自然の影響に打ち勝つことができるが、特殊な適性との戦いでは無力なままである。このように、ある競輪選手がある競輪場で簡単に勝つのを見る一方で、別の競輪場では、明らかに自分より体型の劣る選手に定期的に負けるのを見ることができるのである。

読者は、コロンビア・フィルの問題から外れたこれらの例を許してくれるだろうが、我々が特別な適性を意味することをよりよく理解してくれるだろう。

私たちのレース鳩では、例えば100マイルを超えないレースで並外れた資質を証明する被験者に出会うことはよくあることで、それ以上の距離では賞を取ることができないのである。このような鳩にはいろいろな種類があるが、その中から自分の弟子の注目すべき特技を発見し、それを生かすのは、愛鳩家の仕事である。

特殊な適性の原理が存在することの証明が、さらによく現れているケースがある。


 ■全文翻訳研究 . No.036 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第W章 ◇一般的な考察(GENERAL CONSIDERATIONS)・特殊な適性(THE SPECIAL APTITUDE)◇■P59~P60■  ■■■  2022年8月16日(火) 15:29 修正
[P59]

キエフラン(ブリュッセルから42マイル)発のレースで、同じ年に10回、上記のレース地点に送られ、10回とも5位以内に入ったメッセンジャーがいることは知っているし、今も間違いなく存在する。
しかし、例えば、飛行距離がキエフランとほぼ同じであるシメイからのレースで、同じ被験者が名誉あるクラス分けをすることは、しばしば不可能であろう。

おそらく、この場合、この2つの飛行ラインの間にあるわずかな方向転換に異論が出るだろう。しかし、それなら、クレイル(ブリュッセルから140マイル)で決して賞を逃さない鳩が、ポンサントマクサンス(136マイル)やシャンティ(144マイル)でも同じように成功しないのはどう説明するのだろう。

3つの地点は同じ飛行線上にあり,前者では飛行距離が数マイル短くなり,後者では比較的等しい割合で長くなるので,ここで方向転換や手段の限界に反対する問題ではありえない.この問題を解決するには、その結果を特殊な適性に帰するほかはない。

この科学的な指摘は、擁護者もいれば、否定者もいるはずで、我々が主張する真実に反論することに組織的に喜びを感じる人たちのために、たくさんの展望があるのだ。

そして、一度宣言した真実が、それに見合うだけの注目を得ることなく長い間苦労することは、すべてが簡単かつ容易に受け入れられた場合よりも、より価値があるとさえ考えているのである。

***

速度のレースが私たちに与えてくれる情報は、要素が鳥の帰還を妨げ、その結果、鳥が持久力と勇気を示さなければならない場合にのみ有用である。

この場合、短距離レースは例外的に先着者のものでしかなく、ほとんどの場合、勝者は後続を大きく引き離すクラスの主体であり、後に長距離用の鳩としての姿を見せないことは稀である。

国内レースのグランドチャンピオンのオーナーに、彼らの最高の鳥の功績について聞いてみると、しばしば、彼らのキャリアは、距離が150マイルを超えないレースで、5、6、7、10分、あるいは25分前に、2番手よりも勝って、特に難しい大気条件の下で勝ったことによってマークされたと言うのを聞くだろう。

一方、3、4百マイルのレースで負けたと嘆く愛鳩家に出会うこともよくある。

[P60]

その鳩は、それまで100マイルや150マイルを超えないレースで十数回入賞したことのある普通の鳩であった。このような場合、合理的に考えられることはただ一つである。

一流になるには、二流になるしかない。

純粋にスポーツの観点から、つまり、鳩が金儲けになるための実用性の問題を捨てれば、(ベルギーでは短距離レースでも他のレースと同様にプーリングが重要である)我々は、長さに制限のある多くの一等賞を獲得する鳩よりも、我々が彼に課す2つか3つの長距離レースで毎年立派な成績を収める鳩を千倍好むのである。

***

すべての系統に共通する特徴として、調査したすべての品種において、羽毛の豊かさとフライトの幅の良さにも注目したい。

これらの特性の有用性については、多くを語る必要はないだろう。

私たちは、翼が十分に調整され、完璧な状態にあるもの以外はレースに参加しないことが最も重要であると言うだけで十分である。私たちは、ある種の愛鳩家が、一般的な表現を用いれば、大きな飛翔を何度もしていないために、翼に正真正銘の穴が開いている鳩をレースで使用するのを時々見かけるのを残念に思っています。なんという愚かさでしょう。

このような状態で、どんなに短いレースでも達成することを要求することは、鳥に課す前代未聞の努力であることを、彼らは少しも理解していないのです。

* * *

偉大な系統の伝播に関する特別な研究は、私たち以前には誰も行っておらず、私たちが正当な父であると自負している研究であり、この研究の中でかなり大きな位置を占めている。

なぜなら、特徴の研究と同じくらい、多くの場合、鳩の出自について正確な説明をすることができるからである。

その後で、有名な品種をすべて見つけることができるよう、その分布の
概要を説明する。ここでは、私たちの研究の過程で名前が挙がったアマチュアの方々のみに言及することにとどめた。普及の完全な表を作るには、つまり、コロニーが販売されたフォンシェの名前の反対に、何千もの名前を持っているすべての人の情報を提供しなければならないのですが、そのほとんどは保存しておいても無駄なものです。

私たちは、この概要を、名声の高い主要な愛鳩家に限定し、そのコロニーが実際に存在するロフトで役割を果たしたことで、より明確に、より簡単に理解できるようにしたのである。

[了]

 ■全文翻訳研究 . No.028 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(2)ザ・グルーターズ(THE GROOTERS)■P43~P44■  ■■■  2022年8月15日(月) 5:09
修正
[P43]

■ザ・グルーターズ(THE GROOTERS)■
◇起源◇
この比類なき種族の形成がいつ始まったのか、その正確な年についてはあまり定かではない。

しかし、1868年、つまり今から60年近く前、グルータース氏[Mr.Grooters][Mr. Grooters]はすでに大きな名声を得ており、彼の鳩の並外れた成功がそれを裏付けていたことは、我々の行った調査から確かなことである。

事実、この時代に彼はアジャンのナショナルレースで優勝し、1870年にはバザスの同クラスのレースで同じ成功を収めている。

非常に古い愛鳩家たちは、ナルボンヌの有名なレースでグルータース[.Grooters]が一等賞を獲得し、リエージュの愛鳩家たちと顔を合わせたときの前代未聞の大勝利を今でもよく覚えている。このような勝利に加え、グルータース[.Grooters]のような比類なき銘血が、あらゆる種類のレースで獲得した数え切れないほどの一等賞がなければならない。

この系統のレース鳩のおかげで、長年にわたって我々のスポーツのトップに君臨し続けた愛好家たちが、他の地域で手に入れた目覚しい成功を、今すぐ思い起こすことにしよう。
* * *
正確な形成時期については、この偉大なブリーダーの最初の作出の基礎となった品種について、絶対的に確定しているわけではありません。しかし、50年以上前にグルータース[.Grooters]がアントワープのデルデレンヌ氏[Mr. Delderenne]から鳩を購入し、この後者の品種の代表者がこの種族の将来において圧倒的な役割を果たしたことは、反論の余地がない形で確立されている。

さらに、1875年、デルデレンヌ氏[Mr. Delderenne]の家が取り壊されたとき、グルータース[.Grooters]はデルデレンヌ氏[Mr. Delderenne]の家のほとんどを買い取った。グルータース[.Grooters]はアントワープ人の愛鳩家のロフトをほぼ丸ごと買い取った。

そのため、グルータース[.Grooters]は愛鳩家の集まりで、グルータース[.Grooters]の赤の子孫でこんな一等賞をとった、青の子孫でこんな一等賞をとったなどと言うのを好んでいた。

アントワープの古い愛鳩家たちは、デルデレンヌ氏[Mr. Delderenne]がウラン[the Ulens]ス氏の部下であるビーマーツ氏に気に入られている一人であることも知っていたし、彼が話をすればウラン[the Ulens]ス族の最も優れた標本を手に入れることができることも知っていた。
このことは、デルデレンヌが自分のためにウラン[the Ulens]を調達し、ウラン[the Ulens]の最も純粋な品種を手に入れたことを容易に説明する。

このことから、アントワープ地域での最良かつ最古の鳩が、グルータース[.Grooters]の系統の形成と育成に大きく貢献したことは明らかであろう。

[P44]

この点については、どのような系統を探しても、必ずと言ってよいほど、同じことを繰り返さざるを得ない。

グルータがその最初の起源によってウラン[the Ulens]と密接な関係にあることは、我々が引用したある子孫のウェッゲ[Wegges] とウラン[the Ulens]、そして相互の任性が、これらの結合を実践する際に良い被験者を得られないことは稀であるというほど、より確かなことである。

25年前、現存する最古のベルギー人愛好家として私たちが知っていたヘントの故ピエール・ヴァン・デルヘーゲン氏[Mr. Pierre Van- derhaegen]が、この非常に独特なグルータース[.Grooters]の起源について恩義を感じている。

これは1907年に彼が言った言葉である。

「1855年、(今から50年以上も前のことだが)クレス・セオフィル氏、つまり私の叔父と私は、グルータース[.Grooters]が無敵のチャンピオンであることを完全に理解していた。彼は私たちの共通の友人でした。この時代、最高の評価を得ていたクレーズ夫人は、1869年に彼のレース鳩を売却した」


「この後者の愛鳩家は、最初の'George Blanche' Grootersというおす雄鳩 は、ブリュッセルの愛鳩家であるMitchellという男から来たもので、Mr. Grootersに渡した」と断言した。

「別の方面では、クラース氏[Mr. Claes]がアントワープのポルト・オ・ヴァシェ通りのドラクロワ氏[Mr. Delacroix]から、白地に青い斑点のあるメスのイランダーゼを買った」。

「白い喉のミッチェルとドラクロワの雌から、リエージュでナルボンヌの一等賞を受賞した白い喉の青い雄鳩 が生まれました。
「Claes氏は、この素晴らしい鳩と同腹の兄弟を手に入れた。彼はこの鳩を "アラブ "と呼んだ。彼はグルータース[.Grooters]が保存している鳩に似ていた、つまり、青に白い喉の鳩だった。

* * *

後発組では、ゲントのヴァンダーリンデン[Vanderlinden][Vanderlinden]が登場した。
この後者の愛鳩家は、その時代の偉大なアマチュアの一人であり、1850年にはすでに一流のロフトを所有していたヴェルヴィエの有名人、ジャン・ヴォーズ氏[Mr. Jean Voos]から主に基礎鳩を得ていた。

ヴェルヴィエの鳩はこの時点ではまだ系統が定まっておらず、数年後の1855年になってようやく、ヴェルヴィエの愛好家たちは、彼らの鳩をイギリスのキャリアやペルシャのメッセンジャー、あるいはこの2つの種族からの派生種、さらにはヘントやアントワープの鳩と融合させるようになったのである。

VerviersのJean Voos氏は、Vanderlinden氏から得た改良材料を用いて、この後者の交配を最初に実践した。

 ■全文翻訳研究 . No.029 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(2)ザ・グルーターズ(THE GROOTERS)■P45~P46■  ■■■  2022年8月15日(月) 5:11 修正
[P45]

1857年、彼は「クロスド」と呼ばれる、現在の鳩に劣らないハンサムな鳩を所有していた。

一方、ヴァンダーリンデン[Vanderlinden]氏[Mr.Vanderlinden]はグルータース[.Grooters]を導入し、この品種はフランダース地方における愛鳩家の中心のひとつとなった。

グルータース[.Grooters]はヴァンダーリンデン[Vanderlinden]を軽視したわけではなく、この系統によってヴェルヴィエの血も取り入れた。ブリュッセルのグルータース[.Grooters]、ニノベのヤコブ、ヘントのヴァンダーヘーゲンが飼育する、頭に小さな房を持つ「カプシュ」は、すべてヴァンダーリンデン[Vanderlinden]の子孫の子孫であると断言することができる。

カプシュは非常に珍しい品種であり、入手は不可能と言ってよい。私が見た最後の本物は、1908年にヴァンダーヘーゲン氏本人から贈られたパイドの雌鶏であったが、彼女はその典型的な特徴を示す子孫を一羽も残すことなく死んでしまったのである。

***

また、VerviersやLiegeの鳩は、Grootersから導入されたものであることは疑いの余地がない。この家系には、通常【コックアイ】と呼ばれる目(ほとんど赤い目)が頻繁に見られることから、この仮説が正しいと結論づけられる。

つまり、グルーテル[Grooters]は、アントワープのデルデレンヌによるウラン[Ulens]、ブリュッセルのミッチェルによる主題、そしてヘントのヴァンダーリンデン[Vanderlinden]によるヴェルヴィエの鳩の三者の組み合わせによる産物であり、ヴェルヴィエのジャン・フォーズによるヴェルヴィエの血が強く出ている、ということになるのであろう。

◇特性(Charactristics)◇

グルータース[.Grooters]には、非常にはっきりした2つの血流があり、そのために、"Boeiif "と "Gorge Blanche "という2つの異なる系統が形成された。

この子孫の最も遠い祖先がこのような特殊な羽毛を持つことから、"ジョージ・ブランシュ"(喉が白い)と呼ばれているが、すべての面で素晴らしい個体である。

この子孫では、瞳孔は非常に美しく、かなり広がっており、相関の円は通常非常に発見しやすく、完璧な方法で瞳孔を包んでいる;それはあまり広くないが、絶対的に明確である。

虹彩の最初の円は細いオレンジ色の糸のような形をしており、2番目の円は最初の円に比べかなり広く、明るい赤色を帯びている。

金属的な輝きという、これまで述べてきたような品質の相関関係が最もよく見られるのは、主にグルータース[.Grooters]の場合であり、特に価値のある種鳩の場合である。

頭部は非常に調和がとれており、力強く、丸みを帯びている。

[P46]

くちばしは中型よりやや大きいが、ボリュームがなく、縮れたようなワシミがない。

目尻はほとんど発達していない。

羽毛は非常に豊富である。大きな胸部は非常に広い。
色はベルベットブラック、チェッカー、ダークチェッカー、パイドが主体である。

3世代、4世代、5世代と白が完全に失われた後に、再び白が現れることがよくある。翼や尾に白い羽があったり、目や首筋に小さな白い斑点があったりすることで、この色であることがわかります。私たちは、グルータース[.Grooters]の起源を否定できない両親から、クリーム色の羽を持つ種鳩を得たことがある。両親ともビロードのような黒色である。
通常、私たちを占める家族の外にいるとき、白は羽にその外観を作り、

これは例外を構成すること、目は曇りになることで自分自身を修正し、それは部族のための非常に悪い前兆である。グルータース[.Grooters]の場合、この現象は、少なくとも純粋な種鳩では現れず、羽毛に白があるにもかかわらず、目は常に系統の特徴を保っている。

グルータース[.Grooters]は別として、このような現象は非常に稀であるが、この種族の優位性と安定性を示すものとして、注目すべき重要な事実である。

ある種の愛鳩家は、彼らのロフトに【ゴルジュ・ブランシュ[“Gorge Blanche/' ]】の子孫が群がっているというが、それらを調べてみると、目の前に置かれたパイド鳥は、グルータース[.Grooters]のような大愛鳩家兼ブリーダーの比類なきレース鳩とはかけ離れているのである。

初心者がどんな白い斑点や白い羽の鳥でもグルータズとして受け入れてしまうことから、グルータズ、いや、グルータズになりそうな鳥を1ダース単位で繁殖させる鳩屋が複数いる。しかし、それらの出来合いの鳥と本物のグルータズとは世界が違うのである。

-*- * *-
Boeuf "から生まれたGrootersは、"Gorge Blanche "よりも物理的に重要である。
ブーフ」(フランス語で「牛」の意味)は、並外れた体格のチェッカー雄鳩 で、その特殊性からその名が付けられた。
ブーフ」の子孫は、その特徴の重要性からすぐに注目を浴びる。頭部は非常に頑丈で、その頂上には美観を損なわない程度のわずかな変形がある。
羽毛は【ゴルジュ・ブランシュ[“Gorge Blanche/' ]】の代表種よりもさらに豊かである。



 【挿入資料】Grooters系基礎鳩【ゴルジュ・ブランシュ号[Gorge Blanche]】  イレブン  2022年8月15日(月) 5:30 修正
画像:Grooters系基礎鳩【ゴルジュ・ブランシュ号[Gorge Blanche]】は、関口龍雄著『鳩と共に70年』P83より引用

 ■全文翻訳研究 . No.030 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(3)◇ウェッゲ[Wegges] ・グルータース[The Wegge-Grooters]◇■P47~P48■  ■■■  ■■■  2022年8月15日(月) 5:35 修正
[P47]

虹彩の最初の円はオレンジで、"George Blanche "よりも広く、2番目の円はあまり明るくない赤である。

ローブの色は明るいチェッカーが主流である。しかし、赤や青を基調としたものも何度か見受けられる。これらの色調は "サン・シュルピス "号またはその子孫によるもので、このレーサーは数々の成功によって有名になったが、特に昔の長距離レースであるサン・シュルピスで一等賞を獲得している。

特に、純粋な "Boeufs "は現代では珍しく、このような黒色の品種には決して出会わない。この色調の個体を得るためには、「ブーフ」の血と「ゴルジュ・ブランシュ」の血を交配させる必要があるが、そうすると先に述べたような形で羽に白が現れるのである。このように、二つの異なる血統を組み合わせると、白飛びのチェッカーもしばしば得られ、これらはほぼ常に優秀なレース鳥となる。

グルータース[.Grooters]は、勝利のレースと呼ばれ、他の一流の品種との組み合わせで、世界的に評判の高いロフトを形成するのに貢献した。
すべての有名な系統の中で、グルータース[.Grooters]の系統はおそらく最も尊敬され、最も探されているものである。今日、純粋な状態でこの品種を見つけることが困難なのは、間違いなくそのためである。

その上、立派で丈夫な鳩で、見れば見るほど比類のない資質がわかる。「この点で、ヴェッゲ[Wegges]とともに、この理想の中の最高のものに要求されるものを形成しているのである。

***

グルータース[.Grooters]の作出では、虹彩の最初の輪に白い糸が見えることがある。

この特徴は、主にグルータを基本にしながらも、所有者が新しい血を導入したロフトから生まれる種鳩に見られるものである。

白目はアントワープ系に属するレース鳩の種族に属することを示し、この眼球の色調は主としてピッテビル系(この研究の特別な章で考察される)に起因するものである。事実上、このケースはスウィッガー文化のグルータに非常によく見られるものである。グルーテルは最も純粋な状態でスウィッガー氏のロフトに導入されたが、すぐにピッテビル社のロフトから直接やってきた白目を持つ青い雌鳥と交配された。

この目は、瞳孔が大きく、相関の輪がはっきりしていて、虹彩のかなり細い最初の輪は白く、2番目の輪は明るい赤である。

このような眼を持つ鳩をGrootersと関連づけるには、特に身体的特徴による。

[P48]

一般に、グルータよりもピッテビルやウラン[Ulens]に似ている。

◇ウェッゲ[Wegges] ・グルータース[The Wegge-Grooters]◇

ここでは、普遍的な理想の基盤を形成する系統について述べたいだけで、これらの系統が生み出す可能性のあるさまざまな組み合わせの検討には立ち入らないが、ヴェッゲ・グルータについては例外として述べることにした。

この2つの品種は互いに親和性があり、非常に優れた品種を生み出すので、この交配を試さないのは重大な過ちと言えるでしょう。

この2つのマーベオラスの交配から生まれた品種は、美的にも質的にも素晴らしいものである。

遺伝の気まぐれに従うと、誰もカップルの各メンバーが参加する割合に関する謎を解明することはできないが、一般的な性格は、遺伝が片側か両側かによって異なっている。

しかし、目に関しては、Wegge-Grootersの組み合わせで、常に感覚的に同じであることがわかる特徴を獲得している。

この2つの系統の交配による被験者では、瞳孔は眼球の大部分を占めるほど大きくなり、虹彩は最も単純な表現に縮小される;この後者は細い赤い糸のような形で現れる。

このように眼球が作られた鳩の羽の色合いは、通常、ベルベットブラック、チェッカー、ブルー、そしてレッドが見られる。しかし、羽に白が現れたり、再び現れたりすると、瞳孔は中くらいになり、虹彩の第一円は細いオレンジ色の糸で示され、第二円は非常に広がって、グルータース[.Grooters]ベースの被験者のように明るい赤の色調を帯びる。

◇分布◇

ウェッゲ[Wegges] と同様、グルータース[.Grooters]のベースも数人の愛好家が本人から入手した。すでに述べたように、ヘントのクレーズ氏は【ゴルジュ・ブランシュ["Gorge Blanche,"]】の兄弟を手に入れたが、これはクレーズ氏が提供した雌鳥から生まれたものであることは言うまでもない。クレーズ氏は、この【ゴルジュ・ブランシュ["Gorge Blanche,"]】の子孫を、ゲントのバンデンヘーゲン氏とエテルベーク・ブリュッセルのダフール氏の甥に譲り受けたのである。

ジャンブのティリオネ氏もまた、グルータース[.Grooters]氏からいくつかの馬を譲り受け、そのうちの1頭は「ブーフ」と呼ばれ、モンドマルサンのナショナルレースで1位、オーシュのレースで11位を獲得した。また、モン・ド・マルサンの1等鳩は、オーシュの1等鳩に賞を与えた。


 ■全文翻訳研究 . No.031 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(4)◇ピッティービル(THE PITTEVILS)◇■P49~P50■  ■■■  ■■■  2022年8月16日(火) 2:38 修正
[P49]

この鳩は1891年にサン・ジャン・ド・リュズのレースで5位、1893年にダックスで6位を獲得している。
1.輝かしい経歴の後、電話線で負傷した純グルータース[.Grooters]の雌鳩、2.モルセンクスの国内レースで優勝した青い雌鳩、3.チェッカーの雄鳩である。

グルータース[.Grooters]氏の親しい友人であるブレーヌ・ル・コンテのトゥリオン氏は、グルータース[.Grooters]氏からその基礎となる部分を譲り受けました。ウェスペラーのスウィッガー氏も同じケースであった。

1885年に行われたグルータース[.Grooters]のセールでは、ブリュッセルのカルペンティエとトゥーレの両氏が最良の主題のほとんどを購入した。
ティリオネ、ショードール、スウィッガー、カーペンティエ、トゥーレ、デルヘイのセールでは、多くの愛好家が比類のないグルータを作出することを許された。

ヴェッゲの普及について述べたときに引用した名前はすべて、ここでも言及することができる。

これらの部族が販売によって分散したことで、この血は全世界に広がり、多くの大きな名声を築き上げたのである。


■ピッティービル(THE PITTEVILS)■

◇起源(Origin)◇

ここでもまた、我々が研究している重要な系統の起源を探求するためには、ウラン[the Ulens]スの無尽蔵の源に行かざるを得ないのである。
1869年にウラン[ Ulens]氏が鳩を売却したとき、ピッテビル氏[Mr. Pittevil]は買い手になることを望んだが、この二人の愛鳩家を二分する政治的意見の相違のため、成功しなかった。

アントワープの類まれな愛鳩家の素晴らしい一族のオーナーになったのは、先に述べたようにウディッツ氏であった。

その後、ヴュディッツ氏が自分の鳩を処分することになったとき、コロニーの一部はピッテビル氏[Mr. Pittevil]が取得し、残りの一部はデブルイン氏の手に渡り、その後しばらくしてヴェケマン氏[Mr. Vekemans]の手に渡ったのである。

この時代以前に、ピッテビル氏[Mr. Pittevil]はすでにウラン[the Ulens]ス型とは全く異なるレース鳩を所有していたことは確かである。

ピッテビル氏[Mr. Pittevil]は、少なくとも当初は、購入した素晴らしいウラン鳩[the Ulens]を自ら育成することはなかったはずである。

ピッテビル氏[Mr. Pittevil]の系統の特徴を深く詳細に調べると、この仮説に賛成に傾く。というのも、ウラン[the Ulens]の系統には無駄なものを探すような特異性が見られるからだ。

当時、アントワープの大家族の血に頼っていた多くの人々と同様に、ピッテビル氏[Mr. Pittevil]も、ウラン[the Ulens]家の外に、同じ時代に存在したものがあることにすぐに気づいたに違いない。

[P50]
しかし、ウラン[the Ulens]系とは比較にならないし、競争にもならない。しかし、レース用鳩の品質に関しては、彼の望みが達成されたとしても、彼の最初の鳩との交配は、その型をかなり変えてしまったのである。しかし、彼の最初の鳩に施された交配が、レース用鳩の品質を向上させるものであったとしても、この鳩はかなり改良されていたのである。

◇特徴(Characteristics)◇

ピッテビルは、その大部分が子孫である種族と同様に、白目を持つものとオレンジ色を持つものとに分類することができる。

完全なメッセンジャーとして、つまり繁殖と同様にレースでも満足のいく仕事をする人にとって、特に好みが分かれるのはオレンジ色の目である。
白眼の純血種は、ほとんどの場合、優れたレーサーであるが、繁殖に要求される能力は、少なくともその直系の子孫においては、いわばゼロである。

オレンジ色の目の被験者では、瞳孔は中くらいで、相関の円は完璧であるが、一般に目の上部は観察するのが難しい。

目の第一円は濃いオレンジ色で、第二円より幅が狭く、バラ色で、時には強調された明るい栗色である。

白いイブでは、瞳孔はほとんど広がっていない。「相関の円」は完璧で、よく定義されており、しばしばコンパスでなぞったと言えるほど並外れた同心円であることさえある。虹彩の第一円は、ウラン[the Ulens]や他の白眼の被験者とは全く異なる灰白色の色調である;第二円はバラ色で、繊細な赤にさえなっている。

* **

その他の特徴については、この2つのカテゴリーにそれ以上の違いはない。

タイプとしては、胴体がかなり長く、足が低く、鼻コブは普通で、クチバシは長く、頭部はこの後者のようにわずかに傾いている。

羽毛の重要性からウラジロガシに近いが、一般に、純粋なウラジロガシよりも線が荒く、細くて完璧ではなく、そのアンサンブルはヴェッゲや特にグルータよりも調和がとれていない。

この色調は、ダーティ・ブルーやリード・エン・ブルーと混同してはならず、この文化圏では特に、そして一般的にフランク・ブルーが典型とされる文化圏では避けなければならない色調である。


 ■全文翻訳研究 . No.032 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(5)◇THE HANSENNES AND THE RUHLS(ハンセンヌ[Hansennes]とリュール)◇■P51~P52■  ■■■  ■■■  2022年8月16日(火) 2:48 修正
[P51]

経験上、二引き鳩のうち、羽根の色合いが薄くなった鳩は、レーサーとしてはもちろん、種鳩としてもあまり価値がないのが通例である。
しかし、そのような青鳩が、優秀なレーサーや種鳩として活躍することもある。ムスクロンのイアモット氏のダーティブルー[The dirty-blue of Mr. I.amotte]は、その顕著な例であった。

一般化しても得をしないような例外もある。

私たちが研究している科に非常に特徴的なのは、翼の大きな飛びの部分、それも外套膜の下まで白い縞模様があることである。これは、ピッテビ氏の競売会でこの愛好家が購入した白眼の青い雌鳥から派生したスウィッガーに最もよく見られる現象である。同じ競売で入手したトゥーレ氏[ Mr. Toulet]の【グラン・ブルー・コック号[the "Grand Blue Cock”]】にも同じような痕跡が見られ、このブリーダーはいくつかの一流ロフトに成功の鍵を与えた比類なきブリーダーであった。

上記の白いラインは、この品種に固有のものであり、この品種の代表的な品種が進化する中で、このラインを消すことはできないようであり、他の系統との組み合わせによってもたらされる価値のある鳩の中に見出すことができます。

ピッテビル系は、長距離レースでその能力を最大限に発揮する優れたレース鳩です。

◇普及(Dissemination)◇

ピッテビルの普及について、ウェッゲ[Wegges] とグルータについて述べたことを繰り返さずに何と言えばよいでしょうか。

後者の品種については、ピッテビル氏[Mr. Pittevil]は、彼の友人である数人の愛鳩家にある種の鳩を与え、彼らのベースとしたおかげで、複数のロフトに生息していた。その後、彼のロフトは公売され、そこで成功の要素を手に入れた愛鳩家たちのほとんどが、再び公売にかけられた。

このような取引で、彼らが元の名前を失い、売った人の名前で愛鳩家の名前を借りているのを見ると、心から残念に思わざるを得ない。このように、最も純粋なピッテビルの大部分が、スウィッガー、トゥーレ、デティージュ、その他多くの名前の下に身を隠しているのを私たちは見てきました。

■THE HANSENNES AND THE RUHLS(ハンセンヌ[Hansennes]とリュール)■

◇起源(Origin)◇

これらの素晴らしい品種は、ベルギーで最も古い品種の一つであり、その栄光と特徴から、この品種に特別な章を捧げることができます。
ルフール家とハンセン家[the Ruhls and the Hansennes]を切り離すことは不可能に見えるが、それは彼らの歴史の中でつながっている点が多様であるためだけではない。

[P52]

というのは、この2つの系統は、その一般的な点のすべてが実質的に類似しているからである。

ヴェルヴィエのハンセンヌ[Hansennes]の栽培は、約65年前、つまり1860年までさかのぼることができる。その栽培は血縁関係のルールに従って、あるいは好みに応じて親族間の同盟関係によって行われていた。

ハンセンヌ[Hansennes]氏に成功の鍵を与えたのはデドヤード家であり、彼が獲得した成功の鍵はベルギーのスポーツ史に永遠に輝くことだろう。

ハンセンヌ[Hansennes]がアントワープの血の流れを自分の文化に取り入れたのは、1890年頃、アントワープのヴェケマンス氏が亡くなってからである、この並外れた成功の源は。

ハンセンヌ[Hansennes]とルールがアントワープ動物園の園長の売却で購入した品種は、これらの部族に浸透したのではなく、改良のための要素として使用され、それにもかかわらず、最初の文化や以前の文化のハンセンヌ[Hansennes]とルールの型や特徴は変化しなかったと容易に言うことができよう。

実際、ヴェケマン系の競売でハンセンヌ[Hansennes]とルールが彼らの鳩舎に導入するために種鳩を購入したことを私たちが知らず、絶対的に確信していなかったとしても、ヴェルヴィエのこの二つの大系にアントワープ人の血が流れていることを裏付けるようなものは何もないように思われる。

リエージュのピルロット氏が1100フランで購入した有名な鳩【ヌアン[the “Nouan,”]】を生んだのは、このヴェケマン家のメス鳩である。

◇特徴(Characteristics)◇

虹彩の第一円は濃いオレンジ色、第二円はバラ色または赤色である。虹彩の第一円は濃いオレンジ色で、第二円はローズまたはレッドである。
大きな価値のある種鳩は、ほとんど常に金属的な輝きを放っている。
頭部は丸く丈夫で、くちばしはあまり大きくなく、短いこともある。
羽毛は豊富で濃く、尾は細くて立派である。

外観は、背が高く短く、胸は広く、翼は大きく、極端に長くはないが非常に大きく、厚く、肩の下の体から突き出ている。虹彩の第二円は明るい赤で、非常に顕著な金属的な輝きを持つ。

***

ルールは、目に関すること以外はハンセンヌ[Hansennes]と同じであり、そのことは、より理解しやすいように、である。

 ■全文翻訳研究 . No.033 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 偉大な系統の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■(6)◇デラトゥーワーズ(THE DELATHOUWERS)◇■P53~P54■  イレブン  2022年8月16日(火) 15:13 修正
[P54]

■デラトゥーワーズ(THE DELATHOUWERS)■

◇起源(Origin)◇

ボルカーハウト[Borkerhout]の鳩舎がアントワープの門に面していることから、この鳩舎を構成する品種の起源を古代アントワープの系統に求めざるを得ないが、どの血流がこの品種の生産に貢献したかを立証することは困難である。

デラトゥーヴァー氏[Mr. Delathouwer]が最初の鳩が空から降ってくるのを見なかったのは最も確かなことですが、彼は自分のベースの要素の起源に関する質問には決して肯定的に答えていません。

"私のロフトにいるのはすべて私の系統で、私の古い鳩の子孫である"。デラトゥーワー氏[Mr. Delathouwer]は、自分の鳥の優劣を問う人に、これしか言っていない。この点について情報を与えてくれる日付や正確な文書がない。

もし、血縁関係からその源を探るとすれば、ヴェケマン族によってウラン[Ulens]族に導かれたソッフル族が形成されたフェルヘーゲン族[ the Verhaegen's ]と比較せざるを得ない。

一方、同じ原理から出発して、ハンセンヌ[Hansennes]との親和性から、デラートゥワー[the Delathouwers ]はヴェルヴィエの血に関係することがわかる。ヴィサール・ド・ボカルム氏[Mr. Visart de Bocarme]は、交配に関する能力が高く、この問題で何度か話をしたことがあるが、この後者の仮説に同じように賛成している。

デラトゥーウェル[the Delathouwers ]の補体を見つけるのが難しいということは、この品種が長い間、自分たちの手で育てられてきたことを示すものである。現代では、このような後者の方法を用いて、育種家が満足できるような最高の品種を得ることが必要なのである。

私の父はこの系統について、最も深く、極めて特殊な研究を行った。彼はこの系統の最も純粋な代表的な品種を次々と異なる品種のものと交配し、最良の結果を得たのは、バーハーゲンス(ソフレ)との組み合わせであった。

ヴィサール・ド・ボカルム氏[Mr. Visart de Bocarme]は、この系統をハンセンヌ[Hansennes]と交配させ、得られた結果を非常に満足のいくものであると考えた。
このことは、デラトゥーワ[the Delathouwers.]の最初の交配にヴェルヴィエ[the Delathouwers.]の血の流れがあったという先ほどの話の裏付けになりませんか。

[P55]

◇特徴[Characteristics]◇

デラトゥーワー系[The Delathouwers]は、進化の観点からも、特徴の観点からも、適切な系統を構成している。


眼球は、瞳孔は中くらいで、虹彩の第一円はオレンジ色、第二円は明るい赤色である。この後者の色合いは、リエージュやヴェルヴィエで出会うレース鳩に非常に独特である。この種族の最初の進化にヴェルヴィエのレース鳩が存在することを示すとき、我々がいかに正しい考えを持っているかを改めて証明するものである。

相関の輪は、ウェッゲ[Wegges] と同様、肉眼では非常に観察しにくく、発見するためにはしばしば虫眼鏡を用いる必要がある。

金属的な輝きは、絶対的なものがすべてある中で、多くの血統をもって自らを責めている。それは、この種族に属する純粋な血統をわずかなためらいもなく認識することを可能にする、何か特別で明確でないものを提示する立派な目である。

虹彩の色合いは、羽毛の色に準じて、ごくわずかに変化するが、デラトゥーワ系[[The Delathouwers]の目は、その全体が、いわば変化に対する反逆者であり、このことは、彼らの純度の高さを証明する否定しがたい貴重な資質である。

体格もよく、平均よりやや上だが、過剰なものはない。

羽毛は豊富で引き締まっており、翼の幅が非常に広く、長く厳しいレースの必要条件を満たすために不可欠な飛行の能力とパワーの最初の要素の1つがこの翼によって明らかにされている。

羽ばたきをする大きな主翼は、出発点から羽の先端まで規則的に減少するのではなく、羽根の3分の2の部分からかなり強調されたうねりとなって、多くの主翼の羽根とともに曲がっている。

頭部は雄大で力強く、くちばしは中程度だが、根元がかなり広い。

主な色は、明るいチェッカーとブルー、暗いチェッカーとベロアで、黒と赤はこの中に含まれる。

私の父は、世界的に有名なこの系統の素晴らしい鳩を持っていた。この鳩は、毎年、全国的なレースに出場するために特別に用意され、6年間、一度も優勝者の中に入るのを逃したことがない、並外れた鳩であった。

1904年に34位、1905年に38位、1907年に155位と、常に数千のライバルに囲まれながら入賞を果たした。1909年、彼はナショナルレースで121位に入賞し、その1ヶ月後にはヴァンドーム競翔レースに出場した。このレースで彼は35位入賞を果たしたが、この時の惨劇は記憶に新しいところである。1911年に鳩舎を売却した際、彼はヴェルヴィエのルシアン・バスティン氏[Mr. Lucien Bistin] に買い取られた。


 ■全文翻訳研究 . No.024 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウエッゲ(THE WEGGES)■P35~P36■  ■■■  2022年8月11日(木) 15:55
修正
[P35]
ブリュッセル・愛鳩家の家長の一人である長老デルモット[Delmotte]の手になるものである。

スリス氏[ Mr. Sluys,]は、シャールベーク[Schaerbeek.]のジュール・ヤンセンズ氏[ Mr. Jules Janssens,]から提供された赤鳩ヴァン・シンゲン・ウェッゲ[Van Schingen-Wegge]の子孫によって、ウラン[Ulens]一族を表現していたのである。

ブリュッセルのヴィールマン[ the Wielemans of Brussels]、ドルーゲンボッシュのニヴェル[Nivel of Droogenbosch]、フォレストのスミッツ[Smits of Forest]、ヴェルヴィエのルールとハンセンヌ[Ruhl and Hansenne of Verviers;]、ブレーヌ・ル・コントのリンボー[Rimbeau of Braine-le- Comte]など、この系統の進化の歴史に名を連ねる多くの愛好家の研究により、これまで述べたいずれかの方法でウラン[Ulens]の血が存在することを彼らとともに証明することができます。

この研究で取り上げた鳩舎のほとんどがオークションの火をくぐってしまったことを考えれば、アントワープ大家の豊かで高貴な血が流れていない翼の部族は、実はベルギーには、ひいては世界にはほとんど存在しないと断言しても、過言ではないだろう。

そして、我々が列挙した無数のソドルスから借りたわけではないという口実で、自分たちのコロニーにウラン[Ulens]の血が流れていることを認めようとしない人たちも、我々がこれから研究する他の系統について語られれば、それを認めざるを得なくなるだろう。

■ザ・ウェッゲ[THE WEGGES]■

起源
ウェッゲ[Wegges]の起源を探ると、必然的にウラン[Ulens]族に行き着く。
しかし、一般的なリエールの愛好家が行った交配から生まれた品種は、時間の経過とともに与えられた組み合わせの中で、基の特徴の一部を失い、信じられないような方法で装飾され、独自の特徴を持つ極めて特殊な系統を形成するようになったのです。

シャルル・ウェッゲ[Mr. Charles Wegge ]は最初の鳩をアントワープの化学者シェウイック[Mr. Schewyck,]と、モンテ・ド・マルサンの一等賞の比類なき産物を作った学校長デ・ヴレンベ[De Vrembe]から入手した。

その後、彼はヴェケマン[the Vekemans],によるウラン[Ulens]に頼ることになるが、これらの新しい要素は、彼の鳩に驚くべき親和性を示し、それはブリーダーにとって、鳩舎の基本がウラン[Ulens]の血にあることを示す確かな証拠となる。

[P36]

さらに、ウェッゲ[Wegges]氏が上記の二人の愛鳩家から最初の鳩を受け取った時代、つまり1850年には、ウラン[Ulens]系が浸透していないアントワープの系統は珍しく、少なくとも、その成功によって際立った系統については、見つけることは不可能であるとさえ付け加えることができるだろう。

* * *

その成功によって、彼はすでに空想の頂点に立ちました。
ウェッゲ[Wegges]は、ヴェケマンがウラン[Ulens]族を自分の品種に導入する前、つまり成功の頂点にいた頃、次のような主要な代表種鳩を持っていた。

1■ "オールド・ブルー・プロダクトリス[“The Old Blue Productrice.]■
1897年に売却されたとき、彼女は産卵を中止していた。売却リストの9番の下に置かれ、不妊のため売却されず、ブリュッセルのルイ・デルヴォー氏[Mr. Louis Delvaux]に譲渡された。

2 ■"オールドレッドサイアー[The Old Red Sire]"■
この鳩は "オールドペイル[Old Pale] "の息子で、"ヴァンドーム[Vendome] "の妹である。後にVekemansのセールで購入したブルーウラン[blue Ulens hens]の雌鳩と結婚し、この鳩は鳩舎の主要なベースとなった。

3 ■"ザ・リトル・ブラック"[The Little Black]■
年代記が記念に残す最高の鳩である。モン・ド・マルサンのナショナルレースで35位に入賞した有名なブルーの息子である。同じ日、その弟の赤の雄鳩が同じレースで1位を獲得した。この赤の子孫によって、ジュール・ジャンセンス氏[Mr. Jules Janssens]の鳩舎と私の系統に、この血統がもたらされたのです。

4■ "ヴァンドーム[Vendome] "■は、世界的に有名な二引きの雄鳩です。2年間ブリーダーとして保留された後、再び訓練に出され、同じ年に4つの1等賞を獲得した。1895年のことである。

「ヴァンドーム[Vendome]」は、有名な「リトル・ブラック」と「オールド・ブルー・プロダクトリス」の息子であった。

5 ■"オールド・チェッカー・ヘン"[“The Old Chequer Hen.”]■
この雌鳩は比類なき雌種鳩であり、また非常に優れたレーサーであった。この雌鳩は、オーシュの13位、バイヨンヌの14位、トロサの17位、ビルバオの3位、バイヨンヌの25位を獲得しています。彼女がその驚異的な資質を発揮したのは、まさに長距離レースにおいてであった。

◇It is then that were added to these extraordinary pigeons(この並外れた鳩たちに、更に以下の種鳩が加えられた)◇

■"レッド・ヴェケマンス"[“The Red Vekemans."]■
この鳩は、彼の名を冠した愛鳩家のセールで購入されたものである。ウェッゲ[Wegges]の鳩舎が分散された瞬間、彼は不妊症になってしまったのだ。彼は、比類のない世代の鳩群の魂であり、私の父が成功の大部分を彼の息子の一人に負っていたのである。「レッド・ヴェケマンス」は、ウラン[Ulens]の有名な「ローテ[ "Rote”]」の直系の子孫である。

 【資料】■ "ヴァンドーム[Vendome] "の画像■・F・ジゴ氏[Mr. F. Gigot]所有の「ブルー・ヴァンドーム["Blue Vendome" ]」の系図  イレブン  2022年8月11日(木) 15:59 修正
・・・

 ■全文翻訳研究 . No.025 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウエッゲ(THE WEGGES)■P37~P38■  ■■■  2022年8月11日(木) 22:43 修正
[P37]

2.■ "ブルー・ウレン・ヘン"[“The Blue Ulens Hen.”]■
すでにお話したとおりです。シャルル・ウェッゲ[Wegges]は、常に近親交配をしないで作出してきたと主張してきた。これは虚言であり、それを指摘することで、彼の主張を取り違えてはならないと考えています。
事実上、2万フラン(当時の記録)をもたらしたウェッゲ[Wegges]の販売に関する系図を調べれば、そこにはしばしば我々の宣言の証拠がある。
読者を納得させるには、ウェッゲ[Wegges]が作出し、私の父に贈られたダックスのナショナルレース3位の「ブルーヴァンドーム[ "Blue Vendome"]」の系図を、以下に示すだけで十分である。

◇F・ジゴ氏[Mr. F. Gigot]所有の「ブルー・ヴァンドーム["Blue Vendome" ]」の血統書◇。


※左下画像参照


この系図から、ウェッゲ[Wegges]氏は、自分のお気に入りの鳩である「ヴァンドーム[Vendome]」と[Vendome]」の妹の孫娘を配合させており、近親交配を実践していることがよくわかる。

◇ウェッゲ[Wegges]の特徴◇

私たち(Gigot父子)は、ウェッゲ[Wegges]を純粋な状態で所有しているため、この系統を細部まで研究することができ、読者にその主要な特徴を説明することができる。

我々の観察は、有名な「ヴァンドーム[Vendome]」の孫を研究対象とした、この世に存在した最も高貴な血の、最も完全で最良の子孫に対して行われたものである。

この驚くべき子孫の中で、最初に注意を引くのは[P38]

瞳孔の広さと輪郭の明瞭さである。

瞳孔は目のほぼ3分の2を占めており、この点で、これ以上完全で完璧なものはないと思われる。

目の第二の円、つまり「相関の円」と呼ばれるものは、一般に非常に区別がつきにくく、このラインの最も純粋な眼の画像では、特に露出が難しくなっている。

この研究の最初の部分で、我々は特にこの点について愛好家の注意を喚起してきた。このような場合、「相関の輪」の存在を正確に説明するために、ルーペを使う必要がある。

この円は、瞳孔の色合いよりもかなり濃く、わずかに鮮明な薄い灰色の糸の様相を呈している。非常に薄いが、その鮮明さは通常、文句のつけようがない。

この系統の鳩を選鳩する際には、極めて慎重に判定をする必要があること、そして、一見すると「相関の輪」が存在しないように見えるが光学機器が明らかにしてくれる製品を文化から排除しないように、これまで述べたことに関して目の検査を我々の手段の限界まで押し進める必要があることを、いくら強調してもしすぎることはない。
そうでなければ、成功のバランスと品種の幸福な進化を壊してしまう危険がある。

しかし、「相関の輪」が非常に明白に示される対象に遭遇することは稀ではない。この場合、一般に最も濃く明確であるのは、くちばしの交連側から目の下の部分であることを述べたとおりである。

◆◆◆

虹彩の最初の円は、かなり顕著なオレンジ色で、ごくわずかなスペースしか占めていない。

この同じ部分の第二の円は明るい赤色で、栗色まで変化している。つまり、虹彩の第二の円の色合いが濃くなればなるほど、長距離レースの適性を示すということである。

この原則の価値を証明するものは、すべての純粋系統の目の研究において確認されている。

ヴァンドーム[Vendome]の子孫には、白い目の個体もいる。私たちは、この系統に属する同腹の2羽のハトのうち、1羽は白目で、もう1羽はオレンジ色の目をしているのを見たことがある。この特異性は、Wegge氏が非常に貴重で高く評価していた鳩によるもので、彼はこの鳩に "Simple "という名前をつけた。この鳩は「レッド・ヴェケマン[“Red Vekemans"]」と「オールド・ブルー・プロダクトリス[“Old Blue Productrice,]」の子で、母親は「ヴァンドーム[Vendome]」の異母兄妹である。


 ■全文翻訳研究 . No.026 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウエッゲ(THE WEGGES)■P39~P40■  ■■■  2022年8月12日(金) 1:57 修正
この眼球では、瞳孔はオレンジ色の眼球と同じであることがわかる。虹彩の「相関円」は一般に、いや常にと言えるほど明確で完璧であり、虹彩の二重円は繊細な赤褐色である。

通常、白眼のウェッゲ[Wegges]はレースで多くの資質を証明し、長距離レーサーとして並外れた能力を発揮するが、一種の特技を作り、それを自ら育成するのでなければ、あまり培養で探さないのが好都合である。
ウェッゲ[Wegges]の白の出現は、おそらくヴェケマン家の血の流れによるものだろう。

この品種は、赤地に白のレミーグやパイドヘッドがある品種と同じで、これはかなり稀である。これらの色合いは、「オールド・ブルー・プロダクトリス[“Old Blue Productrice,"]」と交配された「レッド・ヴェケマンス["Red Vekemans,”]」と、その娘に由来するものである。

これらの交配で生まれたブルー・プロダクト[the blue products]には、羽毛に白い羽毛や白い斑点が見られることがある。

一般的な特徴から見ると、ヴァンドーム[Vendome]は力強い鳩で、胸幅が広く、足が低い。頭部は非常に丸く、力強く、しばしば雌雄の区別を難しくしている。くちばしは中くらいで、(いずれにせよ、同じ系統の他の個体より弱い)ヴァンドーム[Vendome]の系統では目のワトルは極めて弱く、くちばしのそれは、古い個体でさえ、裂け目や溢れる

大あごのない非常にわずかな発達しか見せてくれない。

羽毛は豊富で、しなやかで硬くない。翅の大きな飛行は、我々がウラン[Ulens]族で発見したような大きさには至らないが、幅は広い。一般に考えられているのとは異なり、ヴァンドーム[Vendome]はキールがやや短く、一言で言えば、まさに羽毛の玉のような存在である。
勇気があり、長旅に強いのが特徴で、長く厳しいレースでこそ、その真価を発揮する。

このウェッゲ[Wegges]には、最高級のチェック柄の鳩が多く見られるが、羽の色は青に黒が混じっているのが特徴である。最も純粋なWegges鳩の羽には、通常、翼の第二小節の上に1つまたはいくつかの黒い点が見えます。この黒点は隠れていることもあり、その場合は翼を開いて見ることができる。

要約すると、ヴァンドーム[Vendome]家系のウェッゲ[Wegges]は理想的なレース鳩であり、この世で最高の鳩質を手に入れることができることを血統として立派に表現している、ということです。

[P40]

彼らはそのアンサンブルにおいて、視覚のみが明らかにする驚異的なイメージであり、最も懐疑的な人が感嘆の声を上げるエネルギーと資質の宝庫である。

この素晴らしい種族の生まれた他の血統でも、眼は「ヴァンドーム[Vendome]」のものと感覚的に異なるところはない。瞳孔はその美しさを保っている。虹彩の第一円は幅が広く、第二円より黄色に近く、特に赤の色調に適している。

また、「ヴァンドーム[Vendome]」よりも目に見える「相関の輪」は非常に薄いが、文句のつけようがないほど鮮明である。

その他の特徴も「ヴァンドーム[Vendome]」とは異なっている。頭部はより頑丈で、骨格はより発達し、クチバシはより長く、より広い。

羽毛は豊かで豊富であり、主な色はチェッカーカラーである。赤や淡い色は「オールドレッドサイアー[“Old Red Sire."]」の子孫であることを示している。

このアンサンブルはヴェケマン[Vekemans]に近いが、ヴェケマン[Vekemans]はウラン[Ulens]に特徴的な骨格やボリュームを保ってはいない。

◇伝播(Dissmination)□

この大愛鳩家 Wegges.は、自分の鳩を誇りに思うほどには鳩を大切にせず、彼の素晴らしいレース鳩がどの鳩舎で栄光を誇っていようと、彼の鳩を手に入れたいと願う友人の望みを常に叶えていた。

このように、ウェッゲ[Wegges]氏はその生涯において、多くの愛鳩家に確かな基礎の要素を与えたことは疑いのないことである。

この Wegges.鳩を直接所有している人の中で、まずシャールベーク[ Schaerbeek]のジュール・ヤンセン氏[Mr. Jules Janssen]を挙げる必要がある。彼は戦前まで鳩を手放すことがなく、当時、起源について述べた古い栄光のすべての最も純粋な子孫を我々に見せることができた人物である。

ジュール・ヤンセン氏[Mr. Jules Janssen]は、ウェッゲ氏[Mr. Wegge:]から直接鳩を導入した。

(1)彼の有名な「リトルレッド["Little Red,"]」は、「オールドレッドサイアー」とVekemansセールで購入した青いウラン[Ulens]雌鶏の子です。(私は個人的に、1911年に生まれた赤の雄鳩を所有していますが、これはJanssensrの "Little Red "の直系の孫にあたります。彼は13歳にもかかわらず、いまだに素晴らしい若さを保っています。)

(2)赤のVekmansの子であるチェッカー[A chequer]。この鳩は素晴らしい種鳩であり、勇敢なレーサーであり、飼い主の寛大さによって多くの子孫にその恩恵を与えた。

(3)モンテドマルサンのレースで優勝した鳩の息子で、チェッカー雄鳩、オリジナルのWeggesの本当のタイプである。



 ■全文翻訳研究 . No.027 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウエッゲ(THE WEGGES)■P41~P42■  ■■■  2022年8月12日(金) 2:01 修正
[P41]

(4)その他多数。

私の父は、[Mr. Jules Janssen]やウェッゲ氏と親密な関係にあり、この二人の愛鳩家から、夢にも思わないような最高の鳩を手に入れることができた。

その中から、以下のものをご紹介します。

(1)ウェッジ氏[Mr. Wegge's ]によって繁殖された「ヴァンドーム[Vendome]」の息子。この鳩は定着した後、常にプールで多くの賞を獲得し、1897年にダックスのグラン・ナショナルレースで道徳的に1位を獲得してその生涯を終えたが、公式には3位に分類されていた。(このとき、彼は公式には3着に格付けされた。(事情により、彼は罠にかかった後45分しかタイムインできなかったのだ)。この馬の血統は36ページで紹介したとおりである。

(2)Wegge氏のところで孵化したRed Vekemansの子で、同氏が飼育していた。この鳩は並外れたブリーダーで、ベルギー国内外に多くの鳩舎を作る基礎となった。30年前にブリュッセルで誰もが知っていた "Old Pale Hen "は、彼の娘である。

(3)リエールで繁殖され、爆撃された "Old Blue Productrice "の娘、青い雌鶏。

(4)「ヴァンドーム[Vendome]」の妹で、同じくリエールで繁殖され、その弟の子孫との近親交配のベースとなった青い雌鶏。この雌鳩は、父が鳩舎を移転した際に定住できなくなり、旧鳩舎の後継者であるG.Coekelbergh氏のもとに残された。彼女は、ショードール氏[Mr. Chaudoir]のセールで購入したグルーテルス系統[the Grooters strain]の鳩と一緒になり、彼のコレクションの基礎の一つとなった。

その後、MolenbeekのWellekens氏の手に渡り、彼の数々の成功の要素の大部分を提供することになった。
(5)モン・ド・ヌファルサン[ Mont-de-Nfarsan]のレースで一等賞を取った鳩の孫。
(6)オールドレッドサイアー[ "Old Red Sire."]の娘。

この2つは[Mr. Jules Janssen]から譲り受けたものです◇。

[Mr. Jules Janssen]と私の父は、これらの輝かしい祖先から生まれた子孫に惜しみない愛情を注ぎ、前代未聞の豊かな血をベルギー中に広めるという一貫した仕事に大きく貢献したと言える。

このようにして、すでに述べた愛好家のほかに、ワレンメのモンジョア氏、ブライン=ル=コンテのジュリオン氏、ヘーレンのメルセリス氏、フォレストのヴァンダー・クリュイセン氏、ディナンのL・ジゴ氏、その他多くの人々が、それぞれの植民地にウェッゲを導入するようになったのである。

1897年、この有名な愛好家の死後、フランシス・ウェッゲが兄を偲んで飼育していた最高の種雄から生まれた数羽を除いて、全種類が世界の四方に分散され、多くの愛好家がウェッゲを彼らの文化に取り入れることを許したのである。

[P42]

◇最後の競売名の主なバイヤーを挙げてみよう◇

モンのガイレス、ブリュッセルのシュメッツ、ブリュッセルのゲーコット、ブリュッセルのデレスポット モンスのガイレス、ブリュッセルのシュメッツ、ブリュッセルのギーコット、ブリュッセルのデレスペ、ブリュッセルのドパージュ、ブリュッセルのスリス、ブリュッセルのデルハイ、ウェスプレアのスウィッガー、◇ルヴァンのヴレシューワー、ブライン=ル=コンテのリンボー、ブリュッセルのデシラン。ルーヴァンのVleeschouwer、Brain-le-ComteのRimbeau、Vieux-CampinaireのDesirant、RansartのHaubursin、AntwerpのKieken、Vieux-DieuのCassiers、FleurusのRubanなどである。

◇その後どうなったか?◇

鳩の世界である程度の知名度を獲得したこれらの愛鳩家は、自然の摂理により、ある日突然、鳩舎を売却するよう命じられたのである。このような取引による繁殖を考えるならば、この種は世界中の主要な鳩舎で見られるに違いないと、結論付けざるを得ない。

ベルギーの実際の有力な愛鳩家で、ウェッゲ[Wegges]を賞賛しない者はいないし、ウェッゲ[Wegges]が彼らの系統の形成に大きな役割を果たしたことを否定しうる者はいない。

しかし、どこでもその資質と特徴を維持するように作出されてきたかというと、残念ながらそうとは言い切れない。私たちは、この文章を書くために、私たちの目の前に、あまりにも頻繁に、血統の中の最高の種鳩の直系の子孫を持っていた鳩舎は、科学を欠いた悲惨な文化の中で完全に消失していた。

* * *

1922年。フランソワ・ウェッゲ[Mr. Francois Wegge]氏はリエールで亡くなりました。1897年に兄が遺した鳩を、25年間、他の要素を一切取り入れることなく培養していたのである。

徹底的な選別と、彼の種族の数を数羽のペアに限定するという自らに課したルールにより、彼は死の間際に、想像し得る最も完璧なウェッゲのタイプを維持することができたのである。

ウェッゲ[Wegges]鳩舎を構成していた10種類の素晴らしい鳩を一般に販売することは、私の手に委ねられていた。一羽もレースに参加しなかったにもかかわらず(フランソワ・ウェッジ氏[Mr. Francois Wegge]は兄の死後、一度もレースに参加しなかった)、売却は記録的なものとなり、一羽あたり約3000フランの平均価格を実現した。

そのうち9羽は、純粋なウェッジ[Wegge]の文化を永続させるという意図で、同じウェッジファンであるジュンヴァルのセンテ氏[Mr. Sente, of Genval,]が購入したものである。

もう1羽は華麗で美しい赤毛の雌で、ベルギーの首都ブリュッセルで最高の愛好家の1人であるパエリンク氏[Mr. Paelinck]が購入し、すでに所有している同じ系統の雌と交配させるために購入したものである。

 【挿入資料】 Charles Wegge関連資料  イレブン  2022年8月15日(月) 5:55 修正
上画像:Charles Wegge関連資料@:関口龍雄著『鳩と共に70年』P76より引用
   ※関口龍雄は「Charles Wegge」を「シャルル.ウエッゲ」と表記している。一般には「カレル・ウエッゲ」との表記も多いが同一人物のLierの製粉業者Charles Weggeのこと。

下画像:Charles Wegge関連資料A:Charles Weggeの製粉工場の写真、鳩舎はその工場の裏手にあった。風車の右建物が住居でその横に付属して建てられていた。

 ■全文翻訳研究 . No.018 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]について■  イレブン  2022年8月8日(月) 16:44
修正
第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]では、冒頭の項で
「私たちが今日飼育していいるレース鳩は、比較的最近できたもので、河原鳩から生まれた品種であり、その組み合わせの栄誉はアントワープの愛好家、ウラン氏に帰する」と述べ、ウランに始まる現代のレース鳩の起源のから始まり、ここから派生した代表的な銘系の特徴とその伝播のあらましを次のように展開していきます。

[1]THE ULENS
[2]The Vekemans and the Van Schingen
[3]THE WEGGES
[4]The Wegge-Grooters
[5]THE GROOTERS
[6]THE PITTEVILSS
[7]THE HANSENNS AND THE RUHI
[8]THE DELATHOUWERS

その展開にあたって特徴的なのは、それぞれの系統の眼の特徴をキチンと描写していところです。相関の輪などの眼の構造や色についてそれぞれの系統でどのような特徴や傾向が見られたかが分かるように書かれています。


 ■全文翻訳研究 . No.019 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS—THE VAN SHINGEN]■P25~P26■  ■■■  2022年8月8日(月) 16:57 修正
[P25]
■銘系の研究■

◇起源について◇

レース鳩の起源を探る仕事は、何人かの著者が引き受けているが、ここで、われわれの飼育しているレース鳩がどのような品種に由来するかを完全に解説することは無駄だと思われる。

ダーウィンは、その『種の起源』において、最も断定的な見解を示している。彼は、鳩のさまざまな種族間で観察される違いがいかに大きいものであっても、すべての品種はすべて同じ祖先である河原鳩(Colombia livia)の子孫であるとみなしているからである。

品種が生まれなかった極めて遠い時代に岩鳩が受けた生活条件の多様性は、生物、属、形態、器官、さらには人間の気まぐれに至るまで、修正することによって影響を及ぼし、実際の瞬間には、元の型から大きく外れた品種を誕生させたのであり、それらを多くの全く別の種に分類することができる-とダーウィンは言っている。

私たちが今日飼育していいるレース鳩は、比較的最近できたもので、河原鳩から生まれた品種であり、その組み合わせの栄誉はアントワープの愛好家、ウラン氏に帰する。

このマニアが得た被写体の優秀さは、すぐに認識されたので、我々が実際に所有している鳩のレーサーはすべて、その血管の中に その血が流れていると断言しても差し支えないだろう。

何人かのブリーダーの手によって、ウランタイプはいくつかの変容を遂げ、同じ起源を持ちながら、他の特徴を獲得した。

ヴェケマン[Vekemans]やヴァン・シンゲン[Van Schingen]とは切っても切れない関係にあるユーレンス、ヴェッゲ[Wegge]、グルータ[Grooters]、デラトゥーワー[Delathouwer]、ピッテビル[Pittevil]、ハンセンネ[Hansenne]、ルール[Ruhl]などがそれである。
これらの品種について、その細部を検証することに専念する。
* * *
我々は、一部の偉大な近代的な愛鳩家が、系統を形成しているように見せかけ、その鳩が自分たちの系統に属していると宣言している。

[26]

しばしば、そのような手続きは、単なる虚栄心の結果でない場合、彼らは単に金儲けの観点から提案されています。

鳩の専門家としての長いキャリアの中で、私たちは何百ものロフトを見、何千羽もの鳥を観察してきた。しかし、真実は、私たちがこれから話す偉大なブリーダーによって何年も前に作られた偉大なファミリーに、新しい呼称でランクされるに値するような特殊性を持った鳥には、おそらく1つか2つのごくまれな例を除いて一度も出会わなかったことを宣言しなければならなくなるだろう。

それどころか、私たちの手に渡った対象がどんなものであったとしても、それが見るに値しないものであったり、繁殖に優先すべき基本法則から外れて飼育されていたりしなければ、その起源をたどり、少なくとも次の章で述べる母系に結びつけることは、常に簡単な仕事だったのである。

■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS—THE VAN SHINGEN]■

□Mr. Ulensミスター・ウラン□

コロンボフィルムの進化の問題に触れると、アントワープの有名なファンシャーの名前を黙って見過ごすことはできない。

ユーレンスの品種が導入されていないロフトは存在しないとよく言われる。このことはやがて証明されるだろうし、我々がこのファミリーの進化について行った研究の主題は、この点に関して人が持ちうる最小の疑念も消滅させるだろう。

ユーレンス氏は最高のブリーダーであっただけでなく、紛れもない資質と、彼と同時代のレースに対する優位性によって、単独で生き残ることを強いられる王朝鳩系統の真の創設者であったのである。

ユーレンス氏は、空想がまだ未熟だった時代から、当時存在していた不完全な種に手を加え、ベルギーに輝かしく力強い品種を誕生させた。

この驚異的な使者たちの起源は何だったのだろうか。
この偉大なファンシャーの親しい友人であるアントワープのP.Voot氏は、Ulensの鳩は "Persian Messenger"、"Tumbler"、"Smyter "を組み合わせた結果であると断言しています。

私たちは、それらを研究し、自分自身を指導するために、見ることを望んでいたのです。

(つづく)

 ■全文翻訳研究 . No.020 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS—THE VAN SHINGEN]■P27~P28■   ■■■  2022年8月9日(火) 2:08 修正
[P27]
しばしば、そのような手続きは、単なる虚栄心の結果でない場合、彼らは単に金儲けの観点から提案されています。

鳩の専門家としての長いキャリアの中で、私たちは何百ものロフトを見、何千羽もの鳥を観察してきた。しかし、真実は、私たちがこれから話す偉大なブリーダーによって何年も前に作られた偉大なファミリーに、新しい呼称でランクされるに値するような特殊性を持った鳥には、おそらく1つか2つのごくまれな例を除いて一度も出会わなかったことを宣言しなければならなくなるだろう。

それどころか、私たちの手に渡った対象がどんなものであったとしても、それが見るに値しないものであったり、繁殖に優先すべき基本法則から外れて飼育されていたりしなければ、その起源をたどり、少なくとも次の章で述べる母系に結びつけることは、常に簡単な仕事だったのである。

◇ザ・ウランズ(THE ULENS)◇。

□ヴェーケマンとヴァン・シンゲン□。

●ミスター・ウラン

コロンボフィルムの進化の問題に触れると、アントワープの有名な愛鳩家の名前を黙って見過ごすことはできない。

ユーレンスの品種が導入されていないロフトは存在しないとよく言われる。このことはやがて証明されるだろうし、我々がこのファミリーの進化について行った研究の主題は、この点に関して人が持ちうる最小の疑念も消滅させるだろう。

ユーレンス氏は最高のブリーダーであっただけでなく、紛れもない資質と、彼と同時代のレースに対する優位性によって、単独で生き残ることを強いられる王朝鳩系統の真の創設者であったのである。

ユーレンス氏は、空想がまだ未熟だった時代から、当時存在していた不完全な種に手を加え、ベルギーに輝かしく力強い品種を誕生させた。

この驚異的な使者たちの起源は何だったのだろうか。
この偉大なファンシャーの親しい友人であるアントワープのP.Voot氏は、Ulensの鳩は "Persian Messenger"、"Tumbler"、"Smyter "を組み合わせた結果であると断言しています。

私たちは、それらを研究し、自分自身を指導するために、見ることを望んでいました。 

[P28]

ビーマーツ[Beemaerts] はウレンス[ Ulens ]で使用人として働いており、ロフトの管理は彼の唯一の仕事とは言わないまでも、主要な仕事の一つであった。アントワープの古い愛鳩家たちは、ビーマーツ[Beemaerts]は自分が世話をすることになった素晴らしいコロニーの真の教育者だったとさえ言っている。

確かなことは、何人かの愛鳩家が、ビーマーツ[Beemaerts]の寛大さによって、彼自身からは得られなかったであろう、第一級の価値を持つ鳩を手に入れたということである。

◇特徴◇

純粋な状態では、私たちが話している系統の特徴は、白い目を持っています。瞳孔はよく発達しているが、ある家系では誇張されている「相関の円」は一般的に非常に明確に定義され、規則的にマークされている、虹彩の第一円は白く、第二円より広い。虹彩の第一円は白色で第二より広く、第二円はかなり縮小されて糸状になり、その色調はバラ色から繊細な赤色までさまざまである。

このような特徴は、最も完全な被写体の目であり、アントワープの銘血の中で最もよく固定されたものである。
羽毛の色については、ウーレン[ Ulens ]族で優勢な色はミーリーで、その中にはシルバーペイルやレッドエナメルも含まれている(1)。また、稀にブルーやチェッカーも見られるが、分類するのは難しい。

(1) レッド・エナメルは、イーブン・レッドとレッド・チェッカーの間の明るい氷のような茶色の色合いである。

文化では、羽毛の分け目がこれまで述べたものから逸脱しそうになると、すぐに目が修正される。
このように、グレー、レッド、ビオレになると、虹彩の第一の輪の色合いが白からオレンジに変わり、第二の輪が赤の色合いに濃くなる傾向が見られる。

しかし、その形態において、オレンジ色の目は、白目の形から逸脱することはなく、白目は両者の間の異なる円に対する相対的な比率を維持する。相関の円は変化せず、常に非常にはっきりとしており、虹彩の最初の円はオレンジで、2番目の円は濃い赤である。

身体的には、シルバーペイルは素晴らしい個体で、頭部は中くらいで均一である;しかし、時には、それなりの強さを示す;ワタリは規則正しく、深いしわはない;クチバシは中くらいで、基部がかなり広い;目の膜は誇張されていない;羽毛はかなり豊富である。

羽毛はかなり豊富で、ある種の繊細さがある;翼と尾の羽毛は非常に幅広く、子鹿色の縞模様があり、これは必須条件である

 ■全文翻訳研究 . No.021 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS—THE VAN SHINGEN]■P29~P30■   ■■■  2022年8月9日(火) 2:28 修正
[P29]

眼球は白、すなわち原型であるが、全く同じ身体的特徴を示す同族の被検体も知っており、その場合、虹彩の第一円は橙、第二円は暗赤である。

シルバーでないミーリーやグレイはシルバーペイルとすべての点で同じであるが、彼らにはオレンジの目が一般的である。羽の第一小節の上に、羽と尾のどちらかに黒点や黒羽があり、雌も雄も同じである。

ヴァン=エンデルト[Van Endert]のタイプは、最初の起源がウラン種に関係する他の種に比べればかなり少ないが、前述のように、他の系統のウラン種には極めて珍しい黒色をしており、この種を別のクラスに分類することを促すかもしれない。

しかし、最も純粋な個体では、尻の下と肛門の周りにある羽毛と膝から上の脚を覆う羽毛が灰色がかった青色である。なぜなら、白の羽毛にも同じような特徴があり、あらゆる系統、あらゆる色の鳩によく見られるからである。

性差と羽毛の相関関係を論じたある著者は、淡色や赤色の羽毛では、黒色の痕跡は雄鶏にしか見られないと主張しているが、私たちは特に複数の雌鳥でこのことを発見している。

一般に白目を持つ銀色ペールでは、オレンジ色の目を持つ個体が培養される。逆に、非銀色ペールやグレーでは、同様に白目を持つ個体が時折見られる。

赤は、銀色、青白い、または灰色と同じ物理的特性を持つ。レッドは、飼育者の手の中で培われた方向性によって、オレンジか白のどちらかの目を持つようになります。

ブルーとチェッカーは白目である。これらの品種は一般に、線があまり強くなく、粗くなく、つまり調和がとれている。羽の色が濃くなると、白目からオレンジ色に変化する。

ウレンの子孫によく見られる特徴的な兆候は、体と首を覆う羽毛の中に、裏側に生えているように見える羽毛があることで、これはある種のファンシーでクラバットと呼ばれるものである。また、鳩の背中の、尾の始まりより少し高い位置にある羽を見つけたことが何度かある。

これは特にユーレンス植民地の被験者に起因するもので、首のところどころにこのような模様があり、そのため「ロート」という姓がついたのである。

一般に、ウーレン族は翼が硬いと非難される。つまり、私たちが彼らの翼を開くには、一般のハトに必要な力よりも大きな力が必要なのだ。このことは、彼らの起源についてすでに述べたことを裏付けるものではないだろうか。つまり、彼らの血には、ペルシャの使者であるキャリアーの血が混じっており、そのため、すべての被験者は翼が極端に硬くなるのである。

[P30]

■ヴェケマンとヴァン・シンゲン[The Vekemans and the Van Schingen]■。

もし、私たちが、Ulens.とVekemansとVan Schingenを同じ章に含めたとしたら、それは、この後者の2つの品種が最初の品種と絶対に同じだからである。

後でそれを証明する。

ヴェケマン[Vekemans]の鳩は、ウラン系の継続による産物であり、これらの後者の特徴に関して何ら異なるところはない。

ヴァン・シンゲン[ Van Schingen]も同様で、唯一の特徴は、頭部と首の始めに灰色があることである。

ある種の被写体では、この特殊性は、頭全体を包む灰色がかったフードの形で見られる。あるいは、より一般的には、同じ色調の表面がくちばしの下から始まり、首の下で1センチ半から2センチまで延びているという形で見られる。

◆◆◆

原種のウレン[Ulens] の中には、真っ黒なものもあるが、この色を排除した一族の創作者は、この色を無視したようである。

しかし、アントワープのヴァンエンデルト[ Mr. Van Endert of Antwerp,]という人が、黒いウレンを専門に作出し、アントワープの偉大な愛鳩家である故ギッツ氏[Mr.Gits]が、ヴァンエンデルト氏から非常に良い種鳩を得たと、自ら証明している。

ブリュッセルの偉大な愛鳩家、Wielemans氏の系統の血統書(私たちはそれを手にしていました)にも、1886年にVekemansのセールで純粋なVan Endertを購入したことが記されています。

Wielemans氏の死後、最近亡くなったBrusselsのBoucher氏が純粋なVan Endertの飼育を続け、彼が非常に純粋に飼育しているだけでなく、そのタイプがわずかな狂いもなく保たれているこれらの鳩をいかに誇りに思っているかを多くの場面で話している。

ヴァン・エンデルト[Van Endert]のタイプは、最初の起源がウラン種に関係する他の種に比べればかなり少ないが、前述のように、他の系統のウラン種には極めて珍しい黒色をしており、この種を別のクラスに分類することを促すかもしれない。

しかし、最も純粋な個体では、尾翼の下と肛門の周りにある羽毛と膝から上の脚を覆う羽毛が灰色がかった青色である。なぜなら、白の羽毛にも同じような特徴があり、あらゆる系統、あらゆる色の鳩によく見られるからである。

 ■全文翻訳研究 . No.022 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS &;THE VAN SHINGEN]■P31~P32■  ■■■  2022年8月9日(火) 3:13 修正
[P31]

目は、ウラン[Ulens]の特徴を扱った章の冒頭で説明したものと同じで、オレンジ色または白色である。しかし、白色の目を持つ被験者の中で、最も難しいレース鳩に遭遇することが分かるだろう。

ヴァンエンデルトは短距離飛行者としてはまったく信頼できないが、ひとたび400マイルの距離に達すると、素晴らしい結果を達成する。

□伝播□

さて、ウラン[Ulens]がどのように海外に散らばり、現代ではこの驚異的な系統の血を見かけない鳩舎はないほどになっているのかを見てみよう。

まず、ウラン[Ulens]から直接生まれた、独自の名前を持つ2つの品種がある。それは、先に述べたVekemansとVan Schingenである。

1869年にウラン[Ulens]が4羽の鳩を除いてすべて売却したとき、その鳩をアントワープのウイッズ氏[Mr. Wuydts,]が購入した。その後、鳩はアントワープのピッテビル氏[ Pittevil]とデブルイン氏[Debruyn]の手に渡り、デブルイン氏[Debruyn]が鳩を売却すると、鳩はアントワープに戻った。後者が自分の鳩を売ったとき、買い手になったのは当時アントワープ動物園の園長だったヴェゲマンス氏[ Mr. Vegemans]であった。

1869年の売却でウラン[Ulens]氏が自分のために確保した4羽の鳩は、3年後の1872年にアントワープのサルスマンス氏[Mr. Salsman]に処分された。

1883年、サルスマン氏[Mr. Salsman]は自分の鳩をヴェケマン氏に売却し、ヴェケマン氏に雇われ、動物園の園長が亡くなるまでそのコロニーに入り浸ることになる。

このことは、Vekemansが最も純粋なUlensの文化を受け継いだものであることを証明している。
この愛鳩家の死後行われたヴェケマン家[Vekemans]の売却は、リエールのウェッゲ[Wegge, of Lierre;]、ヴェルヴィエのハンセンヌとルール[Hansenne and Ruhl, of Verviers]、アントワープのソッフル[Soffle, of Antwerp]、ボルゲルハウトのファンデヴェルデ[Vandevelde, of Borgerhout]に、彼らの時代の最も驚くべき鳩を高値で購入する機会を与えたことは事実である。しかし、これらの愛好家のほとんどは、自分たちの文化を豊かにするために、これらの鳩を手に入れたに過ぎない。こうして、時が経つにつれ、彼らの子孫は、新しい所有者の名のもとに、その素晴らしい性質を持つ品種を、Vekmansから借りて、広げていった。

◆◆◆

アントワープで最も優秀な愛好家の一人であるデリー氏[Mr. Deley]は、「ヴァン・シンゲン氏[Mr. Van Schingen]は、自分の鳩舎にウラン[Ulens]の鳩舎から直接来た鳩を飼っており、同じ供給源から得た血統によって、彼を有名にした」と述べている。

[P32]

そのため、私たちの時代のほとんどの鳩舎で表現されているUlensがどのように発見されたのか、議論の余地のない方法で証明するために、我々は言及することになる愛好家の多くは、まだ私たちの中にあるので、利点と我々の研究の価値を示す定点から開始し、必要に応じて、我々が関係している事実の信憑性を確認することができました。

◆◆◆

1890年、つまり今から30年以上前、ブリュッセルで最高の愛鳩家の一人であるデヴァレリオラ氏は、チャールズ・ミルズ氏のセールで、アントワープのクレマーズ社による純粋なヴァン・シンゲン(むしろフォーン)のメイリーコックを購入しました。このフォーン・ペール1羽から、シルバー、ペール、グレーが生まれ、ベルギーの首都で最も古い歴史を持つ、この素晴らしい愛鳩家の鳩舎を形成し、これからも形成し続けるだろう。

この鳩は、ウラン[Ulens]家からヴァン・シンゲン家を経て、ブリュッセルのクラッセンス氏に贈られたものである。

この鳩は、ウレンスからヴァン・シンゲンを経て、すべてのコロンボフィルの中心地で発展していく、多くの分岐点の原点である。いわば、天を衝く系譜の幹であり、全世界に枝を広げている。

しかし、忘れてはならないのは、私たちが選んだこの最初の地点のそばには、デヴァレリオ・タ氏が描いた鳩に象徴される他の地点があるということだ。

デヴァレリオ・タ氏が多くの愛鳩家に贈った鳩に代表されるものがあることを忘れてはならない。

一方、クラセンス氏はアントワープのバンデンアインデ氏から、灰色のコックペール、銀色の反射に灰色の痕跡がある、クレーメル作の純粋なバンシンゲンを入手したが、これも悪名高く、ウラン[Ulens]の同じ子孫から来たものであった。

クラッセンの血縁関係による系統は、すでにお分かりの通りです。この鳩は、リエネのシャルル・ヴェッゲが飼育していた赤いコックから生まれたもので、この鳩は私の父に贈られ、同時に、有名な「ヴァンドーム」の母である「ブルー・プロダクトリス」から生まれた美しい青い雌鳩も贈られたのである。

デューニーガーデン氏の鳩は、私の父がアスのワウタース氏に譲渡した鳩と密接な関係があり、この鳩はダックスで開催された大規模な国内公式レースで1位を獲得している。

私の父が所有していた赤のコックは、アントワープで行われたヴェークマン氏の鳩舎の売却で、ヴクゲ氏が購入した赤のコックの息子である。この鳩は、有名なアントワープの愛鳩家の "ローテ "の直系であるため、同様にウラン[Ulens]家のものであった。

これらの鳩は、クラセンス氏にとって、素晴らしいコロニーの出発点であり、彼が得た無数の成功によって、彼の名を勝利に導くことになったのである。

 ■全文翻訳研究 . No.023 ■:【THE EYE - A Treatise on "Eye Signs"and a Study of the Eyes of Great Families of Homing Pigeons(論説:レース鳩のアイサインと代表的系統の眼の研究)by George F. Twomblysi.■第V章 銘系の研究[STUDY OF THE GREAT FAMILIES]■■ザ・ウラン(THE ULENS)−ヴェケマンと-ヴァン・シンゲン[THE VEKEMANS &;THE VAN SHINGEN]■P33~P34■  イレブン  2022年8月11日(木) 15:25 修正
[P33]
こちら側では、ウラン[Ulens]族は名前を失い、何の理由もなくクラッセン[Classens]と呼ばれるようになった。

今日、彼らはどこでもそう呼ばれている。

しかし、大衆は、この一族の起源と真の進化を無視し、偉大な古代の名前を背景にとどめ、同時代の(今では多くの同時代の)名前を称えることを望んだのである。
これは、学問や民族の文化という観点からは、非常に重要なことである。

しかし、私たち、そして偉大な系統の進化を追っているすべての人にとって、それらは単にUlensなのである。

◆◆◆

1896年、ブリュッセルのドパージュ氏[Mr. Depage]はデヴァレリオラ氏[Mr. Devaleriola] から、クラセンス氏[Mr. Classens] に贈られた「オールドペイル[“Old Pale”]」の孫と、アントワープのバンデンアインデ氏[Mr. Vanden Eynde]から受け取った「オールドグレー[“Old Grey” ]」クラセンスの娘から生まれた2羽の若いペイル[Pale]も受け取っている。この2羽の若い鳩は、デパージュ氏[ Mr. Depage ]が繁殖用として確保したもので、したがって純粋なウラン[Ulens]である。そしてまた、私がどうしても不倶戴天の党派である親族間の同盟の実践を証明する。それは、私がコンサングムの学校のコース[ the course at the school of consan]に従ってきたからではなく、この方法を実践しない人、知らずに採用している人にさえ見られる、驚くべき結果をもたらすと経験によって確信しているからである。

クラッセンとデパージュ[Classens and Depage]の販売、交換、贈与、手から手への販売によって、この2系統の鳩はあちこちに散らばった。

この点では、今日でも、先に述べたいずれかの系統を引き継いだ鳩を基礎としていることで有名な多くの鳩舎で、私たちが何年も前に知っていた、紛れもなく純粋なウラン[Ulens]の生きた肖像である鳩を賞賛できることは事実である。

彼らは常に、遠い世代の祖先と同じ特徴、同じ羽の色、同じ目の色をしている。

例えば、ウックル[Uccle]のベルクマン[Berckmans]とノイエンツ[Neuenz ]、ポン・ア・セル[Pont- a-Celles]のカイシン[Kaisin]、ワンフェルセ[Wanfercee]のヘナンとセヴラン[Henin and Sevrin]、モンサン・ギベール[Mont-Saint-Guibert]のボレなど、よくできた鳩舎の群れの中では、誰でも我々の言葉をコントロールできるだろう。

これらの名前を挙げたのは、彼らが筆を執ったからであり、特に、これらのコロニーの主題を検討した結果、驚異的に保存されている型の統一性について、我々に深い印象を残したからである。

[P34]]

ベルクマンス氏[Mr. Berckmans]は、クラッセンの49番の子孫[ number 49 of the Classens ]によって、この種族を導入した。この鳩は、この研究の始めに問題にした有名なグレイ・ヴァン・シンゲン[grey Van Schingen]の孫の息子である。

同じ競売の5番は、当時としては高値の330フランで落札され、ウラン[Ulens]一族の最も完璧なタイプの生き写しであった。

Neunez氏はDroogenboschのNivel氏からUlensを入手している。彼はVandenborre氏から鳩を入手した古い愛鳩家で、彼はUlenの鳩舎の責任者であるBeemaertsから直接鳩を入手している。

カイシン氏[Mr. Kaisin]はこの鳩をデパージュセールの6番[the number 6 of the Depage sale]で所持している。この鳩は、デヴァレリオ氏[Mr. Devaler- iola ]がミルズセールで購入し、その後クラッセンス氏に譲渡した「オールドパレフ( "Old Palev )」の孫娘の息子であることは前述したとおりである。

◆◆◆

ベルギー全土、さらには海外にまで高貴で寛大な血を広めることに多大な貢献をしたデヴァレリオラ、クラセンス、ドパージュ[the Devaleriola, Classens and Depage]の傍らには、同じように普及に大きな貢献をした、忘れてはならない愛鳩家たちがいる。

ウックルのヴァンデンボレ氏[Mr. Vandenborre]は、誰もが知っているウラン[Ulens]であるビーマートの素晴らしい作品を、その純度の高さそのままに所有していた。

ウックルの愛好家たちは、ヴァンデンボレ氏[Mr. Vandenborre]の使用人の寛大さによってウラン[Ulens]を所有することになった。このコロンビア・フィルの中心地では、特定の鳩舎で優勢なハンサムな雄が代表的である。

フォレストのロレット氏[ Mr. Lorette of Forest,]の鳩は、カシアー家とスミッツ家によるウラン[Ulens]で、彼もまた有名になった時期があった。

カシアーはウラン[Ulens]の繁殖に非常に重要な役割を果たした。事実上、この愛鳩家はこの種を最も純粋な状態で所有していたが、ヴェミンメンやビーマート[the Vemimmen and the Beemaerts]、そして主にアントワープのルイ・デヴォス[ Louis Devos]によってもたらされたことを知ることができる。

この最後の子孫が、有名なペール色の「デハル[“Dehalu”]」と、それに劣らず有名なペール色の「コメット[“Comet,”]」を生み出し、彼はダックスのナショナルレースで1等賞を獲得したのである。

「デルモット[“Delmotte,”]」にも他の原産地はなく、この貴重で無尽蔵のウレンの源から、このアマチュアは、主にヴァン・シンゲンによって、ずっと以前に彼をあらゆる意味でコロムビアチャンピオンにした成功の要素を引き出したのである。

ブリュッセルのアンドレ・スルイス氏[Mr. Andre Sluys]の鳩舎も、その大部分は同じ品種をベースにしたものであった。20年ほど前、自国の最も有名な愛好家の一人であった彼は、ヴァン・シンゲン氏から直接受け取った「オールド・ペイル[“Old Pale”]」という雄鳩でウラン[Ulens]を所有した。

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