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 11月12日放鳩網野500Kレース参加19YT005393BC♀が今朝帰還しました!  イレブン  2020年12月13日(日) 10:26
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11月12日放鳩網野500Kレース参加19YT005393BC♀が今朝帰還しました!31日目帰還です。

足が真っ黒だったので洗ってやりましたが、げっそりと肉が落ちていました。相当苦労して帰ったようです。この鳩の翔歴は、以下のようになっています。

19年秋 200K2位、300K記録
20年春 100K200k300k500k各記録
20年秋 100K200K各記録、300K9位、500K31日目帰還

明年の1000K候補です。

 新装!!  King of MEart  中間ホルモン  イレブン  2020年12月13日(日) 3:15
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12月5日に新装になったばかりの帝王パパさんのお店です。昨日行ってきました。7月にお邪魔したときは、まだ工事中でした。玄関の大きな看板に「King of MEart  中間ホルモン」とあり、とってもおしゃれなお店になっていました。「Since 1952」の文字に歴史を感じました。

 ・・  イレブン  2020年12月13日(日) 3:18 修正
・・・

 金曜日の華丸大吉さんの「なんしよっと」で紹介されたパン屋さんにも行ってききました。  イレブン  2020年12月13日(日) 3:29 修正
昨日の朝は、金曜日に、華丸大吉さんの「なんしよっと」で紹介されていた吉井町のパン屋さんにも行ってきました。パン好きの妻がお気に入りのようでした。

  ■■『Piet de Weerd 研究』035■■  [ピート・デヴィート回想録035「成功者ラベーウ」(『DIE BESTEN TAUBEN UND ZUCHTER DER WELT Piet de Weerrd』ドイツ語版翻訳》 (出典:『愛鳩の友』1998年10月号 )  イレブン  2020年12月10日(木) 3:06
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『Piet de Weerd 研究』を再開しますね。

現在のピートさんの話題は、ステッケルバウト系です。ボスチンの活躍からこの話題が始まり、この回想録35から、ステッケルバウトの系統確立の経緯をかなり詳しく語っています。

ピートさんの話は、あくまで、欧州鳩界のレースマンを対象として語っています。当時の鳩界のある程度の常識的知識を想定して語っていますので、イレブンのような輸入系オンチには、結構解読に苦労します。

ピートさんは、ここでも、濃密な近親交配の重要性について倫を進めていますが、このことをよく理解するためには、このステッケルバウト系の主要な銘鳩達の系図も理解する必要があります。

そうしたことから、資料の補足や簡単な考察等の加えながら、進めていければと考えています。

 ・  ・・  2020年12月10日(木) 3:19 修正
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 ステッケルバウトの最良の鳩を巧みに使いこなし、ダニエル・ラベーウは戦前から戦後を精鋭少数で戦ってきた。38年、39年の2年連続”西フランドル連盟”チャンピオン獲得、戦後はアンタント・ベルジュやクーレヘム・サントルに集まる大物鳩舎を相手に数多くの戦績を収めてきた。

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 ■ ラベーウ、偉大なチャンピオン ■   前月号より続き  Piet de Weerd  2020年12月10日(木) 3:21 修正
 さて、ヴェルホイエの遅生まれの鳩を手に入れたラベーウは、これに「フリッケ」と言う名前を付けました。おそらく聖人ゴーデフリドゥスの愛称だと思われます。

 「フリッケ」は、まさに奇跡の鳩でした。最初はしばらく種鳩鳩舎で過ごしましたが、その後専門的な訓練を受けてから、オルレアンの長距離レースに送られました。1938年にはボルドーから、罰として28日間に3回も飛ばされました。というのは、このトリは帰還しても屋根の上にとまっていて、鳩舎に入ろうとしない悪い癖があったのです。

 「いつも先頭を飛び、自分がこれまでに見た中で一番タフな鳩」とラベーウは言い切りました。

 もう少しラベーウの話を続けましょう。というのも、彼はアロワ・ステッケルバウトの配合法システムを徹底して実戦することをためらわなかったからです。ラベーウはベカールトの速い雄鳩と、ヴェルホイエの「フリッケ」をヴェルモーの「88」の全姉妹二羽と掛け合わせ、何年もの間、レイエ地方のチャンピオンの座にありました。

 良い鳩を生むのはほんのわずかなカップルです。そしてわずかなエリートファミリーが重要な国内レースを制するのです。

 1938年と1939年、ラベーウは強力な「西フランドル連盟」のチャンピオンになりました。それも、1945年以降アンタント・ペルジュやクーレヘム・センターのレースに決まって登場する大物相手にです。ラべーウはすでに戦前から有力なイーペル・センクJで100キロメートル以下のレースに出場して賞金を稼いでいました。その戦績は多くの人にはまねできないものでした。

 1944年12月14日、ラべーウはコルトレイクでオークションを開きました。ただ、時期が悪すぎました。誰も金を持っていなかったからです。それでも40羽の鳩が52450フランで売れました。けれどもし3年待ったなら、開違いなくこの3倍にはなったでしょう。最良のスッテケルバウトは戦前の鳩ではなく、戦中から戦後にかけて作られたものです。それらのうち、私か良く知っていた鳩を2羽挙げます。

@41-109691
 アロワの鳩舎で生まれた黒のホワイトフェザー。31年の「アウド・ズワルト」と34年の「フーデ・フレーゲ」から生まれた雌鳩です。つまり、7歳の雄鳩と10歳の雌鳩を掛け合わせた成果でした。しかも、それらが母と子であったのは決して偶然ではありません。アロワは品質とクラスだけに注意を払い、年齢や近親関係はいっさい考慮しなかったのです。

A44-199009
 黒の雄鳩。ステッケルバウトがかつて持っていた最良の鳩「フーデ・ブレーケ」34-13236983の直子でした。母は41-109691の全姉妹、つまり「フーデ・ブレーケ」と「アウド・ズワルト」との直娘です。

 ステッケルバウトはこの2羽のほかにも、ラウヴエに住んでいる友人のフランス・クルーツと、ワーレンヘムのマルセル・デスメからも何羽か手に入れました。ラベーウはクルーツと、ワーレンヘムのマルセル・デスメからも何羽か手に入れました。ラベーウは鳩のエキスパートとしては、デヴリーントやボステインにも匹敵しました。いずれにせよ、彼は交配や近親交配の技術にたけていることを証明したのです。

 「アウデ・フリッケ」のリングナンバーは、33-3267043、その息子「ヨング・フリーグ」は37-3069874でした。「ヨング・フリーク」の母親は36-3273116、すなわちジュール・ヴェルモーのあの青の鳩です。1947年、この雌鳩か10歳のとき生んだ「フーデ・ズワルテ」は、1949年スーティエンで開催されたシャトールINで4664羽を押さえて優勝しました。

 ■スーティエンでラベーウ勝利■    2020年12月10日(木) 3:26 修正
 スーティエンは、ベンドグルッヘのガブリェル・ヴァンデンブッセとバッティスのギローム・ペーテルシンが数十万フランもの大金を賭けて戦ったことで、今なお記憶に残っています。

 それは1949年6月19日のことでした。ヴァロン地方の有力なフライターはすべてレースに参加し、フラマン人も少なくありませんでした。しかし、鳩の大多数はヴァロン地方から出場し、しかも風はベルギーの北西から吹いていました。フラマン人にとって明らかに不利で、レースの第一報では東側が賞を独占するだろうと言われました。ペーテルス=ホープオールトが大奮闘しました。
 
 当時ファニー近郊のナーストに住んでいたヴァン・テューンの情報によれば、グスターヴーペルナールが「ナショナル1位」になるだろうということでした。

 サンテ・エローイはこの日、ペーテルス=ホープオールトとの賭けで完敗したと思われました。このヴァロン人に前には少なくとも1ダース、いやそれ以上のトリが帰っていたのです。

 しかし、すべての書類が出揃ったとき、果して優勝したのはラべーウの「ズワルテ」でした。2位は、アンドレ・ヴァンプルアーンの「ヨング・スティール」。後にベルギー中で最高の鳩となった雄鳩です。優勝鳩の母親は41-109691、アロワ・ステッケルバウトのあの小さいホワイトフェザーでした! 

「フーデ・ブレーケ」の息子44-199009は、もっと優れていました。かつてラベーウはジュール・ヴェルモーの鳩舎で、「フーデ・ブレーケ」34−3236983の系統が秘めている可能性を確信しました。

 ヴェルモーは1935年に生まれたこの鳩の娘を持っていました。「ファッヘ」と配合したこの雌鳩は、青の雌鳩36-3273116、すなわち「ヨンゲ・フリーク」の母を生み、またスーティエンの1949年シャトーローで優勝した「フーデ・ズワルテ」の祖母となったのです。

 ■アロワ自信の44−199009■    2020年12月10日(木) 3:30 修正
 ヴェルモーの「ファッヘ」は卓越した鳩でした。私はこのトリの50%はステッケルバウトだというのをどこかで読んだことかおりますが、ラべーウは決して認めようとしませんでした。ファッヘの系源は、コミンのそれとも比較でき、当時はラウヴェから来た最高の鳩にも劣りませんでした。

 44-199009を私は非常に良く知っていました。1955年ブリュッセルのオークションで、ラベーウがこの鳩を25000フランで売ったのです。買ったのはドゥ・スヘールメッカーだったと思います。これはどの老鳩にしては、良い値段でした。この鳩は前にもオークションに出たことがありました。それは1946年1月27日、コレトレイクはウェインガールト通りのパッペインに近い「フローテ・クーリエ」で開催されたときのことです。

 このとき思い病で余命いくばくもないステッケルバウトは雄15羽、雌11羽、合計二十六羽の鳩を売りに出しました。そのなかで一番良かったのは[アウデ・ブレーケ]34-3236693でした。年齢は12歳でしたが、まだまだ元気でした。

 それがたった1700フランで売られたのです。当時同じ年齢だった「フーデ・ズワルテ」34-3236987は9000フランの値がつきました。「オプヘブラーゼネ」36-3117434は42000マルク+諸経費で売られました。

 買い手のモーリス・ヴァンテームはワーレヘムに近いサンテ・エオーイのヴェイヴェに住んでいましたが、戦争前からステッケルバウトの鳩を知っていました。彼はそれらの鳩で非常に大きな成果を上げていたのです。戦後、彼が待っている最良の鳩は、ロードレースのチャンピオン、マルセル・キントにちなんで「キント」と名付けられました。そのほか「フレーゲ」や「ヘンクスト」という名前もありました。

 ビッセヘムのダニェル・ラベーウとハーレルペーケのジュール・マットンはステッケルバウトの友人で、ともに教養がありました。

 彼らは1946年1月27日コルトレイクで行われたオークションのために書類を用意していました。アロワはダニエルに44-199009を買うように言い、ダニエルもこのアドバイスに従いました。そして彼はこのトリを3200フランで買ったのでしょう。

 ダニエルはこの雄鳩と掛け合わせる雌鳩をすでに決めていました。それは「ヨング・フリーク」37-3069874と、その母親36-327311G。すなわちヴェルモーの青の雌鳩との間に作られた娘でした。

 1947年、ダニエルはこのカップルから2羽の鳩、3081309と3081354を作出しました。「フーデ」と「ディッケ・ブラウエ」です。1950年リブルヌINでは困難を極めたレースで、この兄弟は2030羽中4位と5位に入賞しました。賞金は6万フランした。

 私か戸外の太陽の下でこの2羽を掴んだときラベーウはこう聞きました。「これらの鳩はカトリスの『45』やデブリーントの『ズワルトバント』のようなクラスでしょうか」私は「並べて見比べてみなければ分からない」と外交的な答えをしたのを覚えています。

 ラベーウはその年、アンタント・ペルジュのチャンピオンになりました。1950年は彼の絶頂期だったと思います。ヴェルモーとラベーウは非常に強力なレースマンでしたが鳩の数からすれば偉大なフライターとは言えませんでした。

 ラウヴェのミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンやワーレヘムのマルセル・デスメははるかに多くの鳩を作り、そのため需要が増えるに連れて、ますます多くの鳩を売ることができました。こうして売られた数多くの鳩はナショナルチャンピオンになり、国の内外でこの系統を導入した鳩舎の数も大変なものでした。

 西フランドル地方でナショナルチャンピオンを擁する少なくとも半ダースの鳩舎のステッケルバウト鳩は世界中で、とりわけオランダとドイツで、アーレンドンクのヤンセン系と配合されました。こうした「ハーフ・ヤンセン」の血統は、使翔者がレース成績に付けるコメントを読めばわかります。

 デルバールとヤンセンやステッケルバウトとヤンセンの組み合わせは、あらゆる距離、あらゆる連盟で奇跡を生みました。彼らは数え切れないほどの愛鳩家に幸運をもたらしました。同じことはホーレマンス系にも言えます。

 この系統も、その起源はステッケルバウトの基礎系の一つ、メルクセムのフィンセント・マリェンスのあります。この古いアントワープの系統の名声は、ドールニクのファンスピタールとレールネスのマルク・ローセンスを経由して、さらに高まったのでした。
                次号へ続く

 ■■『Piet de Weerd 研究』036■■  [ピート・デヴィート回想録036「M.デスカンプス[Michel Descamps - Van Hasten]」(『DIE BESTEN TAUBEN UND ZUCHTER DER WELT Piet de Weerrd』ドイツ語版翻訳》 (出典:『愛鳩の友』1998年11月号 )  イレブン  2020年12月12日(土) 2:09 修正
ピートさんは、この章の中でM.デスカンプスも濃密な近親交配でアウロ・ステッケルバウト系を継承して数々の銘鳩を輩出したことを述べています。重要な記述が見られるので抜粋しておきます。

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●必要なことは、常に系統のなかの最高クラスの鳩と取り組むことです。無論、これはどんな家畜にもあてはまります。これは化学的な淘汰の根本原理です。

●オランダでは卸売商人や、いわゆるコマーシャルロフトのオーナーは、いつも『適応』という言葉を持ち出します。しかし私は「適応」を重要視することはしません。それは価値の低いストックを売ったことを糊塗するための言い訳にすぎないのです。つまり、実直な人々に、もっともらしい血統書を付けて劣悪な鳩を売り付けたことに対する言い逃れです。多くの人は鳩を売るだけです。彼らは鳩が出て行きさえすればうれしいのです。

●クラス(※イレブン「鳩質」の意)を追求する人は違います。彼ら自身が鳩を買い、交配あるいは近親交配を行います。彼らはどんな条件にも容易かっ迅速に適応できるクラスを求めます。しかし、そのためには淘汰こそがアルファでありオメガであることを彼らは知っています。

●雌の選出は、もっと困難でした。特に目を引いたのは青の「アングレーム」51-3030313と、「バルセロナ」50-3060621でした。「313」は「ヨング・ベイテル」と同じ父から生まれた半姉妹です。「ベイテル」47-3090545と、45-134138と44-4866904の娘で48年生まれの「クレイネ・ブラウ」との間に生まれました。

●私はこれら2羽を握りましたが、どちらにするかを決めかねました。青いトリと、ブロンズ色の羽を持ったトリを、交互におそらく6回ほど握って、ミシェルとシェフの所に戻り、それからまた両者を比べました。最後の2回は目を閉じて行いました。その結果、選ばれたのは青でした。ブロンズは残していかなければなりませんでした。

●青い雌鳩は「アウデ・エイゼレン」54-3037704を生みました。51年にアングレームで優勝した後、さらに2シーズン、レースに出て、クレイル6位と9位、オルレアン13位、ブリーフP18位、アングレームP9位などの成績を収めました。素晴らしいノロジカ色の目[イレブン注:画像資料参照]をして、筋肉は見事に発達し、まるで天然ゴムのような感触でした。

●ヤン・アールデンには「3030313」の卵を2個提供しましたが、これらは私の鳩舎で「ヨング・ベイテル」48-3171850と掛け合わせました。これらの有名なスティッケルバウト鳩の近親交配度がいかに高かったかを目の当たりにすると、ヤンセンのシステムである程度慣れている読者も驚かされることでしょう。しかしこれは、資金と知性が密接に手を結ぶ競争馬の世界で適用されている原理なのです。

●すでにお分かりのように、ミシェル・デスカンプス=ヴァン・ハステンとヤンセン兄弟は同じ道を進みました。スコットランド人のコーニール・ホーレマンス・ヴァン・スホーテンも同様です。

●ここに鉄則があります。それは近親交配を許容できる鳩を扱う場合のみ成功できるということです。鳩は常に柔軟でウェットであり続け、極めて速く飛ぶことができなければなりません。もし、鳩が棒切れのようにやせ細ったら、それらのことは忘れて構いません。

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 ・    2020年12月12日(土) 2:10 修正
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 隣人のよしみでアロワ・スティッケルバウトの鳩の飼育を手伝うことが、ミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンの鳩人生の始まりとなった。戦中、戦後の交流を通じ、すでに老齢のアロワの鳩を譲り受け、ミシェルはその後、スティッケルバウト系を二十年間かけて純化し、功績を収めてきた。

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  ■淘汰こそがアルファ■ (前月号より続き)  Piet de Weerrd  2020年12月12日(土) 2:11 修正
 必要なことは、常に系統のなかの最高クラスの鳩と取り組むことです。無論、これはどんな家畜にもあてはまります。これは化学的な淘汰の根本原理です。

 オランダでは卸売商人や、いわゆるコマーシャルロフトのオーナーは、いつも『適応』という言葉を持ち出します。しかし私は「適応」を重要視することはしません。それは価値の低いストックを売ったことを糊塗するための言い訳にすぎないのです。つまり、実直な人々に、もっともらしい血統書を付けて劣悪な鳩を売り付けたことに対する言い逃れです。多くの人は鳩を売るだけです。彼らは鳩が出て行きさえすればうれしいのです。

 クラスを追求する人は違います。彼ら自身が鳩を買い、交配あるいは近親交配を行います。彼らはどんな条件にも容易かっ迅速に適応できるクラスを求めます。しかし、そのためには淘汰こそがアルファでありオメガであることを彼らは知っています。

 アロワ・スティッケルバウトの「フーデ・ブレーケ」は系統の中の最高クラスの鳩でした。まさに国際的なスーパークラスでした。そしてスティッケルバウトが生まれて死んだラウヴェの名は、さらにミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンとアンドレ・ヴァンブルアーンの実績によって新しい栄光を獲得したのです。

 ■ミシェル・デスカンプス=ヴァンハステン[Michel Descamps - Van Hasten]とアロワースティッケルバウト[Alois Stichelbaut ]の交流■    2020年12月12日(土) 2:13 修正
 ミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンは、スティッケルバウト系を二十年間かけて純化した功績があります。

 ボステイン、ヴァンヘー、そしてヴェレーツケは、独自の道を進みました。マルセル・デスメットは言うなれば中間に位置しています。彼はブルッセール牧師、デヴリーントおよびヴァンブルアーンの鳩と交配して見事な成果を上げました。デスメットは善良で、ジェントルマンで、そのうえ真の友人でした。活動的で子不ルギッシュだった彼が、人生これからいうときに自動車事故で亡くなったのは本当に残念です。

 ミシェル・デスカンプスは、アロワ・スティッケルバウトのすぐ向かいに住んでいました。彼は若いとき、アマチュアの自動車レーサーでした。しかし、他の人間が自分より強いのが分かると、自動車レースをやめてしまいました。

 彼は愛鳩家が大勢いる村で育ちました。そのほとんどは短距離フライターです。当時べ
ルギー全国に25万人いたレースマンの80パーセント以上が短距離でした。ミシェルは毎日、それらのフライターがかんなくずを付けた作業着をまとい、自転車の後ろにバスケットを積んで走り回っているのを見ました。週末になると、彼らはいっそう忙しくなり、まったく休む暇がありませんでした。

 ミシェルは隣人の鳩がレースから鳩舎に帰ってくるのを数限りなく見ました。この隣人とはアロワ・スティッケルバウトで、加工した亜麻を扱っていました。ミシェル自身は鳩については何も知らず、また自分が鳩を飼うようになるとは思ってもいませんでした。

 戦争が始まったとき、ミシェルは30歳ほどだったでしょう。彼も戦争の被害を被りま
した。爆弾の破片に当たり、大怪我をしたのです。当時、アロワはミシェルに鳩の飼育を手伝ってもらいました。鳩は戦争中ずっと防空壕に避難していたので、心配はありませんでした。

 1944年、ピジョンスポーツは最初からすべて立て直さなければなりませんでした。しかし、スティッケルバウトは当時すでに老人で、そのうえ病気がちでした。結局、アロワは自分の系統がかつてないほど栄えるのを見ることはできませんでした。他の人間がアロワの仕事を引き継ぎました。そしてその一人が誰あろう、向かいに住む隣人ミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンだったのです。

 ヴァンハステンはスティッケルバウトのオークションで鳩を買ったことはありません。彼は戦争中と戦争直後に、かなりの数の鳩をもらったり、食べ物と交換したりしていたのです。こうして手に入れたなかで最良の鳩は黒の雄鳩42−60565(無名)、「フーデ・ズワルテ」とその半兄弟(同母)の娘から生まれた黒の雌鳩43−52098、「オプヘブラーゼネ」、黒のホワイトフェザー45‐1341801(名前なし)、「アウデ・ブレーケ」と「フーデ・ズワルテ」の娘の間に生まれた直子「クレヨンヌ」45‐1341318でした。

 ミシェルにとって中軸的な役割を果たした雌鳩は「フーデ・ズワルテ」34−3236987の娘の43−52098でした。これは実に素晴らしい種鳩でいかなる誇張もなしに金の卵と呼ぶことができました。この雌鳩は。

 「クレヨンヌ」45−134318との間に傑出したレース鳩を生み出しました。その代表は「コルトポーチェ」47−3238467と「エイゼレンフ24」の母の「バルセロナ」50−3060621です。

 50年代の後半、ミシェル・デスカンプス=ヴァンハステンから優良なスティッケルバウトを何羽か譲ってもらうために、私はジェフ・ヴァンデンブラウケと連れ立ってラウヴェを訪れました。ミシェルは私に雄と雌をそれぞれ一羽選ぶように申し出ました。でも彼の主要な鳩からではありません。

 というのは、鳩舎に泥棒が入り、鳩がごっそり盗まれていたからです。この地域の多くの鳩舎でスティッケルバウト系がセンセーショナルな活躍をするのは、ミシェルと価格や条件について話し合ったときから数年後のことです。このときはまだそこまで行っていませんでした。

 ■最大の誤り■    2020年12月12日(土) 2:15 修正
 私か生涯に犯した最大の誤りは、このとき2羽ではなく、12羽の鳩をなんとしてでも買わなかったことです。ヴァンブルアーンの「ヨン・スティール」の同腹の兄弟に支払った金額でミシェルから半ダースの鳩を買えたというのに。

 言い訳するなら、同時期にピジョンスポーツの世界では他の多くの名前が栄光に輝いていました。カトリス、デヴリーント、ヴァンブルアーン、マルセル&ヘクトール・デスメット、ペーテルス日トボーフォルト、ヴァンヘー、ノルマン、ウィレクェット、ヴァンースピタール、デスメット=マタイス。詳しく見れば、このほかにももっといます。

 雄鳩と雌鳩を1羽づつ選び出すに当たり、雄は母と息子から生まれた「ヨング・ベイテル」48‐3171850を選びました。このトリは、中距離で数多く入賞したほか、カオールN22位、カルカソンヌN3位、苛酷なトゥールN84位、サン・バンサンI N14位、リブルヌN66位、サンーバンサンN83位、サン・セバスチャンN44位などの成績を収めました。

 この雄鳩はやはり濃密な近親交配によって1955年モントバンNで優勝する「レナート」の父親となりました。「ヨング・ベイテル」はまさに傑出した銘鳩でした。長距離鳩で、しかも十分速度がありましたが、父親の得意とするのは長距離よりも、むしろ400〜500キロでした。

 雌の選出は、もっと困難でした。特に目を引いたのは青の「アングレーム」51-3030313と、「バルセロナ」50-3060621でした。「313」は「ヨング・ベイテル」と同じ父から生まれた半姉妹です。「ベイテル」47-3090545と、45-134138と44-4866904の娘で48年生まれの「クレイネ・ブラウ」との間に生まれました。

 私はこれら2羽を握りましたが、どちらにするかを決めかねました。青いトリと、ブロンズ色の羽を持ったトリを、交互におそらく6回ほど握って、ミシェルとシェフの所に戻り、それからまた両者を比べました。最後の2回は目を閉じて行いました。

 その結果、選ばれたのは青でした。ブロンズは残していかなければなりませんでした。いずれも大きい鳩で、青の方はややスマートでしたが、ブロンズはすこし角張っていました。両者ともレースでは好成績を上げていました。「アングレーム」は、荒天のもとで行われたアングレームで優勝し(モルトシッツェ)、若鳩として華々しいデビューを飾りました。このときミシェルは1位から4位まで独占したのです。「バルセロナ」の方はアングレームに8回出場し、カルカソンヌNでは15位に入賞していました。

 青い雌鳩は「アウデ・エイゼレン」54-3037704を生みました。51年にアングレームで優勝した後、さらに2シーズン、レースに出て、クレイル6位と9位、オルレアン13位、ブリーフP18位、アングレームP9位などの成績を収めました。素晴らしいノロジカ色の目をして、筋肉は見事に発達し、まるで天然ゴムのような感触でした。

 私か選び出したとき、「エイゼレン・フアミリー」はまだ無名でした。ヴァンヘーとヴェレーツケは自分たちで発見しなければなりませんでした。「ワーレ・エイゼセレン724」は6歳のときヴェレーツケに買われましたが、まだその能力を秘めたままでした。これは前述の「バルセロナ」50-3060621の息子で、その父は青の「アングレーム」51-3030313の息子の「アウデ・エイゼレン」53-3037704です。

 私は51-30303113のリングナンバーを生涯忘れることはないでしょう。私はこのトリをブレダに運び、そこでヤン・アールデンの「49」、すなわち「38」の兄弟と掛け合わせました。

 それから数年後、「49」がひどく足を引きずるようになったとき、ヤン・フロンデラールスの「シャトールー」の母になる雌岫、すなわちヤンセンの奇跡のカップル「ブラウエ・ヴァン・48」と「スホーン・リヒト」の直娘と配合しました。

 ある聖霊降臨祭の朝、私はこの雌鳩を、ヘイスト・オブ・デン・ベルクに住むユージーン・メイレマンスから買いました。

 ヤン・アールデンには「3030313」の卵を2個提供しましたが、これらは私の鳩舎で「ヨング・ベイテル」48-3171850と掛け合わせました。これらの有名なスティッケルバウト鳩の近親交配度がいかに高かったかを目の当たりにすると、ヤンセンのシステムである程度慣れている読者も驚かされることでしょう。しかしこれは、資金と知性が密接に手を結ぶ競争馬の世界で適用されている原理なのです。

 すでにお分かりのように、ミシェル・デスカンプス=ヴァン・ハステンとヤンセン兄弟は同じ道を進みました。スコットランド人のコーニール・ホーレマンス・ヴァン・スホーテンも同様です。

 ここに鉄則があります。それは近親交配を許容できる鳩を扱う場合のみ成功できるということです。鳩は常に柔軟でウェットであり続け、極めて速く飛ぶことができなければなりません。もし、鳩が棒切れのようにやせ細ったら、それらのことは忘れて構いません。


 2020年 撮影の季節 源流系♀種鳩 【源流モンスターGG号】  イレブン  2020年12月7日(月) 21:26
修正

 2020年 撮影の季節 源流系♀種鳩 【源流343号】  イレブン  2020年12月7日(月) 21:30 修正

 イレブン流「一人で出来る眼の撮影法」  イレブン  2018年11月29日(木) 4:43
修正
源流系帝王ラインの目の画像です。現在、2018年11月撮影の画像で作成しているところです。

源流系では、目は配合を決める重要ポイントです。今年はカードにして配合を考えています。

目の画像は「イレブン流一人で出来る眼の撮影法」を使っていつも一人で撮影しています。目の研究をしていく上で眼の画像の撮影が「一人で」「いつでも」「すぐに出来る」技術を持つことはとても重要だと思います。



★★「イレブン流一人で出来る眼の撮影法」★★

@デジカメ:リコー「GRデジタル」を使います。1cmマクロ機能がポイントです。
A「GRデジタル」のリモコンを使います。※最重要ポイント
B両手で鳩を持って撮影します。
Cリモコンを口にくわえて、スイッチを押します。

一番のポイントは、口にくわえてスイッチを押せる「スイッチ」です。
二番目に重要なのは、マクロ撮影が得意なデジカメを使うことです。

やっと種鳩の目の撮影が終わったので現在編集作業に入っています。連載はチョット中断です。

 GRデジタルのリモコン  イレブン  2018年11月29日(木) 4:51 修正
GRデジタルは2005年発売の古いデジカメですが、撮影能力は今でも話題になるほどの名器です。ヤフオクで探せば出てきます。結構な値段がします。

イレブンがこのデジカメにこだわっているのは、画像左のリモコンが使えるからです。このリモコンは製品名は「CA-1」です。両手を使わないと撮影できない鳩の眼の撮影の最大の課題は、スイッチです。このリモコンだと、口にくわえて舌を使ってスイッチが押せます。舌を使うと焦点を合わせる微妙な調整も可能です。

このスイッチが使えるデジカメのであれば他のデジカメでも目の撮影はちゃんと出来ます。リコーの古い機種のデジカメしか使えません。最近の機種のデジカメで口にくわえてスイッチが押せる機種があればそれでもいいと思います。

目の撮影で一番のポイントはリモコンのスイッチです。

※注意:GRデジタルシリーズでも初代「GRデジタル」だけです。他の機種は使えないようです。必ず使えるリモコンを確認して下さい。GRデジタル以外では、リコーCXシリーズでも使える機種があります。ただし、必ず1cmマクロ機能がある機種にして下さいね。

★目の撮影は1CMマクロ機能でないと撮影できません。

★リモコンの次世代機である「CA-2」が使える機種の場合、1cmマクロ機能がない機種があるようですので購入される際はよく調べて下さいね。

 イレブン流一人で出来る眼の撮影法 補足  イレブン  2020年12月4日(金) 4:40 修正
見つかりました。

機材さえそろえれば結構簡単な方法です。いつでも
自分の愛鳩の眼の撮影ができるのでとても便利です。

最近、鳩の自然体画像の撮影をスマホ撮影で何度か取り組みました。

左画像上もそのひとつです。下がイレブンのデジカメで撮影した画像です。

最近のスマホはものすごく画像が鮮明なので綺麗に撮影できるのですが、デジカメやスマホの撮影特有の歪みがどうしても出てくるようですね。これは、レンズが小さいため、どうしても不自然な歪みがでるのだそうです。特に画像の周辺部分当たりにその歪みが出るようです。

鳩の撮影の場合、表情のところがどうしても丸く歪んでしまい、本当の姿と微妙な違いが出てきます。一眼レフだとそうならないのですが…。

実は、イレブンが使っている「RICHO GR DIGITAL」は、デジカメにも関わらず、この「歪み」が出ない機能になっています。一眼レフ並みのデジカメと言われている理由の一つです。

本当は、一眼レフのデジカメで、口にくわえて撮影できるようなスイッチがある機種であれば、その方がいいと考えています。

イレブンは、この方法を編み出すまでに3〜4年ほどかかったような気がします。明日、天候がよければ♀種鳩達の眼画像を撮影する予定です。

 セッテイングはこんな感じです。  イレブン  2020年12月6日(日) 6:43 修正
撮影日和でした。

 こんな日の午前中がベストです。  イレブン  2020年12月6日(日) 6:44 修正

 2020年 撮影の季節 源流系♀種鳩 【源流ピンクパール号】  イレブン  2020年12月6日(日) 21:05 修正
源流シロクロ号×源流パール号

 写真撮影カメラシステムを知りたいのですが  MIT  2020年12月1日(火) 10:09
修正
初めましてMITと申します。

写真撮影はお一人で行われているのでしょうか?
撮影機材等をお教え頂ければ幸いです。

 返事遅くなって済みません!  イレブン  2020年12月4日(金) 4:24 修正
MIT様

折角の質問を頂いていたのに返事が遅くなりました。申し訳ございません。
ここ一週間ほど、原稿の仕事に追われていたもので掲示板を見る余裕がありませんでした。

お尋ねの件ですが、この掲示板に掲載している源流系の鳩達の画像は全てイレブン一人で撮影しています。

眼の画像も一人撮影です。撮影方法や使っている機材についてこの掲示板のどこかで書いたことがあったので探してみますね。

 ソフトバンク日本一 4連覇優勝!!  イレブン  2020年11月25日(水) 22:25
修正
日本シリーズでストレート勝ち、4連覇優勝!!
ソフトバンクの大活躍で、毎年、最高の気分で日本シリーズを観戦出来ています。

本当に圧倒的な強さですね!

 撮影の季節2020 源流系岩田ライン2代目基礎鳩 【源流16号】  イレブン  2020年11月23日(月) 16:06
修正

 撮影の季節2020 源流系帝王系ライン2代目基礎鳩 【源流ゴジラU号】  イレブン  2020年11月23日(月) 11:10
修正

 ・  イレブン  2020年11月23日(月) 11:11 修正

 撮影の季節2020 源流系帝王系ライン基礎鳩 【帝王6869号】  イレブン  2020年11月22日(日) 17:51
修正

 ・  イレブン  2020年11月22日(日) 17:54 修正

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